>> 2018年11月



2018年11月1日(木)

「──……あふ」
「おはよう」
「わ」
起床したうにゅほに挨拶する。
「ずっとおきてたの……?」
「寝たよ。三時間くらいだけど」
「ねぶそく」
「寝不足だけど、いくつか確信できたことがある」
「どんなこと?」
「まず、このクラスのPCで、たかだか数時間前への復元に一晩かかるはずがない」
「かかってる……」
「その時点でおかしいんだ」
「そなの?」
「次に、PCから駆動音がしない。ファイルの復元中とは表示されてるけど、内部的にはなんの作業もしていない」
「なんで……?」
「たぶん、復元に必要な何かが破損してる」
「……ふくげんできない?」
「できない」
「──…………」
うにゅほの表情が、いたわしげなものに変わる。
「ぱそこん、こわれたんだ……」
「そうなる」
ハードウェアは壊れていないので、正確には「Windowsが起動しなくなった」と言うべきだろう。
「××、悪いけど、あとで付き合ってくれ。ショップに持ってく」
「わかった」
WindowsUpdateを行っただけで、とんだ災難である。
不幸中の幸いなのは、データの入っているDドライブには一切の破損がないことだ。
Cドライブに指定しているSSDにWindowsを入れ直すだけで事足りる。
ツクモに持って行くと一週間かかると言われたので、その場でドスパラに電話をすると、二日でできるとの答えが返ってきた。
選択肢があるのは本当にありがたい。
ドスパラにPCを預けて帰宅し、ベッドに身を投げ出す。
「……疲れた」
「おつかれさま」
「寝る」
「おやすみなさい」
二時間ほど寝て、今日の仕事を済ませ、風呂から上がると電話があった。
ドスパラから、作業が終了したとの内容だった。
「はや!」
「ツクモの一週間はなんだったんだ……」
まあ、ツクモにはツクモのやり方があるのだろう。
PCは明日取りに行くことにした。
明日は明日で復旧作業に明け暮れることになりそうだ。
いまから憂鬱である。



2018年11月2日(金)

「──…………」
ずうん。
ふらふらと左右に揺れながら、肩を落とす。
PC環境の復旧が終わらない。
それだけならまだしも、
「文章データが……」
たとえば、お気に入りの絵師のイラストなら、また保存し直せばいい。
だが、自分で書いた文章データは、どこからダウンロードすればいいのだ。
「……今度からDropboxに保存しようかなあ」
それならダウンロードできますねって、やかましいわ。
そんなつまらないセルフツッコミを行うくらい疲弊しているのである。
「○○、だいじょぶ……?」
「大丈夫、大丈夫……」
「ほんと?」
「いちおう、致命的なデータの損失は免れてるんだ。こまめにバックアップしてたから」
「そなんだ」
「ただ、致命的ではないけど思い入れのあるデータがな……」
「あー……」
あったところでなんの役に立つわけでもない。
人に見せるわけでも、何かの賞に送るわけでもない。
それでも、たまに自分で見返して悦に入るようなたぐいのデータを、幾つか紛失してしまったのだ。
気くらい滅入ろうというものである。
「げんきだして……」
「ありがとな。でも、大丈夫」
「──…………」
「実を言うと、悪いことばかりじゃないんだ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「たぶん、傍からじゃわからないと思うけど──」
マウスを動かし、適当な画像や動画ファイルを開く。
「PCが爆速になりました」
「おー」
「OS入れ直したおかげだろうな。当初の目的だったPCの復調自体は、これで果たせたわけだ」
「よかった……、の?」
「よかったと思うことにする。いずれにしても、データは戻らないし」
「そか……」
やるべきことは、まだまだある。
明日は休日。
なんとか明日で終わらせよう。



2018年11月3日(土)

「──よし!」
PC環境のリセットを契機に、軽く模様替えをした。
主にキャビネットの位置を変えただけなのだが、それでも気分は新しくなるものだ。
「どうよ、××」
「うん、こっちのがいい」
テーマは"最適化"である。
家具がぴたりと隙間に嵌まれば、ただそれだけで気持ちがいい。
「今回の模様替えのもっとも革新的な点が、こちらになります」
慇懃にキャビネットの上を指し示す。
「コンセント?」
「はい」
「コンセント、うえもってきたんだ」
「俺、よく飲み物こぼすからな」
「……あー」
「コンセントの延長コードが床になければ、漏電の心配はありません」
「なるほど」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「でも、こぼさないよう、きーつけたらいいんじゃ……」
「ヒューマンエラーは必ず起きるものとして対策を講じたほうがいい」
「ひゅーまんえらー」
「"起きないよう気をつける"じゃなくて、"起きても問題ない"にしたほうが、結果的に被害は少なくて済むってこと」
「そなんだ……」
「簡単に言うと、"自分を信じるな"ってことだ」
「じぶん、しんじないの?」
「全面的にはな」
「わたし、○○のこと、しんじるよ」
「──…………」
「──……」
「……そういうことじゃないんだけど、まあ、うん、ありがとう」
なんか照れる。
「がんばって、ペットボトル、たおさないでね」
「はい……」
まあ、漏電の心配がなくなったとは言え、こぼさないに越したことはないからな。
信用には応えねばなるまい。



2018年11月4日(日)

壁掛け時計を見上げながら、呟く。
「──二時半、だよなあ」
「うん、にじはん」
「まだ二時半なのに、太陽の光が夕方の色してる……」
「ひーみじかくなったねえ」
「晩秋なんだよな。11月もなかばを過ぎれば、もう冬だ」
「あき、みじかい」
「9月中旬から、11月の中旬まで。秋はだいたい二ヶ月かな」
「ふゆは?」
「11月の中旬から、3月の中旬くらいまで」
「うーと……」
うにゅほが指折り数える。
「よんかげつ?」
「四ヶ月」
「あきのばいだ……」
「一年のうち、三分の一を占めるんだから、そりゃ長いはずだよな」
「うん」
冬の定義は諸説あるだろうが、今回は、初積雪から雪解けまでの期間とした。
そう的外れではないだろう。
「冬至、いつだっけ」
「とうじって、ひる、いちばんみじかいひ?」
「そう」
「クリスマスのまえだよ」
「そんな遅かったっけ」
「うん」
「じゃあ、これからまだ日が短くなっていくのか……」
「そだねえ」
毎年のことなのに、毎年驚いてしまう。
「南極圏や北極圏だと、極夜なんてのもあるから、まだまだ常識的な範疇なのかもしれないけど」
うにゅほが小首をかしげる。
「きょくや?」
「白夜はわかる?」
「ずっとひるのやつ?」
「その反対で、ずっと夜の日があるんだってさ」
「へえー」
うんうんと頷く。
「おもしろいね」
「ちょっと体験してみたいけど、ノルウェーとかまで行かないとなあ……」
さすがに遠い。
北欧に限らず、うにゅほと一緒に海外旅行へ行く機会は、果たして訪れるのだろうか。
訪れない気がする。



2018年11月5日(月)

──バキッ!

「あ」
トイレ掃除をしていたところ、派手な音を立ててブラシの柄が折れてしまった。
「やっちゃった……」
「○○?」
物音を聞きつけたのか、うにゅほが自室から顔を覗かせる。
「……こんなんなってしまいました」
「まっぷたつ……」
「力、込めすぎたみたい」
「ぷらっちっくだからねえ」
うにゅほは、"プラスチック"を"ぷらっちっく"と発音する。
「どうしようかな。短くなって取り回しはよくなったけど、このまま使い続けるのも貧乏くさい気がするし」
「そだねえ……」
我が家で使っているのは、ブラシ部分が着脱式の、流せるトイレブラシだ。
柄が古くなっても、衛生的には問題ない。
「まあ、そのうち買ってこよう。それまでこのまま使うことにする」
「そか」
ブラシ部分を弾みで便器に落としてしまったので、未使用のものを取り出して装着する。
「○○、といれそうじとくい?」
「トイレ掃除に得意とか苦手って、そんなにないと思うけど……」
「わたしすると、くろいのとれない」
「便器の黒ずみか」
「うん」
「あれ、なんなんだろうなあ……」
「さあー」
よくわからないが、たしかに、流せるトイレブラシでは上手く落とせない。
「俺は、手でスポンジ持って擦ってるよ」
「とれる?」
「というか、そうしないと取れない」
「そなんだ」
「棚にゴム手袋あるから、今度からそれ使うといい」
「はーい」
素手だと、感染症の危険があるからな。
自分たちの使うトイレを綺麗に保つのは、それほど悪い気分ではない。
ピカピカにまでする必要はないが、今後も適度に掃除していこう。



2018年11月6日(火)

Office2003の互換機能パックが期限切れのためダウンロードできなくなっていたので、会社の経費でOffice2016を購入した。
「──……重い」
マウスホイールをくるくる回しながら、そう呟く。
「ぱそこん、あたらしくしたのに、おもいの?」
「重い──とは、すこし違うかも」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「見比べればわかる」
メインディスプレイにWordファイル、サブディスプレイに適当なテキストファイルを開く。
「まず、テキストファイル」
ホイールを回すと、テキストが上へ下へと移動する。
「どう思う?」
「うーと……」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「どうもおもわない」
だろうな。
「では、こちらだ」
今度はWordの上でマウスホイールを回す。
「あ!」
「わかる?」
「すーごいきれい!」
「そう、スクロールが滑らかなんだ」
「へえー」
「文字入力も鮮やかだぞ」
適当に"あいうえお"と入力すると、文字が美しく立ち現れた。
「すごいね!」
「うん。すごいけど、こんな機能いらない」
うにゅほが目をまるくする。
「いらないの?」
「重い原因って、これなんだよ。不必要に綺麗にしようとして、入力した文字が反映されるのにタイムラグがあるんだ」
「あー……」
「文字入力のタイムラグは、そのままストレスに直結する。だから、余計な機能のない2003が好きだったんだ」
「そなんだ……」
「幸い、アニメーション機能はオフにできるから、全部切ります」
「なんか、もったいないね」
「わからんでもないけど、こればっかりはな」
余計な機能に金を払っていると思うと腹が立つが、経費なので我慢する。
Microsoftめ。



2018年11月7日(水)

「××、綿棒取って」
「はーい」
うにゅほから綿棒を受け取り、消毒用エタノールを染み込ませる。
そして、コードを外したキーボードの隙間に押し込んだ。
「そうじ?」
「掃除。白いから汚れが目立つんだよな」
「あれしないの?」
「どれ?」
「これ」
うにゅほが、何かを引っ張るようなジェスチャーを行う。
「ああ、キートップを引き抜いて掃除ってことか」
「うん」
「そこまでは必要ないんじゃないかな。まだ新しいし」
「そか」
「とは言え──」
改めてキーボードに向き直る。
「よくよく見てみると、けっこう薄汚いな……」
キートップを外すほどではないが、さまざまな汚れが付着している。
適当に動かしてやるだけで、綿棒の両端があっという間に黒く染まった。
「一本じゃ足りない。容器ごと取ってくれるか」
「はーい」
綿棒をエタノールに浸し、隙間をなぞる。
綿棒をエタノールに浸し、隙間をなぞる。
それを繰り返していると、
「……○○」
「ん?」
「やってみたい……」
「あー」
うにゅほの興味を刺激したらしい。
「じゃあ、頼むな」
「うん!」
こういった細かい作業は、俺よりうにゅほのほうがずっと得意だ。
「──おわり!」
たっぷり十分ほどかけて磨き上げられたキーボードは、まさに新品同様。
ホコリひとつない仕上がりだった。
「おー、すごい綺麗だ」
「うへー」
「ありがとな」
「うん!」
「今度掃除するときも、頼むかも」
「まかせて」
うにゅほが控えめな胸を張る。
キーボード沼に鼻先まで浸かった俺は、幾つもキーボードを持っている。
他のもお願いしよっと。



2018年11月8日(木)

ヘッドホンを外し、トイレに向かおうとしたときのことだった。
「──おっ、と」
何かに足を取られる。
振り返ると、ヘッドホンのコードだった。
当然、コードに引っ張られたヘッドホンは、デスクから滑り落ち──
「ほうッ!」
慌てて伸ばした右足の爪先が、ヘッドホンをなんとか引っ掛けた。
「ふー……」
危なかった。
このヘッドホンは、うにゅほが誕生日にくれた大切なものだ。
それを足で受け止めることの是非はどうあれ、落として壊すよりはずっとましだろう。
「危なかったな、××──」
そう言いながら振り返ると、
「──……すう」
うにゅほが座椅子で寝落ちしていた。
「見てなかったか……」
すこし残念だが、仕方ない。
カービィのブランケットを広げ、うにゅほの膝に掛けてやる。
すると、
「……ん」
薄く目蓋を開いたうにゅほが、くしくしと目元をこすった。
「起こしちゃったか」
「ねてた……」
「眠いなら、あったかくしてベッドで寝たほうがいいぞ」
「だいじょぶ」
あふ、と小さくあくびをする。
「どうでもいい話、していい?」
「うん」
「××が寝てるとき、ヘッドホンのコードを足に引っ掛けて──」
と、先程の出来事の一部始終を語る。
「あし、よくまにあったねえ」
目をまるくしながら、うにゅほがそう返した。
「自分でもそう思う」
「ちょっとみたかった……」
「こればっかりはな」
わざと落として再現するわけにもいかないし。
「そう考えると、ハプニング映像ってすごいよな。全部、たまたま、カメラの前で起こってるんだから」
「カメラないとき、もっとすごいこと、たくさんおきてるのかな」
「そうなんだろうなあ」
「なんか、もったいないきーする」
「わかる」
世界はきっと、奇跡で満ちている。
俺たちが目にできるものは、思いのほか少ないのだろう。



2018年11月9日(金)

風が強い。
家がぎしぎしと軋む音が、目蓋の裏の暗闇に響いていた。
寝返りを打ち、目を薄く開く。
低気圧のためか、体調がすこぶる悪かった。
「◯◯ぃ……」
ベッドの傍にうずくまったうにゅほが、俺の袖を遠慮がちに引く。
あまりの家鳴りの激しさに、九月の台風を思い起こしているのかもしれない。
うにゅほの頭を撫でてやりながら、呟く。
「──……だるい」
「だいじょぶ……?」
「あんまりだいじょばない……」
「してほしいの、ある?」
「……あー」
特にはないのだが、
「手、握ってて……」
そうしておけば、うにゅほもすこしは安心できるだろう。
「わかった」
ぎゅ。
小さな両手が、俺の手のひらを包み込む。
「……仕事、これ、夜やらないとなあ」
「そだね……」
とてもじゃないが、机に向かえる体調ではなかった。
在宅ワークゆえ時間の融通はきくものの、仮に休んだとしても、代わりに仕事をしてくれる人はいない。
インフルエンザだろうと、入院していようと、課されたノルマはこなさねばらならないのだ。
「まあ、ひと眠りすればよくなるだろ……」
「ねる?」
「寝ようかな」
「……てーつないでていい?」
「体勢、つらくない?」
「ちょっと」
「──…………」
ベッドの隣を、すこし空ける。
「座ってな」
「ありがと」
「寝ててもいいぞ」
「……いいの?」
「なんか、だるくて、どうでもいい……」
「うへー……」
うにゅほが布団に入り込む。
ベッドの端に座ったまま手を繋いでいるより、幾分か楽だろう。
そのまま寝入り、復調したのは、午後五時を過ぎたころのことだった。
仕事はさっき終わった。
疲れた。



2018年11月10日(土)

引き続き、体調が悪い。
おまけにPCの調子も悪い。
「んー……?」
十日ほど前、不本意な出来事によりWindowsを再インストールする羽目になった。※1
よって、ソフトウェア的にはさほど問題がないはず──
「あ、いらんの入ってた」
ぺいっ、とKB2952664あたりを次々削除する。
「──うん、軽くなった軽くなった」
「あ、ぱそこんなおった?」
「うーん……」
たしかに軽くはなった。
だが、
「なんか、根本的な問題は解決してない気がする」
「そなんだ……」
「まあ、これを見てくれ」
Steamで購入した2Dゲームを起動する。
「あ、かわいい」
「見てのとおり、マシンパワーはさほど必要ないゲームだ」
「うん」
「だけど──」
キャラクターを操作すると、約二秒に一度、引っ掛かるように動きが止まる。
「なんか、かくってする」
「そうなんだよ」
プレイが不可能なレベルではないが、非常にストレスだ。
「この二秒の一度の遅延って、ゲームに限らないらしくてさ」
YouTubeで動画を再生する。
「まあ、普段は気にならないんだけど」
一定の速度でオブジェクトが平行移動するシーンまで飛ばし、画面を指し示す。
「──ほら。同じ周期で一瞬だけ止まるだろ」
「ほんとだ……」
こうなると、ハードウェア自体に何らかの問題があるとしか思えない。
「グラボバリバリ使う3Dゲームは遅延しないから、該当パーツはそれ以外として、怪しいのは電源あたりかなあ」
わからんけど。
「とりあえず、いまより悪くなるようなら相談してみよう」
「おかねかかるね……」
「新しく買うより、ずっとまし」
「そだね」
なるべくなら、パーツの交換だけで解決したいものだ。

※1 2018年11月1日(木)参照



2018年11月11日(日)

「あ」
カレンダーを見て、ふと気づく。
「今日、11月11日か」
「そだよ」
「ポッキーの日だな」
「あ、ほんとだ」
正確には、ポッキー&プリッツの日であるらしい。
「××、ポッキー食べたい?」
「たべたい、けど」
うにゅほが、いたわるように口を開く。
「◯◯、ぐあいわるいし……」
「うん……」
相変わらず、体調の芳しくない俺だった。
「あ、わたし、コンビニいく?」
「それもなあ」
パシらせてるみたいで、気が引ける。
「なに、11月11日はポッキーの日だけじゃない。そっちでお茶を濁そう」
「なんのひ?」
「たしか、きりたんぽの日だったと思う」
「きりたんぽ、もっとない……」
「まあ、待て。調べてみよう」
調べてみた。
「ピーナッツの日」
「ない……」
「鮭の日」
「ない……」
「もやしの日」
「ない……」
「……食べもの以外にしよう」
「うん」
ぞろ目の日だからか、記念日が多い。
「サッカーの日」
「じゅういちにんだから?」
「十一人vs十一人だからだな」
「なるほど」
「箸の日」
「あ、はしにみえる」
「見えるな」
「へえー」
「あとは、靴下の日」
「くつした……」
うにゅほが、自分の足元を見る。
俺も、うにゅほも、屋内で靴下を履くのがあまり好きではない。
「……冷えるし、今日くらいは靴下履こうか」
「うん……」
11月11日は、靴下の日。
読者諸兄も覚えておこう。



2018年11月12日(月)

「さむみを感じる」
「さむみ」
「さむみ」
「ねむいの、ねむみ?」
「そう」
「あついの、あつみ」
「……なんか意味が変わってきたな」
「おなかへったの、なんだろ」
「うーん」
「くうふくみ?」
「語呂が悪いな」
「そだね」
「ぺこみにしよう」
「かわいい」
「ぺこみを感じる」
「いたいのは?」
「痛み」
「ふつう」
「患部に痛みを感じる」
「ふつうだ」
「痛みが散るお湯と書いて、痛散湯」
「?」
「なんか、そんなCMがあった」
「へえー」
「──…………」
「──……」
「……寒いな」
「さむみかんじる」
「エアコンつけるか」
「うん」
「あと、××を湯たんぽに任命する」
「はい」
「俺の膝の上で、ぽかぽかするように」
「わかりました」
人肌恋しい季節だ。
くっつく相手がいるのは僥倖である。



2018年11月13日(火)

「──わかった!」
「!」
唐突な大声に、うにゅほが目をまるくする。
「パソコンの不調の原因が、やあ──ッと、わかったぞ!」
「おー!」
うにゅほが、読んでいた漫画を閉じ、脇に置く。
「なんだったの?」
「パソコンの問題じゃなかったんだよ」
「?」
「問題は、モニタと──」
ビシッ!
デスクの上のあるものを指差す。
「液晶タブレットだ」
「えーかくやつ?」
「そう」
「あんまかんけいないきーする……」
「一目瞭然だぞ」
うにゅほを手招きし、パソコンチェアに座らせる。
「まず、液晶タブレットを接続した状態で、先日のゲームを起動する」※1
「あ、うさぎのやつだ」
ローディング画面を経たのち、ゲームパッドでキャラクターを操作する。
「やっぱし、かくってするね」
「次に、液タブをグラボから引っこ抜く」
すべての画面が暗転し、数秒後、メインとサブのディスプレイのみが復帰する。
「ほら、動かしてみ」
うにゅほにゲームパッドを手渡す。
「うと、……こう?」
キャラクターが右に動き、穴に落ちる。
「おちた」
「落ちても下のマップに行くだけだから」
「ほんとだ」
「動きはどうだ?」
「あ、かくってしない!」
「だろ」
PC本体の不調とばかり思っていたため、気づくのが遅れた。
原因が液晶タブレットでは、仮に修理に出したところで、症状が再現できずに送り返されるのがオチだったろう。
「でも、えーかくとき、どうするの?」
「絵を描くときだけ繋げればいい」
「あ、そか」
「考えてみれば、ずっと接続してる理由ないしな……」
ともあれ、PCの不調はこれにて解決だ。
よかったよかった。

※1 2018年11月10日(土)参照



2018年11月14日(水)

「……なんか、寝違えたみたい」
「くび?」
「いや、右腕」
「うで……」
うにゅほが小首をかしげる。
「うでって、ねちがえるの?」
「寝違えるんじゃないか。現に、腕上げると痛いし……」
右腕を水平に持ち上げると、
「つ」
強くはないが、確かな痛みを感じた。
「むりしないで」
「しない、しない」
俺だって、痛いのは嫌いだ。
「へんなねぞう、してたのかな」
「かもしれない」
「でも、ねぞう、きーつけれないから……」
「ほんとそれだよな」
たとえ寝相が悪くても、どうにかするのは難しい。
徳川慶喜は、枕の両側に剃刀の刃を立てて寝相を矯正したと言うが、まさかそんな真似をするわけにも行かない。
「あ、かたいたいの、あれかも」
「どれ?」
「しじゅうかた」
「──…………」
四十肩。
四十歳ごろに、肩の関節が痛んで腕の動きが悪くなってくること。
「……まだ早くない?」
「そなの?」
あ、この様子だと、よくわからずに言ってるな。
「俺は、四十肩じゃないと思う……」
「そか」
「違う、はず。きっと」
「?」
幸いなことに、肩の痛みは夕刻には取れた。
ほんのすこしだけ、どきりとさせられた一日だった。



2018年11月15日(木)

仕事用にリースしているオフィス向けの複合機が、Wi-Fiに繋がらなくなった。
「困ったな……」
PCは二階、複合機は一階だ。
有線で繋ぐことも不可能とは言わないが、あまり現実的ではない。
「なんか、さいきん、おおいねえ」
言葉足らずなうにゅほの意図を汲む。
「PC関係のトラブル?」
「うん」
「ほんとな……」
PCの不調が解決したと思ったら、今度は周辺機器である。
いい加減にしてほしい。
「とは言え、複合機に関しては、できることはほとんどないんだよな」
「そなの?」
「さっき、すこしだけいじってみたんだけど、管理者用のパスワードを求められた」
「あー……」
「まあ、借りてるだけだからなあ」
「どうするの?」
「メーカーに問い合わせて、修理に来てもらうしかない」
「そか……」
複合機本体に貼られている電話番号に掛け、修理の日取りを決める。
「──明後日の午後、来てくれるって」
「おかしとか、いる?」
「複合機を見てもらうだけだから、いらないと思う」
「わかった」
応接間に案内されてお菓子を出されても、修理に来た人も困るだろう。
「しかし、何が原因なんだろうなあ……」
「へんなつかいかた、した?」
「印刷しかしてないよ」
「ういるす」
「Wi-Fiに繋いでるわけだから、可能性はゼロではないけど──」
ふと思いつき、複合機の主電源を切る。
「どしたの?」
「再起動したら直るかも」
「なおるかなあ……」
直った。
「なおるんだ……」
「……俺も、直ると思わなかった」
考えてみれば、PCも、スマホも、調子の悪いときはまず再起動だ。
「修理呼ぶ前に試しとけばよかったなあ」
「ね」
複雑な気分で、キャンセルの電話を入れる俺だった。



2018年11月16日(金)

「あ、ねぐせ」
うにゅほが俺の髪を撫でつける。
「ぴこん」
寝癖が跳ねた音らしい。
「それ、直らないんだよ」
「◯◯のかみ、かたいもんねえ」
「いまの長さだと、シャワー浴びても直るかどうか」
「そんなに」
「逆に言うと、その強度の髪に癖がつく睡眠ってすごいよな……」
「なんじかんも、ずっと、だもんね」
「寝癖のつかない寝方のコツとかないのかな」
「うーん……」
「アカシックレコード的なもので調べてみよう」
「べんり」
Googleを開き、寝癖の予防法を検索する。
「……髪を乾かしてから寝る」
「うん」
「乾いてから寝てるんだよなあ」
「ほかにないの?」
「横向きで寝ない、だって」
「よこでねても、ふつうでねても、ねがえりうつきーする……」
「だよなあ」
「ねぐせつかないの、むずかしいね」
「──あ、これはいいかも」
「どれ?」
うにゅほがディスプレイを覗き込む。
「帽子などをかぶって寝る、だって」
「お」
絵本などでよく見るナイトキャップは、そういった用途のものなのかもしれない。
「ちょっと試してみるか」
「ねてるあいだ、とれないかな」
「それはあり得る」
「わたし、おきたとき、ぼうしとれてたら、かぶせる?」
「いや、そのときは素直に諦めよう」
「わかった」
今夜から、帽子をかぶって寝てみよう。
短髪にも効けばいいのだが。



2018年11月17日(土)

「──…………」
朝起きると、帽子が取れていた。
「××、俺、寝癖ついてる?」
「んー」
うにゅほが俺の後頭部を撫でつける。
「ぴこん」
ついていたらしい。
「意味なかったか……」
「そだねえ」
「帽子、どの時点で脱げたんだろう」
「わたしおきたとき、もうとれてた」
「あー……」
昨夜は朝方まで起きていたから、二、三時間で外れたことになる。
「そら寝癖もつくわな」
「うん」
効果の是非に関わらず、そもそもその効果を十全に受けられていないのだから、それ以前の問題である。
「やはり、最終的には寝相の問題に」
「そこかー」
「ま、いいや……」
小さく伸びをして、ベッドから下りる。
「××、ヨドバシ行くか」
「いく!」
即答である。
「なにかいいいくの?」
「デジカメ用のSDカード。父さんに頼まれててさ」
「そか」
興味なさげに頷く。
うにゅほにとって、何を買うかは重要ではない。
ヨドバシカメラに行くこと自体が、既にイベントのひとつなのである。
「……引きこもり気味で申し訳ない」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「××、免許取らないの?」
「めんきょ……」
「ひとりでどこでも行けるぞ」
「むり」
「無理か」
無理では仕方ない。
「あと、ひとりでどこいっても、いみない」
「──…………」
面映ゆいことを言ってくれる。
「なら、しばらくはこのままだな」
「うん、このまま」
うにゅほがそれを望む限り。



2018年11月18日(日)

「……だるい」
「うん」
「眠い」
「うん」
「だる眠い」
「ねよ」
「もう四時なんだよなあ……」
休日が、すべて、睡眠に奪われてしまった。
「これ以上寝ると、腰が痛くなる」
「そか……」
秋から冬へと移り変わる際は、毎年こんなものだ。
「真冬になれば安定するんだけどな」
「うん……」
小さく目を伏せるうにゅほの髪を、手櫛で梳いてやる。
「心配ないさ。慣れてるよ」
この厄介な体を引きずって、ここまで歩いてきたのだ。
今更、思うところもない。
「締め切りのあるものは十月中に全部出せたし、今月はゆっくり休むことにする」
「うん」
「十二月になれば、まあ、体調も戻るだろ」
「……うん」
「そんなことより、今日は外食なんだろ」
「そだよ」
「出掛ける前に、日記書いとくか」
ベッドから下り、PCへ向かう。
「◯◯、にっき、ぜったいやすまないね」
「毎日書くから日記って言うんだぞ」
Wordを起動し、今日の日付を入力したところで、手が止まった。
「──…………」
「?」
「……書くことがない」
「あー……」
理由は単純である。
起きてから、まだ、十分しか経っていないからだ。
「──今日は何の日でしょー、か!」
「あ、なんのひしりーずだ」
「書くことがないもので……」
「うーと、いい、いい……、いい、なんかのひ」
「十一月は、たいてい、"いい◯◯の日"になるよな」
「でも、じゅうはちにち、むずかしい」
「語呂合わせ、ないかもなあ」
検索してみる。
「雪見だいふくの日、だって」
「ゆきみだいふく」
「パッケージを開けたとき、付属のスティックとふたつの雪見だいふくで、18に見えるから──らしい」
「……いち、ちいちゃいね」
「俺もそう思う……」
記念日には、無理のあるものが多い気がする。



2018年11月19日(月)

コンビニで、不可解な飲み物を発見した。
「……濃厚ミルク仕立て、クリーミーミルク」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「ミルクじたての、ミルク?」
「そう書いてる」
「それ、ただのミルクのきーする……」
「ごはんにごはんを乗せて、ごはん丼──みたいな何かを感じる」
「それ、おおもりごはん……」
「気になるし、買ってみるか」
「うん」
ハズレだった場合を考慮して一本だけ購入し、イートインスペースに腰を下ろす。
「では、飲んでみます」
「はい」
ストローを挿し、ちゅうとひとくち。
「──…………」
「おいしい?」
「んー」
「まずい?」
「××も飲んでみ」
「うん」
容器ごと差し出すと、うにゅほがストローに吸い付いた。
ちゅー。
「あ、おいしい」
「なんか、あれみたいな味するな」
「どれ?」
「ロッテリアのバニラシェーキ」
「わかるわかる」
「"クリームをブレンドした濃厚ミルクに、アクセントとしてバニラ風味をきかせました"──だって」
「やっぱしバニラなんだ」
「頭痛が痛いみたいな商品名だけど、悪くないな。見つけたらまた買おう」
「そだね」
気になってまんまと手に取ってしまったのだから、これはこれでクレバーな商品名なのかもしれない。
意図したものかどうかは、怪しいところだと思うけれど。



2018年11月20日(火)

窓の外の異音に目を覚ますと、みぞれが降りしきっていた。
「寒いはずだ……」
冬の足音は、激しい。
出遅れたからかもしれない。
「あ、おはよー」
「おはよう」
「さむいねえ」
「問答無用で冬って感じだな」
「きょう、びょういん?」
「病院」
「ふゆようのコート、だしたほういいかな」
「まだ早いんじゃないか」
「そかな」
「気温が氷点下まで行かないと、コート濡れるぞ」
「あ、そか」
雪なら払えばいいが、みぞれではそうは行かない。
「××、あられとみぞれの違いってわかる?」
「わかるよ」
「……わかるの?」
意外だ。
「あられは、こおりのつぶ。みぞれは、あめとゆきがまじったの」
「正解」
「まえ、◯◯いってた」
「あー……」
説明したかもしれない。
「じゃあ、あられと雹の違いは?」
「ひょう?」
「雹も、空から降ってくる氷だろ。定義の違いがあるはずだ」
「うと……」
しばし思案したのち、うにゅほが小さく首を横に振る。
「わかんない」
「正解は、大きさです」
「おおきさ?」
「具体的には忘れたけど、何ミリ以上が雹、未満があられって定義されてる」
「へえー」
「関係ないけど、イルカとクジラの違いも大きさだけだぞ」
「え!」
「たしか」
「……ほんと?」
「聞きかじりだけど、そのはず」
「へえー」
初雪が降ったのなら、そろそろストーブを出すべきだろうか。
エアコンの力不足を感じる今日このごろである。



2018年11月21日(水)

「寒い……」
「さむいねえ……」
膝の上のうにゅほを抱きながら、寒さに打ち震える。
「エアコンつけないの?」
「つける」
「じゃあ、つけてくるね」
膝から下りようとするうにゅほを、しかと抱き締める。
「待った」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「考えてみれば、これからもっともっと寒くなるわけです」
「ですね」
「この程度で寒がっていては、真冬の気温に耐えられないのではないでしょうか」
「なるほど……」
「というわけで、エアコン以外の方法で暖を取ってみたいと思います」
「わかりました」
「××、靴下履いてる?」
「はいてる」
「俺は膝あったかいけど、××は?」
「さむい……」
「じゃあ、ブランケットだな」
星のカービィのブランケットを広げ、うにゅほの膝に掛ける。
「これ、さわりごこちよくて、すき」
「いいよな」
「でも、まださむいねえ……」
「次は半纏だな。二人羽織しよう」
「うん」
半纏の紐を解き、うにゅほに覆い被せる。
広い袖に二本の腕が通り、密着感が遥かに増した。
「はー、あったか……」
「だいぶ暖かくなったな」
「うん」
「室温は17℃だけど、外は何度なんだろう」
iPhoneを手に取り、天気アプリを起動する。
「……-6℃?」
「え」
「はーいエアコンつけましょう!」
「そだね……」
半纏を二人羽織にしたまま、のたくたとエアコンの電源を入れる。
北海道はとっくに冬なのだった。



2018年11月22日(木)

両親の寝室から窓の外を覗き見ると、世界が真っ白に染まっていた。
「わあー……!」
「うわ……」
どちらがどちらのリアクションか、いまさら記す必要もあるまい。
「初雪は根付かないけど、今年はさすがに根雪になるかもな……」
「はつゆき、おそかったもんね」
「毎年そんなこと言ってる気もするけど」
「あー」
「そして、結局根雪にならない」
「たしかに」
「なんだかんだ解けるよ、きっと」
「そか……」
うにゅほが残念そうに頷く。
「しかし、いままで力を溜めてたみたいに、一気に降り出したなあ」
「ぼたゆき、すごいね」
「重いぞこれは」
「ぼたぼたしてるから、ぼたゆき?」
「ぼたぼた……」
そんなオリジナルの擬態語を引き合いに出されてもなあ。
「牡丹みたいな雪と書いて、ぼたゆき。牡丹の花びらみたいに、大きく、まとまって降るから、そう名付けられたんだろうな」
「ふぜいがありますね」
「美しい日本語です」
「こなゆきは、こなみたいなゆきだから、こなゆき」
「だな」
「はつゆきは、はじめてふるゆきだから、はつゆき」
「そうそう」
「ゆきむしは、ゆきみたいなむしだから、ゆきむし」
「初雪の降るすこし前に出てくるから、余計に雪を彷彿とさせるんだろうな」
「へえー」
「あれ、本当はアブラムシなんだぞ」
「そなの?」
「たしか、そのはず」
「そなんだ……」
そんな豆知識を披露しながら、自室へ戻ってストーブをつける。
なんとなく"牡丹雪"で辞書を引いてみたところ、"ボタンの花びらのように降るからとも、ぼたぼたした雪の意からともいう"と記されていた。
うにゅほは正しかったのだ。
頭から否定した自分を恥じる俺だった。



2018年11月23日(金)

Steamでディスガイア5を購入して以来、ゲーム漬けの毎日が続いている。
「──…………」
「──……」
うにゅほを膝に乗せたまま、延々とレベル上げを行う。
「◯◯」
「んー」
「どのくらいつよくなった?」
「ラスボスワンパンどころか、負けることが事実上不可能になった」
ダメージ食らわないし、勝手に反撃するし。
「まだつよくするの?」
「隠しボスは、もっと強い」
「どのくらい?」
「まだ挑んでないからわからないけど、たぶん億ダメージを出せるようにならないと……」
「おく!」
うにゅほが目をまるくする。
「いま、ひゃくまんくらい……」
「そうだな」
「……ひゃくばいかかる?」
「かからない、かからない。加速度的に成長するから」
「そか……」
「1と2は200時間くらいやったけど、5はどうかな」
「いま、なんじかん?」
「75時間くらい」
「ななじゅうごじかん……」
「……よく考えたら、丸三日もこのゲームやってるのか」
麻痺していたが、すごいことだ。
「にひゃくじかん、いちばんくらい?」
「ゲームのプレイ時間ってこと?」
「うん」
「いや──」
もっと、桁違いにプレイしているゲームがある。
「elonaは、1000時間は軽く……」
「せん」
「1000」
「──……せん!?」
うにゅほが目を白黒させる。
「まじか……」
「マジです」
1000時間。
よくもまあ、そこまで費やせたものだ。
そんな話をしていたら、またプレイしたくなってきた。
やらないけど。



2018年11月24日(土)

午睡から目覚め、のろのろと着替えをする。
「きょう、ともだちとのみいくんだっけ」
「そう」
「ふゆだもんね、しかたないね……」
年末になると、忘年会やら何やらで、うにゅほを置いて出掛けなければならないことが多くなる。
こればかりはどうしようもない。
「なんじくらい、かえってくる?」」
「そんなには遅くならないと思うけど……」
「ほんと?」
「はしご酒って相手でもないし」
「そか……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「おきてていい?」
「いいけど、寒かったらちゃんとストーブをつけておくこと」
「わかりました」
うにゅほが、神妙な顔で頷く。
この反応なら大丈夫だ。
「ココアとコーンスープ、どっちがいい?」
「うと、ココアかなあ」
「了解」
うにゅほを置いて飲みに出掛けた冬の日は、ココアかコーンスープをお土産に買ってくる。
理由は特にない。
ただ、なんとなく続いている習慣だ。
「……免罪符のつもり、なのかもなあ」
「?」
「いや、独り言」
「そか」
自分の気持ちは、自分でもよくわからない。
「じゃあ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
うにゅほに見送られ、家を出て──

帰宅したのは午前一時だった。

「──…………」
「……たいへん申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「終電を逃してしまいまして……」
「……ココア」
「は、ここに……!」
まだ温かいココアを差し出す。
「……あんましおそいと、しんぱいするんだからね」
遅くなる旨は連絡してあるが、そういう問題ではない。
「ごめんな」
「うん」
小さく頷いて、うにゅほがココアをひとくち啜る。
「寝るとき、歯磨きし直さないとな」
「うん、わかった」
本当に免罪符になってしまった。
次からは気をつけよう。



2018年11月25日(日)

沈みゆく太陽を見つめながら、呟く。
「連休が……終わっていく……」
「そだね……」
「なーんかぼんやり過ごしちゃったなあ」
「ずっとゲームしてたもんね」
「ディスガイアも、育成限界が見えたから、だんだん飽きてきちゃったし……」
ここまで来ると、攻略サイトに書かれている内容をなぞるくらいしか、できることがない。
それはあまりに虚しい作業だ。
「……床屋行けばよかったかなあ」
「かみ、もうきるの?」
「横に跳ねてきたからな」
「ぼうず?」
「これからの季節、坊主はつらいだろ」
「さむいもんね……」
「ツーブロックみたいにしようかと思って」
「つーぶろっく」
「横と後ろを刈り上げて、上は残す──みたいな」
「あー」
「そういう髪型、見たことあるだろ」
「あれ、つーぶろっくっていうんだ」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「にあうかな」
「似合うと思う?」
「うん」
「わからないぞ。コボちゃんみたいになるかも」
「コボちゃん?」
うにゅほが小首をかしげる。
「知らないのか……」
「しらない」
考えてみれば、触れる機会もないものな。
「読売新聞とってたのって、××が来る前だったっけ」
「しんぶん……」
「新聞のテレビ欄の裏には、決まって四コマ漫画が載ってるんだよ」
「へえー」
「小学生のころ、なんでか切り抜いて集めてたっけなあ……」
懐かしい。
まだ連載しているのだろうか。
何故かコボちゃんに思いを馳せる連休最後の夕刻なのだった。



2018年11月26日(月)

「◯◯、◯◯」
「んー?」
うにゅほが、カレンダーを指し示す。
「いいふろのひ」
「いい風呂の──ああ、11月26日だからか」
「うん」
「急にどうしたんだ」
「にっき、かくことないかとおもって」
「あー……」
たしかに。
今日、何もしてないもんな。
「お気遣い、ありがとうございます」
「いえいえ」
ぺこりぺこりと頭を下げ合う。
「かけそう?」
「いい風呂の日だけだと、さすがにパンチが足りないな」
「そか……」
「どうせなら、銭湯へ行くくらいのイベント感が欲しい」
「せんとう、いく?」
「絶対混んでる」
「そだね……」
「銭湯らしい銭湯って、近場にないしな」
「たしかに」
「いまから定山渓とか、そこまでフットワーク軽くないし……」
「じょうざんけいおんせん?」
「行ったことあったっけ」
「ない」
「じゃあ、今度──」
言いかけて、はたと気づく。
「……温泉だと、男湯と女湯で別れるな」
「あ」
銭湯もだけど。
「こんよく……」
「混浴なんてそうないし、そもそも××の肌を他人に見せたくない」
「……うへー」
うにゅほがてれりと笑う。
「まあ、そのうちどっか行くかー……」
「うん」
この漠然とした約束が果たされるのは、雪が解けてからになるだろう。
冬場は引きこもるに限る。



2018年11月27日(火)

母親を伴い救急病院から帰宅すると、午前六時を過ぎていた。
そのまま泥のように眠り、起床したのち、蚊帳の外だった弟に事の次第を説明する。
「朝の四時半くらいに父さんに起こされてさ。母さん、蕁麻疹が出たって言うんだよ」
「蕁麻疹……」
「ブツブツはできてなかったけど、とにかく両手が痒いんだって」
「てー、あかくなってた」
「で、俺と××で救急病院連れてって、診察してもらったんだ」
「……××、大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃなかった。ずっと半泣きだった」
「やっぱり」
「うへー……」
うにゅほが苦笑する。
「で、原因はなんだったのさ」
「さばだって」
「鯖って、夕飯の鯖の味噌煮?」
「うん」
「もともと体調が悪いところに、あたりやすい鯖を食べたのがよくなかったらしい」
「あー……」
ヒスタミン中毒、というやつである。
「あれるぎーのくすりと、かゆみどめもらった」
「それでひとまず様子見だってさ」
「俺が寝てるあいだに、そんなことがあったんだ……」
「のんきにぐーすか寝やがって」
「あとから言うなよ」
弟が、不満げに口を尖らせる。
「冗談、冗談。起こしても杞憂になりそうだったからな」
「××は起きちゃったのか」
「おきちゃった」
「父さん声でかいし」
「わかる」
「症状が悪化するようならまた病院って話だったけど、快方に向かってるみたいだし、たぶん大丈夫じゃないかな」
「そっか」
弟が、ほっと息を吐く。
なんだかんだと心配ではあったのだろう。
「それより、俺の生活サイクルが狂いそうなのが問題だ……」
「それはどうでもいい」
俺には冷たい弟なのだった。



2018年11月28日(水)

「──…………」
ずぞ。
鼻を啜る。
すこぶる喉が痛かった。
「……はい、風邪を引きました」
「!」
うにゅほが俺に抱きつき、すんすんと鼻を鳴らす。
「ほんとだ……」
「風邪の匂い、するか」
「する」
うにゅほは、俺の体調を、匂いで検知することができる。
曰く、ラムネと何かが入り混じったような匂いがするらしい。
「まっててね」
そう言い残し、うにゅほが階下へ駆けていく。
しばらくして戻ってきたうにゅほの手には、体温計と風邪薬、サージカルマスクが握られていた。
「ねつ、はかりましょう」
「あい」
素直に熱を測る。
36.8℃
「あるような、ないような……」
微妙なところだ。
「くすりのんで、ねましょうね」
「はい」
風邪薬を飲み、マスクを装着し、ベッドに潜り込む。
「……××も、マスクな」
「うん」
まだ母親も完治していないのに、ふたり揃って倒れては事である。
「どこでもらってきたんだろう……」
「きのう、きゅうきゅうびょういんかなあ」
「いや、風邪には潜伏期間がある。だから、二、三日くらい前の──」
「あ、のみいったとき?」
「それだ」
地下鉄か居酒屋かはわからないが、近くに風邪を引いた人がいたのだろう。
「人混みのある場所に行くときは、マスクしたほうがよさそうだなあ……」
「ね」
風邪は、予防が大切である。
引いてからでは遅いのだ。



2018年11月29日(木)

引き続き、風邪を引いている。
腋窩で電子音を鳴らす体温計を引き抜き、表示盤を確認する。
37.4℃
「熱が上がってきた……」
「びょういん、いこ」
「病院……」
ごろんと寝返りを打ち、うにゅほに背中を向ける。
「いきたくない?」
「着替えて、運転して、一時間待って、診察して、ようやくもらえるのがただの風邪薬だからなあ……」
インフルエンザじゃあるまいし、普通の風邪で病院へ行くのは馬鹿らしい。
「寝てれば治る、寝てれば」
「そか……」
「……心配かけて、ごめんな」
「うん」
どうにも病弱な肉体である。
もうすこし丈夫に生まれつきたかったが、こればかりはどうしようもない。
配られたカードで勝負するしかないのだ。

幾度も眠り、幾度も目覚め、浅い夢を繰り返す。
「──…………」
寝癖の跳ねた髪の毛を撫でつけながら上体を起こすと、うにゅほが座椅子で寝落ちしていた。
その手には、昨日も飲んだ風邪薬の小箱が握られている。
うにゅほを起こさないように小箱を抜き取り、洗面所でカプセルを飲み下す。
そこで、ようやく気がついた。
「……これ、鼻炎の薬だ」
くしゃみ、鼻水、鼻づまりと書いてあるから、うにゅほが間違えたのだろう。
慌ててたのかな。
微笑ましい気分になって、薬の小箱をポケットに突っ込んだ。
気がつく前に隠してしまおう。
丸一日眠り眠って、体調もだいぶ良くなった。
だが、油断は禁物だ。
しばらくは安静にしておこうと思った。



2018年11月30日(金)

「──ごほッ! こほ、ごホッ!」
鼻水に加え、咳まで出始めた。
「びょういん……」
「いや、──こほッ、熱は下がったから……」
「そだけど」
温湿度計を覗き込む。
湿度43%
すこし低めだ。
「加湿、しとくか」
「うん」
加湿空気清浄機からタンクを抜き取り、側面下部にあるトレイを取り外す。

──バリッ!

「あー……」
「すごいおとした」
乾いた汚れが貼り付き、天然の接着剤と化していたらしい。
うにゅほがトレイを覗き込み、呟く。
「きたない……」
「去年もこんな感じで、こほ、浸け置き洗いしたんだったな」
「うん」
「たまに掃除すればいいんだろうけど、つい忘れちゃうんだよなあ……」
「ねー」
洗面所に湯を張り、洗剤を混ぜてトレイを入れる。
「一時間くらいでいいかな」
「そしたら、わたし、スポンジでこするね」
「頼──ゴホッ、頼む」
「うん」
トレイを浸け置きしたあと、階段を下りて玄関へ向かう。
「◯◯?」
「んー」
「どこいくの?」
「コロの墓」
「あ、そか」
今日は、愛犬の命日である。
「風邪引いてなければ、ジャーキーでも買ってきたんだけどな……」
「おまいりしたら、すぐはいろうね」
「ああ」
庭の墓石にさっと手を合わせ、体が冷えないうちに自室へ戻る。
年を追うごとに、墓参りの時間が短くなっていく。
愛犬の記憶も、既に遠い。
悲しみが癒えることに一抹の寂しさを感じる冬の一日だった。

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