>> 2018年1月




2018年1月1日(月)

「──……あふ」
時刻は午後二時。
大あくびをかましながら起床すると、
「◯◯ぃ……」
床にぺたんと座り込んだうにゅほが、泣きそうな顔で俺を見上げていた。
「……どうした?」
眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
「これ……」
うにゅほが両手で差し出したのは、初詣で購入した戌の土鈴だった。
非常に可愛らしいデザインなのだが、欠けている部分がある。
物理的に。
「はこ、あけたら、われてた……」
「……あー」
戌の右前足が欠損し、音を鳴らす丸玉も外へ飛び出てしまっていた。
土鈴は壊れやすい。
恐らく、輸送の際に、どこかにぶつけでもしたのだろう。
「新年早々縁起が悪いなあ」
「どうしよう……」
交換してもらうにしろ、いま行けば確実に混んでいる。
駐車場の狭い神社だから、入るにも一苦労だ。
「……欠けた部分って、ある?」
「うん……」
うにゅほが、白い欠片を拾い上げる。
「接着剤でなんとかならないかな」
土鈴を受け取り、欠片を合わせた。
「なんとかなる?」
不幸中の幸いと言うべきか、とても綺麗な欠け方で、粉々になっている部分などもない。
「大丈夫そう」
「そか……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「んじゃ、さっそく──」
引き出しから取り出した接着剤で、土鈴を修復する。
だが、
「……痕、残っちゃったなあ」
「うん……」
合わせ方が悪かったのか、接着剤が多かったのか、割れたことがまるわかりである。
「でも、よかった。なおったねえ」
うにゅほが土鈴の頭を撫でる。
「交換しに行かなくていい?」
「うん、このこでいい」
「そっか」
うにゅほがいいなら、俺もいい。
瑕疵まで愛せるのなら、それ以上のことはないだろう。



2018年1月2日(火)

「──…………」
ぺたぺたと自分の体に触れる。
頬を撫で、
足を揉み、
脇腹をつまむ。
ぶに。
「……太った」
「うん」
雪見だいふくを頬張りながら、うにゅほがあっさりと頷いてみせた。
「わかる?」
「みためかわんないけど、◯◯、すーごくたべてたから……」
「だってあるんだもん」
「そだけど……」
寿司に次ぐ寿司。
酒に次ぐ酒。
暴飲暴食の極みのような年末年始を過ごしておいて、太らない道理がない。
太らない道理が──
「××さん」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「ちょっと立って」
「はい」
ふに。
おなかをつまむ。
「うひ」
ふにふに。
「……おかしい、太ってない」
「ふとってないよ」
「何故だ!」
「わたし、ふつうくらいしかたべてないもん」
「──…………」
「◯◯、たべすぎとおもう」
返す言葉もない。
「……明日から、ダイエットを始めたいと思います」
「むりしないでね」
「多少は無理をします」
「そか……」
痩せよう。
痩せねばならぬ。



2018年1月3日(水)

夜の帳を窓から眺めながら、呟く。
「ああ、三が日が終わっていく……」
「やすみ、なんにちまで?」
「明日まで」
「そか……」
「まあ、終わるものは終わるんだし、切り替えていかないとな」
「りっぱ」
「そうだろう、そうだろう」
「うん」
うにゅほが俺の頭を撫でる。
「がんばってね」
たったそれだけのことで、気力が湧いてくる。
我ながら単純なものだ。
「よーし、頑張ってだらだらするぞー」
「だらだらするの?」
「こういうのはメリハリが大事なんだ。正月休みのあいだは、英気を養います」
「そか」
「と、いうわけで──」
「わ」
うにゅほの矮躯を抱き上げて、膝に乗せる。
そして、艶やかな髪の毛を鼻先で掻き分けた。
「××から英気を補充させていただきます」
「えいき、わたしからでてるの?」
「知らなかった?」
「しらなかった……」
「××がいなかったら、俺なんて、ダメ人間まっしぐらだぞ」
「たいへんだ」
「大変なんだよ」
「じゃあ、たくさんほじゅうしてね」
「ありがとう」
「わたしも、◯◯から、えいき、ほじゅうするね」
「俺からも出てるの?」
「しらなかった?」
「知らなかった」
「◯◯がいなかったら、わたしもだめにんげん」
「そうかなあ……」
「そだよ」
「なら、嬉しいな」
「うん」
割れ鍋に綴じ蓋、という言葉が脳裏をよぎる。
互いが互いを必要とする、それはたぶん幸福なことだ。
共依存かもしれないけれど。



2018年1月4日(木)

「お、たこ焼き味だ」
「ほんとだ」
「はい」
赤い個包装のうまい棒を二本手に取り、うにゅほに渡す。
「ダイエットは?」
「……××、いいことを教えてあげよう」
「?」
「うまい棒は、一本あたり約30kcalだ」
「さんじゅう」
「ちなみに、いま買おうとしてる、この調整豆乳は──ええと、117kcalだな」
「けっこうあるねえ」
そんなにあったのか。
「ともあれ、一、二本なら誤差だよ誤差」
「そか」
「チーズ味も買う?」
「かう」
「コンポタは?」
「かう」
「じゃあ、三本ずつだな」
「さんぼんだから、きゅうじゅっきろかろりー」
「うん」
「とうにゅうたして、にひゃっきろかろりー?」
「──…………」
200kcal
左手の調整豆乳が、急に重みを増した気がした。
「……今日は、豆乳はやめておこう」
「かわないの?」
「買わない」
「じゃあ、わたしもやめとく」
「いや、飲み物なしでうまい棒はつらいだろ」
「◯◯は?」
「××から貰う」
「わかった」
豆乳一本とうまい棒六本、今週のジャンプを購入し、車に戻る。
「うまいぼう、いまたべる?」
「一本だけな」
「はい、たこやき」
「わかってるな」
「うへー」
俺も、うにゅほも、たこ焼き味がいちばん好きである。
弟はテリヤキバーガー味が好きらしい。
たしかに、あれも美味い。
コンビニであまり見かけないのが玉に瑕であるが。



2018年1月5日(金)

デスク周りを片付けていると、積ん読の下からあるものが出てきた。
茶封筒。
見覚えがある。
「──……!」
宛先を見た瞬間、さっと背筋が凍りつく。
そんなはずはない。
記憶を漁る。
だが、
「……出してない、かも」
わかっている。
かも、ではない。
出していないから、ここにあるのだ。
「どしたの?」
「!」
座椅子に腰を下ろしたままのうにゅほの目に届かぬよう、茶封筒をデスクの上に置く。
「いや、なんでもない……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
あからさまに不自然な態度であるにも関わらず、それ以上の追求はない。
俺の言葉を信じているのか、俺の事情を斟酌しているのか。
「──…………」
駄目だ。
隠すことなど、できそうにない。
「……××、ごめん」
茶封筒を手に取り、うにゅほに差し出す。
「……?」
「宛先を見ればわかる」
「うと、にほんゆうびん、うえのしてん、ししょばこ、ひゃくにじゅうさんごう、かんづめがかり……」
「はい」
「……おもちゃのかんづめ?」
「出し忘れてました!」
深々と頭を下げる。
「あー……」
うにゅほが、うんうんと頷いた。
「なんかね、おそいなーって、おもってたの」
「ごめん」
「いいけど……」
「いま出してくるな」
「よるだから、いまじゃなくていいよ」
「いやもう、ほんとごめん。出したつもりになってた」
「いいってば」
うにゅほが苦笑する。
「でも、こんどはわすれないでね」
「はい……」
締め切りのあるものではなくて、本当によかった。
明日、間違いなく投函してこよう。



2018年1月6日(土)

銀のエンゼルの入った封筒を投函し、その足でニトリへと赴いた。
「なにかうの?」
「モニター台、かな?」
「もにたーだい」
「まあ、モニター台である必要はないんだけど……」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いま、液タブ使うとき、いちいちキーボード片付けてるだろ」
「うん」
「液タブが台に載ってれば、その下にキーボードを収納できるだろ」
「あー」
うんうんと頷く。
「あたまいい」
「──と、いうような情報が、twitterで流れてきてな」
「そなんだ」
我ながら正直である。
目的のモニター台は、オフィス用品のコーナーにあった。
だが、
「……幅が広すぎる」
ガラス製のモニター台は、幅が80cm。
液晶タブレットは、40cm弱だ。
「にこおける」
「さすがに邪魔くさいな、これは」
「おっきすぎるねえ」
「まあ、必ずしもモニター台である必要はないんだ。四つ足の小さなテーブルであれば事足りるわけだから──」
ニトリの店内を、ぐるりと巡る。
「あ、これ」
うにゅほが指差したのは、台所で使うスチール製の整理棚だった。
四つ足で、それなりに丈夫そうである。
「これ、いいとおもう」
「うーん……」
「だめ?」
「幅はちょうどいいけど、高さがな」
「あー……」
収納用品であるため、足が少々長い。
「──…………」
だが、薄い。
幅が1cm、厚さは3mm程度だ。
「……これなら、なんとかなるかも」
「なるかな」
「たぶん」
「そか」
整理棚を購入し、帰宅する。
そして、
「父さん。この棚の足、半分の長さにしたいんだけど、切れる?」
「切れるぞ」
「てつだよ?」
「そんなもんすぐ切れる」
ソファでくつろいでいた父親に、整理棚を渡す。
五分後、
「ほら」
ガレージから戻ってきた父親の手に、ちょうどいい高さになった整理棚が握られていた。
「ありがとう」
「すごいねえ……」
「なんもすごくねえよ。工具があればすぐだ」
そう言って、父親がうにゅほの頭を撫でる。
「さすが父さん」
「都合のいいときだけ、この」
「いて」
父親が、俺の頭を小突く。
この特製の台をデスクに設置したところ、液晶タブレットにも、キーボードにも、ピタリと合う大きさだった。
作業が捗りそうである。



2018年1月7日(日)

「うあー……」
ぐわんぐわんとかぶりを振る。
「頭のなかで音楽が鳴り止まなー、いー……」
「あ、わたしもある」
うにゅほがうんうんと頷く。
「イヤーワームって現象らしい」
「そなんだ」
「それはいいんだけど……」
会話の最中も、止まらない。
「なんのきょく?」
「教えたら、××にも伝染るかもだぞ」
「うん」
「まあ、いいんなら……」
咳払いをひとつして、
「──ふんふふーふふふ、ふんふふーふふふ、きーねーまーのてんしー」
うにゅほが小首をかしげる。
「きいたこと、ある、かも……?」
「何の曲だろうな、これ」
「わかんないの?」
「わからない。でも、昔の曲だと思う」
「……ふんふふーふふふ」
「ふんふふーふふふ」
「「きーねーまーのてんしー」」
ハモった。
「けんさくしたら、でるかな」
「出るかも」
Googleを開き、「きねまのてんし」で検索する。
「赤川次郎の小説──って、これ先月出た新刊じゃん。絶対関係ないよ」
「ふるいもんね」
「コントも、映画情報番組も、関係ないだろうし……」
マウスホイールをくるくる回していくと、
「……キネマの天地?」
「てんち……」
「1986年に公開された松竹製作の日本映画、だってさ。これかなあ」
「てんし、じゃなくて、てんち?」
「予告編見てみよう」
「うん」
三分ほどの予告編の最後に、
「──あ、これ!」
件の曲が、しっかりと挿入されていた。
「キネマの天地、だったんだな」
「てんしじゃないんだね」
正体がわかってスッキリしたところで、
「……イヤーワーム、ますます止まらないんだけど」
「わたしも……」
結局、伝染ってしまったらしい。
「ふんふふーふふふ」
「ふんふふーふふふ」
「「きーねーまーのてんちー」」
仕方がないのでハモって遊ぶ俺たちなのだった。



2018年1月8日(月)

「××、ペプシ取ってー」
「はーい」
うにゅほが冷蔵庫を開き、1.5Lのペットボトルに手を掛ける。

──がた、ごとん!

「わあ!」
うにゅほの手から滑り落ちたペットボトルが、足元へと転がってきた。
「あー」
「ごめ……」
「はい、気にしない」
一瞬で泣きそうな顔になったうにゅほを制し、ペットボトルを拾い上げる。
「開封済みのやつだし、大丈夫だろ」
「ばくはつする、かも……」
「開けてみよう」
「!」
ふるふると首を横に振る。
「大丈夫だってば」
「……ほんと?」
「だって、半分くらい飲んであるし」
「そだけど」
「では、すこしだけ」
ペットボトルの蓋を緩める。

──ぷしゅ!

「わ」
すぐに閉める。
すると、泡が徐々に迫り上がっていき、
「とまった……」
「な?」
再び蓋を緩めると、今度は音すらしなかった。
「ばくはつするかとおもった……」
「未開封のはダメだぞ。落としてすぐに開けたら、たぶん天井が茶色くなる」
「すごい」
タンブラーにペプシを注ぎ、ひとくち啜る。
炭酸が抜けてもペプシは美味い。



2018年1月9日(火)

「──あ、そうだ」
「?」
タンブラーにペプシを注ぎながら、ふとあることを思い出した。
「××、メントスコーラって知ってる?」
「めんとすこーら」
うにゅほが小首をかしげる。
「めんとすって、なに?」
「あー」
そこからか。
「メントスっていうのは、えーと──」
言いかけて、はたと気づく。
「……俺、メントス食べたことないかも……」
「たべもの?」
「お菓子なんだけど」
「おかし」
「粒状のお菓子で、飴──か、もしかしたら、ガムか……」
「コーラあじのがあるの?」
「いや、そうじゃなくて」
「……?」
「まあ、いいや。見たほうが早い」
Googleを開き、「メントスコーラ」で検索する。
「……YouTuberのばっか」
もっとプレーンなものが見たいのだが。
「ニコニコのほうがいいのかな……」
「なにー?」
「ごめん、ちょっと待って」
ぐだぐだ。
元祖と思しき海外の動画をなんとか見つけ出し、再生する。
「これ、めんとす?」
「メントス」
「ごいしみたい」
ちょっとわかる。
動画の中で、男性と女性が、コーラのペットボトルに大量のメントスを投入する。
その瞬間、
「わ!」
コーラが、三メートルほどの高さまで噴き出した。
「これが、メントスコーラ」
「すごい」
「やってみる?」
「やらない、やらない」
うにゅほが、ふるふると首を横に振る。
「ね、なんでなるの?」
「──…………」
しばし思案し、答える。
「化学反応」
「かがくはんのうかあ……」
あ、納得してくれた。
詳しいことは各自で検索してください。
「他の動画も見てみる?」
「みる!」
しばしのあいだ、うにゅほと動画観賞に興じたのだった。



2018年1月10日(水)

雪国の人間は、あまり転ばない。
程度によるが、凍結した路面を早足で歩くこともできる。
だが、決して"滑らない"というわけではない。
「──おわッ、と!」
銀行で通帳記入を済ませて帰宅した際、玄関先で足を滑らせた。
我が家の玄関先には僅かな傾斜があり、冬場はたいへん滑りやすい。
面倒臭がって革靴を履くんじゃなかった。
そんなことを考えながら、崩れた重心の先にかかとを突き出し、踏ん張る。
そう。
雪国の人間が優れているのは、滑って体勢を崩してからのリカバリー能力である。
だが、
「のう!」

つるん。

体勢を立て直そうと伸ばした足が、さらに滑った。
リカバリーも、二度は通じない。

どしん!

「あだ!」
結局、無様に尻餅をつく羽目になってしまった。
「◯◯!」
うにゅほが慌ててこちらに駆け寄る。

つるん。

「わ!」
同じく足を滑らせたうにゅほだったが、こちらは見事にリカバリーを決めた。
「だいじょぶ?」
「大丈夫、大丈夫。尻から行ったから」
「そか……」
「どちらかと言うと、突いた手が痛い」
「みして」
立ち上がり、尻の雪を払ったのち、うにゅほに右手を見せる。
「したのとこ、あおたんなってる……」
「ほんとだ」
「ひびはいってないかな……」
「大丈夫だと思うけど」
とりあえず、ロキソニンテープを貼って様子を見ることにした。
腫れなければいいのだけど。



2018年1月11日(木)

「◯◯、てーだいじょぶ?」
「手?」
しばし思案し、
「あ、右手か」
「うん」
昨日、玄関先で転倒した際に、右手を傷めたのだった。
「さしあたって、いまは痛くないけど……」
「みして」
「はい」
「ひだりても、みして」
「はい」
うにゅほの眼前に、両手のひらを差し出す。
「あおたんとこ、ちょっとはれてる……」
「本当だ」
「おしてみていい?」
「いいよ」
つん、つん。
「いたい?」
「その程度なら、痛くないかな」
「そか」
左手の親指で、青痣を強く押し込んでみる。
「いたい?」
「ちょっとだけ」
「そか……」
「あと、手を振るとすこし痛いけど、それも大したことない」
「ふったらだめだよ」
「わかりました」
素直に頷く。
「でも、折れてるとか、ヒビが入ってるとか、その心配はないと思うぞ」
「そかな」
「去年、母さんが手首やったじゃん。あのとき、どうだった?」※1
「いたそうだった」
「な」
「うん……」
「心配無用とは言わないけど、ひとまず安心してください」
「はい」
うにゅほは心配性である。
嬉しいけれど、たいへんだ。

※1 2017年7月11日(火)参照



2018年1月12日(金)

「はー、食ったー……」
ぽん、と腹を叩く。
「くったー、くったー」
ぽん。
俺の真似をして、うにゅほが自分のおなかを叩いてみせた。
「ヒレステーキ、あれめっちゃ柔らかかったな」
「うん、びっくしした」
「さすが、お高めなだけはある」
「おたかかったね……」
「まあ、俺が金払ったわけじゃないし」
「そだね」
そんな会話を交わしながら、自室の扉を開く。
ジャケットを脱ぎ、チェアに腰を下ろそうとしたときのことだ。
「?」
ふと、デスクの上の包みに気がついた。
「××、これ──」
「たんじょうび、おめでと!」
うにゅほが、満面の笑みで祝辞を述べる。
「さっき、家出る前にごそごそしてたの、これかあ」
「うへー」
「ありがとな。開けていい?」
「うん、あけて」
包み紙を丁寧に剥がし、小箱を開ける。
「おー、時計だ」
「とけいにしました」
「××の誕生日にも、腕時計あげたよな」※1
「うん。だから、おそろい」
歯車を模したデザインの、シックな黒い腕時計。
さすがうにゅほだ。
俺のツボを心得ている。
「そーらーでんぱどけい、だって」
「そこもお揃いか」
「うん、おそろい」
腕時計を着けると、心地よい重さが左手首を飾った。
「……いいな、これ」
「いい?」
「うん、すごくいい」
「うへー……」
左手で、うにゅほの頭を撫でる。
「ありがとな。大切に使う」
「うん」
見れば、うにゅほの左手にも、昨年プレゼントした腕時計が光っていた。
「お揃いだな」
「おそろいだ」
ふたりで、くつくつと笑い合う。
良い誕生日になりました。

※1 2017年10月15日(日)参照



2018年1月13日(土)

「◯◯ー」
自室でくつろいでいると、うにゅほが見慣れないものを抱えて戻ってきた。
「おとうさん、これかってきた」
それは、半径10cm程度の小さな車輪の横に取っ手がついたようなものだった。
「腹筋ローラーだっけ」
「たぶん」
「たぶん?」
「なんで、これ、ふっきんきたえられるの?」
「なんでって……」
聞かれても。
「××、これ使ってみた?」
「うん」
うにゅほが頷く。
何度か使ってみたことがあるけれど、相当腹筋に来るはずだ。
使い方が間違っているのかな。
「××、ちょっとやってみて」
「わかった」
膝立ちになったうにゅほが、腹筋ローラーを床に接地させる。
そして、徐々にローラーを前方へ押し出していき、
「ふー」
ぺたん。
うつ伏せに寝転がってしまった。
「ね」
「いや、そこから戻ってこないと」
「もどる?」
うにゅほの頭上にハテナが浮かぶ。
「戻ってきて、1カウント」
「もどる……」
「まあ、そこからは無理かも」
うにゅほから腹筋ローラーを受け取り、お手本を見せる。
「おなかを床につけないようにして──、ふッ!」
両腕と腹筋に力を込めて、ローラーを元の位置まで引き戻す。
「これで、一回」
「おー」
「──にー、いッ! さー……、ん! しー……、いッ!」
同じ運動を十回こなし、フローリングに倒れ伏す。
「きっつ……」
「ふっきん、くる?」
「来る」
「やってみる」
「はいはい」
うにゅほに腹筋ローラーを渡す。
「いー……、ち!」
ぺたん。
「──う! ぐぎ! ぎー!」
ばたばた。
一向に戻ってこない。
「××」
「はい」
「まず、普通の腹筋から始めよう」
「はい……」
腹筋ローラーは、うにゅほには早すぎたようである。



2018年1月14日(日)

「──よっ、と」
ペットボトルの蓋をゴミ箱に投擲する。
すぽ。
「よし」
「わたしもなげていい?」
「いいぞ」
ペットボトルの蓋なら、デスクの上にいくらでもある。
「えい!」
がさ。
「はいった!」
「いえー」
「いえー」
うにゅほとハイタッチを交わす。
「ちょっと遠くから投げてみるか」
「がんばれー」
本棚の近くへ、チェアごと移動する。
「ほいっと」
無造作に放り投げられたペットボトルの蓋は、ゴミ箱を大きく逸れ、
こん、ここん、こん──
「あー……」
ベッドの下へと入り込んでしまった。
「はずれちゃった」
「まあ、こんなこともある」
重い腰を上げ、ベッドの下を覗き込む。
「どこ行ったかな……」
「ない?」
「なんか、奥のほう行っちゃったみたい」
ベッドの下は、収納ケースの巣窟だ。
「うーん……」
面倒だ。
実に面倒だ。
ペットボトルの蓋くらい、放っておけばいい。
頭ではわかっているのだが、
「……××、ちょっと手伝って。衣装ケース取り出す」
「わかった」
「あー、ちょっとホコリ溜まってる」
「ほんとだ……」
結局、大掃除とは行かずとも、中掃除くらいの騒動になってしまった。
綺麗になったから、まあいいか。



2018年1月15日(月)

「──……!」
瞬間、背筋が粟立った。
そんなはずはない。
いくらなんでも、それはない。
いったん体重計から下り、深呼吸をする。
そして、
「ふー……」
可能な限り息を吐いてから、再び乗った。
「──…………」
変わらず。
当然だ。
変わっていたら、それこそ目を疑う。
現実を直視しよう。
そうすべきだ。
「……××さん」
「?」
ベッドの上で今週のジャンプを読み返していたうにゅほが、顔を上げた。
「太った」
「うん」
あっさりと頷く。
まあ、そうだろうな。
気づいていないはずがない。
だが、これだけでは言葉足らずだ。
「××さん」
「はい」
「ダイエットする前まで、戻った……」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「そんなに」
「そんなに……」
去年、あれだけ苦労して落とした体重が、年末年始の三週間足らずで元の木阿弥となってしまった。
たしかに、食べた。
飲んだ。
運動もしなかった。
だからと言って──
「──…………」
あれ、至極当然のような気がしてきたぞ。
「ダイエット、またするの?」
「する」
「そか……」
「××は太らなかったのか?」
「んー」
ベッドから下りたうにゅほが、体重計に足を掛けた。
「うん、ふとってない」
「──…………」
「?」
なんだか腹立たしかったので、死ぬほど脇腹をくすぐってやった。
痩せてやる。



2018年1月16日(火)

──ぴー!

「あ、灯油切れた」
「!」
「わかってる、わかってる」
「♪」
ファンヒーターの灯油タンクを取り出し、玄関へ向かう。
うにゅほは、俺の手についた灯油の匂いが大好きなのである。
電動の灯油ポンプで灯油タンクに給油していると、
「……?」
給油が、一向に終わらない。
ふと、灯油の入っている18リットルのポリタンクを持ち上げてみる。
「あー、カラだ」
「から?」
「大丈夫。隣のポリタンクにはまだ入ってるから」
「そか」
ポリタンクから灯油ポンプを外し、隣のポリタンクに移し変える。
「うあ……」
思わず、うわずった声が漏れた。
「灯油、べっとりついた……」
「ほんとだ」
両手を灯油でべっとり濡らさずにこの作業ができる人がいるのなら、お目にかかってみたいものだ。
「これ、さすがに、嗅がないほうがいいな。体に悪そうだ」
「えー……」
うにゅほが口を尖らせる。
「これだぞ、これ」
ぽとん。
灯油の雫が、玄関に落ちる。
「……かぐだけかいでみる」
「はいはい」
すん、すん。
「とうゆくさい……」
そりゃそうだ。
「てーあらったら、またかがしてね」
「いいけど……」
灯油といい、頭皮といい、つくづく匂いフェチな子である。
へんなものに目覚めなければいいけど。



2018年1月17日(水)

「よーし、やるかー」
廊下のエアロバイクを自室へ運び込み、L字デスクの前にセットする。
「えあろばいく、するの?」
「する」
「ひさしぶりなきーする」
「たしかに……」
エアロバイクにまたがったまま、腕を伸ばしてマウスを操作する。
「前に漕いだとき、日記に書いた気がするんだよな」
「そなんだ」
マウスホイールを回し、日記のログを辿っていく。
16日、灯油が手についた話。
15日、体重計に乗った話。
14日、ペットボトルの蓋がベッドの下に入った話。
「……あれ?」
7日、イヤーワームの話。
6日、液晶タブレットの台を作った話。
5日、銀のエンゼルを森永に送り忘れていた話。
「もしかして──」
12月31日、大晦日の話。
12月30日、うにゅほのタイツを脱がそうとした話。
12月29日、ストレッチをした話。
そして、
「……12月28日、あった。最後にエアロバイク漕いだの、この日だ」※1
「きょう、じゅうななにち」
「うん」
「うと、さんしゅうかん……?」
「三週間、ですね」
ペダルを漕ぐ足が、思わず速くなる。
そりゃ太るわ。
「決めた」
「?」
「今月は、毎日漕ぐ。サボらない」
「うん、がんばって」
「頑張る」
食事制限と適度な運動で、健康的に痩せてやる。
決意を新たにする俺だった。

※1 2017年12月28日(木)参照



2018年1月18日(木)

「むー……」
うにゅほがくしくしと目元をこする。
「めーいたい……」
「目薬さしてやるか?」
「おねがいします」
うにゅほはひとりで目薬をさせないのだ。
「上向いてー」
「はい」
「目を、ぱっちり開けて」
「ぱち」
口で言わなくてもいいのだが。
「行くぞー」
ぽた。
「う」
「右目も」
ぽた。
「う」
「まばたきしてー」
「はい」
うにゅほが目をしばたたかせる。
「痛みは?」
「いたくない」
「それはよかった」
ついでだし、俺も目薬をさしておこう。
「◯◯も、めーいたいの?」
「いまは痛くないけど、痛くなりそうだから」
「そか」
さっと点眼したのち、温湿度計を覗き込む。
「32%──って、たぶん低いよな」
「たぶん……」
ここしばらく湿度を気にして生活していなかったため、基準がおぼろげである。
「加湿しとくか」
「そうしましょう」
加湿空気清浄機から水タンクを抜き取る。
「あ、したのトレイ、あらわないと」
「あー」
一年近く使っていないものな。
「うしょ」
うにゅほが、加湿空気清浄機の側面下部にある加湿トレイを取り外そうとして、
「……?」
「どした」
「とれない……」
「どれ」
うにゅほと交代し、加湿トレイに手を掛ける。
ガタッ。
ゴトゴト。
「……取れない」
「うん」
「××、説明書持ってきて」
「わかった」
説明書を開き、取り外し方法に間違いがないことを確認する。
「んー……?」
「へんだね」
「変だな」
ガタガタ。
ゴトゴト。
ガタガタ。
しばしのあいだ悪戦苦闘していると、

──ベリッ!

「うわ」
唐突に外れた。
トレイの下を覗き込むと、原因は明らかだった。
「……汚れが乾いて、貼りついてたんだ」
「そか……」
「浸け置き洗い、しないとな」
「うん」
放置、よくない。
機械には定期的なメンテナンスが必要不可欠であることを思い知る俺たちなのだった。



2018年1月19日(金)

「──よッ、と」
ホームセンターで購入したペプシストロングゼロのダンボール箱を抱え、階段を駆け上がる。
「きーつけてね」
「大丈夫、大丈夫。なんならもう一箱行ける」
「すごい」
「1.5Lが八本で、12kg。二箱で25kg程度だから──」
ふと、恐ろしいことに気がついた。
気がついてしまった。
「──…………」
自室の隅にダンボール箱を下ろし、階段を駆け上がる感覚を想起する。
「どしたの?」
物思いにふけっていると、うにゅほが俺の顔を覗き込んだ。
「……最近、階段を上がるとき、体が重いと思ってたんだ」
「うん」
「運動不足かなと思ってたんだけどさ」
ダンボール箱を開き、ペットボトルを三本取り出す。
そして、
「××、これ持てる?」
と、ペットボトルの五本残ったダンボールを指差した。
「もてるよ」
「持ってみて」
「──うーしょ、と!」
気の抜ける気合と共に、うにゅほがダンボール箱を抱え上げた。
「重い?」
「おもい……」
「下ろしていいよ」
「はい」
どさ。
うにゅほがダンボール箱をその場に下ろす。
「俺、二ヶ月前から8kg太ったんだ。太ったというか、ダイエットする前に戻ったんだけど」
「うん」
「それ、だいたい8kg」
「!」
うにゅほが絶句する。
「そら、体も重くなるわな。物理的に」
「やばい……」
うにゅほが「やばい」なんて言葉使うの、初めて聞いた。
「……これだけ、また、落とすのか」
果てしない道のりに思えてきた。
頑張ろう。
頑張らねば。



2018年1月20日(土)

コンセントの位置や家具の配置などの兼ね合いで、加湿空気清浄機をベッドの傍に設置している。
稼働音はさほど気にならないのだが、
「あっ──」
ごん。
事程左様に、膝などをぶつけてしまうことが多い。
「ごめんなさい!」
うにゅほが謝罪の言葉を述べる。
「謝るほどのことじゃないと思うけど……」
「あ、ちがくて」
「?」
うにゅほの態度を不思議に思っていると、

──ぶおおおおおお……!

加湿空気清浄機が、激しい唸り声を上げた。
もしかして。
「××、空気清浄機に謝った?」
「うん……」
空気清浄機に衝撃を与えると、直後、ニオイセンサーランプが真っ赤に点灯し、激しく稼働を始める。
「怒られてる気がするのか」
「するの……」
機械に感情がないことくらい、うにゅほだってわかっている。
ただ、反射的に言葉が出てしまうのだろう。
「タンクに水を補充してやれば、ごきげんになるかもよ」
「なるかな」
「切れたら切れたでピーピーうるさいじゃん、こいつ」
「そだね」
うにゅほがくすりと笑う。
「冬のあいだは加湿も頑張ってもらわないと」
「おねがいします」
ぺこりと頭を下げて、うにゅほが水タンクを取り出す。
その瞬間、ニオイセンサーランプが緑色に戻った。
「許してあげるってさ」
「うへー……」
ものを擬人化するのは、なかなか楽しい。
今度はファンヒーターでも擬人化してみようかな。



2018年1月21日(日)

「しかし、早いもんだなあ」
壁掛けカレンダーに目をやりながら、呟く。
「2018年が始まってから、もう三週間も経つんだから」
「そだねえ……」
「今年もいろいろあったなあ」
「もう?」
俺の言葉に、うにゅほが苦笑する。
「実際、一月はイベント多いからな」
「おしょうがつと、◯◯のたんじょうび、あるもんね」
「まあ、そのせいで太ったわけだけれども……」
自分の脇腹をつまむ。
腹に贅肉がつきにくい体質なのだが、それでも幾分かは分厚くなっている。
「問題です」
「はい」
「二月と言えば?」
「せつぶん!」
うにゅほが元気よく答えた。
「……先にそっちが出てくるか」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「せつぶん、バレンタインよりさき……」
たしかに。
「二月はそのくらいかな」
「うん」
「三月は?」
「うーと、ホワイトデー」
「三月は──」
まあ、そのくらいだろう。
そう言いかけて、
「あと、おとうさんのたんじょうび」
「……あー」
「あー?」
「いや、忘れてないぞ。忘れてない」
意識にのぼらなかっただけで。
「──…………」
ほんとかなあ、という視線を一身に受けながら、言葉を継ぐ。
「ほら、次は四月だ」
「うん」
こんな調子で、十二月までのイベントをふたりで並べ立ててみた。
言葉にすれば、楽しみになるものだ。
2018年も、きっといい年になる。
そんなことを思うのだった。
フラグじゃないぞ。



2018年1月22日(月)

「はー、さぶさぶ……」
午前九時に起床し、暖房の効いていないリビングで朝食をとる。
朝食は、ベーコンエッグだった。
うにゅほは、俺の好みの焼き加減を熟知している。
多くの人は焼き過ぎと感じるだろうが、完熟好きの俺にとっては最高のベーコンエッグだ。
「ごちそうさま」
と、手を合わせる。
「おそまつさまです」
「美味しかった」
「うへー」
うにゅほの頭をぽんと撫で、食器を片付ける。
「あ、わたしあらう」
「いいよ、悪いし」
「でも」
「フライパンも洗えばいいのか?」
「うと、フライパンは、キッチンペーパーでふく……」
「じゃあ、そっちは頼むな」
蛇口をひねり、水を出す。
流水で大まかな汚れを落とそうとして、
「──!」
まだなかばほど寝ぼけていた脳が、一気に覚醒した。
痛い。
痛い。
冷たいという感覚を通り越したのだと、経験が教えてくれる。
このところ、寒さが厳しいものなあ。
「……ふう」
だが、洗わないわけにも行くまい
痩せ我慢して食器を洗い、両手を擦り合わせる。
「はー、つめたつめた!」
「ごくろうさまです」
「××も、母さんも、あかぎれたりしないのか?」
「あかぎれ?」
「……しもやけ?」
「しもやけ……」
「水が冷たすぎて、手が荒れたりしないのかなって」
「うん。おゆであらうから、だいじょぶ」
「あー……」
お湯を出せばよかったのか。
「……えい」
「ひや!」
冷え切った両手で、うにゅほのほっぺたをこねる。
「ふめはい……」
「あっためて」
「ふん」
もちもち。
しばらくほっぺたで温めてもらうと、ようやく指先の感覚が戻ってきた。
真冬の水場にご注意を。



2018年1月23日(火)

「××、届いたぞー」
「?」
「じゃん」
片手で抱えていたダンボール箱を、うにゅほの眼前に差し出した。
「あ!」
うにゅほが目を輝かせる。
「おもちゃのかんづめだ!」
「イエース」
「あけていい?」
「いいよ」
うにゅほ待望の、金のキョロちゃん缶である。
丁寧に包装を解いたうにゅほが、箱から金色のキョロちゃんを取り出した。
「おー……」
「思ったより大きいな」
「うん」
「撫でたら喋るんだっけ」
「しゃべるよ」
うにゅほが、キョロちゃんの頭を撫でる。
「──…………」
「──……」
「喋らないな」
「しゃべらない……」
「貸してみ」
「うん」
キョロちゃんを受け取り、いじり回してみる。
「あ、開いた」
「!」
あっさりと首が外れ、中身が覗いた。
「おもちゃのカンヅメだけに、ちゃんとおもちゃも入ってるんだな」
「ほんとだ……」
「中身、全部機械かと思ってた」
「わたしも」
考えてみれば、喋るだけの人形に、それほど大仰な機構は必要ない。
「あ、わかった。くちばしの裏だ」
「うら?」
「ここに電池ボックスがある」
「でんち、いる?」
「いや、だぶん──」
電池ボックスから飛び出ていた絶縁シートを抜き取る。
すると、
『クエックション!』
「わ」
キョロちゃんの生首が、くしゃみをした。
「くびだけでも、しゃべるんだ」
「頭じゃなくて、くちばしがボタンになってるみたい」
うにゅほが、恐る恐るくちばしを撫でる。
『チャンキュー!』
「おー……」
「とりあえず、首を嵌めとくか」
「うん」
それから、しばらくのあいだ、キョロちゃんの甲高い声が自室に響き渡っていた。
「♪」
どうやら気に入ったらしい。
ちょっとうるさいけど、楽しそうだからいいか。



2018年1月24日(水)

「──寒い」
「さむいねえ……」
「いま何度?」
「んー」
うにゅほが温湿度計を覗き込む。
「じゅうななど、だって」
「──…………」
思わずファンヒーターに視線を向ける。
「……ついてるよな」
「ついてる」
ファンヒーターの暖房能力が、寒波に完全に押し負けている。
「外、どんだけ寒いんだ……」
知りたいような、知りたくないような。
「××」
ぽん、ぽん。
自分の膝を、軽く叩いてみせる。
すると、
「!」
即座に立ち上がったうにゅほが、読みさしの漫画を手に、俺の膝に腰を下ろした。
阿吽の呼吸である。
「……はー」
温かく、抱き締めやすい。
「××は最高の湯たんぽだなあ」
「うへー」
てれりと笑う。
素直に喜んでしまうのが、うにゅほのうにゅほたる所以である。
「◯◯も、ゆたんぽ」
「俺は湯たんぽじゃないぞ」
「なに?」
「俺は、半纏かな。××の半纏。ほら、後ろから抱き締めてるし」
「あー」
うにゅほがうんうんと頷く。
「つまり、いまの状況は、湯たんぽが半纏にくるまれている……」
「あったかそう」
「実際、暖かいしな」
「うん」
互いが互いの暖房器具。
冬場限りの幸せだ。
まあ、夏場は夏場でくっついてるけども。



2018年1月25日(木)

「──……寒い!」
「さむいー……」
両手を擦り合わせながら、呟く。
「昨日も大概寒かったけど、今日はその倍は寒いな」
「うん……」
「いま何度?」
「うーと、じゅうななど」
室温こそ昨日と大差ないものの、壁から伝わる冷気の質が明らかに違う。
ファンヒーターの熱風が、まるで頼りない灯火のようだ。
「ゆたんぽ、きょうもする?」
「する」
「はい」
「あ、ちょっと待って」
「?」
立ち上がりかけたうにゅほを制し、言葉を継ぐ。
「まず、この寒波に真っ向から挑んでみようと思う」
「……そとさむいよ?」
「外には出ない」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「己の肉体ひとつで、寒波に打ち勝ってみせる!」
「ぐたいてきには?」
「エアロバイクを漕ぐ」
「……?」
「エアロバイクを思い切り漕いで、発する熱気で部屋を暖めてみようかと」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「◯◯なら、できるかも」
「伊達に、いるだけで部屋が暑くなるとか言われてないからな」
初めてそう言われたときは、ちょっとショックだったけど。※1
冷え切った廊下からエアロバイクを運び込み、意気揚々と跨る。
「いざ!」

──三十分後、

「……寒い」
「さむいねえ……」
完全敗北である。
「ストーブ消すのはやり過ぎだったな……」
「つけていい?」
「つけてくれ」
大寒波ってスゴイ。
僕は改めてそう思った。

※1 2017年10月8日(日)参照



2018年1月26日(金)

「はー……」
夕刻、風呂上がり。
湯冷めしないように半纏を羽織り、自室へ戻る。
「いいゆだった?」
「いい湯だった」
「そか」
うにゅほが満足げに微笑む。
「今日は1月26日だから、いい風呂の日──じゃ、ないか。違うな」
「ちがうの?」
「いい風呂の日は、11月26日だと思う」
「あー」
うにゅほがうんうんと頷く。
「じゃあ、なんのひかな」
「何の日だと思う?」
「うと、いふろ……いにろ……、いちにむ……」
「語呂合わせは厳しいんじゃないか」
「……そだね」
「調べてみよう」
「うん」
Googleを開き、「1月26日」で検索する。
一年三百六十六日、毎日が何かしらの記念日だ。
さて、今日は何の日だろうか。
「──文化財防火デー、だって」
「ぶんかざいぼうかでー」
「よくわからんな」
「わからん……」
ふたり揃って小首をかしげる。
「ほかある?」
「有料駐車場の日……」
「……どんなひ?」
「日本の公共駐車場初のパーキングメーターが設置された日、と書いてある」
「そなんだ」
「なんか、いまいちパッとしないな」
「うん……」
でも、まあ、そんなものかもしれない。
毎日が特別な日と嘯いたところで、本当に大切な日は別に取ってあるものだ。
バレンタインデー楽しみです。



2018年1月27日(土)

メーラーを起動し、新着メールを確認する。
「あー、また来てる」
「?」
俺の呟きに、買ってきたばかりの漫画を読みふけっていたうにゅほが顔を上げた。
「なにきたの?」
「迷惑メール」
「ふうん……」
「Facebookの招待メールだと思うんだけど、何語かわからん」
「ふぇいすぶっくって、おかあさんやってるやつ?」
「そうそう」
「えすえぬえすだ」
「意味わかってる?」
「……うへー」
だろうなあ。
「簡単に言うと、友達とネットでなんやかやするやつだな」
「わたし、ともだちいない」
「……うん」
たしかに、可愛がってくれる年上の知り合いはいても、友達はひとりもいないよな。
「友達、欲しい?」
「んー」
しばし思案し、
「ふつう……」
「普通」
「あんましかんがえたことない」
「そっか」
そんなものかもしれない。
「なにごかわからんって、どんなメールきたの?」
「見るか?」
「うん」
うにゅほがディスプレイを覗き込む。
「──…………」
「──……」
「なにご?」
「わからんって」
「……ほんとにもじ?」
そこから疑っていくのか。
「何語か調べてみるか」
「わかるの?」
「調べればな」
Google翻訳を開き、入力欄にメールの冒頭をコピペする。
「あ、タイ語だ」
「たいご」
「意味は、ハローだって」
「たいご、へんなじーだね」
「タイ人に怒られるぞ」
何故Facebookからタイ語でメールが来るのかわからないが、触らぬ神に祟りなしである。
放置放置。



2018年1月28日(日)

ぐわん、ぐわん。
左右に大きく振れながら、呟く。
「……あまりにも眠い」
「ねむいの……」
「眠い」
「◯◯、きょう、ねてばっかしだね」
「うん……」
既に三度寝、累計睡眠時間は十時間に達そうとしている。
「ぐあいわるい?」
「そういうわけでもないんだけど……」
うにゅほが俺の額に触れる。
「ねつない」
「なんだろうなあ」
ぐわん、ぐわん。
「風邪でもないし、寝過ぎて眠いって感じでもないし……」
感覚としては健康的な眠気に近いのだが、客観的に見ると明らかに異常である。
「ねたほう、いいのかなあ」
「わからない、けど、眠い……」
ぐてー。
チェアの背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見る。
「かぜひくよ」
「……まだ寝てない」
「じかんのもんだいとおもう……」
「──…………」
自重に負けた目蓋が、徐々に閉じていく。
「◯◯、◯◯」
「んー……」
「ねるならベッドいこ」
うにゅほが俺の手を引く。
記憶しているのは、ここまでだ。

「……ん」
懐に熱を感じて目を覚ますと、
「──……すう……」
うにゅほの寝顔が、眼前にあった。
知らぬ間に同衾していたらしい。
まあ、いいか。
羽毛布団をめくって熱気を逃がし、そのまま流れるように五度寝に入る俺だった。
日記を書いているいまも、まだ眠い。
このところの寒さに、体が冬眠を求めているのだろうか。



2018年1月29日(月)

吐息で温めた両手を擦り合わせ、暖を取る。
「冬将軍は今日も元気だな」
「うん……」
一月の下旬は、一年で最も寒い時期と言われている。
ここを乗り切ることができれば、あとはゆるやかに春を待つばかりだ。
「──というわけで、頑張るぞ!」
「おー」
「ヘイカモン」
ぽぽんぽんぽん。
リズムよく膝を叩く。
「はーい」
うにゅほが俺の膝に腰を下ろす。
ふにふにとしたおしりの重みが心地よい。
「あ、ストーブ」
「ストーブはいいや」
「つけないの?」
「つけない」
「そか」
「灯油の消費がな……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「とうゆなくなったら、とうゆいれる……」
「……玄関には、ポリタンクがある。灯油の入ったポリタンクだ」
「うん」
「ポリタンクの容量は、18L。みっつで?」
「ごじゅうよんりっとる」
「半分ちょっと使ったから、残りはだいたい25Lだな」
「そだね」
「××、ストーブの灯油タンクってどのくらい入るか知ってる?」
「うと、さんりっとるくらい?」
「7Lです」
「そなんだ」
「つまるところ、灯油を汲めるのは、あと三回半だけなんだ」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
まあ、なくなってもガソリンスタンドまで買いに行けばいいのだが、それはそれでめんどい。
冬場のガソリンスタンドって、めっちゃ寒いし。
「というわけで、ゆたんぽ××さんに頑張ってもらおうかと」
「がんばる」
うにゅほが、鼻息も荒く頷いた。
やる気だ。
「よし、手をあっためてくれ」
「はーい」
小さな手のひらが、俺の右手を包み込む。
「あったかい?」
「あったかい」
温かいし、和む。
うにゅほは、ゆたんぽ界のお姫さまであろう。



2018年1月30日(火)

「──暑い!」
「!」
うにゅほが温湿度計を覗き込む。
「じゅうはちど……」
「18℃か」
体感的にもそのくらいだ。
「……あつい?」
「いや、肌寒い」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「最近、事あるごとに寒い寒い言ってたじゃん」
「さむいもん」
「寒いよな」
「うん」
「でも、寒い寒い言ってたら、余計に寒くなる気がして」
「あー」
「××も一緒に暑い暑い言ってみようぜ」
「うと、あつい……」
「暑いなー」
「あついねえ」
「ふー、暑い暑い」
作務衣の共襟をパタパタさせてみる。
「あついー」
うにゅほが俺の真似をして、服のなかへと空気を送り込む。
「──…………」
「──……」
「寒いな」
「さむい」
「ああ、我に返っちゃダメだ。いまの室温は28℃、いまの室温は28℃!」
「むりがあるのでは……」
「……まあ、うん」
冷静に指摘されてしまった。
「ストーブつけるね」
「お願いします」
見る間に上がる室温を肌で感じながら、人類史上初めて火を手にした人間に思いを馳せる俺だった。



2018年1月31日(水)

「◯◯ー」
うにゅほの声が寝室から届いた。
「ほん、かたづけていーい?」
「本?」
「まくらもとの、ほん」
「あー」
寝る前に読書する習慣のある俺の枕元には、読みさしの本が常に何冊か積まれている。
「読んでる最中なんだけど……」
「でも、たくさんある」
「そんなにあったっけ」
「うーと、いち、にい、さん──」
番町皿屋敷のように、うにゅほが本を数え上げていく。
「──じゅういち、じゅうに、じゅうさんさつ!」
「そんなに……」
積みすぎである。
「しゃーない、片付けるか」
重い腰を上げ、寝室へと足を運ぶ。
「これ」
うにゅほが枕元を指差す。
「……言われてみれば、たしかに」
文庫、コミック、新書、ハードカバー、和書、翻訳書、小説、学術書──
ジャンルも大きさもバラバラの書物が、枕の周囲に散らばっている。
「正直、何冊かは、どこまで読んだかも覚えてない」
「それかたづけよ」
「……二冊くらいは残していい?」
「うん」
許可が出たので、二冊を残してあとは綺麗に片付けることにした。
「──あ、そうだ」
「?」
「今日、皆既月食なんだってさ」
「おー」
「たぶん、いまくらいから──」
本を抱えたまま、窓の外を見上げる。
「あ、欠けてる」
「ほんと?」
うにゅほが俺の隣に並ぶ。
「ほんとだ!」
自室の窓から見えてよかった。
寒い思いをせずに済む。
「十時くらいに、月がすっぽり地球の陰に隠れるみたい」
「いろ、かわる?」
「変わる変わる」
そう言えば、何年か前にも一緒に見たっけ。※1
数年に一度の天体ショーだ。
「次もまた、一緒に見ような」
「うん」
ふたり小指を繋ぎながら、赤銅色の月を見上げるのだった。

※1 2014年10月8日(水)参照

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