>> 2018年9月



2018年9月1日(土)

「……九月になってしまいました」
「なってしまいました」
「月が変わると、いよいよ秋めく感じがするよな」
「する」
「秋が終わって、すぐ冬で、あっという間に雪が降る」
「たのしみだねえ」
「いや、俺はあんまり……」
「えー」
「寒いし、ウィンタースポーツするわけじゃないし、寒いし、雪道危ないし、いいことひとつもない」
「ゆきかきは?」
「大嫌い」
「えー……」
不満げである。
「わたし、◯◯とゆきかきするの、すき」
「……まあ、××と一緒にするぶんには、そこまで嫌じゃないけどさ」
「うへー」
「でも、大雪は勘弁だよ。一時間コースは問答無用で嫌い」
「いちじかんは、うん……」
「十分くらいでササッと終わる量なら毎日降ったっていいけど、悲しいけどここ北海道なのよね」
「かなしいの?」
「ごめん。ガンダム見たこともないのにガンダムネタ使った」
「そなんだ……」
「──って、さすがに気が早いか。まだ9月1日なのに」
「ふゆ、すきだけど、あきもすきだよ」
「夏は?」
「すき」
「春」
「すき」
「梅雨」
「なつのはじめ、つゆみたいだったね」
「もし、あれが一ヶ月続くとしたら……?」
「……いやかも」
さしものうにゅほも、じめじめするのは嫌いらしい。
「なんにせよ、過ごしやすいのはいいことだ」
「うん」
「ほら、秋さんにご挨拶は?」
「おひさしぶりです」
「一年ぶりですねえ」
「そうですねえ」
去るものは去る。
来るものは来る。
時の移ろいを楽しみたいものだ。



2018年9月2日(日)

新しいチェアの肘掛けに右手で頬杖をつきながら、左手で文庫本をパラパラと開く。
小泉武夫の「奇食珍食」。
虫、爬虫類、軟体動物──世界中の珍しい食の生態を、作者が自分の舌で取材したレポートだ。
興味深く読んでいると、
「──◯◯、◯◯」
肘掛けの下から、うにゅほがひょこりと顔を出した。
「んー?」
「わたしも、それ、してみたい」
「……ドジョウ地獄鍋?」
「なにそれ」
本の内容のわけがないか。
「それって、どれさ」
「うーと、◯◯みたいに、かたてでほんよむの」
自分の左手を見やる。
たしかに、片手で文庫本を開き、片手でページをめくっている。
あまりに日常過ぎて、指摘されるまで気がつかなかった。
「どやってやってるの?」
「どうって──」
我ながら、どうやっているのだろう。
自分の動きを意識してみる。
親指で左のページを支え、小指で右のページを開く。
中指と薬指は背表紙に引っ掛け、曲げた人差し指を裏表紙に押し当てる。
これが基本の姿勢だ。
めくるときは、人差し指と親指で左のページを湾曲させ、その反動を利用する。
めくられたページは、また小指で押さえる。
「──と、この繰り返しなんだけど」
「やってみる」
うにゅほが、本棚から適当な文庫本を取り、見よう見真似で開いてみせる。
「く」
「できそう?」
「こ、ゆび、つる……!」
「……無理しないほうがいいと思うぞ」
そもそも、手の大きさが違うのだし。
「これむり……」
「横着しないで、両手で読めってことだな」
「◯◯、ずるいー」
「ずるくなーい」
うにゅほの手に合った方法もあるのかもしれないが、それを開発するには長い時間がかかりそうだ。



2018年9月3日(月)

「レコーディングダイエットかあ……」
「?」
「食べたものを記録したら痩せるらしい」
「うーん……」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんで?」
「不思議だね」
「うん」
「まあ、理に適ったダイエット法だとは思う」
「そなの?」
「太るひとは、太るべくして太ってる。間食、暴食、夜食。食生活に問題がある」
「うん」
「何をどれだけ食べているのかを客観的に把握することで、食生活の改善を図るというのが、レコーディングダイエットの主旨だ」
「なるほど……」
「最近は、アプリで簡単にできるから、ちょっとやってみようかと思って」
「たのしそう」
「××、こういうデータ取る系の好きだよな」
「すき」
「じゃあ、入力は××にお願いしよう」
「はーい」
適当なアプリをインストールし、スマホをうにゅほに手渡す。
「きょう、なにたべたっけ」
「今日は初期設定だけして、レコーディングは明日からでいいんじゃないかな」
「そだね」
うにゅほがぽちぽちとアプリをいじる。
「◯◯、いまなんキロ?」
「──…………」
「?」
「……それ、言わなきゃダメ?」
「いれるとこある……」
「マジか」
マジか。
「……体重測るの、明日でいい?」
「いいけど……」
「あと、今日は晩御飯なしで」
「……?」
ほんの数百グラムでも見栄を張りたい俺だった。



2018年9月4日(火)

風が強い。
台風が近づいているらしい。
「──…………」
「──……」
「……かぜ、すごいね」
「すごいな」
「いえ、ゆれてるね……」
「揺れてるな」
ぎゅ。
うにゅほが、俺の腕に抱き着いたまま離れない。
「相変わらず、家が揺れるのダメなのな」
「だって、こわい……」
共感はできないが、理解はできる。
家は安心の象徴だ。
それが容易に揺らぐのが、理屈抜きで恐ろしいのだろう。
「……しかし、暑いな」
額を拭うと、すこし濡れていた。
「ごめんなさい……」
「いや、××が抱き着く抱き着かない以前に、今日やたら蒸さない?」
「うと」
ふたり揃って温湿度計を覗き込む。
「さんじゅうどある……」
「窓、ちょっと開けてみるか」
「えー……」
「雨は降ってないし、ちょっとだけ」
腕に貼り付くうにゅほを率い、南西側の窓を開く。
その瞬間、

──ぶおッ!

「おふ!」
強風が顔面を煽り、俺は思わずたたらを踏んだ。
「しめて! しめて!」
言われるまでもない。
慌てて窓を閉じ、ほっと一息つく。
「やー、すごかったな……」
「うん……」
台風が直撃したら、どうなってしまうのだろう。
不謹慎だとわかってはいるが、非日常の予感に心が躍る俺だった。



2018年9月5日(水)

昨夜のことである。
台風に怯えるうにゅほを膝の上であやしていると、

──ブツン!

「わ!」
唐突に、視界が真っ暗になった。
停電である。
「◯◯! ◯◯!」
「はいはい、停電停電。すぐ復旧するって」
「◯◯ぃ……」
俺の首根っこに抱き着いて、半泣きである。
だが、
「……停電、直らないな」
「うん……」
五分経っても、
十分経っても、
明かりは一向に戻らない。
「──…………」
「──……」
暴風が家を揺らす。
豪雨が窓を痛打する。
「これ、どっかの電線が切れたんだな……」
「……でんき、なおらない?」
「朝まで待たないとダメかも」
「うー……」
「しゃーない、寝るか。眠くないけど」
「◯◯、いっしょにねよ……」
「──…………」
あまり同衾はしないようにしているのだが、今回ばかりは仕方ない。
「……××が寝るまでな」
「あさまで……」
「──…………」
「──……」
溜め息をひとつつき、
「わかった」
「やた」
根負けである。
うにゅほに腕を取られながら、布団の中で物思う。
はっきり言って、眠くない。
普段の就寝時刻より数時間早い上に、台風直撃の物音のなか、さらにうにゅほと密着しているとなれば、ぐっすり眠れるほうがどうかしている。
もっとも、当のうにゅほはさっさと熟睡してしまったのだけれど。
浅い眠りを繰り返し、朝を迎えてなお、電気は復旧していなかった。
「しゃーない。冷蔵庫の霜取りでもするか……」
「そだねえ」
霜、随分と大きくなってたし。
ようやく通電したのは、正午を大きく回ってからだった。
やはり、災害は災害である。
来ないに越したことはない。
非日常に高揚した前日の自分を恥じる俺だった。



2018年9月6日(木)
2018年9月7日(金)

それが起こったのは、9月6日午前3時7分のことだった。
そろそろ寝ようかと腰を上げかけたとき、

家が、揺れた。

最初は、小さな揺れだったと思う。
揺り返しのたび大きくなっていく地震の渦中、自分がどんな気分でいたか、どうしても思い出せない。
放心していたのかもしれない。
あとから知るのだが、このときの震度たるや、実に5弱。
俺にとっても、うにゅほにとっても、初めて体験する規模の地震であったことは間違いない。
棚の上のぬいぐるみが落ち、平積みしてあった本の山が崩れる。
屋内の被害がこの程度で済んだのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
「……××?」
揺れが収まったのち、恐る恐る、うにゅほのベッドへと歩み寄る。
俺の顔を見た瞬間、うにゅほが顔をくしゃくしゃにした。
「──こあ、あッ……、う、ああ……ッ!」
うにゅほが俺に抱きつく。
「大丈夫、大丈夫。もう怖くない」
「ふぶ……、う、う……」
しばしうにゅほをあやしていると、停電が起きた。
台風に続き、二日連続となる。
悪いことは重なるものだ。
こうなると、できることなど何もない。
家族の安否と被害を確かめたのち、うにゅほを抱き締めながら、その日は床に就いた。

この停電が、北海道全域に渡ることを知ったのは、翌日のラジオ放送でのことだった。

「……◯◯」
「ん」
「でんき、ぜんぶなおるまで、いっしゅうかんだって……」
たびたび起こる余震に怯えてか、うにゅほは、俺の腕を離さなくなった。
仕方あるまい。
俺だって、余震が来るたびに肝が冷えるもの。
「……一週間は、つらいなあ」
「うん……」
「まあ、漫画でも読んで過ごすさ。積ん読たくさんあるし」
停電はしても、断水はしていない。
食料も十分にある。
東日本大震災などに比べれば、被災としては穏やかなものだろう。
ランタンの明かりのなかで夕食を終え、家族でラジオに聞き入っていたとき、タバコを吸いに出ていた父親が俺たちを呼んだ。
「──おい、お前ら来い! 星すげえぞ!」
好奇心を覚え、家の前の公園に出る。
すると、
「わあ……!」
眼前に、北斗七星が輝いていた。
「そうか、北海道全域が停電だから……」
天球。
瞬く無数の星々が、本で見た通りの形に並んでいる。
「××」
「?」
「あれが、北斗七星。向こうのW型の星座が、カシオペアだ」
「あ、きいたことある!」
「北斗七星とカシオペアは、北極星を挟んでおおよそ反対の位置にある。だから──」
うろ覚えの知識で、うにゅほに夜空の案内をする。
不謹慎かもしれないが、楽しかった。
蚊に食われながら、小一時間ほども星を眺めていたときのことだ。
──パッ、と。
公園の街灯が、白く輝いた。
周囲の家々の窓から、次々と光が漏れ始める。
「わ、ついた!」
「やった……!」
思わず、うにゅほとハイタッチを交わす。
一週間ならずとも三日は覚悟していたため、人工の光がたまらなく嬉しかった。
だが、この夜空の下で、いまも暗闇に怯えているひとたちがいる。
俺たちの地域は、たまたま復旧が早かった。
運がよかっただけなのだ。
一刻も早い全戸復旧を、心から祈っている。



2018年9月8日(土)

電気が復旧してから二日が経過した。
余震はまだ続いているが、うにゅほもようやっと落ち着きを取り戻したようだった。
「ガソリンスタンド、ずっと並んでるってさ」
「そか……」
「停電はほとんど解消されたけど、まだ手放しで喜べる状況じゃないみたい」
「……いっしゅんだね」
「うん?」
「じしん、じゅうびょうくらいだったのに……」
「……そうだな」
どんなに積み重ねても──否、積み重ねれば積み重ねるほど、崩れ去るのは一瞬だ。
「大きな余震が来たときのために、大切なものを決めて、すぐ持ち出せるようにしないとな」
「たいせつなもの」
「そう」
「◯◯の、たいせつなもの、なに?」
「××」
「うへー……」
うにゅほがてれりと笑う。
「でも、××には足があるから、自分で頑張ってもらうとして」
「えー」
「財布と、預金通帳と、スマホと、時計と、バックアップ用の外付けHDDかなあ……」
「たくさんあるね」
「××の大切なものは?」
「◯◯!」
「ありがとうございます」
「でも、◯◯には、あしがあるから……」
「頑張ります」
「わたし、たいせつなのまとめてあるから、そのはこ」
「あー、あれか」
俺が勝手に"うにゅ箱"と命名したチェック柄のケースのことである。
「◯◯からもらったの、たくさんはいってる」
「腕時計とか、つげの櫛とかな」
「うん」
「余裕があれば、日用品一式も欲しいな。下着とかタオルとか歯ブラシとか」
「あ、みずもほしい」
「ペットボトルたくさんあるから、できるだけ汲んでおこう」
「あと──」
会話を交わすうちに、どんどん荷物が多くなっていくふたりだった。



2018年9月9日(日)

九月も二週目に入り、だいぶ涼しくなってきた。
「昼間はまだ暑いけど──」
窓を閉めながら、うにゅほに話し掛ける。
「日が暮れたあとも開けっ放しだと、肌寒くて仕方ないや」
「あきだねえ……」
「秋と言えば、さっき、石焼き芋の車が来てたな」
「うん、きてた」
「すこし早い気もするけど、そもそも五月くらいにも営業してたからなあ……」※1
うちの近所の焼き芋屋は、どうにも商売熱心らしい。
「みんな、げんきづけるために、きたのかも」
「元気づけるため?」
「うん」
「……焼き芋で?」
「うーと」
しばし思案したのち、うにゅほが答える。
「いしやきいものこえしたら、いつもどおりなきーするから」
「あー……」
そうかもしれない。
「それは、素敵な考え方だな」
「そかな」
「いまなら売れると踏んだからかもしれないけど」
「そかも……」
こればかりは、聞いてみないとわからない。
「そう言えば、石焼き芋って、××と一緒に買えた試しがないな」
「そだねえ」
「何度か買おうとしたけど、タイミングがいまいち合わないんだよなあ……」
いざと財布を握り締めているときに限って、遠ざかっていくことが多い。
「……そもそも、うちの前は通ってないのかも」
「えー」
「遠くから聞こえてるだけ」
「なまごろし……」
「次に石焼き芋が聞こえたら、窓の傍で張ってみようか。はっきりする」
「うん」
聞こえ次第、車で追うという手もあるが、そこまで必死になることでもない気がするし。
果たして、今年は石焼き芋が買えるのだろうか。
乞うご期待。

※1 2018年5月18日(金)参照



2018年9月10日(月)

月曜日である。
「あ、ジャンプ買いに行かないと」
「そだね」
「一週間、やたらと長かった気がするなあ」
「ながかった……」
台風、停電、地震に余震──気の休まる暇がない一週間だった。
「──って、コンビニいま大丈夫なのか?」
「あ」
「宅配便は来てるから、物流は問題なさそうだけど……」
「うーん」
「とりあえず、行ってみる?」
「いく」
電動シャッターを開き、愛車のミラジーノに乗り込む。
「このシャッターも、開かなくて困ったっけなあ」
「てーであけれたらいいのにね」
最寄りのセイコーマートの駐車場に車を停めると、見慣れない光景が目についた。
窓から覗く陳列棚に、商品がひとつもないのだ。
「──…………」
「──……」
うにゅほと顔を見合わせる。
非日常。
我が家が普段通りだから、油断していた。
ここは、紛れもなく被災地なのだ。
「……帰るか」
「うん……」
ジャンプという気分でもなくなってしまった。
普段であれば、気分転換に、どこか遠くへ足を伸ばすのだが、いまばかりは余計に気が塞ぎそうだ。
「帰ったら、なんかして遊ぼう」
「!」
うにゅほが目を輝かせる。
「ね、なにする?」
「なにして遊ぶか決める遊び」
「たのしそう」
それでいいのか。
そして、案の定楽しいのだった。



2018年9月11日(火)

小用を足して戻ってくると、床にゴミが落ちていた。
拾い上げる。
「……?」
糸くずの塊かと思っていたが、なんだか固い。
よくよく見てみると、虫の死骸だった。
「──うおッ!」
思わず取り落とす。
「どしたの?」
「いや、虫が──」
「……むし、どこ?」
うにゅほが臨戦態勢に入る。
俺からの合図があれば、いつでもキンチョールを探しに行ける構えだ。
「いや、大丈夫。死んでる」
「そか……」
ほっと胸を撫で下ろしたうにゅほが、浮かしかけた腰を座椅子に落ち着ける。
「……しかし、けっこうでかいな」
虫の死骸をティッシュにくるみ、ゴミ箱に捨てる。
「かってにはいってきて、かってにしなないでほしい……」
ひどい言い草だが、まったくである。
「乾いてたから、だいぶ前に死んだみたい」
「そなんだ」
「ベッドの下から、風で転げ出てきたのかな」
「──…………」
うにゅほが眉をひそめる。
「どした?」
「……うと、みえないとこにいて、みえないとこでしんだんだよね」
「そうなるな」
「いまも、みえないとこに、むしいるのかなあ……」
「──…………」
「──……」
「……その考え方は、やめよう。見えないものはいない。いいね」
「うん……」
いるかいないかわからないものを恐れ出したら、地獄の始まりだ。
「ただし、アリは除く」
「のぞく」
「侵入された時点で手遅れだからな……」
今年は大丈夫そうだが、まだ安心はできない。
冬になるまで警戒は怠らないでおこう。



2018年9月12日(水)

「あああああああああー……」
両耳を軽く叩きながら、うるさくない程度に声を上げる。
「!」
唐突な俺の奇行に、うにゅほが目をまるくする。
「◯◯、どしたの」
「あ、いや」
「だいじょぶ……?」
真剣に心配されてしまった。
「大したことじゃないんだ。ほら、イヤーワームってあるだろ」
「あたまのなかで、おんがくなるやつ?」
「そう。止まらなくて……」
「なんのきょく?」
「……きよしのズンドコ節」
「あー……」
「テレビでも見てない、ネットでも聞いてないのに、なんで脳内再生が止まらないんだ……」
「うわがきしたらいいのかなあ」
「上書きしたい。××、なんか歌って」
「なんか……」
「なんでもいいよ」
「うと」
しばし思案したのち、うにゅほが歌い出す。
「……あるーひ、あるーひ、もりのーなーか、もりのーなーか」
森のくまさん。
選曲が、うにゅほらしい。
「くまさーんに、くまさーんに、であーった、であーった」
ひとりで輪唱までしてしまうあたりも、たいへんうにゅほらしい。
「はなさーく、もーりーのーみーちー、くまさーんに、であーったー……」
「おー」
ぱちぱちと拍手を送る。
「うわがき、できた?」
「──…………」
十秒ほど沈黙し、
「……いや、まだ。きよしが強い」
「だめかー……」
「先生、二曲目お願いします」
「はい」
イヤーワームを言い訳に、うにゅほリサイタルを心ゆくまで楽しむ俺だった。



2018年9月13日(木)

「……部屋に、ぬいぐるみが多すぎる気がする」
「そかな」
「成人男性の部屋としては異常な量かと」
ゲームセンターのプライズで言うところのビッグサイズのぬいぐるみが、十数体ほど。
サイズを問わなければ、優に三十を超えるぬいぐるみが所狭しと飾られている。
「すこしくらいならあってもいいけど、こんなにはいらないよなあ……」
「◯◯、たくさんとってくるから」
「取れそうだと、つい」
同じ理由で、未開封のフィギュアの箱も、クローゼットに押し込められている。
「どうしようかな。ぬいぐるみって捨てられないし」
「だれかにあげるとか」
「誰に?」
「──…………」
「──……」
「うん」
思いつかなかったらしい。
「あげるにしても、お気に入りは取っておきたいなあ」
「おきにいり、どれ?」
「東方系のぬいぐるみはあげたくないし、けもフレも取っておきたいし、猫系のは愛着あるし」
「おおい」
「敢えて言うなら、このマンガ肉のぬいぐるみはいらないかな……」
「なんでとったんだっけ……」
「俺の記憶が正しければ、××がやたらとおだてるから」※1
「そだっけ」
記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。
「ぬいぐるみおくへや、あったらいいのにね」
「ほんと、もう一部屋欲しいよな」
「うん」
「──…………」
ふと思う。
「もう一部屋あったら、××の部屋になるんじゃないか。順当に考えて」
「!」
「物置にはしないだろ」
「……もうひとへや、なくていいかな」
うにゅほは寂しがりだから、部屋にひとりではいられない。
「まあ、増築なんてそもそもできやしないんだから、安心しなさい」
「はい」
ぬいぐるみ、どうしようかな。
減らせないのだから、せめて、増やさないようにしなければ。

※1 2017年5月9日(火)参照



2018年9月14日(金)

「──……う、ぐ」
帰宅早々ベッドに倒れ込み、大きく膨らんだ腹を撫でる。
「わ、おなかすごい」
「友達が、おごってくれるって言うから……」
「なにたべたの?」
「ジャンボ生ちらし、3,580円」
「じゃんぼ……」
「写真見る?」
「みる!」
iPhoneを取り出し、先程撮った写真を見せる。
「こんもりしてる……」
「山だろ」
「やま」
刺し身やいくら、生うにといった魚介が、桶の倍以上の高さを誇る小山を形作っている。
「これ、内側はほとんど酢飯で、具材はただ貼り付けてある感じなんだよな」
「へえー」
「丼二杯ぶんくらいの酢飯を盛り付け始めたのを見たときは、正直後悔した……」
「たべれたの?」
「残さず食べたぞ」
「すごい」
「……ここだけの話、酢飯だけで700gあったらしい」
「──…………」
うにゅほが、ぽかんと口を開ける。
「具材を入れれば、1kgは余裕で超えますね」
「……ダイエットちゅうなのに?」
「ダイエット中なのに」
友人と会ったときくらいは、好きなものを食べてもいいだろう。
限度がある気がしないでもないが。
「ダイエットのアプリ、なんキロカロリーってすればいいんだろ……」
「……2,000kcalくらい?」
「それ、いちにちぶん……」
「晩ごはん、絶対入らないし」
「ぽんぽん」
うにゅほが、俺の腹を撫でる。
「うッ」
「あ、ごめんなさい」
「ちょっと牛になる……」
久し振りに暴食の限りを尽くした。
美味しかったが、二度は食べるまい。



2018年9月15日(土)

「んー……」
卓上鏡を覗き込みながら、あっかんべーの要領で下目蓋を開く。
「よくわからんなあ……」
「どしたの?」
「なんか、右目の下の目蓋がピクピクするんだ」
「ぴくぴく……」
「見ててみ」
「うん」
「──…………」
「──……」
二、三分ほど見つめ合ったのち、
「……まあ、今はピクピクしなかったけど、たまにするんだ」
「しなかったね……」
見せたいときに常に症状が出るとは限らない。
「疲れ目かなーと思って目薬とかさしてるんだけど、ここ数日治らなくてさ」
「びょうきかな」
「目の病気、嫌だなあ……」
「ておくれにならないうちに、びょういんいかないと」
「まあ待て。まずはネットで調べてみよう」
「うん」
適当なワードで検索すると、眼科のサイトがヒットした。
「眼瞼ミオキミア、だと……!」
「こ、こわいびょうき?」
「いや、なんかカッコいい名前だなーと思って」
「──…………」
あ、呆れてる。
「えーと、自然に治まるから、特に治療の必要はないってさ」
「よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「……眼瞼ミオキミアって、漫画のタイトルみたいじゃない?」
「わかるけど」
「能力バトルとかしそう」
「あー」
とりあえず、持病が増えたわけではなさそうで、よかった。



2018年9月16日(日)

「××さん、××さん」
「はい」
「観たい映画があります」
「いこう!」
話が早い。
「でも、幾つか問題があってな」
「なにー?」
「ひとつは、ゾンビ映画──らしいってこと」
「ぞんび……」
「ホラーじゃないって話だから、××でも大丈夫だとは思うけど」
「なんてやつ?」
「"カメラを止めるな!"ってやつ」
「あ、なんかきいたことある」
「話題だからな」
「いついく?」
「問題は、まだあります」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いつものシネコンで上映してないんだよな」
「えー……」
「まあ、28日に公開予定だから、ちょっと待てばいいだけなんだけどさ」
「よかった」
「ただ、"シックス・センス"ばりにネタバレされると面白くない映画らしいから、情報を遮断しておかねば」
「わたし、あんましかんけいないね」
「友達いないもんな」
「いない」
「ネットも見ないもんな」
「みない」
「問題は、まだあります」
「やまづみだ……」
「友達に、なるべく混んだ映画館で観たほうがいいって言われたんだよ」
「なんで?」
「さっぱりわからん」
「うーん……」
「普段、平日昼間のすっからかんのスクリーンで観るから、どうしようかなって」
「こんでるとこ、いきたくないな……」
「だよなあ」
公開まで、まだ十日以上ある。
予定と合わせて考えよう。



2018年9月17日(月)

窓の外、遥か遠くから、バイクの爆音が轟いている。
「ぼうそうぞくだ」
「暴走族だな」
「うるさいねえ……」
「ほんとな」
「のってるひと、うるさくないのかな」
「うるさいと思うぞ」
「なんでうるさくするんだろ」
「承認欲求だな」
「しょうにんよっきゅう……」
「要するに、誰かに認めてもらいたいんだよ」
「えー」
うにゅほが眉をひそめる。
「うるさいだけだよ」
「積み上げることができないから、ただただ人に迷惑をかけることで、自分の影響力を誇示しようとする。悪感情を与えることは、コストが安いんだ」
読んでいた本を閉じ、目薬の容器を指先で弾く。
容器が倒れ、物音を立てた。
「いま、俺は、指先ひとつで目薬を倒してみせた」
「うん」
「もし、指で弾いたものが、トランプで作った巨大なオブジェのいちばん下の段だったら、どうなる?」
「すごいことになる……」
「誰かが何週間もかけて作ったオブジェが、指先ひとつで壊れるわけだ。目薬を倒すのと、まったく同じ労力で」
「うん」
「本来、認められるべきは、オブジェを作ったひとだ。だけど、壊したひとは、自分がすごいのだと勘違いする。大きな影響を与えたことは確かだから」
「だから、たくさん、めいわくかけるの?」
「そう。暴走族なんて連中は、全員、怠け者の勘違い野郎ってことだよ」
「はー……」
うにゅほが、俺の額に手を当てた。
「どした」
「ねつない」
「ないけど……」
「◯◯、ひとのわるくちずばずばいうの、あんましないから……」
「びっくりした?」
「した」
「暴走族とか、不良とか、もともと嫌いなんだよな」
「そなんだ」
被害を被った記憶は特にないのだが、どうにも嫌悪感がある。
「なんにせよ、関わらないのがいちばんだ」
「そだね」
触らぬ神に祟りなし。
神は神でも疫病神だけれど。



2018年9月18日(火)

ペプシの備蓄を補充するためにホームセンターへ赴いたのだが、
「ない」
「ないねえ……」
物流が回復しきっていないのか、一箱も入荷していなかった。
「困ったなあ」
「べつのおみせ、あるかも」
「行くだけ行ってみるか……」
ドラッグストア、×。
スーパーマーケット、×。
リカーショップ、×。
「ない!」
「ないねえ……」
「これ、サントリーの商品自体が入ってきてないってことかもなあ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「ペプシ、ペプシじゃないの?」
訳:ペプシコーラは、ペプシという会社の商品ではないのですか?
「ペプシコーラは、アメリカのペプシコって会社が作ってる。ただし、日本での販売はサントリー」
「ペプシコ?」
「ペプシコ」
「コって、なに?」
「知らない」
「しらないの」
「なんでも知っているわけでないので……」
「でも、いろいろしってるきーする」
「無駄知識は多いほうだと思う」
「なんでしってるの?」
「……気になったことは、すぐ調べるから?」
「あー」
「あと、本読むし」
「わたしも、ほんよむよ」
「漫画な」
「まんが、だめ?」
「ダメじゃないけど、情報を絵に頼ってるから、知識は増えにくいと思う」
「そかー……」
「文字の本も、いいものだぞ」
「……こんど」
あ、これ読まないやつだな。
いいけど。
ペプシは、数日したら、また買いに来よう。



2018年9月19日(水)

夢を見ていた。
背中を引っ張られる夢だ。
相手はわからない。
うにゅほかもしれない。
「──…………」
ふと目を覚まし、背中の感触に血の気が引く。
「……やっちまった」
そこにあったのは、見るも無残な姿になった俺の眼鏡だった。
「どしたの?」
不穏な空気を察したのか、飾り棚の陰からうにゅほが顔を覗かせる。
「眼鏡、潰しちゃった……」
「!」
「どうしよう」
「まえのめがね、ある?」
「あると思うけど、どこ仕舞ったか覚えてない……」
「わたし、さがすね!」
「ありがとう……」
うにゅほがいなければ、視力0.02の世界で、手探りで眼鏡を探すことになっていたかもしれない。
コンタクトレンズという手段もあるので詰みはしないが、とんでもなく助かったことは確かである。
「あった!」
「どこにあった?」
「ひきだしにあった」
「そっか、ありがとな」
「うへー」
ひとつ前の眼鏡を掛け、潰れた眼鏡を改めて確認すると、思った以上の惨状だった。
「……縁なしフレームなのに、よく折れなかったな」
「ななめなってる……」
「これは、眼鏡屋行かないと」
「うん」
いまの眼鏡を購入した眼鏡屋へ赴くと、店内がひどくこざっぱりしていた。
訝しんでいると、
「すみません、お客さま。現在、移転作業中でして……」
「げ」
よりによって、このタイミングで。
眼鏡の修理は承っているものの、移転作業と並行しての作業となるため、一時間以上はかかるとのことだった。
「……しゃーない、時間潰してこようか」
「うん」
「どっか行きたいところ、ある?」
「うーん……」
うにゅほが首をかしげる。
これ、待っても出てこないやつだ。
「……カラオケでも行く?」
「いく!」
カラオケで二時間ほど時間を潰し、眼鏡屋へ戻ると、修理が完了していた。
店員に礼を告げ、帰途につく。
飲酒をしても、寝惚けても、眼鏡の安全だけはしっかりと確保せねば。



2018年9月20日(木)

左肘の裏にあせもができてしまった。
「痒い……」
「かいたらだめだよ」
「はい」
「おろないんをぬりましょう」
「お願いします」
うにゅほがオロナインを指に取り、俺の肘の裏に塗り込む。
「はい、おしまい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
今更だけど、オロナインってあせもに効くのかな。
まあいいか。
「真夏のあいだは平気だったのに、涼しくなってからあせもできるんだもんな」
「へんだねえ」
「汗かくこと、大してしてないのに」
「うん」
「……これ、あせもか?」
「わかんない……」
「まあ、治らないようなら皮膚科行けばいいか」
「ひじのうらって、よびかたないの?」
「唐突だな」
「きになった」
「知らないけど、呼び方はあるんじゃないか」
「しらないかー……」
「まあ、アカシックレコード的なもので調べてみようじゃないか」
Google先生を呼び出し、「肘の裏」で検索を掛ける。
「肘窩、だってさ」
「ちゅーか?」
「窩は、穴とか、くぼみって意味だな」
「ひじのくぼみで、ちゅーか」
「そうそう」
「ちゅーばっかって、なんだっけ」
「スター・ウォーズにいた気がする」
「あ、いたきーする」
「スター・ウォーズ、どこまで見たっけ……」
「わすれた……」
「旧三部作は見たと思うけど」
何故スター・ウォーズの話になったのか、それは誰にもわからない。
ともあれ、あせもは掻かないように気をつけねば。



2018年9月21日(金)

「──……あふ」
朝起きてまず最初にすることは、PCのロック状態の解除である。
誰に見られるわけでもないが、なんとなく習慣となっている。
マウスを軽く動かすと、自動的に切れていたディスプレイの電源がつく──はずだった。
「あれ?」
電源が一瞬だけつき、すぐに切れる。
電源が一瞬だけつき、すぐに切れる。
そのサイクルを繰り返すばかりで、一向に安定しない。
「……やばい、壊れたかも」
「え!」
座椅子で漫画を読んでいたうにゅほが、驚きの声を上げる。
「ぱそこん、こわれたの……?」
キーボードでサインイン用のパスワードを入力し、エンターキーを押す。
すると、サブディスプレイに、ブラウザとtwitterクライアントが表示された。
「いや、パソコンというか、メインディスプレイが怪しい」
「ひだりのがめん?」
「そう」
「ほんとだ、ついたりきえたりしてる……」
「接続の問題かもしれない」
PC本体の後ろへ回り込み、HDMI端子を抜き差しする。
「──あ、なおった!」
「直った?」
「ほら!」
PCデスクの前へ戻ると、ちゃんと画面が表示されていた。
「……本当に、接続が悪かっただけなのかなあ」
妙な挙動をしていたのが気に掛かる。
「とりあえず、しばらく様子を見るしかないか」
「そだね」
「ダメそうなら、新しいの買う」
「チェアかったばっかしなのに、おかねかかるね……」
「PC回りは不自由がないようにしておかないと、QOLが下がるからなあ」
「きゅーおーえる?」
「クオリティ・オブ・ライフ。生活の質、みたいな」
「せいかつのしつ……」
「よくわからんか」
「よくわからん」
うにゅほのおかげで爆上がりしているものである。
とは言え、一日のほとんどをPCの前で過ごす俺にとって、デュアルディスプレイをシングルに戻されることは相当なストレスとなる。
早め早めに買っておくのがいいかもしれない。



2018年9月22日(土)

「……寒い」
室内にいるにも関わらず、妙に冷える。
「そろそろ甚平もお役御免かな」
「──…………」
うにゅほが本棚の下段を覗き込む。
「やっぱし……」
「何が、やっぱしなんだ?」
「◯◯ね、ねてるとき、せきしてたの」
「そうなの?」
まったく記憶にない。
「でね、いま、にじゅうろくどある」
「……寒くないな」
「かぜ、ひきはじめかも」
「風邪の匂いは?」
「ねてるときかいだけど、まだしない」
「そっか」
うにゅほは、俺の体調を、匂いで判別することができる。
「あったかくして、あんせいにしましょう」
「寝たほうがいい?」
「ひきはじめだから、いまねたら、よるねれなくなるとおもう」
「たしかに」
「まってね、くつしただす」
「ありがとう」
うにゅほが持ってきてくれた冬用の靴下を履いて、チェアに腰を落ち着ける。
「ふー……」
「で、わたしだっこして」
「はいはい」
膝の上に座ったうにゅほを、背中から抱き締める。
「あったかい?」
「あったかいです」
「よし」
自身の体を湯たんぽとして取り扱う。
なんというか、この上もなくうにゅほらしい。
「かぜのにおいしてきたら、よこになろうね」
「しないように頑張る」
「そか」
考えてみれば、季節の変わり目だものな。
悪化しないように気をつけよう。



2018年9月23日(日)

良いことがあったので、久し振りにチューハイを買い込んだ。
「ぐへへ……」
カシュッ!
巷で話題の99.99のクリアレモンを開封し、ひとくち。
「──…………」
もうひとくち。
「……マジか」
「?」
膝の上のうにゅほが小首をかしげる。
「おいしいの?」
「美味しいとか、美味しくないとか、それとはちょっと違う次元の話でして」
「……?」
うにゅほが、先程とは反対側に、大きく首をかしげる。
「これ、度数が9%のチューハイなんだけどさ」
「きゅーぱーせんと」
「チューハイとしては、かなり高いほうなんだ」
「そなんだ」
「参考までに、ビールが5%くらい」
「たかい!」
「倍近い」
「ばいちかい……」
「甘さで誤魔化してる同じ度数のチューハイを何度か飲んだことあるんだけど、アルコール臭さが逆に際立って、俺は苦手だったんだ」
「これは?」
「これは、甘くない」
「あまくないんだ」
「そして、異常に飲みやすい」
「あまくないのに?」
「水とは言わない。間違いなくお酒だ。でも、下手なチューハイよりカパカパ行けてしまう」
「へえー……」
うにゅほが興味を示したので、先回りして答える。
「ダメだぞ」
「……なめるのもだめ?」
「ダメ」
「だめか……」
「さあ、ペプシをお飲み」
「はーい」
うにゅほを酔わせると、ろくなことにならない。
今日のところはペプシで我慢してもらおう。



2018年9月24日(月)

「♪」
さり、さり。
さり、さり。
うにゅほが楽しげに俺の頭を撫でる。
それもそのはず、1000円カットで丸坊主にしてきたばかりなのだ。
「××さん、楽しそうですね」
「たのしい」
「そんなに撫で心地いいですか」
「いい……」
もう夢中である。
「◯◯、ずっと、まるぼうずにするの?」
「うーん……」
思案し、答える。
「一度坊主にすると、伸ばしにくいんだよ」
「そなの?」
「坊主は、頭髪のすべてが、ほぼ同じ長さだろ」
「うん」
「同じ長さの頭髪が、同じ速度で伸びたら、どうなると思う?」
「──…………」
しばしの沈黙ののち、
「なでごこち、わるくなる……」
「そういうことではなく」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「上にも、下にも、前後にも、左右にも、同じ長さのまま髪が伸びると、シルエットがきのこみたいになるんだよ」
「あー」
うんうんと頷く。
「ちょっと、かっこわるいねえ……」
「だいぶカッコ悪い」
「だいぶかー」
「だから、そうなる前に、また丸坊主にしてしまう。無限ループだ」
「なるほど……」
「横だけ刈り上げるって手もあるんだけど、1000円カットに期待すると痛い目を見るからな……」
経験談である。
「雪が降る前には、このループから抜け出したい」
「さむいもんね」
「ほんとな」
頭寒足熱とは言うが、限度がある。
ちょうどいいところで髪が伸びなくなる機能が欲しい今日このごろだった。



2018年9月25日(火)

泥酔しながら日記を書く愚をお許し頂きたい。
「はい」
ビニール袋から数本の缶を取り出し、デスクの上に置く。
「こないだの99.99を、三本買ってきました」
「さんぼんも」
「度数3%のチューハイ三本分のアルコールが、この缶の中に詰まっているわけです」
「じゃあ、きゅうほんぶん?」
「そうなる」
「のみすぎとおもう……」
「あれだけ飲みやすいと、マジで9%なのかちょっと気になってさ」
「◯◯、じぶんのからだつかったじっけん、すきだねえ」
「自分の体を使うぶんには、誰も文句言わないからな」
「わたし、もんくいう」
「──…………」
「──……」
「ごめんなさい」
「いちにち、いっぽんにしよ」
「三本!」
「……にほん」
「三本!」
「ゆずるきない……!」
「今日は酔いたい気分でして」
「もー」
うにゅほが、小さく肩を落とす。
「はいてもしらないからね」
「はい」
「せなかなでるしか、しないからね」
優しい。
「では、さっそく」
カシュッ!
99.99のクリアドライをひとくち飲む。
「……相変わらず、ちょっとアルコールの入った炭酸水って感じしかしないなあ」
「おいしい?」
「ちょっとアルコールの入った炭酸水の味」
「おいしくない?」
「普通」
「──…………」
「……舐めてみる?」
「なめる!」
うにゅほに缶を渡す。
ぺろ。
「……んー」
「どう?」
「しゅわしゅわする」
「うん」
「あまくない」
「うん」
「おさけ?」
「飲めばわかるけど、お酒なんだよこれ」
「のんじゃだめ?」
「ダメ」
「うー」
うにゅほが飲んだら、収集つかなくなるからな。

日記執筆現在、二本目を飲み終えたところである。
「……◯◯、だいじょぶ?」
「大丈夫、大丈夫。ほら、日記も書けてるし」
「そだけど」
「まあ、三本目は、すこし酔いが覚めてから飲むよ」
「うん」
99.99、なかなか手強いチューハイである。
読者諸兄も、飲むときは御注意を。



2018年9月26日(水)

「◯◯、◯◯」
「んー?」
「ぐあい、わるくない?」
「悪くないけど」
「そか」
「風邪の匂いでもする?」
「しない」
「ならどうして──って、ああ、二日酔いのことか」
「うん」
昨夜、99.99を三本ほど飲み干して、泥酔しながら日記を書いたのだった。
「そう言えば、二日酔いの症状ないなあ」
「そなの?」
「混ぜものの少ないチューハイだからかも」
「でも、のみすぎたらだめだよ」
「すみません」
「よろしい」
酔いたい気分のときもあるが、うにゅほに心配を掛けてまですることではない。
「次からは二本にしよう」
「にほんでも、だいぶ、よってたきーする……」
「9%だからなあ」
アルコール度数だけの問題ではない。
普通のチューハイと同じ感覚で飲むと、ペースがあまりに早くなり過ぎるのだ。
三倍の量のアルコールを同じ速度で飲み干すのだから、酔わないはずがないではないか。
「ほんと、危険なチューハイだ」
「きけん」
「××は飲んじゃダメだぞ」
「わたし、あまいのがいい」
「梅酒とか?」
「うん」
「梅酒は度数高いぞー」
「そなの?」
「チューハイみたいにぱかぱか行くものじゃないから、そう気にはならないけど」
「ひくいの、なに?」
「低めのチューハイは、だいたい3%くらい」
「ちゅーはいかー……」
「ほとんどジュースみたいなもんだよ」
「そなんだ」
まあ、飲ませないけど。
思う存分酔ったし、しばらくお酒は控えよう。



2018年9月27日(木)

壊れかけていたメインディスプレイの挙動が、いよいよもって怪しくなってきた。
「ケーブル差し直しても、直らなくなってきたなあ……」
「うん……」
以前は一度の抜き差しでついていたものが、いまや、二度、三度と、回数を重ねなければならない。
明らかに悪化している。
「さすがに限界かな」
「ディスプレイ、かうの?」
「買おう。金を惜しむ部分じゃない」
「せんげつチェアで、こんげつディスプレイかー……」
「出費がかさむなあ」
「こんげつ、すーごいせつやくしてたのにね」
「来月も節約しましょう」
「そうしましょう」
「ヨドバシ行くか」
「いく!」
ドライブ気分でヨドバシカメラへ向かい、付近のツクモで三万円のディスプレイを購入した。
さっそく帰宅し、設置する。
「──お、発色いいじゃん」
「きれい」
横並びのサブディスプレイと比べ、明らかに色が鮮やかだ。
安物だもんなあ。
「さて、と」
レタッチソフトで真っ白な画像を作成し、壁紙にする。
「どしたの?」
「ドット抜けの確認」
「どっとぬけ……」
「ディスプレイは小さな光の集まりだ。初期不良で、その光の点灯しない場所ができることがあるんだよ」
「へえー」
「ドット抜け保証に入ったから、もしあれば──って、あった」
「どこ?」
「ほら、ここ」
ドット抜けの場所を指差す。
「……どこ?」
「よーく見てみ」
「──…………」
うにゅほが、ディスプレイに息を吹き掛ける。
「……ごみじゃない!」
「これが、ドット抜けだ」
「こうかんしてもらうの?」
「うーん……」
設置したディスプレイを梱包し直して、店舗へ向かい、帰ってきて、再び設置する。
正直、めんどい。
「……1ドットなら、べつにいいかな。ホコリのほうが気になるレベルだ」
「そだね」
サブディスプレイが壊れたとき、新しく買ったほうをメインに据えればいいだけの話である。
神経質な性格ではなくて、よかった。



2018年9月28日(金)

「……あれ?」
ふと、あることに気づき、幾度もまばたきをする。
おかしいな。
目薬をさしたのち、再びディスプレイを間近で睨みつける。
「んー……」
「◯◯、めーわるくするよ」
既に悪いが、それはそれ。
「ない」
「ない?」
「ドット抜けが、なくなってる──ように見える」
「そなの?」
「××も確認してみて」
「うん」
目を限界まで細めながら、うにゅほがディスプレイを覗き込む。
「……どっとぬけ、どのへんだっけ」
「左上だったと思う」
「うーん……」
「どう?」
「ない、きーする……」
「だよな」
「どっとぬけって、なおるの?」
「動きの激しい動画とかを再生すると、直ることもあるみたい」
「へえー」
「急いで交換しに行かなくて、よかったな」
「ほんとほんと」
気にするほどのことでもなかったが、直るに越したこともあるまい。
「……うー」
うにゅほが、目をしぱしぱさせる。
「どした」
「ディスプレイみてたら、めーいたくなってきた……」
「目薬さす?」
「さして」
「はいはい」
いまだにひとりで目薬をさせないうにゅほである。



2018年9月29日(土)

窓を閉じながら、呟く。
「寒い寒いと思ったら、もう九月も終わりだもんなあ……」
「そだよ」
「いろいろあったわりに──と言うか、いろいろあり過ぎたせいで、やたら短かった気がする」
「じしん、すごかったね……」
「震度5なんて初めてだよ」
「わたしも」
「地震もそうだけど、停電のほうがきつかったな。電気がないと何もできない」
「あ、でも、ほしきれいだった」
「北海道全土の明かりが消えると、あんなに星が見えるんだな……」
「うーと、ほくとしちせいと、カシオペアの、まんなかが、ほっきょくせい」
「そうそう」
「おぼえた」
「あれだけ印象深ければ、忘れないか」
「うん」
震災のなかで、唯一の良い思い出だ。
「……あんまり関係ないけど、眼鏡潰したのも今月だっけな」
「あー」
「なんでベッドに置いたまま寝ちゃったんだろ」
「きーつけないと、だめだよ」
「はい」
「よろしい」
「縁なしフレームは脆いから、二度目があれば確実に折れると思うし」
「……きーつけないとだめだよ?」
「はい」
「よろしい」
「あと、ディスプレイも壊れた」
「こわれたねえ……」
「形あるものが壊れるのは必定としても、今月はいろいろと重なりすぎだ」
「じしんでものこわれなかったの、よかったね」
「地味に壊れたぞ」
「なに?」
「停電のせいでLANケーブルがイカれて、一時的にネットに繋がらなくなった」
「そだっけ」
「××にはあんま関係ないから、覚えてないか」
「おぼえてない……」
「まあ、予備のケーブルがあったから、すぐ直ったんだけどな」
「おぼえてないんじゃなくて、しらないかも」
「かもしれない」
本当に、いろいろあった。
来月は平和な月になりますように。



2018年9月30日(日)

カレンダーを見て、ふと気づく。
「そう言えば、そろそろ××の誕生日だなあ」
「うん」
うにゅほの誕生日は、10月15日である。
「欲しいもの、ある?」
「うーん」
首を大きくかしげながら、うにゅほが唸る。
「う──……ん」
あ、これ、待っても出てこないやつだ。
「今年は、俺も、特にこれってのが思いつかないんだよなあ……」
「そなんだ……」
「去年は腕時計だろ」※1
「あれ、すーごいうれしかった!」
「そっか」
なら、プレゼントした甲斐があるというものだ。
「一昨年は、たしか、コートを買いに行ったはず」※2
「ふゆになったらきるんだー」
「その前は、赤いバッグだったかな」※3
「でかけるとき、ぜったいもってくよ」
「そうだな」
それより以前の誕生日プレゼントとなると、日記を参照しなければ思い出せない。
つげの櫛などは、今でも大切に使っているのを見るのだが。
「……マジでどうしよう。案がない」
「きにしなくていいよ?」
「気にする。だって、××の誕生日なんだぞ」
「……うへー」
うにゅほが、両手で自分のほっぺたを包む。
照れているのだ。
「でも、ほんとにいいよ……?」
「……思いつかなかったら、また、デートがてら服でも見に行こうか」
「うん、うれしい」
だが、どうせなら、思い出に残る一品をプレゼントしてあげたい。
うにゅほの誕生日まで、あと二週間。
ギリギリまで悩んでみよう。

※1 2017年10月15日(日)参照
※2 2016年10月15日(土)参照
※3 2015年10月15日(木)参照

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