>> 2017年12月




2017年12月1日(金)

「──12月」
ぽつりと呟く。
「12月だ」
「じゅうにがつだねえ……」
「××、気づいてるか」
「?」
「2017年が、あと一ヶ月しかないことに!」
「うん」
うにゅほが、あっさりと頷く。
そりゃそうか。
「これは由々しき事態ですよ」
「ゆゆしきじたい?」
「2018年の到来を阻止せねば、またひとつ年をとってしまう……」
「たんじょうびプレゼント、なにがいい?」
「考え中」
「そか」
「──って、違う違う」
「?」
「もう年をとりたくないって話」
「たんじょうびプレゼント、いらない?」
「いる」
「がんばってえらぶからね」
「……ありがとう」
なんか、年をとるのも悪くない気がしてきた。
「あ、そうだ。プレゼントで思い出した」
「なにー?」
「今年のホワイトデーに、なんでも言うこと聞く券あげたじゃん」※1
「うん」
「あれ、まだ二枚残ってる気がするんだけど……」
「うん、にまいのこってる」
「……使わないの?」
「んー……」
しばし小首をかしげたあと、うにゅほが言った。
「だっこしてほしいな」
「いいけど」
「けん、いる?」
「使うほどのお願いじゃなし……」
「ね」
「うん?」
「けんつかわなくても、◯◯、なんでもしてくれる」
「……あー」
それは、そうかもしれない。
「いまなら使うとお姫様抱っこにグレードアップできます」
「ふつうのだっこがいいなあ」
「そうなんだ……」
「うへー」
うにゅほ、密着するの好きだもんな。
券を使い切るのは、いつになることやら。

※1 2017年3月14日(火)参照



2017年12月2日(土)

今朝のことである。
眠れないままベッドの中で悶々としていると、世界が揺れた。
地震だ。
それも、かなり大きい。
慌てて飛び起き、うにゅほの様子を窺う。
「──……すう……」
安眠している。
起こすべきか迷っていると、揺れが収まってきた。
だが、安心はできない。
前震かもしれない。
書棚からうにゅほを守るように身構えていると、
「う」
うにゅほの目蓋が、ゆっくりと見開かれた。
「……んう、◯◯……?」
目元をくしくしとこすりながら、うにゅほが上体を起こす。
「おはよう」
「お、ふあ、よう、ございまう」
ぺこり。
「どしたの……?」
「いま、地震があってさ」
「じしん」
「ちょっと大きかったから、心配になって」
「そか……」
「──…………」
「──……」
しばしのあいだ見つめ合い、
「……大丈夫そうだな」
「うん」
「はー……」
うにゅほのベッドに腰掛ける。
「緊張した。一時はどうなることかと」
「そんなにおっきかったの?」
「たぶんだけど、震度4はあったんじゃないかな……」
「おー」
「随分と余裕ですね」
「うへー……」
「まあ、気づかなかったからな」
「おきてたら、うん」
弟の誕生日だというのに、幸先の悪い一日である。
だが、夕食は回転寿司だった。
美味しかったです。



2017年12月3日(日)

「うー……」
朝から体調が芳しくなかった。
胃もたれとは少々異なるが、回転寿司の食べ過ぎが原因なのは明らかだ。
「だいじょぶ……?」
うにゅほが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「大丈夫、大丈夫。久々に腹いっぱい食べたから、体がびっくりしてるんだろうな」
「そか……」
「それより、××は大丈夫か?」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「××も、けっこう食べてただろ。もたれてないか?」
華奢な見た目に反し、うにゅほは案外健啖である。
昨夜も、十皿以上、ぺろりと平らげていたはずだ。
うにゅほが自分のおなかをさすり、
「うん、だいじょぶ」
と、答えた。
「これが若さか」
「わかさとかじゃなくて、◯◯、たべすぎとおもう……」
「──…………」
ぐうの音も出ない。
うにゅほの倍は食べたからなあ。
「……いずれにしても、今日からまた節制だな」
「うん」
「ひとまず、昨日増えた体重を削ぎ落とさなければ」
「なんキロふえたの?」
「測ってないけど、1kgは増えてないだろ。1kgも食べてないんだし」
「そか」
「──…………」
「?」
「いや、1kg食べてるか」
「たべてるの……」
昨夜食べた枚数を、少なく見積もって20皿として、1皿50gあれば1kgに届いてしまう。
「1kgも胃に詰め込めば、体調も悪くなるよなあ」
「つぎのとき、たべすぎたらだめだよ」
「わかりました」
回転寿司は、ついつい食べ過ぎてしまうな。
気をつけよう。



2017年12月4日(月)

「──…………」
ずーん。
いい年こいて、父親にこってり絞られてしまった。
罪状は、車のエンジンを切り忘れたことである。
「おとうさん、おこってたねえ……」
「怒ってたなあ……」
エンジンを掛けたまま十時間以上も放置していたのだから、当然の怒りではある。
ガソリン、だいぶ減ってたらしいし。
「なーんで切り忘れるかなあ……」
三十路も越えて親に叱られたこと以上に、自分で自分が情けない。
「はあ……」
溜め息ひとつ。
すると、うにゅほが俺の手を取った。
「……ごめんね」
「どした?」
「わたし、おこられなかったから……」
「××は悪いことしてないだろ」
「でも、わたし、きーつかなかった……」
一緒にいたのに、エンジンの切り忘れに気が付かなかった、ということだろう。
「──…………」
ぺし。
うにゅほのおでこを、優しく叩く。
「た」
「なんでも自分が悪いと思うのは、××の悪い癖だぞ」
「でも──」
「父さんが××を怒ってたら、親子喧嘩になってたところだ」
「けんかしたら、だめだよ……」
「でも、しなかっただろ」
「……うん」
「父さんも、俺も、××は悪くないってわかってる。みんなわかってる」
「──…………」
「悪いことをしたら怒られるし、悪くなければ怒らない。だから、変に罪悪感を覚える必要はありません」
「はい……」
うにゅほを元気づけていたら、落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってきた。
これは、逆に元気づけられたということなのだろうか。
意図的ではないにせよ、うにゅほに感謝しなければ。



2017年12月5日(火)

「ふはっ……、ふ……」
優雅にブラウジングなどしていると、鼻がむずむずし始めた。
「──ひッ、ぷし!」
右手で口元を遮り、思いきりくしゃみをする。
その瞬間、肘に何かが当たった気がした。

ごと。

ばたん!

とっとっと……。

「──…………」
恐る恐る、足元を見る。
開封済みのペプシストロングゼロ1.5Lがデスクから倒れ落ち、床に中身をぶち撒けていた。
「うげ……」
やってしまった。
ペットボトルを慌てて立たせ、被害の拡大を防ぐ。
「××!」
「はい!」
アイコンタクト。
うにゅほが雑巾を取りに行くあいだ、広がりゆくペプシ溜まりからコード類を保護する。
もしもがあってはいけないので、PCの電源も落としておいた。
「ぞうきん!」
「俺がデスクの下拭くから、××は反対側を頼む」
「わかった!」
手分けをすれば、あとは早い。
ペプシの痕跡が残らず消え去るまで、五分と掛からなかった。
「ふー……」
うにゅほが、ほっと息を吐く。
「……ゼロカロリーでよかった」
普通のペプシなら、どこもかしこもベタベタになるところだった。
「昨日といい、今日といい、なんかダメダメだな……」
「だいじょぶ」
バケツで雑巾を絞りながら、うにゅほが自信満々に言う。
「ペプシ、きれいになったもん。だいじょぶだよ」
「──…………」
「わたし、がんばるから、だいじょぶ」
「……そっか」
自分をダメだと思い込んで更にダメを重ねるダメダメスパイラルにはハマらずに済みそうだ。
ありがとう、うにゅほ。



2017年12月6日(水)

「──……つ」
思わずこめかみを押さえる。
「あったま、いてえ……」
「だいじょぶ?」
「……ちょっと、横になる」
「バファリンもってくる」
「頼むー……」
バファリンを服用し、ベッドに寝転がる。
だが、

──ずきん、ずきん。

頭痛がひどく、眠ることすらできない。
なんだか吐き気まで催してきた。
「……ロキソニン案件だ、これ」
のそのそと起き上がり、ロキソニンを水で飲み下す。
三十分もすれば楽になるはずだ。
「◯◯……」
「ん」
うにゅほが、俺の額に手を当てる。
「ねつ、ない」
「風邪っぽくはないんだけど……」
「うん、ちがう」
「風邪の匂い、しない?」
「しない」
俺より俺の体調に敏感なうにゅほが言うのだから、間違いあるまい。
「なら、原因はなんだろ……」
困ったことに、思い当たる節がない。
「調べてみるか」
チェアに腰を下ろし、PCを起動する。
「ぱそこんして、だいじょぶ?」
「何かして気を逸らしてないと、痛くてさ」
「そか……」
適当なワードで検索をかけると、
「まず、一時頭痛か。片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛。群発は怖いな……」
「ぐんぱつ?」
「死ぬほど痛いらしい。少なくとも、この程度じゃ済まないと思う」
「こわいねえ……」
「あとは、二次頭痛。くも膜下出血、脳出血、脳腫瘍──」
「!」
うにゅほが俺の手を取る。
「びょういん、いこ」
「もう四時過ぎなんだけど……」
「いく」
「──…………」
真剣な瞳で、訴える。
「わかった、行く」
「うん!」

MRIの結果、頭痛の原因は肩コリであることが判明した。

「……大山鳴動してって感じだなあ」
「かたもむね」
「お願いします」
検査結果を聞いたときの、うにゅほのほっとした表情が忘れられない。
少々金は掛かったが、安心を買ったと思えば安いものだ。
肩コリに関しては、うん。
ストレッチをしましょう。



2017年12月7日(木)

「──んがっ」
組んだ両手を天井へ突き上げて、肩と背中の筋肉を伸ばす。
ストレッチパワーが溜まってきたところで、
「◯◯ー」
うにゅほが自室の扉を開けた。
「これ、いいやつだよ」
「どれ?」
「これ」
うにゅほが手にしていたのは、めぐりズムの蒸気でホットアイマスクだった。
「あー、目をあっためるやつか」
「うん」
「××、やったことあるの?」
「あるよ」
「気持ちよかった?」
「うん、きもちかった」
「そっか」
一枚入りで、袋を開けると温まり始めるものらしい。
使い捨てカイロと同じで、鉄粉の酸化による反応熱を利用しているのだろう。
「これしたら、あたまいたくなくなるかも……」
「どうかなあ」
昨日の頭痛は、いまはない。
だが、原因が取り除かれたわけではあるまい。
肩のコリ、首筋のハリ、いずれも解消には程遠い。
痛み止めは飲んでいるが、いつ再発してもおかしくない状況だ。
「とにかく、試してみるか」
猫の手を借りるつもりで、ホットアイマスクの袋を破る。
「……なんか、いい匂いするな」
「ゆずだよ」
「柚子か」
柑橘系の香りは、わりと好きだ。
アイマスクを着け、横になる。
目元が徐々に温まっていく。
「あー……」
「きもちい?」
「そこそこ」
「そこそこかー」
思った以上では決してないが、思った程度には気持ちいい。
「これ、まだあるの?」
「あるよ」
「たまに使おうかな」
「おかあさんにいっとくね」
「頼む」
目の奥がスッキリしたような、そうでもないような。
劇的な効果はないが、気分転換にはよさそうだ。



2017年12月8日(金)

「あ゙ー……」
本日三度目の雪かきを終え、ベッドの上に倒れ伏す。
豪雪である。
「ちょっと、つかれたねえ……」
雪かき大好きうにゅほさんにも、疲れの色が見えてきた。
窓の外に視線を向ける。
「……まだ降ってる」
「うん……」
「寒くてよかったな。雪が軽いから、まだマシだ」
「べちょべちょのゆき、おもいもんね」
春先の大雪は、まさに地獄である。
あまりの重さにジョンバが壊れることも珍しくない。
「あした、だいじょぶかな……」
「今日ほどではない──と、思いたい」
「ひこうき、ゆれないかな」
「……あー」
明日、一泊二日で横浜へ行く予定なのだ。
残念ながら、うにゅほは留守番なのだけれど。
「ただの雪なら問題ないと思う。九月のときは、台風来てたから……」
「すーごいゆれた?」
「正直、死んだと思った」
航空事故なんて、そうそう起こらない。
わかっていても、怖いものは怖い。
「ひこうき、こわいねえ……」
「いや、単に俺が飛行機苦手ってだけ。事故の確率で言えば、自動車より安全って言うし」
「そなの?」
「国内線の死亡事故なんて、三十年は起きてないんじゃないかな」
「じゃあ、だいじょぶ?」
「大丈夫、大丈夫」
うにゅほの前髪を掻き上げる。
「××も、そのうち飛行機乗せてやるからな」
「うへー……」
「お」
抱きついてきたうにゅほを受け止める。
「◯◯、あしたいないから、ためとく」
「じゃあ、俺も」
ぎゅー。
うにゅほ分をたっぷり補給して、明日の旅行に備えよう。
おみやげは何がいいかなあ。

※ 明日の「うにゅほとの生活」はお休みとなります



2017年12月9日(土)
2017年12月10日(日)

土日を利用して、横浜へ行ってきた。
一泊二日の強行軍だ。
友人と合流し、騒がしい夕食をとったのち、隙を見て母親の携帯に電話を掛ける。
「──はい!」
案の定、うにゅほが出た。
電話をすると約束していたのだ。
「あえた?」
「無事会えました」
「ひこうき、ゆれた?」
「すこしだけな。それでも、ちょっと背筋が冷えたけど」
「わたし、のれるかなあ……」
「乗れる乗れる。拍子抜けすると思うぞ」
「そかな」
「……××と旅行するときは、LCCなんて使わないし」
「えるしーしー?」
「格安航空会社。安い代わりに飛行機が小さくて、狭くて、揺れる」
「そなんだ……」
悪夢のような一時間半が嫌ならば、少々高くてもJALやANAを使えばいいのだが、航空券を取るときには恐怖を忘れているから仕方ない。
しばし雑談したのち、
「──それじゃ、またな」
「きーつけてね」
「ああ」
後ろ髪を引かれながら、通話を切る。
そのまま朝までカラオケで歌い通し、ネットカフェで仮眠を取り、軽く観光をして横浜を離れた。
「ただいまー……」
ようやく帰宅できたのは、午後八時を過ぎたころだった。
「──!」
「わっ、と」
突進してきたうにゅほを、玄関先で抱き止める。
「危ないぞ」
「ごめんなさい……」
「ただいま」
「おかえり!」
「おみやげと、土産話、どっちがいい?」
「どっちも……」
「じゃあ、おみやげを食べながら話そうか」
「うん!」
おみやげのお高いマカロンに舌鼓を打ちながら、旅行中の出来事を面白おかしく話す。
うにゅほが楽しそうに聞いてくれればくれるほど、次こそは一緒に行きたいという想いが強くなる。
家族旅行なら問題ないんだけどなあ。



2017年12月11日(月)

「──…………」
しょぼしょぼと目を見開き、枕元のiPhoneで時刻を確認する。
午後二時過ぎ。
旅行の疲れが一気に噴き出したらしい。
のそのそとベッドから這い出ると、
「だッ、たたた……」
踏み出した足に、痛みが走った。
おまけに背筋と腰まで痛む。
「──◯◯?」
うにゅほが寝室を覗き込み、心配そうに口を開く。
「どっか、いたいの?」
「おはよう……」
「おはよ」
「久々に歩いたせいか、足が痛い……」
「こしも?」
「腰も、すこし。動けないほどじゃないけど……」
「だいじょぶ……?」
「大丈夫、大丈夫」
へらへらと笑ってみせる。
痛いことは痛いが、理由がわかりきっているだけに、先日の頭痛などより随分と気が楽だ。※1
「なんキロくらいあるいたの?」
「10kmは歩いてないと思うけど、基本運動不足だからなあ……」
「じゅっきろって、どこくらい?」
「えーと、たぶん、図書館往復くらい」
「たいへんだ……」
「腰は腰でまた別で、たぶん飛行機の座席が狭かったせいだと思う」
「そんなにせまいの?」
「新千歳まで行くバスより狭かった」
「バス、あんましのったことない……」
「××の体格なら、どっちも問題ないと思うぞ」
「◯◯、おっきいからねえ」
「無駄にな」
「むだじゃないよ」
「そうか?」
「おっきくないと、わたしのれない……」
「あー」
なるほど、それは重要だ。
「なら、大きくてよかったよ」
「うん」
とりあえず、今日はゆっくりしよう。
体を休めて、また明日から頑張ろう。

※1 2017年12月6日(水)参照



2017年12月12日(火)

ふと、カレンダーをめくり忘れていることに気がついた。
無頓着な自分に恥じ入りながら、12月のカレンダーに目を通す。
「──もうすぐクリスマスじゃん」
「そだよ」
「マジか」
「まじ」
「てことは、今年ももう終わりじゃん」
「そだよ」
「マジか……」
「まじ」
「あっと言う間だなあ」
「ことしも、いろいろあったねえ」
「そうだっけ?」
「あったよ」
「たとえば?」
「たとえば──」
沈思黙考ののち、
「……いろいろあったよ?」
「本当かな」
「あったよー」
「怪しいな」
「たくさんあった」
「たとえば?」
「えあろばいく、かった」
「買ったな」
「さいきん、まいにちやってないきーする」
「二、三日に一度だなあ……」
「かったとき、すーごいこいでたのにね」
「100kmはやり過ぎたな」
当時の俺は、何を考えていたのやら。
「おそうじロボット、きたよ」
「あー」
毎朝絶賛稼働中である。
「あと、ことしもありでた……」
「ダスキン様様だな」
お掃除ロボットも、ダスキンからのレンタルだし。
「◯◯、ぽりーぷなかった」
「大腸内視鏡か」
「うん、だいちょうないしゅちょう」
「言えてないぞ」
「それと、おもちゃのかんづめ、あたったよ」
「銀のエンゼルのために、何箱チョコボール食べたかな……」
「あたらしいの、まだかなあ」
「……あー」
「?」
「ごめん、まだ送ってない。忘れてた」
「えー」
不満げなうにゅほを誤魔化すように、話を戻す。
「──うん、今年もいろいろあったな」
「でしょ」
「来年も、いろいろあるんだろうな」
「たのしみ」
「ああ」
まずは、残り僅かな今年を楽しもう。
うにゅほと一緒なら、たいていのことは楽しいのだから。



2017年12月13日(水)

カラになったペプシのペットボトルから、ラベルとシールを剥がして捨てる。
「?」
その正体が気になったのか、うにゅほがゴミ箱からシールを拾い上げた。
「めくってあてよう、だって」
「ああ」
「めくらないの?」
「当たってもなあ……」
「もすばーがーと、コーラ、あたるよ?」
「うーん」
もし当たれば、行かねば損をした気分になる。
かと言って、せっかくモスまで足を運ぶのなら、金を払ってもいいから凝ったハンバーガーを食べたいものだ。
取らぬ狸の葛藤で、いままでめくらずにいたのである。
「めくっていい?」
「いいよ」
どうせ当たらないし。
「あ」
「……あ?」
「あたり、だって」
「──…………」
「これ、あたり?」
「マジ?」
「うん」
「見せて」
「はい」
受け取り、検める。
小さな四角のなかに、たしかに「あたり」と印字されていた。
「当たっちゃった……」
「もすばーがー、いく?」
「××、行きたい?」
「いきたい!」
屈託のない笑顔で、うにゅほがそう答えた。
「……今日じゃなくていい?」
「あした?」
「期限がまだ先だから」
「いつまで?」
「えーと、2月23日まで、だって」
「わすれないようにしましょう」
「はい」
まあ、ふたつ食べればいいや。
ハンバーガーなら、モスかフレッシュネスが好きだ。
行く機会ができて、なんだかんだ嬉しい俺なのだった。



2017年12月14日(木)

「あー……」
首を回し、肩を回し、独り言つ。
「……肩痛いなあ」
「!」
その呟きを聞いた瞬間、うにゅほが腰を浮かせた。
「あたま、いたくない?」
「頭は──」
すこし、痛い。
だが、騒ぐほどでもない。
「うん、痛くない。肩が凝ってるだけ」
「そか……」
安心したように、うにゅほが頷く。
「かたもむね」
「お願いします」
「はい」
腰をずらし、うにゅほに背中を向ける。
小さな手のひらが肩に触れ、
「あ、かたい」
もみもみ。
「きもち?」
「気持ちいいです」
明らかに握力が足りていないが、気持ちいいのは嘘じゃない。
「こってますねえ」
「はい、凝ってます」
「なんでだろ」
「最近、仕事多かったし」
「うん」
「ゲームもそこそこしてた」
「してた」
「あと、amazarashiの新しいアルバム届いたから、ずっとヘッドホンで聴いてたな」
「おと?」
「音?」
「おとおおきいから、かたこるのかなって」
「いや、単純に、ヘッドホンは重いからな。ずっと着けてると、首と肩に来る」
「そなんだ……」
「やっぱ、普段使いは耳掛けがいいな」
「かるいもんね」
もみもみ。
「つぎ、せなかもむ?」
「お願いします」
「はーい」
うにゅほのふわふわマッサージで、相も変わらず寝落ちする俺だった。



2017年12月15日(金)

「◯◯、きょうは、えーかかないの?」
「絵?」
「うん」
「依頼されたイラスト、もう描き上がったしなあ」
「いらい、もうないの?」
「そうホイホイ来てたら、世のイラストレーターも苦労しないんじゃないか」
「そか……」
俺に依頼が来た経緯が、そもそも謎なのだ。
ちょっとした小遣い稼ぎにはなるので、次また依頼が来たら受けるつもりではあるけれど。
「わたし、◯◯のえーすきだよ」
「……ありがとう」
ちょっと照れる。
「俺も、まあ、絵を描くのは嫌いじゃない」
「うん」
「でも、無目的にガシガシ描きまくるほどじゃないかな」
「そなの?」
「絵が好きな人って、空いた時間のほとんどを絵に費やしてるから」
「すごいねえ」
「すごいよなあ……」
漫画とか、一生描ける気がしない。
描く気もあまり起こらない。
「××も、ドラえもんとコロ助以外で、なんか描いてみるか?」
と、液タブのペンを渡す。
「わ」
「お絵かき、楽しいぞ」
「わたし、えーへただから……」
「××は勘違いしている」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「絵は、上手いから楽しいんじゃない。楽しいから上手くなるんだ」
「──…………」
「さ、いってみよう、やってみよう」
うにゅほをチェアに座らせる。
「なにかいていいか、わかんないですけど……」
「じゃあ、体のあるドラえもんでも描いてみよう」
「からだ……」
「××が描けるのって、いいとこ首輪と鈴までだろ」
「……うん、かいてみる」
一時間後、正面に限りドラえもんの全身像を描けるようになったうにゅほがそこにいた。
「楽しいだろ」
「うへー」
満足気に頷くうにゅほを横目に、ドラえもんのイラストを保存する。
バックアップも取っておこう。



2017年12月16日(土)

今日は、職場の忘年会だった。
散々飲まされてタクシーで帰宅すると、うにゅほが出迎えてくれた。
「◯◯、おかえりなさい」
「──…………」
「きもちわるくない?」
「××ー!」
がば!
玄関先で、うにゅほを抱きすくめる。
「××は可愛いなあ、もう!」
「よってる?」
「はい、酔ってます」
「そか……」
「うるァー!」
「わ」
あきらめ顔でされるがままのうにゅほをお姫さま抱っこして、二階へと駆け上がる。
そして、そのままチェアに腰を下ろした。
「よってるとき、あぶないよ」
「酔ってないときでも危ないから、大丈夫」
「だいじょぶじゃないとおもう……」
もっともである。
「コート、ぬがないの?」
「部屋寒いから、まだいい」
「そか」
「ストーブつけてればよかったのに」
「したでテレビみてたから」
「……もしかして、途中だった?」
「うん」
なんだか悪いことをしてしまった。
「じゃあ、続き見てきていいよ」
「ありがと」
うにゅほを膝から下ろし、立たせる。
「あ、ちょっと待って」
「?」
うにゅほを抱き寄せ、ささやかな胸に顔を埋める。
「すー……、ふー……」
深呼吸。
「あつい、あつい」
吐息をパジャマの上衣に送り込まれたうにゅほが、くすぐったそうに笑う。
「どしたの?」
「アルコールを抜きつつ、××分を補給している」
「そか」
一分ほどそうしたのち、うにゅほを解放する。
「テレビみてきていい?」
「いいぞ」
「うん」
「なに見てたん?」
「おかあさんと、けいじドラマみてた」
「母さん、刑事ドラマ好きだからな……」
「おもしろいよ」
「……まあ、俺はまた今度で」
「わかった」
とてとてと階下へ向かううにゅほを見送り、ストーブをつける。
しばしして、
「……××ー」
うにゅほの膝枕を求め、一階のリビングへと赴いた。
お酒を飲むと、人恋しくなる。
母親に冷たい目で見られたが、知るものか。



2017年12月17日(日)

「──げふ」
汲み置きの水をがぶがぶ飲んで、小さくげっぷを漏らす。
昨夜の酒のせいか、口が渇いて仕方なかった。
「だいじょぶ……?」
うにゅほが、心配そうにこちらを覗き込む。
「大丈夫、大丈夫。具合は悪くないし」
「ふつかよい、ない?」
「口渇は口渇で二日酔いの症状だったと思うけど、頭痛も吐き気もだるさもないよ」
「こうかつ」
「口が渇くと書いて、口渇」
「みず、たくさんのんでるのにねえ」
「渇いてるのは、喉じゃなくて口だからな」
「くち……」
うにゅほが小首をかしげる。
「よくわからないか」
「よくわかんない」
「こればかりは、なってみないとわからないかもしれない」
「ふうん……」
「ならずに済むのなら、一生ならないほうがいいと思うけど」
そう告げて、また水をひとくち。
「おさけのんだら、なる?」
「飲んじゃダメだぞ」
「はい」
「前に、間違ってお酒飲んで、二日酔いになったことあっただろ」※1
「あったきーする」
「そのとき、口渇いてたか?」
「うーと……」
しばしの思案ののち、
「……ぐあいわるかったのは、おぼえてるけど」
「口の渇きどころじゃなかったか」
「うん……」
まあ、ずいぶん前のことだしなあ。
「くるしい?」
「いや、苦しいってほどじゃない。強いて言うなら、鬱陶しいかな」
「うっとうしい……」
「よくわからないか」
「よくわかんない」
いつか、うにゅほと酒を酌み交わす日が来るのだろうか。
来るのだろうなあ。
そのときは、悪酔いしないように気を配っておかねば。

※1 2015年4月3日(金)参照



2017年12月18日(月)

「──12月2日は弟の誕生日で、回転寿司を食べに行きました」
「うん」
「12月9日は横浜に行って、まあ、いろいろ食べました」
「なにたべたの?」
「みんなが持ち寄った、各地のおみやげいろいろ」
「きびだんごだ」
「きびだんごは一緒に食べたろ」
「おいしかったねえ」
「それはそれとして」
軽く咳払いをし、続ける。
「12月16日は会社の忘年会で、さんざん飲み食いしました」
「うん」
「12月24日は、言わずと知れたクリスマスイヴです」
「たのしみだねえ」
「楽しみだな」
「うん」
「12月31日は、大晦日。そのままお正月になだれ込みます」
「はつもうで、いくの?」
「行くと思う」
「そか」
「すこし遠いが、1月12日は俺の誕生日。外食の予定です」
「たんじょうびプレゼント、まだかんがえてない……」
「ゆっくりでいいよ。過ぎてもいいし」
「うん……」
「以上のことから導き出される結論は、だ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……対策をしなければ、確実に太る」
「あー」
「と言うか、既にちょっと太った」
「うん」
「……わかる?」
「うん、すこしもどった」
「せっかくダイエット成功したのになあ……」
「ダイエットするまえより、ほそいよ?」
「てことは、ダイエットしてなかったらヤバかったな……」
自己最重を更新していたかもしれない。
「とにかく節制節制だ。平日は一日一食とする!」
「むりしないでね」
「多少の無理は覚悟の上だ」
クリスマスや正月のごちそうを前におあずけを食らうくらいなら、何もない平日に我慢したほうがずっといい。
年末年始で体重を落とすくらいの気概で、頑張ろう。



2017年12月19日(火)

ざざ、ざ、ざざ──

「……?」
耳掛けイヤホンの右耳に、ノイズが走った。
動画自体に混じり込んだものかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
確認作業を進めるうちに、音がぶつぶつと途切れ始めた。
「マジか……」
「どしたの?」
不穏な空気を感じ取ったのか、うにゅほがこちらを覗き込んだ。
「××、これ着けてみ」
「はい」
言われるがまま、うにゅほがイヤホンを装着する。
「あれ、おとへん……」
「右側だけ、調子がおかしいんだ」
「いやほん、またこわれた?」
「そう簡単に結論づけられれば、いっそ楽なんだけど……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「経路のどこで音が途切れているのか、それを特定しないといけない」
「けいろ……」
「まず、信号の発信源であるPCだ。ここはたぶん、シロだと思う」
トントンとPC本体を指で叩き、背面からコードを辿る。
「次に、DACアンプ」
「このぎんいろのやつ?」
「そう。音を良くするやつだと思ってくれればいい」
「ほー」
「そして──」
コードをなぞり、うにゅほの耳を指す。
「最後に、イヤホン。ついでに延長コードもだ。このどこかに異常がある」
「どこか、わからんの?」
「わからんの」
「こまったねえ……」
「ひとつずつ確認していくしかない」
面倒だが、壊れていないものを修理に出しても意味はない。
「まず、イヤホンを別のに取り換えてみよう」
「うん」
作業開始から十五分ほどして、ふと気がついた。
「……なんか、直ってない?」
「ほんと?」
「ほら」
元の構成に戻し、音楽ファイルを再生してみる。
音の途切れはどこにもない。
「ほんとだ」
「良かったような、悪かったような」
「よくないの?」
「良くないってこともないけど……」
今後のために、不調な部位を特定しておきたかったのだけど。
「……ま、いいか」
明日のことは、明日考えればいいや。
ケセラセラ。



2017年12月20日(水)

外出の折、ローソンへと立ち寄った。
「ね、なにかうの?」
「豆乳かな」
「じゃあ、わたしもおそろい」
「××、昔、調整豆乳ダメだったのにな」
「そだっけ……」
あまりのまめまめしさに吐き出しかけたことすらあったのに、覚えていないらしい。※1
人間、慣れれば慣れるものである。
豆乳を手にレジへ向かう際、スイーツコーナーに気になる商品を見つけた。
ベリーショコラタルト。
名前からして、すごくチョコチョコしていそうだ。
「よし、これも買おう」
「ダイエットは?」
「──…………」
「──……」
「おやつはひとつまでオーケーとする」
「そか……」
我ながら意志の弱いことである。
「べりー、しょこら、たると」
「はい。ベリーショコラタルト」
「うと、いいの?」
「なにが?」
「おやつ、ひとつまでなのに」
「美味しそうだと思うけど」
「おいしそうだけど……」
「ダイエット中だし、はんぶんこしようか」
「する!」
レジで会計を済ませ、車に戻る。
「さーて、タルトタルト」
レジ袋から豆乳とタルトを取り出し、ふと気づく。
タルトの表面が赤みがかっている。
薄暗い店内ではわからなかったが、明らかにチョコレートの色ではない。
「あ」
ベリーショコラタルト。
ベリー。
「そっちのベリーか……!」
"very"だと勘違いしていたのだが、本当は"berry"のほうだったらしい。
「めずらしいね。◯◯、ふるーつきらいなのに」
「──…………」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……××、ぜんぶ食べていいよ」
「はんぶんこは?」
「ちょっと、認識の相違がありまして」
「……?」
こんな間違い方、いまどき中学生だってしない。
心中で頬を赤らめる俺だった。

※1 2014年5月21日(水)参照



2017年12月21日(木)

ふとしたことで、気がついた。
「今日、12月21日か」
「そだよ」
「2017年も、あと十日しかないんだなあ……」
しみじみ。
「それ、まいにちいってるきーする」
「言ってるかもしれない」
「あと、まいとしいってるきーする」
「言ってるかもしれない……」
「わたし、クリスマスのほうたのしみだなあ」
「クリスマスイヴまで、あと三日か」
「あした、あさって、しあさって!」
「さて問題です」
「はい」
「その次は?」
「つぎ……」
うにゅほが小首をかしげる。
「やのあさって、と言うらしい」
「やの?」
「やの」
得意げに言ったあとで、ふと不安に駆られた。
「あれ、これって方言だったかな……」
「どうなのかな」
「あしたは、明日」
「みょうにち」
「あさっては、明後日」
「みょうごにち」
「しあさっては、明々後日」
「みょうみょうごにち」
「やのあさっては?」
指折り数えながら、うにゅほが答える。
「みょう、みょう、みょう、ごにち……」
「そんな言葉、あるのかな」
「ないの?」
「四日後でいいじゃん、という気がしないでもない」
「うん……」
「聞いた記憶はたしかにあるんだけど、いつ聞いたかも、誰から聞いたかも、ぜんぜん覚えてないんだよなあ」
「やの、ってなんだろね」
「調べてみよう」
調べてみた。
「──まず、弥の明後日という言葉はある。意味も正しい」
「おー」
「でも、"弥の"の語源は出てこないなあ」
「なぞ?」
「謎」
「なんだろねえ……」
そもそも、しあさっての"し"がどこから来たかさえわからないのだ。
普段なにげなく使っている言葉でも、深く考えると謎が多いものだなあ。



2017年12月22日(金)

「また当たってしまった……」
小さく「あたり」の文字が印字されたシールを手に、そう呟く。
「?」
うにゅほが顔を上げ、俺が手にしているものに気がついた。
「もすばーがー、あたったの?」
「当たりました」
「よくあたるねえ……」
当たったのは、モスバーガー&ペプシコーラ(S)。
これで二枚目である。※1
「わたしと、◯◯、ふたりとも、ただでたべれるね」
「……ペプシとモスの思惑にまんまと乗るようで、ちょっと複雑なんだけどさ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「無料のものだけ食べて追加注文せずに帰るのって、なんか抵抗ある」
「そかな」
「××は、抵抗ない?」
「だって、あたったんだもん」
「そうなんだけどさ……」
単に、気にしすぎなのだろうか。
「ポテト、ちゅうもんする?」
「あと、テリヤキバーガーでも追加注文するか」
モスバーガーひとつでは足りないだろうし。
「ひとくちたべたいな」
「いいぞ」
「やた」
これは、これでいい。
ひとまずは解決だ。
問題があるとすれば──
「この調子だと、また当たりそうで怖いな」
ペプシストロングゼロ1.5Lの詰まったダンボール箱に視線を向ける。
「もすばーがー、みっつ?」
「みっつ」
「みっつかあ……」
「まあ、二回に分けて行けばいいんだけどさ」
「そだね」
嬉しいことは嬉しいのだが、素直に喜びきれないのが実情だ。
サイドメニューも当たればいいのになあ。

※1 2017年12月13日(水)参照



2017年12月23日(土)

「──肉が食べたい!」
「にくが」
「がっつり食べたい……」
「あした、クリスマスだよ」
「ああ」
「おすしだよ」
「ごちそうだな」
「うん」
「それはそれとして、肉が食べたい」
「そか……」
「こないだチラッと見かけたんだけど、川向こうにアメリカンなステーキハウスができてたんだよ」
「そなの?」
「もうすぐ昼だし、行ってみない?」
「いく!」
相変わらずの即断即決である。
愛車を法定速度で飛ばすと、十分ほどで件のステーキハウスへと辿り着いた。
「祝日の昼時なのに、わりと空いてるなあ……」
「そだねえ」
少々不安だが、今日の俺は肉食である。
「よし、600g行ってみよう!」
「ろっぴゃく」
「頼みすぎかな」
うにゅほが小首をかしげる。
「ろっぴゃくって、どのくらい?」
「……えーと」
どのくらいなのだろう。
「いちばんちいさいの、にひゃくごじゅうだから、ばいくらい?」
「そうだな」
最低でも250gからとは、サイズまでアメリカンな店である。
注文することしばし、
「ご注文の品、お持ちしましたー」
どん!
目の前に、巨大な鉄板が置かれる。
「──…………」
「──……」
単行本ほどはあろうかという大きさの分厚いステーキが、二枚。
「これが、600gの世界……」
「……たべれる?」
「食べる」
むしろ、夢にまで見た量である。
「250gでもかなり大きいけど、××は大丈夫?」
「たべる」
「そっか」
不敵に笑みを浮かべながら、ふたり揃って手を合わせる。

「「いただきます!」」

帰途の車中、うにゅほが呟いた。
「……わたし、にくだけでおなかいっぱいになったの、はじめて」
「でも、食べ切れたな」
「おいしかったー……」
そう言って、満足げにおなかを撫でる。
「今度は、みんなも連れてこよう」
「うん」
いい店を見つけた。
もうすこし流行ってくれれば、潰れる心配をしなくて済むのだが。



2017年12月24日(日)

「はー、食った食った……」
「くったー、くったー」
ぽん!
ふたり並んでおなかを叩く。
うにゅほと母親の握った寿司をたらふく食べて、不二家のクリスマスケーキを胃袋の隙間に詰め込んで、満腹満足である。
「二日連続でこれは、さすがに太ってしまうな……」
「そだねえ」
「××さん、余裕そうじゃないですか」
「そかな」
「最近、体重計乗ってる?」
「のってない……」
「乗ってみようか」
「やです」
「そう言わずに」
「◯◯ものるなら、いいよ」
「嫌です」
「そういわずに」
「──さ、それはさておき」
誤魔化しがてら、飾り棚からDVDを取る。
「クリスマスイヴと言えば?」
「ぎんがてつどうのよる!」
クリスマスイヴの夜、劇場版・銀河鉄道の夜をふたりで一緒に観る。
毎年の恒例行事だ。
夏の終わりの物語なのだが、キリスト教の要素も強いので、的外れではあるまい。
「飲み物作るから、トレイにDVD入れといて」
「はーい」
ペプシストロングゼロと鏡月のライム味を冷蔵庫から出し、適当な割合で混ぜ合わせる。
「××は普通のペプシな」
「うん」
「間違ったふりして俺の飲んじゃダメだぞ」
「はーい」
飲み物を手にチェアに腰掛け、うにゅほを膝の上に乗せる。
耳掛けイヤホンを片方ずつ装着し、準備は万端だ。
「眠くなったら、寝ていいぞ」
「ねないよー」
「毎年寝てる気がするけど」
「ねてないよ」
「そうだっけ」
「うん」
などと言いつつ、今年もなかばほどで寝落ちするうにゅほだった。
「──……すう」
ぽかぽかと暖かいうにゅほの矮躯を抱き締めながら、今年も無事にクリスマスイヴを迎えられたことを感謝する。
神に、だろうか。
そこまで信心深くはない。
だが、年に一度くらいなら、気まぐれを起こしてもいいだろう。
そんなことを思うクリスマスイヴなのだった。



2017年12月25日(月)

「──……くァ」
昨夜はすこし飲み過ぎた。
正午前に起床し、あくびを噛み殺しながら書斎へ向かう。
「おはよー」
「めりーッス」
「……めりーす?」
うにゅほが小首をかしげる。
「メリークリスマスの略」
「そなんだ」
「外では使わないように」
「めりーす!」
「めりーッス」
「うへー」
うにゅほが楽しそうで何よりである。
「それでは、俺サンタからクリスマスプレゼントだぞ」
「わあ!」
作務衣の合わせに手を突っ込んで脇腹をボリボリ掻きむしりながら、引き出しに隠してあった紙袋を取り出す。
「んー……」
すこし考え、
「××さん」
「はい」
「目を閉じて、両手を前に出してください」
「わかった」
言われるがままに目蓋を閉じ、うにゅほが両手を差し出した。
「──…………」
疑問も躊躇もないあたり、全幅の信頼を置かれていると感じる。
裏切れないよなあ。
裏切るつもりなど毛頭ないけれど。
ガサゴソと紙袋を開き、中身を取り出す。
そっとうにゅほの左手を取り、
「あ」
クリスマスプレゼントの手袋をはめた。
「てぶくろだ」
「手袋です」
「めーあけていい?」
「右手がまだです」
「はい」
右の手にも手袋をはめたあと、
「めーあけていい?」
「いいよ」
うにゅほが目蓋を開いた。
「あ、かわいい」
ファー付きのムートン手袋。
オシャレめな一品だ。
「これ、ゆきかきしていいやつ?」
「ダメなやつ」
「だいじにつかうね」
「ああ」
「ありがと!」
クリスマスプレゼントのお返しに、ほっぺにちゅーをしてもらい、幸せな気分で一日を過ごした。
読者諸兄も、メリークリスマス。



2017年12月26日(火)

「──…………」
ぼけー。
PCで動画を再生したまま、ぼんやりと天井を見上げる。
「つん」
「うひ」
「つんつん」
「うひひ」
「◯◯、げんきない?」
「元気はあるけど、やる気がない……」
「やるきが」
「ほら、年末じゃん」
「うん」
「クリスマス終わって大晦日までって、イベントとイベントのあいだの隙間だろ」
「そだねえ」
「なーんか持て余すんだよなあ……」
ぐりんぐりんとかぶりを振る。
「おおそうじ、する?」
「──…………」
「しないかー」
顔に出ていたらしい。
「……大掃除は、ほら。大晦日にやるものだし」
「うん」
うにゅほが苦笑する。
「だらだらしたくてしてるから、心配しなくても大丈夫だよ」
「そか」
「××もだらだらしよーぜー」
でろん。
アームレストにしなだれかかる。
「うん、だらだらする」
「カモン」
「♪」
うにゅほを膝に招き、軟体動物になったかのように思いきり力を抜く。
「だらー」
「××、もっと力を抜くのだー……」
「こう?」
ぐでー。
「そうそう」
「だらー……」
「だらだらー……」
こうして、一時間ほど究極のだらだらを追い求めたのだった。
首が痛い。



2017年12月27日(水)

「──あれ?」
きょろきょろと周囲を見渡す。
デスクの上。
丸椅子の上。
ベッドの枕元。
無意識に置きがちな場所を見て回るが、目的のものは見当たらない。
「◯◯、どしたの?」
「イヤホンどっか行った……」
「どのやつ?」
「仕事のときiPhoneで音楽聴く用のやつ」
「わたしもさがすね」
「頼む」
いまから仕事だ。
音楽があるのとないのとでは、時間の感じ方が違う。
「ないねえ……」
「ないんだよ」
「べつのいやほん、だめなの?」
「iPhone7だからなあ……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「えーと、7になって、普通にイヤホン使えなくなったのは覚えてる?」
「あな、なくなったんだっけ」
「そうそう。それを使えるようにするアダプタが、あのイヤホンに付けっぱなしでさ」
「あー」
うんうんと頷く。
「ちいちゃい、しろいのだ」
「あったろ」
「あった」
「……しゃーない、今日は音楽ナシか」
階下の仕事部屋へ足を向けたとき、
「まっててね」
「うん?」
「◯◯がしごとしてるあいだ、わたしさがすから」
「……頼んだ」
「はい!」
うにゅほなら、きっと見つけてくれる。
確信と共に階段を下り、
「──あった!」
はや。
「◯◯、いやほんあった!」
「えーと、どこにあった?」
「なんかね、つくえのうえにあった」
まさかの。
「……そこ、何度も探したと思うんだけどなあ」
「うん、わたしもさがしたとおもう……」
意識の死角にでも入っていたのだろうか。
「とにかく、ありがとうな」
「うへー」
やはり、音楽があると仕事が捗る。
今回のようなことがあると困るので、予備のアダプタを注文しておこうかな。



2017年12月28日(木)

「あ゙ー……」
チェアの上でとろけながら、濁音じみたうめき声を上げる。
「なんか、疲れてきた」
「つかれ……」
「……××の言いたいことはわかる」
俺が今日したことと言えば、
昼過ぎに起きて、
溜まっていたアニメを消化し、
積んでいた漫画の新刊を読み漁り、
チェアの上から動くことなくだらだらしていただけである。
「何もしないのは何もしないので、意外と体力を使うと言いますか」
「そなんだ……」
「呆れてる?」
「……うーん」
うにゅほが苦笑する。
あ、これは呆れてますね。
「なにかしましょう」
「そうだな。正直、すこし動きたい気分だ」
日がな一日だらだらしていたことで、血流が滞っている気がする。
それが疲労感に繋がっているのだろう。
「おおそうじ、する?」
「──…………」
「しない」
顔に出ていたらしい。
「……大掃除は大晦日でお願いします」
「はい」
「とりあえず、エアロバイクでも漕ぐかな」
「ひさしぶりだ」
「一昨日漕がなかった?」
「こいだけど、ひさしぶりなかんじする」
「その前、しばらく漕いでなかったからなあ……」
「そだね」
「そのあとは、ストレッチだな」
「うん」
「やるなら××も一緒だぞ。最近、前屈ぜんぜんやってないだろ」
「うへー……」
あ、誤魔化した。
2017年も、残すところあと四日だ。
だらだらと新年を迎えるのも良いが、体は適度に動かしておかねば。



2017年12月29日(金)

「んー……」
キーボードを前に、腕を組む。
「書くことが、ない!」
「にっき?」
「日記」
「こまったねえ……」
俺の真似をしてか、うにゅほが小さく腕を組んだ。
「──…………」
左手を右肘に添え、顎の下を撫でる。
「──……」
うにゅほが、同じように顎を撫でた。
「──…………」
「──……」
にまり。
遊びの始まりだ。
「どうしようかなあ」
俺が、右手を上げる。
「どうしようねえ」
うにゅほも、右手を上げる。
「だらだらしてると、書くことなくて、なあ」
俺が、首を大きく回す。
「ことし、ずっとだらだら、するの?」
うにゅほが、首を大きく回す。
「今年はずっとタスクに追われてたから、最後くらいはのんびりしたくてさ」
チェアから腰を上げ、軽く屈伸運動をする。
「そかー」
うにゅほも、同じように屈伸運動をする。
「来年もまた忙しいだろう──、し!」
その勢いで前屈し、床に手のひらをぺたりとつける。
「う」
「どうかした?」
「なんでも、な、いー……!」
床に伸ばした中指の先が、くるぶしのあたりで止まっている。
うにゅほは前屈限定で体が固い。
他の部分は猫のように柔らかいのに、面白いものである。
「よし、ストレッチするか」
「うん……」
ふたりで背中を押し合いへし合い、凝り固まった筋肉を伸ばすのだった。



2017年12月30日(土)

「あつ……」
チェアに座ったまま爪先を伸ばし、ファンヒーターの電源を落とす。
「あついねえ……」
「いま何度?」
うにゅほが温湿度計を覗き込む。
「うーと、にじゅうろくてんごど、だって」
「そりゃ暑いわ」
ファンヒーターは細かな温度調節が苦手である。
設定温度など、言わば飾りのようなものだ。
「でも、消したら消したですぐ寒くなるんだよな……」
「エアコンだめなの?」
「真冬に使える代物じゃないみたい」
「そなんだ……」
「そもそも、室外機にカバー付けちゃったしな」
「そか」
もぞ。
座椅子に腰を下ろしたうにゅほが、両のふくらはぎを擦り合わせる。
スカートから伸びる両足を覆うのは、デニール数の概念すら危ういくらいモコモコの黒タイツだ。
「それ、蒸れそうだなあ」
「むれる……」
「母さんからもらったんだっけ」
「うん」
「──…………」
「?」
「引っ張って脱がしてみていい?」
「んー……」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「のびちゃう」
「伸びちゃうか」
「あと、ぬげないとおもう」
「脱げないか……」
「うん」
言われてみれば、たしかにそうだ。
おしりまですっぽり包んでいるタイツが、引っ張っただけで簡単に脱げるはずはない。
「……膝まで下ろした状態なら?」
我ながら諦めが悪い。
「ぬげるとおもう」
「やっていい?」
「うしょ」
ずり、ずり。
座ったままのうにゅほが、目の前でタイツを下ろしていき──
「やっぱやめよう」
「?」
「なんか、思ってたより不健全な気がしてきた」
「そかな」
このタイツ分厚いからパンツも透けないし、もっとバラエティ的な面白さになると予想していたのだ。
「でも、あついからぬぐね」
ずり、ずり。
「──…………」
それはそれでガン見せざるを得ないのが、男の性である。
年の瀬に何をやっているのだか。



2017年12月31日(日)

大晦日である。
大掃除を手早く済ませ、ガキの使いの放送をのんびり待っていると、
「──うーしょ、と」
うにゅほが紙束を抱えて自室に戻ってきた。
「来年のカレンダー?」
「うん」
「こんなにはいらないなあ……」
「おとうさんが、どれがいい、だって」
「どれどれ」
カレンダーを受け取り、中身を検める。
「えーと──」
相田みつを風の名言カレンダーが、ひとつ。
世界の風景カレンダーが、ふたつ。
仔犬のカレンダーが、ひとつ。
見知らぬアヒルのキャラクターが描かれたカレンダーが、ひとつ。
「仔犬、かなあ」
「わたしも、いぬのがいいな」
「決まりだな」
2017年のカレンダーを外し、2018年のカレンダーを掛ける。
「よし、これで年越しの準備は整った」
「いつきてもだいじょぶだね」
「来るのは六時間後って決まってるけどな」
「うへー」
うにゅほなりのジョークだったらしい。
ガキの使いを見ながら笑い転げていると、あっという間に時は過ぎ、
「──お、あけおめじゃん」
気づけばリビングの時計が十二時を回っていた。
「××、(弟)、あけましておめでとう」
姿勢を整え、深々と頭を下げる。
「あけましておめでとうございます」
うにゅほもそれに倣う。
「あけおめ」
弟が、スマホをいじりながら片手を上げる。
「──…………」
「──……」
うにゅほと顔を見合わせ、
「ま、いいか」
「うん」
礼儀を求める場でもない。
「兄ちゃんたち、今年も初詣行くの?」
「その予定」
「気ーつけてな」
「あいよ」
「わかった」
午前一時ごろ友人と初詣へ向かい、恒例のゲーセン巡りなどして帰宅したのが午前四時。
「──……すう」
「××、寝るなら着替えてから」
「あい……」
うにゅほの寝息をBGMに日記を書き始めて、現在午後四時四十三分。
せっかくだ。
このまま初日の出でも目に焼き付けてしまおうか。

← previous
← back to top


inserted by FC2 system