>> 2018年12月



2018年12月1日(土)

なんだかんだあって、家族全員がiPhoneXSに機種変することとなった。
「けいたい、いいのに……」
「持っとけ持っとけ」
「うー」
これまで携帯電話の所持を頑なに固辞し続けてきたうにゅほも、とうとうiPhoneユーザーの仲間入りだ。
「迷子になったとき、携帯があればすぐ合流できるんだぞ」
「ならないもん」
「ならないけど、万が一ということもある」
「あるけど……」
ふと疑問に思う。
「なんでそんなに嫌なんだ?」
「だって、ふたりのけいたいだから……」
「あー」
理解した。
自分の携帯を持つのが嫌なのではなく、俺と一緒の携帯を使えなくなるのが嫌なのだ。
それなら事は簡単である。
「××の携帯は、連絡専用にしよう」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「俺の携帯は、今までどおり、ふたりで仲良く使う。出掛けるときだけ、連絡用に、××の携帯を持って歩く」
「おー」
感嘆の声を上げながら、うにゅほがうんうんと頷いた。
「それなら文句ないだろ」
「ないです」
「充電は欠かさないように」
「はい!」
問題があるとすれば、
「……完全に、宝の持ち腐れってことだよなあ」
この用途であれば、キッズ携帯でなんの問題もないのだ。
まあ、うにゅほの携帯代は俺持ちじゃないし、深く考えないことにしよう。



2018年12月2日(日)

今日は、弟の誕生日である。
「××、母さんと一緒に財布プレゼントしたんだっけ」
「うん」
あとで見せてもらおう。
「俺はどうすっかなあ……」
まったく、すっかり、一切合切、何も考えていなかった。
こんなときは本人に聞くのがいちばんだ。
うにゅほを引き連れて弟の部屋へ赴き、開口一番こう尋ねた。
「ヘイブラザー、欲しいものはなんだい」
「欲しいもの……」
「あ、誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
うにゅほとふたり、ぺこりと頭を下げる。
「はいはいどうも。いま欲しいものと言ったら、iPhoneケースくらいだけど」
「まだ注文してなかったのか」
「ふたりはしたの?」
「したよ」
「うん、した」
「どんなのにした?」
「俺は、アルミ製のバンパー。側面だけ覆うやつ」
「××は?」
「なんか、とうめいなやつ」
「適当でいいって言うから、二千円くらいで適当なの選んで買った」
「へえー」
「じゃあ、弟のも俺が買うってことでいいか?」
「ああ、それでいいよ」
「了解」
安く上がりそうでよかった。
「でも、軽く検索したんだけど、欲しいのが見つからなくてさ」
小首をかしげ、うにゅほが尋ねる。
「どんなの、いいの?」
「まず、手帳型ね」
「うん」
「ストラップが付けられるやつがいい」
「フムフム」
「で、ストラップの穴は、下のほうにないと嫌だ」
「……××さん、注文多いと思いませんか」
「おおいですね……」
「前のがそうだから、使用感を変えたくないんだよ」
「わかるけどさ」
「でも、どのケースにストラップの穴があるのかすら、よくわからなくて……」
「Amazonでも楽天でも、検索するときに"ストラップホール"って単語を噛ませると、その商品だけ出てくるぞ」
「……マジで?」
「やってみ」
弟がキーボードを叩く。
「本当だ……」
「そこまで絞れれば、欲しいのも見つかるだろ。決まったら教えてくれ」
「わかった、ありがと」
「あと、財布見せて」
「はいはい」
買ったばかりの革製の長財布は、シンプルで高級感のあるものだった。
なかなかセンスがあるじゃないか。



2018年12月3日(月)

「──えほッ! げほ、げほッ!」
風邪は治りかけているのだが、いまだに痰が絡む。
「はい、ティッシュ」
「あんがと」
うにゅほからティッシュを受け取り、痰をくるんで捨てようと──
「おわ」
「どしたの?」
「いや、痰が緑色でさ」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「一瞬びっくりしたけど、よく考えたら、さっき青汁飲んだからだわ」
「あ、そか」
間抜けな話である。
「たんって、なに?」
「痰か……」
考えたこともなかった。
「奥に流れ落ちた鼻水が、喉に引っ掛かってるのかなあ」
「そなんだ」
「いや、適当言った。たぶん違う」
キーボードを叩き、検索する。
「──喉の粘膜が炎症を起こして出る、分泌液のことなんだって」
「のどからでるんだ」
「色がついてるのは、細菌と白血球の混じったものらしい」
「◯◯の、いろついてる?」
「ついてますねえ」
「じゃあ、かぜ、まだなおってないんだねえ……」
「風邪の匂いはする?」
「んー」
うにゅほが、俺の首筋に鼻先を埋める。
すんすん。
「すこしする」
「痰は喉から出るってわかったけど、風邪の匂いはどこから出てるんだろうなあ」
「わかんない……」
長引く風邪も、そろそろ治りそうだ。
油断せず、暖かくして過ごそう。



2018年12月4日(火)

ふと、かつて読んだ物語が脳裏をよぎった。
「あの小説、なんてタイトルだったっけ……」
「?」
考え事が外に漏れていたらしく、うにゅほが小首をかしげた。
「どんなしょうせつ?」
「ああ、いや、××はわからないと思う」
むうと口を尖らせて、うにゅほが主張する。
「わかんないか、わかんないよ」
「だって、高校の教科書に載ってた小説だぞ」
「わかんない……」
そりゃそうだ。
「おもしろかったの?」
「どうだろう。不思議な小説だったことは覚えてる」
「どんなはなし?」
「主人公が、列車に乗るんだ」
「うん」
「そのまま次の駅を目指すんだけど、着くと予定よりすこし遅れてる」
「うん」
「その遅れは、駅に止まるたびにひどくなって、数日、数ヶ月、数年と折り重なっていく──みたいな話」
「うーん……?」
「よくわからないだろ」
「よくわかんない」
「俺も」
「◯◯もわかんないの?」
「何かの比喩なんだろうけど、ピンとは来ないよな」
「そだねえ」
「でも、妙に記憶に残っててさ。できることなら、また読んでみたい」
「しらべたらわかるかも」
「ネットか。随分前に検索した記憶が──」
言いながらキーボードを叩く。
すると、ヤフー知恵袋に、ほぼ同じ内容の質問が投稿されているのを発見した。
ベストアンサー曰く、
「……ディーノ・ブッツァーティ、急行列車。これっぽい」
「いんたーねっと、すごいね!」
「収録されてる短編集もわかったから、さっそく買ってみよう」
「うん」
「楽しみだ……」
「よかったね」
これほどまでに届くのが待ち遠しい買い物は、久しぶりかもしれない。



2018年12月5日(水)

「──…………」
むくりと起き上がる。
「……おはよう」
「おはよー」
「すげえ気持ち悪い花を見つける夢を見た」
「きもちわるいはな……」
「気持ち悪い花」
好奇心を刺激されたのか、うにゅほが小さく身を乗り出した。
「どんなはな?」
「高さが三メートルくらいあって、茎がそこらの樹木よりずっと太く、上に行くに従って細くなっていく」
「うん」
「茎の頂点に、ラフレシアより大きな牡丹に似た花が咲いてるんだ」
「……うん」
「シルエットで言うと、グルグルの"長い声のネコ"みたいな感じ」
「わかりやすい」
「花の色は赤と黒のまだら。中心に当たる部分に、円形に並んで種ができていて、ここがいちばん気持ち悪い」
「──…………」
神妙な顔をして、うにゅほが俺の言葉を待つ。
「種の質感は、剥き身のエビみたいにぷりぷりしてるんだけど、形状が人間の右手なんだよ」
「!」
「右手そっくりの種が、次の右手の手首を掴む形で、ぐるりと円を描いてるんだ」
「うひぇ」
「気持ち悪いだろ」
「きもちわるい……」
「で、夢のなかの俺は、すげえ気持ち悪い花見つけたって超喜んでて、××に見せてあげないとってずっと思ってた」
「みたくないです」
「見せたかったなあ」
「みたくないです……」
「まあ、でも、ちょっと面白い夢だろ」
「うん、おもしろい」
「××は、どんな夢見たんだ?」
「うーと──」
しばし思案したのち、うにゅほが答える。
「わすれた……」
起きた直後でなければ、そんなものだろう。
「おもしろいゆめみたら、◯◯におしえるね」
「頼んだ」
夢の話は、けっこう好きだ。
楽しみにしておこう。



2018年12月6日(木)

「──げほッ、えほんッ!」
切った痰をティッシュにくるみ、丸めて捨てる。
「だいじょぶ?」
「風邪、ほとんど治ったけど、痰だけ止まらないなあ……」
「くるしくない?」
「苦しくないよ。ちょっと咳が煩わしいけど、それだけだ」
「そか」
安心したように、うにゅほがほっと息を吐く。
「しかし、一週間か。長引いたなあ」
「そだねえ」
「今年の風邪が長引くタイプなのか、年を取って免疫力が弱まったのか」
後者かもしれない。
「××も気をつけろよ。うがい、手洗い、マスクは必須」
「うん」
俺も、うにゅほも、この一週間、サージカルマスクを着けっぱなしである。
ひとつ屋根の下どころか、四六時中同じ部屋で暮らしているのだから、それくらいは当然だ。
「咳さえ止まれば、マスクもいらないと思うんだけどな……」
いい加減、鬱陶しい。
「さいきん、◯◯のかお、みてないきーする」
「ごはん食べるときは外してるだろ」
「そだけど」
「……でも、言われてみれば、俺も××の顔あんまり見てない気がするな」
「でしょ」
「ちょっと外してみるか」
「うん」
先んじて咳払いをしたのち、サージカルマスクを外し、互いの顔を確認する。
「──…………」
「──……」
なんだか照れる。
「よし、ここまで!」
一方的にマスクを着け直すと、
「えー」
うにゅほが不満げに口を尖らせた。
「もすこしみたい」
「風邪治ったらな」
「はーい」
治るまでに、ちゃんとヒゲを剃っておこうと思った。



2018年12月7日(金)

「──行くか」
「うん!」
吹雪舞うなか、玄関先へと躍り出る。
「思ったほどは積もってない──かな?」
「でも、べたゆき」
「そこなんだよなあ」
気温が半端に高いせいか、雪が水気を含んでいる。
解けかけた雪は、氷に近くなる。
きめの細かいかき氷と、氷の塊、どちらが重いかは言うまでもない。
「よッ、と!」
雪の下にジョンバを挿し込み、跳ね上げる。
予想通り、重い。
「……これは苦労するぞ」
「うん!」
今冬初の雪かきとあって、うにゅほの鼻息が荒い。
やる気に満ち満ちている。
だが、
「んー……ッ!」
やる気と筋力とは比例しないのだった。
「××、一気に運ぼうとしないで、すこしずつ小分けにして集めよう」
「はーい」
敷地内の雪を掻き集め、スノーダンプで公園に打ち捨てること小一時間。
「終わったー……!」
「おわった!」
「いえー」
「いえー」
うにゅほとハイタッチを交わし、除雪用具を片付ける。
「久しぶりの雪かきはどうだった?」
「ぽかぽかする」
「たしかに」
少々汗ばむほどだ。
「たのしかったけど、ゆき、おもかった……」
「それな」
「もっとさむくならないかなあ」
「……それはちょっと複雑かな」
寒くなれば雪かきは楽になるが、寒さゆえの弊害も多い。
あちらを立てればこちらが立たず、である。
「まあ、今年も、嫌ってほど雪かきする羽目になるさ……」
「うん!」
"好き"はひとつの才能である。
俺も、うにゅほのように、雪かきを楽しめればいいのだが。



2018年12月8日(土)

今日は、職場の忘年会である。
「……二次会に連れて行かれる気配がぷんぷんしてるから、今日は先に寝てていいからな」
「うん」
うにゅほが頷く。
「寝てていいからな……?」
「うん、ねてる」
本当かなあ。
怪しみながら、タクシーで会場へ向かう。
居酒屋だのスナックだのいろいろ連れ回されて、帰宅したのは午前一時半のことだった。
「ただいまー……」
自室の扉を静かに開くと、案の定明かりがついていた。
やはり。
そんな気はしていたのだ。
「──…………」
冷え切った部屋のなか、うにゅほはパソコンチェアの上で丸くなっていた。
「××」
「!」
うにゅほが目を開く。
「……あ、おはえりなさい……」
「寝てていいって言ったろ」
「ねてた……」
「そういう意味じゃなくてさ」
「うん……」
わかっている。
俺も、うにゅほも、わかっているのだ。
だが、この行為こそが、うにゅほのささやかな抵抗なのだろう。
「……ずるいよ、××は」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんでもない」
「そか」
「ココアとコーンポタージュ、どっちがいい?」
「コーンポタージュがいい」
「じゃあ、こっちな」
「はい」
帰り際にコンビニで購入したコーンポタージュを手渡し、うにゅほを抱きすくめる。
「わ」
「……冷たい」
「そかな」
「頼むから、ストーブはつけといてくれ」
「うん」
飲み会は、今回だけではない。
素直に言うことを聞いてくれればいいのだが。



2018年12月9日(日)

母親が新車のキャストを購入したため、傷みの激しかったミラジーノはあえなく廃車と相成った。
「ミラさん……」
「下回りが随分錆びてたからな。仕方ないよ」
「うん……」
しゅんとするうにゅほの頭を撫でてやりながら、愛車とのこれまでを思い出す。
「ミラジーノも、けっこう長く乗ったなあ。五年くらいか」
「そのくらいとおもう」
うにゅほがうちに来て、七年ちょっと。
思い入れが深くなるのも当然だ。
廃車の話が出たときも、それとなく反対していたし。
「あれで、いろんな場所に行ったな」
「うん、いった……」
「ちょっと加速は遅いけど、愛嬌のあるいい車だった」
「うん……」
幾つもの思い出が去来する。
だが、まあ、それはそれとして、
「母さんの新しい車、見た?」
「みた」
「乗った?」
「うん、のせてもらった」
「そっか、俺まだ乗ってないんだよな。どうだった?」
「あたらしいにおいがした」
「……それだけ?」
「だって、キャストのこと、まだよくしらないし……」
思春期の中学生みたいなことを言いおる。
「あれ、今回は呼び捨てなんだな」
「?」
「ミラジーノは、ミラさん。コンテはコンテさん。ライフはライフくん」
「ほんとだ……」
無意識だったのか。
もしかすると、ミラジーノの代わりに来たキャストのことを、うにゅほはまだ家族と認めていないのかもしれない。
頑張れキャスト。
どう頑張るのかは知らないけれど。



2018年12月10日(月)

冬靴を購入した帰りに立ち寄ったゲームセンターで、面白いものを見つけてしまった。
「PC専用のワンセグチューナーか……」
なんでもあるなあ。
「わんせぐ?」
「画質は悪いけど手軽に見れるテレビ──みたいな」
「へや、テレビあるのに?」
「あるけど、アンテナ端子の場所が悪い。寝室側に行かないとテレビ見れないじゃん」
「たしかに……」
「おもちゃみたいなもんだと思うけど、取れたら取ってみよう」
「……あんましおかねつかったら、だめだよ?」
「とりあえず、財布の小銭ぶんだけ」
「ならいいけど……」

三百円で取れた。

帰宅し、チューナーの入った箱を開ける。
「あ、そこそこ分厚い取扱説明書とか入ってる」
「ほんとだ」
「期待してなかったけど、意外と使えるのかも」
同梱のCD-ROMでドライバと視聴ソフトをインストールし、起動する。
「……あれ、普通に見れる」
受信感度が悪くてほとんど見れないオチを予想していたにも関わらず、普通に使えそうだった。
「××、これ使えるよ」
「そなんだ」
「感動が少なくありませんか?」
「だって、まえ、ぱそこんでふつうにテレビみれた……」
言われてみれば、以前はフルセグチューナーを使ってPCでテレビを見ていたのだった。
「あのチューナーどこやったっけ……」
「しらない」
うにゅほが首を横に振る。
そりゃそうか。
「……××、PCで綺麗にテレビ見たい?」
「みたいけど……」
現状、自室のテレビがほとんど機能してないものな。
すこし考えてみよう。



2018年12月11日(火)

「──…………」
ぱたん。
ディーノ・ブッツァーティの短編集を閉じる。※1
高校のころ国語の教科書に載っていた記憶のある"急行列車"という短編だけ、何度も何度も読み返している。
「どこか山月記と似たものを感じる」
「さんげつき?」
「虎になった男の話」
「へえー」
「××は、この"急行列車"を読んで、どう思った?」
「へんなはなしとおもった」
「変なのは、喩えだからだな」
パソコンチェアを回転させ、うにゅほに向き直る。
「主人公は列車に乗る。五番目の駅が終点で、目的地だ。だが、列車はどんどん遅れていく」
「うん」
「主人公はいろんなものを失っていく。仕事も、友人も、恋人も──」
「うん……」
「それでも降りない。降りることはできない」
「──…………」
「"もしかすると明日は到着できるかも知れないのだから"」
最後の一文からの引用だ。
「俺は、この小説の作者──というか、この小説を教科書に載せた誰かの、願いと呪いを感じるよ」
「ねがいと、のろい?」
「この小説が言いたいのは、たぶん、夢や目標を目指し続けることの難しさだ」
「あ、そか。たとえだ」
「よくある美辞麗句、"信じ続ければ必ず夢は叶う"。この小説は、そんなおためごかしを言ってはくれない」
「うん」
「つらいぞ。苦しいぞ。いろんなものを失うぞ。それでも辿り着けるかわからないぞ。覚悟しろ、と言っている」
「そだね……」
「裏返せば、目指さなければ失わずに済んだかもしれない。心安らかに暮らせるかもしれない。諦めろ、とも言っている」
「うん」
「決めるのは自分だ。決断の責任は、自分の人生が負うんだ。それを高校生に読ませてるんだから、強烈なメッセージだよ」
「うん……」
「……まあ、俺と同じように、ほとんどの高校生は理解できずに読み捨てるんだろうけどな」
それでも、十数年越しにひとりの人間に突き刺さったのだから、まさに名著である。
他の短編も、ちゃんと読んでみようと思った。

※1 2018年12月4日(火)参照



2018年12月12日(水)

「あー……」
愛用のマウスをカチカチといじりながら、呟く。
「チャタリングがひどくなってきた」
「ちゃたりんぐ?」
「マウスの──いや、見せたほうが早いな。こっちゃ来い」
「はーい」
うにゅほを膝に乗せ、壁紙用の画像ファイルを保存しているフォルダを開く。
「チャタリングとは、マウスのシングルクリックが意図せずダブルクリックになる不具合のことだ。古くなると、よく起こる」
「それがひどいの?」
「見てな」
適当な画像ファイルをクリックする。
「ダブルクリックでファイルを開くのは、××も知ってるだろ」
「うん」
「シングルクリックだと、このように、すぐには開かない」
「ひらかない」
「そのはずだけど──」
画像ファイルを順々にクリックしていく。
すると、十数個目で画像ファイルが不自然に開いた。
「あ」
「二、三十クリックに一度くらいの頻度で、シングルクリックがダブルクリックに誤認識される」
「ほんとだ……」
「そろそろ寿命だな」
たまになら我慢できるが、さすがに頻度が高すぎる。
「◯◯、おなじまうすかってたよね」
「このマウス好きだから、高騰する前に買ってあるぞ」
「せんけんのめいがありますね」
「ただ、懸念がある」
「けねん?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……ロジクールの製品は、初期不良が多い」
「あー」
何度も返品する姿を隣で見てきたせいが、うにゅほも覚えがあるようだ。
「ちゃんと動くことを祈るしかないな……」
「わたしもいのるね」
「ありがとう」
新しいマウスは、いまのところ問題ない。
このまま快適に使い続けられるといいのだが。



2018年12月13日(木)

カップ麺を作ろうとして目測を誤り、電気ポットから95℃の熱湯を右手の親指に直接ぶっかけてしまった。
「あッ……──!」
熱い、なんてものじゃない。
カップ麺の容器を取り落とすのをなんとかこらえ、流水で親指を冷やす。
「──◯◯!」
食卓テーブルについていたうにゅほが、ぱたぱたとスリッパを鳴らして駆けつける。
「やけどしたの……?」
「やけどした……」
「しっぷもってくる!」
我ながら、間抜けなことをしたものだ。
適当なサイズに切った湿布を親指全体に巻き、サージカルテープでぐるぐると固定する。
「よし!」
自分の仕事に満足したのか、うにゅほが満足げに頷いた。
「ありがとな」
「うん」
迅速な対処だ。
ひとりでは、こうは行かない。
「でも、よく、カップめんおとさなかったねえ」
「落としたら掃除が大変だと思って……」
「そうおもっても、ふつう、はんしゃてきにおとすとおもう……」
「まあ、うん」
そうかもしれない。
「痛みとか、そういう感覚が鈍いのかな」
「うーん」
「あるいは、反射神経が悪いのかも」
「はんしゃしんけいって、そういうもの?」
「いや、わからんけど」
人が、熱いものを触って手を引っ込めるのは、脊髄反射だ。
脳が介在していない行動だ。
神経信号は、必ず、脊髄を通って脳へ到達する。
"熱い"という情報が脳へ到達したときには、既に、カップ麺の容器から手を離していて然るべきなのだ。
それが起こっていないということは、脊髄反射が上手く機能していない可能性がある。
「──…………」
考えれば考えるほど、よくない結論に辿り着きそうになる。
「……カップ麺食うか」
「うん」
伸びかけたカップ麺をすすりながら、水ぶくれにならないことを祈るのだった。



2018年12月14日(金)

「ぐわー!」
ペンを放り投げ、畳敷きの仕事部屋に寝転がる。
「終わらねえー!」
「しごと、おわらないの?」
「終わらない。終わりが見えない。土日返上だな、これ……」
「そか……」
ごろんと寝返りを打ち、うつ伏せになる。
「腰痛い」
「こしもむ?」
「お願いします」
「はい」
うにゅほが、俺の足を両膝で挟むように腰を下ろす。
ぐい、ぐい。
ぐい、ぐい。
小さな手のひらが、疲れの溜まった腰のあたりを揉みほぐしていく。
「きもちい?」
「もうすこし強くー……」
「はーい」
ぐい、ぐい。
ぐい、ぐい。
「このくらい?」
「もうすこし強くてもいいな」
「わかった」
ぐい、ぐい!
ぐい、ぐい!
反動までをも利用した、小気味よいリズムのマッサージだ。
「こ、ん、くら、いー?」
「うん、いい感じいい感じ……」
そのまましばし身を任せていたところ、
「──……ふー」
うにゅほが時折、額の汗を拭っていることに気がついた。
「××」
「?」
「もしかして、かなり重労働?」
「うんどうなるねえ……」
「マジか」
そこまでのハードワークを課すつもりはなかったのだが。
「うん、ありがとう。だいぶ楽になった」
「よかった」
「今度は俺がマッサージしようか?」
「ちょっとかたいたい……」
「では、肩をお揉みいたしましょう」
「よろしくおねがいします」
仕事のことなど忘れ、互いにマッサージし合うふたりなのだった。
もっとも、一時的に忘れたところで、仕事が減るわけでもないのだが。



2018年12月15日(土)

ゲームセンターでPC専用ワンセグチューナーを入手し、テレビを見る機会が多くなった。※1
「──…………」
「──……」
「××」
「?」
膝の上のうにゅほが、小さくこちらを振り向いた。
「画質悪くない?」
「わるい」
「だよなあ」
ワンセグ放送の解像度は、320×240だ。
それを無理矢理引き伸ばして見ているのだから、画質が良いわけがない。
「××」
「はい」
「もっと綺麗にテレビ見たい?」
「みたい」
「では、そうしましょう」
うにゅほが小首をかしげる。
「どうやるの?」
「実は……」
うにゅほを膝から下ろし、先程Amazonから届いたダンボール箱を手に取る。
「あ、さっきのだ」
「この中に、チューナーが入っています」
「かったの?」
「買いました」
「おー……」
「びっくりするかと思って」
「うん、びっくしした」
うへーと笑う。
「このXit AirBoxってチューナーは、アンテナに繋いだあとルーターに噛ませて──」
説明書を片手に接続していく。
「チャンネルスキャン終了、と」
「これでみれるの?」
「そのはず」
「つけてみて!」
「はいはい」
視聴ソフトを起動する、が──
「……コンテンツ保護エラー?」
そう表示されて、番組を視聴することができなかった。
すこし調べてみたところ、USBオーディオデバイスを使用していると、件のエラーメッセージが表示されるようだ。
対処法は極めて簡単。
DACアンプの電源を落とし、ステレオプラグをPCに直接接続すればいい。
「あ、見れた!」
「見れたけど、いちいち面倒だな……」
「そかな」
「ダブルクリックで即視聴、ってのが理想だったんだけど」
「うーん……」
「じゃあ、こうしてみようか」
「こう?」
Xit AirBoxは、無線LANルーターに噛ませるチューナーだ。
よって、
「iPadでも視聴可能です」
「おー!」
iPadが、小型テレビと化していた。
「PCでテレビ見るより、こっちのほうが便利かもな。画面大きいし、持ち運べるし」
「うん、べんり!」
うにゅほのお気に召したようだ。
二、三年ほどまともに見ていなかったテレビは、ハードオフにでも売り払ってしまおう。
千円くらいになればいいのだが。

※1 2018年12月10日(月)参照



2018年12月16日(日)

ふと気づく。
「年末じゃん」
「ねんまつだよ」
「今年、あと二週間しかないじゃん」
「そだよ」
「マジかー……」
「まじ」
頭では理解していたのだが、感覚が追いついていなかった。
「へいせい、もうおわりだねえ」
「いや、まだ続くぞ」
「そなの?」
「平成の終わりは、2019年4月30日だ」
たしか。
「なんか、はんぱだね」
「わざと半端にしたんだってさ」
「そなの?」
「正月も年度末もバタバタするから、あえて外して4月30日」
「なるほど……」
「元号、どうなるかなあ」
「めいじ」
「大正」
「しょうわ」
「平成」
「なんだろねえ……」
うにゅほが首をかしげる。
「まあ、こんなもの、どんなに考えたって当たりやしないけどさ」
「そだね」
「でも、事前に発表しないのはどうかと思う」
忙しい時期を外す気遣いができるのなら、早めに発表して混乱を減らす努力もしてほしかった。
「いつはっぴょうするのかな」
「さあー……」
楽しみのような、そうでもないような。
「考えてみれば、平成生まれの三十歳とか普通にいるんだよなあ」
「うん」
「なんか、変な感じ」
「そう?」
「意識がまだ、十年くらい前で止まってるんだろうなあ……」
2019年とか、いまだに近未来な感じがするし。
いかんいかん。
時代に置いていかれないようにしなければ。



2018年12月17日(月)

「……最近、体がバッキバキに硬い」
「?」
うにゅほが俺の二の腕を揉む。
「かたい、けど、ばきばきかなあ」
「そこじゃなくて」
「どこ?」
「肩とか、腰とか、股関節とか。最近ストレッチしてなかったから……」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「ふゆ、うごかなくなるもんね」
「そうそう」
寒いから、という単純な理由ばかりではない。
我が家のメイン暖房器具であるところの灯油ストーブは、細かな温度調節がほとんど不可能に近い。
寒いと暑いを交互に繰り返し、部屋を適温に保つことができないのだ。
寒いときは寒いからと縮こまり、暑いときは汗ばむからと動かない。
これでは運動不足になるのも当然と言える。
「──よし、体動かすか!」
チェアから腰を上げ、ひとまず伸びをする。
「なにするの?」
「まあ、ストレッチかな。前屈とか」
「ぜんくつ……」
うにゅほは前屈が苦手である。
「ほれほれ」
これ見よがしに、両手のひらを床にぺたりとつけてみせる。
「すごい……」
「ここから更に、肘もすこし曲がるぞ」
「◯◯、からだ、ほんとにかたくなったの?」
「──…………」
両手を床につけたまま、両足を徐々に開いていく。
「うッ」
九十度をすこし超えたあたりで、内腿がビキリと悲鳴を上げた。
「ここまで……」
「……かたくなったねえ」
「人のこと言えんのか、ああん?」
「うへー……」
笑顔で誤魔化しても無駄である。
「おら、前屈しろ前屈ー!」
「あー!」
しばしのあいだ、ストレッチに興じるのだった。
毎日続けよう。



2018年12月18日(火)

「ふー、満腹満腹」
「くったー、くったー」
確かな満足と共に、ステーキハウスを後にする。
「──…………」
すん。
ジャケットの匂いを嗅ぐ。
「どしたの?」
「……まっすぐ帰ると、ステーキ食ったことバレるかな」
「ばれたらだめなの?」
「駄目じゃないけど、なんか言われそう」
「そかなあ」
「どこか寄って行こうか」
「いく!」
「では、ひとまずぐるりとドライブデートと洒落込みましょう」
「はーい」
コンテカスタムに乗り込み、エンジンを掛ける。
目的地はない。
強いて言えば、時間潰しが目的だ。
冬でも営業しているジェラート屋で舌を冷やし、ゲームセンターを二軒ほど物色したのち、ヤマダ電機に立ち寄った。
「なんか、ひさしぶりなきーする」
「実際、久し振りだからな。ヨドバシばっか行ってたし」
「そだねえ」
「まあ、特に欲しいものもないんだけど……」
「あ、あれみたいな」
「どれ?」
「ふっきんきたえる、はるやつ」
「……腹筋鍛えたいの?」
「すこし」
「じゃあ、帰ったら腹筋しないとな」
「えー……」
うにゅほが口を尖らせる。
「楽して鍛えても、すぐに筋肉落ちるぞ」
「そなんだ」
「それに、シックスパッドは高い。腹筋用だけでも三万近くする上に、専用のジェルシートを定期的に買わされるからな」
「◯◯、くわしいね」
「調べたもので」
「らくしてきたえても……」
「ははは」
笑って誤魔化す。
「マウスパッド欲しいな。見てもいい?」
「うん、いいよ」
その後も、しばらく寄り道をして帰宅した。
久し振りにデートらしいデートをした気がする。



2018年12月19日(水)

あくびを噛み殺し、息を吐く。
「……眠い」
「ねむいの」
「かなり」
「ひるねする?」
「絶賛仕事中なんですが……」
「しごと、できる?」
「──…………」
しばし思案し、
「……休憩するか」
「うん」
仕事部屋を出て、リビングのソファに腰を沈める。
「昨日、夜更かししたからなあ」
「なんじにねたの?」
「……秘密」
「なんじ?」
「五時」
「ごじ……」
「なんか、眠れる気がしなくて」
「ねむくなくても、よこにならないと、せいかつサイクルへんなるよ」
「そうなんだけどな」
頭でわかっていることを余さずすべて実行できるなら、苦労などないのだ。
「とりあえず、深呼吸してみよう」
「しんこきゅう?」
「あくびが出るのは、脳が酸欠状態だかららしい」
「あ、きいたことある」
「では、ご一緒に」
「はい」
ゆっくりと、ゆっくりと、意識的に腹部を膨らませながら、肺に空気を送っていく。
ゆっくりと、ゆっくりと、意識的に腹部を凹ませながら、肺から空気を押し出していく。
それを数回繰り返すと、
「──あれ、目が冴えてきた」
「わたしも」
「××も眠かったのか」
「うへー……」
うにゅほが誤魔化すように笑う。
「冬場は窓を閉め切るから、酸欠になりやすいのかもしれないな」
「そうかも」
定期的に深呼吸をしたほうが良いのかもしれない。



2018年12月20日(木)

ふと呟く。
「年の瀬だなあ……」
「としのせだねえ」
「今年も、あと、十日ちょいか」
「クリスマスおわったら、おおそうじしないとね」
「……大掃除はいいんじゃないか?」
「いい?」
「しなくて」
「しないと……」
うにゅほが毎日掃除してくれているので、自室は常に清潔なのだが、それでは納得行かないらしい。
「俺たちの部屋に必要なのは、大掃除じゃないと思う」
「なに?」
「大整頓だ!」
「おおせいとん」
「いい加減、本棚を整理整頓せねば、どの漫画を何巻まで持ってるかがわからん──と、こないだ弟に言われた」
「おなじかんかったり、いっかんとばしてかったりするもんね」
「困ったもんだ」
「じゃあ、おおせいとん、する?」
「──…………」
「──……」
「今日はいい」
「そか……」
「めんどくさいんじゃないぞ。大掃除は、大晦日にするものだからだぞ」
「ほんとかなあ」
「──…………」
「──……」
「本当はめんどくさい」
「やっぱし」
「困ったもんだ」
「それ、わたしのせりふ」
「約束しよう。大晦日には、ちゃんと、本棚の整理整頓をすると」
「うん」
「そして、大晦日までは絶対にしないと」
「えー……」
「指切りする?」
「する」
うにゅほと小指を絡めながら、壁一面の本棚を見やる。
考えただけで気が滅入るが、約束したのだから仕方がない。
大晦日は頑張ろう。



2018年12月21日(金)

Amazonから荷物が届いた。
ダンボール箱を開き、長さ五十センチほどの長細い箱を取り出す。
「××、これなんだと思う?」
「なんだろ」
「ヒント、俺が欲しがっていたものです」
「◯◯、なにほしかったの?」
「それ答えだろ」
「うへー……」
「では、開けてみましょう」
箱を開き、中身を取り出す。
丸められたそれを広げると、九十センチ×四十センチの分厚いシートのようなものだった。
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「これ、なんだと思う?」
「なんか、あしのしたにしくやつ?」
「ブー」
「わかんない……」
「マウスパッドです」
「まうすぱっど」
「マウスパッド」
「……え、まうすぱっど?」
「マウスパッドです」
「まうすのしたにしくやつ?」
「そう」
「でか!」
うにゅほが目をまるくする。
「なるべく大きいのが欲しいなって探したら、すげえ大きいの見つけてさ」
「おおきすぎる……」
「敷くの手伝ってくれるか」
「うん」
うにゅほと手分けしてデスクの上を片付け、ちょっとした玄関マットほどの大きさのマウスパッドを設置する。
「──よし、計算通りギリギリ敷けたな」
「はかってたんだ」
「まあね」
マウスパッドの上で、ワイヤレスマウスを滑らせる。
「うん、感度良好」
「よかった」
「四千円出した甲斐がある」
「たか──い、の、かなあ……」
「マウスパッドとしては高いけど、サイズ換算だと……」
「よくわかんないね」
巨大マウスパッド、思った以上に快適である。
良い買い物をした。



2018年12月22日(土)

「××」
「?」
「すげえどうでもいいこと言っていい?」
「うん、いいよ」
「俺、紅白歌合戦って見たことないかも」
「おおみそかのやつ?」
「そう」
「わたしもみたことない……」
「うちでは、大晦日と言えばガキの使いだもんな」
「うん」
うにゅほが家に来てからは、毎年そうだ。
「歌合戦と言うからには、勝負だと思うんだよ」
「しんさいんとか、いるらしい」
「あー、たまに聞くな」
「あと、あかがおんなのひとで、しろがおとこのひとだって」
「××、よく知ってるな……」
「うへー」
「で、なにを審査するんだろう」
「うーと、うたのうまさ、とか?」
「上手さを比べるなら、同じ曲を歌わないとフェアじゃなくない?」
「あ、そか」
「でも、"どっちがいい曲か"なんて、単なる個人の好みだし……」
「いわれたら、よくわかんないかも」
「だよな」
「ことし、こうはくみるの?」
「見ないけど……」
「みないんだ」
「だって、ガキの使い見たいし」
「わたしも」
「な、すげえどうでもいいことだったろ」
「でも、ちょっときになるねえ」
「見るの?」
「みないけど……」
「ちょっと気になるけど、ちょっとしか気にならないよな」
「そんなかんじ」
「まあ、CMのときとかチャンネル変えてみるか」
「そだね」
大晦日には忘れている気がしないでもない。



2018年12月23日(日)

近所の1000円カットで散髪をして帰宅した。
「ただいまー」
階段を駆け下りる音と共に、
「おか──」
うにゅほが俺の頭部を指差した。
「ぼうずだ!」
海坊主の陸版かな。
「ぼうず、しないんじゃなかったの?」
「いやー……」
丸めた頭を撫でながら、口を開く。
「……すげえ下手な人に当たっちゃって」
「あー……」
すべてを察した表情で、うにゅほが頷く。
「ぼうずにするしかなかったんだ……」
「そう」
「さむくない?」
「寒い」
真冬に丸坊主は、ちとつらい。
「返金するって言われたけど、断ったよ」
「そか」
外套のポケットから缶ココアを取り出し、うにゅほに手渡す。
「ほら、これ。冷たいけど」
「?」
「帰り際に押し付けられた。よほど悪いと思ったらしい」
「そなんだ……」
「べつに怒ってないんだけどな。最悪坊主にすればいいって腹積もりだから、たまたまその最悪を引いただけだし」
「でも、おこるひともいるから……」
「接客業は大変だよなあ」
「そだねえ」
うんうんと頷き合いながら、自室へ戻る。
「──…………」
すると、階段の途中でうにゅほが立ち止まった。
「……なでていい?」
「部屋に戻ってからな」
「♪」
さんざん頭を撫でられまくる俺なのだった。
うにゅほが気に入ってくれるなら、なんだっていいけれど。



2018年12月24日(月)

クリスマスイヴである。
「はー、食った食った」
「くったー」
夕食のあとにケーキをたいらげ、満腹の胃袋を抱えたまま自室へ戻る。
「ぎんがてつどうのよる、みるの?」
「見るぞ」
クリスマスイヴの夜、ふたりで劇場版・銀河鉄道の夜のDVDを観る。
儀式のようなものだ。
「でも、その前に──」
「?」
デスクの引き出しを開き、包みを取り出す。
「メリークリスマス!」
「わ」
「クリスマスプレゼント。明日の朝にしようかとも思ったんだけど、忘れたら困るから」
「あけたい!」
「どうぞ」
うにゅほが、破れないよう慎重に紙袋を開いていく。
中身は、
「……さかなずかん?」
「図鑑みたいだけど、図鑑じゃないぞ」
「ずかんじゃないの?」
「サカナクションのベストアルバム」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「最近、お気に入りみたいだからさ」
「うん!」
うにゅほが音楽に興味を示すなんて珍しいから、覚えておいたのだ。
「ほら、××のスマホ貸しな。全曲入れるから」
「すまほ……」
うにゅほが、専用の座椅子の脇からiPhoneを拾い上げる。
「あ、でんちない」
「こら」
「うへー……」
「音楽プレイヤーとしてでいいから、充電は欠かさないように」
「はい」
「あ、使ってないイヤホン貸そうか」
「うん!」
二枚組のCDをPCにインポートし、iPhoneに転送したのち、うにゅほを膝に乗せて銀河鉄道の夜を観賞した。
来年のイヴも、ふたりで迎えられますように。



2018年12月25日(火)

静かな室内に、耳掛けイヤホンから漏れた音楽がかすかに流れている。
「♪」
うにゅほが、目を閉じながら、サカナクションのベストアルバムに聞き入っているのだ。
「××ー」
「──…………」
「××?」
「──…………」
あ、聞こえてない。
「××」
ぷに。
「!」
ほっぺたをつついてやると、うにゅほが驚きに目を見開いた。
左耳のイヤホンを外し、尋ねる。
「どしたの?」
「なんでもない」
「なんでもないの」
「いや、なんでもある」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「××、どの曲が好きなのかなって」
「どのきょくかなあ……」
反対側に首をかしげながら、うにゅほが思案する。
「うーと、なんぷんかごにゆき、のやつとか」
「……どれ?」
「タイトルわかんない……」
「歌ってみて」
「えー」
「鼻歌でいいから」
「うん……」
うにゅほが、恥ずかしそうに鼻歌を披露する。
「あ、あったあった。そんな曲あった」
「タイトルわかる?」
「わからん」
「なんてきょくだっけ……」
「ちょい待ち」
キーボードを叩き、歌詞で検索する。
「Disk1の二曲目、"夜の踊り子"って曲だ」
「おー」
「覚えた?」
「おぼえた!」
「今度カラオケ行ったとき、期待してるから」
「えー!」
「××の歌声、聞きたいな」
「うー……」
俄然、ふたりカラオケが楽しみになる俺なのだった。



2018年12月26日(水)

Steamで積んでいたクロノトリガーを始めた。
「──…………」
じ。
膝の上のうにゅほが、画面に見入っている。
「これ、みらい?」
「未来」
「はー……」
「この未来を変えるために、クロノたちが頑張るんだよ」
「──…………」
「面白い?」
「おもしろい……」
以前、うにゅほに、DSのクロノトリガーをプレゼントしたことがあった。※1
そのときは、最初の中世で早々とプレイしなくなってしまったのだ。
自分がプレイするより、人のプレイを横から見るほうが性に合っているらしい。
「クロノトリガーは、SFCで一、ニを争うくらい面白いRPGだからな。いまでも色褪せない」
「おもしろいソフト、ほかにもあるの?」
「あるぞ」
「そっちもみたいな」
「……ちょっと難しいかな」
「そなの?」
「Steamで配信されてるクロノトリガーが、むしろ特別なんだ。他のは、SFCの実機がないと」
「あー」
「天地創造、またやりたいなあ……」
「どんなソフト?」
「地球空洞説って知ってる?」
うにゅほがふるふると首を横に振る。
「地球の内部が、実は空洞になっていて、そこには別の世界が広がっているって考え方」
「!」
「もちろん、地球が円盤みたいに平面で、四頭の象の上に乗っているなんてのと同じ、いまは否定された説だよ」
「あ、そか……」
「主人公は、その空洞──通称"地裏"に住む少年で、とある事情から、滅びた地表の大陸を復活させていくんだ」
「うん」
「下手すると、クロノトリガーより好きなゲームかもしれない……」
「きになる」
「今度、プレイ動画でも探してみようか」
「うん」
ともあれ、いまはクロノトリガーだ。
感動させてやろうじゃないか。

※1 2014年12月25日(木)参照



2018年12月27日(木)

「……なんか、すこし息苦しいな」
「──…………」
うにゅほが小さく深呼吸をする。
「そうかも……」
「換気するか」
「うん」
手分けして南東と南西の窓を開く。
晴れていたおかげか、凍りついていた窓枠も、難なく剥がすことができた。
冷え切った風が汚れた空気を押し出していく。
「ふひー……」
寒い。
寒いが、新鮮な空気が肺に心地よい。
「たまに換気しないとなあ……」
「ほんとだね」
「××、寒いから二人羽織するぞ」
「はーい」
うにゅほを半纏に招き入れ、よたよたと座椅子に腰を下ろす。
「換気って、どのくらいすればいいんだろう」
「しらべる?」
「××、スマホで調べてくれ」
「わかった」
うにゅほが自分のiPhoneを拾い上げ、Safariを開く。
「なんてしらべたらいい?」
「うーん、"換気"、"時間"あたりで」
「わかった」
フリック入力で多少もたつくものの、うにゅほとてこれくらいの調べ物はできる。
「わ、ごふんだって」
「五分でいいの?」
「うん」
意外だ。
三十分くらいは必要だと思っていたのだが。
「でも、いちにちにかいだって」
「二回も……」
極寒の地である北海道において、一日に二度も窓を開けるのは少々つらいものがある。
汚れた空気と共に、暖かい空気も押し流されてしまうからだ。
「……二回は、まあ、目標として、まずは一日一回換気することにしよう」
「さむいもんね……」
「あと、吹雪の日とかは我慢」
「うん」
シックハウス症候群なんてものもあるから、気をつけねば。



2018年12月28日(金)

「──…………」
ぼー。
漫画を開いたまま、心ここにあらずといった様子で、うにゅほが虚空を見つめていた。
「××、××」
「!」
うにゅほが我を取り戻す。
「いま、なに考えてた?」
「クロノトリガーのことかんがえてた」
「やっぱり」
つい先程、Steam版のクロノトリガーをクリアしたばかりなのだった。
「面白かっただろ」
「おもしろかった……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「◯◯がくれたでぃーえすの、やればよかった」
「人のプレイを見るのも面白いけど、ゲームは自分でプレイしてなんぼだからな」
しばし思案し、うにゅほが口を開く。
「……でも、やっぱし、わたしにはむずかしかったきーする」
「小学生の俺でもできたんだから、レベルさえ上げればなんとでもなると思うけど」
「わたし、とろいから……」
「そんなこと──」
うにゅほとの様々な思い出が脳裏を錯綜し、
「……ないぞ?」
思わず語尾を上げてしまった。
「◯◯、わかりやすい」
「すみません」
「えっちぴーいちにされるのとか、あわあわしてしんじゃうとおもう」
「あー」
ジールのハレーションを初めて食らったときは、俺もそんな感じだった気がする。
「まあ、死んで覚えるのがゲームの基本だったりするから」
「そなの?」
「マリオだってそうだろ」
「そうかも……」
「××、初代マリオ、クリアできたんだっけ」
「わーぷしたら、ごめんまでいけた」
「おー」
4-2にもワープ土管があることは秘密にしておこう。
「××にもできそうな面白いゲーム見つけたら、また教えるよ」
「うん、たのしみ」
星のカービィとかだろうか。
ウルトラスーパーデラックス、まだ売ってるかなあ。



2018年12月29日(土)

部屋の大掃除の前に、HDDの大掃除をすることにした。
「"ダウンロード"フォルダがえらいことになってる……」
フォルダとファイル合わせてアイコンが542個ともなれば、どれだけ整理していなかったか察せようというものである。
「?」
俺の独り言が気になったのか、うにゅほのディスプレイを覗き込もうとする。
「××、ストップ」
「はい」
ここで素直に止まるのが、うにゅほの良いところだ。
「いま、見られたくない作業してるから」
「えっちなの?」
「──…………」
「──……」
「含む!」
「そかー」
すべてを受け入れる笑みを浮かべ、うにゅほが座椅子へ戻っていく。
「さて、と」
png、jpg、pdf、doc、txt、xls──さまざまな形式のファイルを選り分け、分類する。
"ダウンロード"フォルダを整理したあとは、不要なメモの削除だ。
俺は、タスクトレイ常駐型のメモソフトを愛用している。
気軽に書き込むことができるためか、まったく記憶にないものも少なくない。
「ほんと、わけわからんメモ多いなあ」
「えっちなの、おわった?」
「終わった」
「みていい?」
「いいよ」
うにゅほが画面を覗き込む。
「きゅうひゃくろくじゅうに、ひゃくさんじゅういち、にひゃくさんじゅうきゅう、ろくじゅういち……」
「なんだろうな、この数字」
「わからん」
逆に、わかったら驚く。
「はんなりみんちょう、らてご」
「それは、フリーの日本語フォントだな。なんでメモしてあるのか知らんけど」
「へえー」
「シャクターの情動二要因理論……」
「なにそれ」
「なんだっけ」
しばらくのあいだ、意味のわからないメモ書きを、うにゅほと削除して回るのだった。



2018年12月30日(日)

カレンダーに視線を向ける。
「今年も、残り二日とないのか……」
「あと、さんじゅうじかんくらい」
「長かったような、短かったような、……短かったような」
「そかな」
「長かった?」
うにゅほが無言で頷く。
「ジャネーの法則ってやつだな」
「じゃねー……」
「主観的な時間の長さは、子供ほどより長く、年を取るほど短く感じられるって法則のこと」
「そなの?」
「五歳の幼児にとっての一年は、その生涯の五分の一だろ」
「うん」
「五十歳の人にとっての一年は、当然、五十分の一となる」
「なる」
「短く感じるのも無理からぬ話だろ」
「りかいしました」
「理解しましたか」
「はい」
急に敬語。
「りかいしたので、おおそうじしませんか」
「しません」
「しませんか……」
「俺、××と約束したから。大晦日までは、絶対に、大掃除しないんだって……」※1
「したけど」
「××との約束は、絶対に守る!」
「ほんとは?」
「めんどくさい」
「やっぱし」
「でも、約束を守るのは本当だぞ。本当だから、明日はちゃんとやる」
「ならいいけど……」
「部屋を清めて、さっぱりした気持ちで新年を迎えたいしな」
「うん、そだね」
「明るいうちに大掃除済ませて、ガキの使いで年越しだ!」
「たのしみ」
平成最後の大晦日だ。
爽やかな気分で新年を迎えよう。

※1 2018年12月20日(木)参照



2018年12月31日(月)

雑巾をバケツに投入し、高らかに宣言する。
「──大掃除、終わり!」
「おわりー!」
「いえー」
「いえー」
ハイタッチ。
手が濡れていても、お互いさまだ。
「本棚の整頓だけでお茶を濁そうと思ってたけど、結局、本格的にやっちゃったな」
「ふだん、ぞうきんかけないから、いがいとよごれてた」
「そうだな。雑巾真っ黒──ってほどじゃないけど」
いざ掃除する気で探してみれば、汚れもそれなりにあるものだ。
「これで、きもちくとしこせるね」
「まったくだ」
掃除で汚れた体を今年最後の風呂で洗い清め、新しい下着を穿いて新年に備える。
「これでばっちりだな」
「うん、ばっちり」
大晦日に見る番組と言えば、我が家ではガキの使いと決まっている。
弟と三人で笑い転げていると、時計の針が頂点で重なった。
「あ」
「?」
俺の隣で寝転がっていたうにゅほが、小首をかしげる。
「あけましておめでとう」
「!」
俺の言葉で気づいたのか、うにゅほが居住まいを正し、
「あけまして、おめでとうございます」
そう言って深々と頭を下げた。
新年の挨拶を交わしたあと、弟が半纏のポケットを漁り、小ぶりの封筒を取り出した。
「××、お年玉」
「わ」
うにゅほがポチ袋を恭しく受け取る。
「年越して即渡せるように、わざわざ準備してたのか」
「まあね」
まめだなあ。
「(弟)、ありがとう!」
「どういたしまして」
「俺のは──まあ、寝て起きたらでいいか」
「うん」
「今年も初詣行くの?」
「いや、お酒飲んじゃったし」
「チューハイがぶがぶ飲んでるから、そんな気してたよ」
徒歩圏内に神社があれば、考えないこともなかったのだけど。
「はつひので、みる?」
「──…………」
検索したところ、2019年の初日の出は、午前七時過ぎになるらしい。
「××は、素直に寝て起きたほうがいいんじゃないか」
強靭な体内時計で、何があっても午前六時には目を覚ますのだし。
「おしょうがつだから、よふかししたいの」
「したいのか」
「うん」
なら仕方ない。
仕方はないが、
「──……すう」
この日記を書いている午前三時現在、うにゅほはすよすよ寝息を立てている。
予想通りだ。
そろそろ眠いし、俺も床に就いてしまおうかな。
読者諸兄の皆様、あけましておめでとうございます。
2019年も「うにゅほとの生活」をよろしくお願いいたします。

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