>> 2017年1月




2017年1月1日(日)

「──…………」
寝癖のついた後頭部を掻き毟り、起床する。
午後二時。
就寝したのが午前七時過ぎなので、順当な目覚めである。
「あ、◯◯おきた」
「……おはようございます」
「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
ふかぶか。
年始の挨拶は昨夜も交わした気がするが、何度したって構うまい。
「××、何時ごろ起きた?」
「おひるくらい」
「眠くない?」
「ちょっとねむい……」
うへーと笑う。
「でも、せいかつサイクルととのえないと」
「偉いなあ」
うにゅほの頭を撫でくりながら、尋ねる。
「お年玉、ちゃんと貰ったか?」
「うん」
うにゅほが、半纏のポケットからポチ袋をふたつ取り出した。
「こっちが、おとうさんとおかあさん。こっちが(弟)から」
「では、俺からもお年玉を授けよう」
ベッドの傍の飾り棚に隠してあったドラえもんのポチ袋をうにゅほに手渡す。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ふかぶか。
「なか、みていい?」
「いいけど──」
枕元のiPhoneに伸びかけたうにゅほの手を止める。
「これは、支出として計上しなくていいからな」
「え、でも」
「このお年玉は、俺のへそくりから捻出しています」
そうでなければ、あまりに情緒がない。
「くつしたかってくれたときのやつ?」※1
「そうです」
「うーと、いくらくらいあるの?」
「秘密です」
「きになる……」
銀行口座を分けておいてくれてありがとう、過去の俺。
あまり入ってはいなかったけれど、プレゼント用の口座として、一年くらいはもつだろう。
その先のことは、新年早々鬼が笑いそうなので、考えないことにする。

※1 2016年12月25日(日)参照



2017年1月2日(月)

「××、行くぞー」
「?」
「行くぞ」
「はい」
出掛ける準備を整え、コンテに乗り込む。
五分後、
「──…………」
「♪」
「××」
「はい」
「行き先とか聞かないの?」
「どこいくの?」
「遅い!」
好奇心にまかせて目的地を告げずにうにゅほを連れ出してみたのだが、なるほどうにゅほらしい反応ではある。
「ヨドバシに行こうかなって」
「ヨドバシ!」
「××、ヨドバシ好きだもんな」
「すき」
ヨドバシに限らず、うにゅほは電機店が好きである。
「なにかうの?」
「今日は買わない。見るだけ」
「なにみるの?」
「んー、ちょっとヘッドホン欲しいかなって」
「いまのへっどほん、よくないの?」
「悪くはない。悪くはないんだけど──」
赤信号。
うにゅほに向き直り、言葉を継ぐ。
「最近、オーディオマニアがこだわる〈音質〉ってやつが、だんだんわかってきてさ」
「うん」
「手が届く範囲で、もっといい環境を整えたくなってしまった」
「わかった」
うにゅほがうんうんと頷く。
「たんじょうびプレゼント、へっどほんね」
「お願いできますか……」
「はーい」
さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
干支ひとまわり以上年下の女の子に万単位のプレゼントをねだる男がここにいますよ。
ちなみに、初売りのせいか道がかなり混んでいて、ヨドバシカメラには辿り着くことができなかった。
代わりにケーズデンキとヤマダ電機に立ち寄ったので、うにゅほは満足そうだったけれど。



2017年1月3日(火)

「……?」
ふすー。
ぴすー。
「──…………」
ふすー。
ぴすー。
「××、鼻鳴ってる」
「う?」
「鼻、詰まってない?」
ふすー。
ぴすー。
「ほんとだ、つまってう」
「自分で気づいてなかったのか」
「うん」
「寒かったかな」
「すこし……」
「ストーブつけるか」
「うん」
爪先を伸ばし、ストーブの電源を入れる。
しばらくすれば暖まるだろう。
「──…………」
ふすー。
ぴすー。
「はなかんでいい?」
「いいけど……」
許可いるかな、それ。
「──…………」
ずびー。
うにゅほが鼻をかむ。
「うー」
「鼻、通った?」
「とおんない……」
「点鼻薬かな」
「てんびやく?」
「鼻シュー」
「はなしゅーかあ」
正確には点鼻用スプレーである。
「はなしゅー、あんましつかったことない」
「××、あんまり鼻詰まらないもんな」
「うん」
「使い方、わかるか?」
「わかるけど……」
「けど?」
「してほしい」
「……今日は甘えっ子だな」
「うへー」
先程からの会話も、すべて、俺の膝の上で行われている。
「ほら、ちょっとだけ上向いて」
「はーい」
甘えたいと言うならば、存分に甘やかしてあげよう。
お正月だもの。



2017年1月4日(水)

三が日が過ぎ、身綺麗にすべかと愛用の櫛を手に取った。
百均で買ったプラスチック製の櫛だが、持ち手が長く使いやすいので重宝している。
「♪~」
姿見の前で寝癖を整え、うにゅほに向き直る。
「寝癖、直った?」
「うん、かっこいい」
「そーかそーか」
照れ隠しにか、無意識か、櫛を鼻先に持って行き、
「──くさ!」
思わず取り落としそうになった。
「くさい?」
「男の頭皮を凝縮した臭いがする……」
実際そうなのだろうけれど。
「洗ってくる」
「まって」
うにゅほが俺に取りすがる。
「……もしかして、嗅ぎたいの?」
「うん」
「臭いぞ」
「うん」
うにゅほの目が期待に輝いている。
「──…………」
「──……」
「……恥ずかしいから駄目」
「えー!」
「××だって、自分の櫛嗅がれたくないだろ!」
「ちょっとまってね」
うにゅほがうにゅ箱からつげの櫛を取り出し、自分の鼻先に当てる。
そして、
「はい」
躊躇なく俺に手渡した。
「──…………」
嗅ぐ。
「……いい匂いがする」
「くさくないよ」
ちゃんと手入れしてるもんなあ。
「──…………」
自分の櫛を嗅ぐ。
臭い。
一切手入れしてないもんなあ。
「かーして」
仕方ない。
「……ほら」
うにゅほにプラスチック製の櫛を渡す。
「──…………」
すんすん。
「くさい」
「だから言ったじゃん……」
「──…………」
すんすん。
すんすん。
「ふー……」
うにゅほが満足げに吐息を漏らす。
「嗅ぎすぎ」
「◯◯のにおいする」
「当たり前だろ。洗うから返してくれ」
「はーい」
まったく、えらい目に遭った。
櫛はこまめに洗うことにしよう。



2017年1月5日(木)

「──あった、これこれ」
ヨドバシカメラのヘッドホンコーナーで、ショーケースに飾られた高音質ヘッドホンのひとつを指差した。
ベイヤーダイナミック製 DT990PRO
価格は21,060円である。
「ことしのたんじょうびプレゼント、これでいいの?」
「ああ」
機嫌よく頷く。
対するうにゅほは、すこし不満げだった。
高価なヘッドホンを無理にねだったからではない。
その逆だ。
「……◯◯、おかねださなくてよかったのに」
全額負担させなかったから、拗ねているのである。
「そういうわけにも行かないんだよ」
年上の男としては。
「うー」
うにゅほが唸る。
「家計簿に支出で入力しなくていいんだから、勘弁してくれ」
「そだけど……」
ヨドバシを訪れる前に、立ち寄った場所がある。
中古パソコンショップだ。
「まさか、いらんの全部まとめて売ったら一万以上になるとはなあ」
「あのきーぼーど、たかかったね。ごせんえん」
ずっと以前に買ったはいいが、ほとんど使っていなかったRazer製のキーボードのことである。
「かったとき、いくらだったの?」
「──…………」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……秘密」
「えー」
いま買おうとしているヘッドホンと同じくらいの値段だったなんて、言えるものか。
ともあれ、DT990PROの聴き心地は素晴らしいものだった。
しばらく音楽鑑賞が趣味になりそうだ。



2017年1月6日(金)

姿見の前で髪の毛を掻き上げる。
「──……はあ」
溜め息ひとつ。
「××、横から見てどう思う?」
「まんなかあたり、ぺたんこしてる」
思った通りである。
「ヘッドホン、音はいいけど、髪型崩れるのだけがなあ……」
「そだねえ……」
調子に乗って聴きすぎた俺が悪いのだが。
「うーと、したからつけるとか」
「上下逆にってこと?」
「そう」
「一回試してみたんだけど、めっちゃ首が痛くなる」
「そかー……」
DT990PROの重量は250gである。
そんなものが耳からぶら下がっていれば、首が凝らないはずがない。
「結局、普通に着けるのが一番ってことかな」
「──…………」
「癖なんて、帽子で隠せばいいだけだし」
「んー」
うにゅほが箪笥に向かい、何かを探し始める。
「どした?」
「うーとね」
しばしごそごそしたのち、
「──あった!」
取り出したのは、水泳帽だった。
「?」
「これつけて、ヘッドホンつける」
「あー……」
たしかに、髪の一部が不自然に凹むことは防げるだろう。
その代わり、髪のすべてがまとめてペタンコになりそうだけれど。
「ともあれ、試してみようか」
「うん」
水泳帽をかぶり、ヘッドホンを着ける。
数時間後、
「……オールバックになったな」
「うん……」
予想通りの結果になった。
髪型崩れとの戦いは、まだ始まったばかりである。



2017年1月7日(土)

「うー……」
うにゅほが手の甲で右目をくしくしとこする。
「どした」
「めー、うじうじする……」
「見せてみ」
「はい」
うにゅほの目を覗き込むと、すこし充血していた。
「ゴミでも入ったかな。覚えある?」
「ない……」
「なら、まつげかな」
親指と人差し指で右目を大きく開き、点検する。
「あった」
眼球の下あたりに、まつげが一本隠れていた。
痛いはずである。
「どうしようかな……」
指で取るには少々奥まった場所だ。
「とってー……」
「取るけど、待って」
「はい」
目を洗う?
確実ではない。
目薬で浮かせて取る?
そう都合よく行くだろうか。
道具を使う?
目に入った異物を取るのに適した道具など──
「あ」
「なにー?」
あった。
綿棒である。
「ちょっと触るけど、目ー閉じないでな」
「わかった」
目薬を染み込ませた綿棒で、下まぶたの裏のまつげを取り除く。
「むい」
「はい、取れた」
「もうとれました?」
「取れました」
「ありがと!」
「どういたしまして」
目に入った異物を除去する際、綿棒はなかなか有用な道具ではあるまいか。
今度、自分の目にゴミが入ったら、うにゅほに綿棒で取ってもらおうと思った。



2017年1月8日(日)

「◯◯、つくえきたないー……」
うにゅほに指摘され、L字デスクの上を見やる。
「あー……」
言われてみれば、たしかに。
「かたづけていい?」
「待って」
「はい」
「よく使うから置いてあるものもあるので……」
「よくつかわないの、かたづける」
「はい……」
有無を言わさず押し切られてしまった。
「ペットボトルのふた、すてていいよね」
「うん、それはいらない」
「このほんは?」
「それは、ほら、読んでる最中だから」
「でも、ずっとおいてある」
よく見てるなあ。
「……棚に戻しておきます」
「テレビのリモコン」
「使うかも……」
「りふぉーむしてから、テレビ、いっかいもつけてない」
「……はい」
「めぐすりと、はなしゅーは、つかう」
「使いますね」
「これは?」
「うがい薬」
「つかう?」
「使わない……」
「あとでせんめんじょもってくね」
「はい」
「これは?」
「Skype通話用のマイク」
「つかう?」
「使ってます」
ああ、どんどん仕分けされていく。
「──はい、おわり!」
腰に手を当てたうにゅほが、満足そうに頷いた。
「随分とすっきりしたなあ」
「すっきり、きれい」
うにゅほがいないころって、掃除とか整理整頓とか、どうしてたんだっけ。
いまはもう思い出せないのだった。



2017年1月9日(月)

「××、ゲームセンターCX見るか?」
「みるー」
うにゅほを膝に乗せ、DVDを再生する。
「なんのゲーム?」
「ロックマン4」
「ロックマン、まえもやってたね」
「やってたな」
有野課長の上手いんだかなんなんだかわからんプレイに見入っていると、うにゅほが口を開いた。
「◯◯、ロックマンやったことある?」
「4はないけど、スーファミのはやったことあるよ」
「クリアできた?」
「一応な」
「すごい」
「……すごいかなあ」
「すごくない?」
「こうして見ると、ファミコン版のほうが難しい気がする」
操作がよりシビアというか。
「◯◯、さいきん、あのこわいゲームやらないね」
「怖いゲーム?」
ホラーゲームなんてうにゅほの前でプレイしたことあったっけ。
「あの、こわいやつ。てきたおすやつ……」
大抵のゲームは敵倒すやつだと思うが、言いたいことは理解した。
「ダークソウル2な」
「それ」
「あれ、DLCが難しくて止まっちゃったんだよなあ……」
「でぃーえるしー?」
「そういう難しい面があるんだよ」
「へえー」
「でも、Steamの年末セールで3買ったから、そのうちまたやろうかな」
「やるの……」
「怖いなら、深夜にやるよ」
「……んー」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「こわいけど、ちょっとみたい……」
怖いもの見たさが勝ったらしい。
「××もプレイしてみるか?」
「いいです」
即答である。
まあ、ダークソウルをプレイするうにゅほなんて、想像できないしな。
Mothe2やUndertaleあたりなら、もしかすると肌に合うのかもしれないけれど。



2017年1月10日(火)

「あー……」
チェアの背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。
行き詰まった。
やるべきことはわかっているのに、気ばかりが逸って、形にすることができない。
「──……はあ」
思わず溜め息が漏れる。
「はー」
隣を見やる。
うにゅほと目が合った。
「……はあ」
再び溜め息をついてみる。
「はー」
真似をしているらしい。
「あー」
「あー」
「いー」
「いー」
「我々は宇宙人だ」
「われわれはうちゅうじんだ」
「──寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末
 食う寝る処に住む処藪ら柑子のぶら柑子
 パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイ
 グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助!」
「じゅ、じゅげむじゅげむ、ぱいぽのぴー……」
「××の負け」
「うー」
「うー」
「あ、まねした」
「あ、真似した」
「うー……」
「冗談」
こういうことは、しつこくしないのが肝要だ。
「じゃ、次は早口言葉な」
「うん」
「バスガス爆発バスガス爆発バスばすばすあす」
「いえてない!」
「難しいんだよ」
「わたし、いえるよ」
「言ってみ」
「バスばすあくはす」
「一回目から言えてないじゃんか」
「むずかしい……」
そんなわけで、しばらくのあいだ、うにゅほと早口言葉で遊んだのだった。
溜め息をつく俺を見て、うにゅほなりに気を遣ってくれたんだろうな、たぶん。



2017年1月11日(水)

「くっくっく……」
いいものを見つけてしまった。
「◯◯、それなに?」
「たぶん、お歳暮か何かだと思う」
「おせいぼ」
「お歳暮」
手頃な大きさの紙箱はずしりと重く、否応なしに期待が高まる。
「せっけんとかかも……」
「抜かりはない。××、包み紙になんて書いてある?」
「うと、もー、りー、もー、と!」
「そう、morimotoだ」
morimoto。
北海道に店舗を構える菓子工房である。
「これで、中身がお菓子であることは確定した!」
「おー」
「牛乳を持てい!」
「ははー」
うにゅほが牛乳を注ぎに行っているあいだに、包装紙を丁寧に剥がしておく。
「ただいまー」
「ありがとうな。さっそく開けよう」
「うん」
期待に胸を膨らませながら、ゆっくりと箱を開いていく。
そこにあったものは、
「──…………」
「なんだこれ」
紙コップのような逆円錐台が、六つ。
嫌な予感がする。
同封されていたチラシを手に取り、読み上げる。
「……太陽いっぱいの真っ赤なゼリー」
「あ、トマトのゼリー!」
「──…………」
トマトのゼリー。
トマトのゼリー。
あゝ、無情。
「◯◯、すごいがっかりしたかおしてる……」
「──…………」
「トマトゼリー、おいしいよ?」
「前食べたけど、駄目だった」
「あー……」
プリンとかクッキーとかスフレとかを期待していたのに。
「……牛乳、美味しいなあ」
「トマトとぎゅうにゅう、あうかなあ」
「さあー……」
ゼリーはスイーツに入りますか?
俺は、入らないと思います。



2017年1月12日(木)

「──……う、ぷ」
フローリングの上に寝転がり、天井を仰ぐ。
「厚さ3センチのステーキなんて、初めて食べたぞ……」
「すごかったねえ……」
とにかくすごいボリュームだった。
500gは下るまい。
「◯◯、おなかぽんぽん」
うにゅほが俺の腹を撫でる。
「……××のぶんまで、ほとんど食べたからなあ」
「あんなにたべれない……」
「わかってた」
むしろ、食べたらびっくりだ。
「あんな肉、どこに売ってたんだ?」
「こすとこ」
「あー」
道理でアメリカンサイズなわけである。
「……誕生日だし、ケーキ食べたかったなあ」
「ケーキ、とうしつだから……」
「こんだけバカスカ肉食ったら、糖質制限ダイエットとか関係なくない?」
「そうかもだけど」
「甘いもの食べたい……」
「まだたべるの?」
「甘いものなら」
「トマトのゼリーあるよ」
「やだ」
「おいしいのに……」
「チョコとかクリーム系のなんかが食べたいんだよう」
じたばた。
「コンビニいく?」
「行こう」
「おなかごなしに、あるいてこ」
「わかった」
のそのそと起き上がり、ストールを巻いている最中、うにゅほが言った。
「たんじょうび、おめでとね」
「朝も聞いたぞ」
「そだっけ」
「でも、ありがとうな」
うにゅほの頭を撫でる。
「うへー……」
ふたり手を繋ぎながらコンビニへと赴き、シュークリームを買って食べた。
美味しかった。



2017年1月13日(金)

「──◯◯、◯◯」
名前を呼ばれ、はっと我に返る。
「いすでねてたら、かぜひくよ?」
「──…………」
ヘッドホンを外しながら、うにゅほに尋ねる。
「……俺、寝てた?」
「ねてた」
「どのくらい?」
「さんじっぷんくらい」
首が痛いはずである。
高音質ヘッドホンをプレゼントしてもらってから、寝落ちの回数が明らかに増えた。
「へっどほんしたら、ねむくなるの?」
「なるみたい」
「そうなんだ……」
「××も試してみるか?」
「うん」
チェアをうにゅほに明け渡し、ヘッドホンをつけてあげる。
「◯◯、なにきいてたの?」
「栗コーダーカルテット」
「?」
「ピタゴラスイッチの曲とか作ってる人たちだよ」
「へえー」
うんうんと頷くうにゅほを横目に、アルバムの一曲目から再生し直す。

十五分後、
「──××、××」
うにゅほを揺り起こす。
「むぃ」
「風邪引くぞ」
くしくしと目元をこすりながら、うにゅほが口を開いた。
「わたし、ねへた……?」
「寝てた」
「へっどほん、すごいねえ……」
ヘッドホンのせいなのか、栗コーダーカルテットのせいなのか。
恐らく相乗効果なのだろう。
大寒に近づき、寒さはより厳しくなりつつある。
寝落ちから風邪のコンボには気をつけておかねば。



2017年1月14日(土)

「あー……」
肩を押さえながら、軽く腕を回す。
「肩、めっちゃ硬い」
「かたこり?」
「ダジャレじゃないぞ」
「?」
「なんでもない」
「かたもむね」
「お願いします」
うにゅほが俺の肩に触れる。
「あ、こりこりしてる」
「肩凝りだからな」
「かたこりこりで、かたこり」
以前にもこんな会話をした気がする。
「きく?」
もみもみ。
効くか効かないかで言えば、効かない。
「××、試しに全力で揉んでみて」
「ぜんりょく……」
「思いっきり、ぎゅーって」
「でも」
ためらうように、言葉を継ぐ。
「◯◯のかた、つぶれちゃう……」
君はどんだけ怪力なんだ。
「大丈夫だから、やってみて」
「……いたかったら、いってね?」
「わかった」
「すぐやめるからね」
「はいはい」
「じゃあ、いきます」
呼吸を整えたうにゅほが、改めて俺の肩を掴む。
「──んッ!」
ぎゅー!
「お」
うにゅほの親指が肩の筋に食い込み、解きほぐそうとする。
しかし、
「んぎ、い、い、い──……」
限界はすぐに訪れた。
「……ふは、はッ、も、だめ……」
「××」
「はひ……」
「もうすこし強くてもいいな」
「……むりい」
「冗談」
うにゅほの全力肩もみは、思っていたより気持ちがよかった。
数秒で力尽きてしまうのがネックだけれど。



2017年1月15日(日)

「さぶ……」
二の腕を撫でさすりながら呟く。
30℃近くまで上がりきった室温が、ファンヒーターの電源を落としてから僅か三十分で20℃以下にまで冷え込んでしまう。
扇風機による熱気の撹拌も、圧倒的な寒波に対しては無力であるらしい。
「また寒くなってきたな……」
「ストーブつける?」
「しばらくいいや」
室温の無慈悲な上下運動で灯油を消費し続けるのも馬鹿らしい。
「──ヘイ、カモン」
自分の太腿をぱんぱんと叩く。
「はーい」
うにゅほがノリノリで膝の上に座る。
「ヒュー!」
「わあ!」
特に意味もなくチェアを数回転させると、うにゅほが喜びの声を上げた。
「◯◯、あったかいねえ……」
「××もあったかいぞ」
「ふゆすき」
「雪かきできるから?」
「くっついたら、あったかいから」
「夏は?」
「あつい……」
「夏でもわりとくっついてる気がするけど」
「うん」
「まあ──」
ぎゅう、とうにゅほを強く抱き締める。
「こうして、長時間くっついていられるのは、冬だけかもな」
「だから、ふゆすき」
「なら、俺も好き」
「うへー……」
うにゅほが、ほにゃりと笑みを浮かべる。
うちの湯たんぽは、とても可愛い。



2017年1月16日(月)

外出するためブーツのサイドジップを上げようとして、合成皮革の樹脂の一部がひび割れていることに気がついた。
「この靴も、随分とくたびれてきたなあ」
「なんねんくらいかな」
「三年くらいかな」
「がんばったねえ……」
うにゅほがしゃがみ込み、俺のブーツを撫でる。
「これ、かわぐつ?」
「合皮」
「ごうひ」
「革っぽく見せてる偽物だよ。表面剥がれてるだろ」
「うん」
「本物の革なら、そんなふうに剥がれない」
「あ、そか」
うんうんと頷く。
「あたらしいくつ、かうの?」
「今年の冬はこれでやり過ごすとして、買うなら来年の冬かな」
「こんどは、かわぐつ?」
「北海道の冬を革靴で過ごす勇気は、ちょっとないなあ……」
「かわぐつ、ふゆ、だめなんだ」
「駄目ってことないけど、手入れが大変だし、傷つきやすいんだ」
「へえー」
「合皮の靴は安いし、傷もつきにくい。冬場は気軽に履けていいな」
「わたしのなつぐつ、かわぐつあった」
「たしか、ひとつ革靴だったっけ」
「ぼうすいスプレー、ぷしゅーってやったよ」
「防水スプレーなあ……」
革靴を買うたびついでに買ってしまうから、家に何本あるのやら。
「このくつも、ぷしゅーってやる?」
「今更だなあ」
「はがれたとこから、みず、しみない?」
「──…………」
どうなのだろう。
大丈夫だとは思うが、確信は持てない。
「……染みたら、お願いしようかな」
「はーい」
雪解けまで持ってくれればいいのだが。



2017年1月17日(火)

「××、逆転の発想だ」
「?」
さけるチーズを限界まで細かく裂いていたうにゅほが、俺の言葉に首をかしげた。
「知っての通り、俺は髪が硬い」
「うん」
「髪を濡らしてドライヤーをかけても寝癖が直らないくらいだ」
「うん」
「だが、そんな俺でも、ヘッドホンを着けていると髪型が崩れる」
「うん」
「これは、髪型に対するヘッドホンの影響力が、寝癖と同じかそれ以上であることを意味する」
「……うん?」
「結論を言おう」
「うん」
「ヘッドホンで寝癖を直せばいいじゃない!」
「──…………」
「いいじゃない!」
「そんなこと、できるの?」
素朴だが、当然の疑問である。
「××」
「はい」
「俺、いま寝癖ついてる?」
「きょうは、ついてないほう」
「朝はどうだった?」
「うーと、あさは、たしか──」
しばし思案し、
「あっ」
小さく声を上げる。
「ねぐせついてた!」
「ついてました」
「ねぐせ、へっどほんでなおしたの?」
「直しました」
「すごい!」
「俺も、こんなに上手く行くとは思わなかった」
「へえー」
うにゅほが俺の髪を撫でる。
「あ、でも、まんなかちょっとへこんでる」
「触るとわかるんだよな」
「でも、すごい」
「凄いだろー」
影響力の強いものは、物事を良くも悪くもする。
大切なのは、柔軟な発想なのだ。
まさか、そんな人生の極意を、ヘッドホンと寝癖から導き出すとは思わなかったけれど。



2017年1月18日(水)

ボストンベイクのパンが好きだ。
ボストンベイクとは、主に札幌で展開しているベーカリーチェーンである。
安くて、でかくて、美味い。
三拍子揃った大衆向けのパン屋さんなのだ。
「この、クインシーのホワイトが美味しいんだよなあ」
虚でも滅ぼしそうな名前をした棒状のパンをトレイに乗せる。
「くいんしー、おいしいよねえ」
「××もこれにするか?」
「する」
「あいよ」
トレイに二本のパンが並ぶ。
「ね、◯◯」
「うん?」
「くいんしー、おいしいけど、はさまってるの、なにクリーム?」
「……あー」
たしかに、食べるたび俺も気になっていたのだ。
すぐに忘れてしまうだけで。
「少なくとも、生クリームやカスタードクリームではないな」
「うん」
「あと、たぶんバタークリームでもない」
「ミルククリーム……」
「あんまりミルクって感じもしないんだよな……」
「なんか、すーごいなめらか」
「味というか、コクが、こう、後から来る感じ」
「ふしぎ」
「不思議だ」
「おいしい」
「美味しいよな」
「なにクリームなんだろう……」
「店員さんに聞いてみたら?」
「あ、そか」
とてとてとレジへ向かい、うにゅほが店員に尋ねる。
「くいんしー、なにクリームなんですか?」
うにゅほの人見知りも、随分と緩和されたものである。
感慨深い。
「これ、マーガリンクリームなんですよ」
「マーガリン!」
そんなのあるんだ。
「◯◯、マーガリンクリームだって」
「そうなんだ……」
うにゅほのおかげで積年の疑問が氷解した。
マーガリンクリーム、美味しいです。



2017年1月19日(木)

「──…………」
むくり。
「あ、おきた」
「……いま何時?」
「よじはん」
「──…………」
思わず頭を抱える。
久々にやってしまった。
爆睡である。
「◯◯、ぐあいだいじょぶ?」
「……強いて言うなら、まだ眠い」
「ねたほういいよ」
「いや、いくらなんでも仕事に差し障るから……」
布団からのそりと這い出る。
時間の融通の利く在宅ワークとは言え、限度がある。
「しごと、するの?」
「する」
「そか……」
うにゅほが俺の背後に回り、両肩を掴む。
「かたい」
もみもみ。
「最近、肩凝りがひどくてなあ」
「ねむいの、そのせいかも」
もみもみ。
「まっさーじ、していい?」
「あー……」
たしかに、寝過ぎて全身の筋肉が凝り固まっている。
「しごと、まっさーじしてから」
「うん、頼もうかな」
「はーい」
ベッドに戻り、うつ伏せになる。
「いきます」
「お願いします」
そして、
「──…………」
むくり。
「あ、おきた」
マッサージの途中から、記憶がない。
「……いま何時?」
「ごじはん」
「仕事するか……」
「ぐあい、だいじょぶ?」
「ああ」
先程より、頭が軽い。
「××」
「?」
「ありがとな」
「うん」
たぶん、俺を寝かせようと思って、マッサージを申し出たんだろうな。
恐るべきは、ふわふわマッサージのリラックス効果である。
ほんと眠くなるんだ、あれ。



2017年1月20日(金)

「◯◯」
「うん?」
「きょう、せんとちひろやるって」
「おー」
「みる?」
「どっちでもいいかなあ」
「みよ」
「わかった」
久し振りに自室のテレビをつけようと、リモコンを手に取る。
「──あれ?」
電源ボタンを押しても、テレビがつかない。
「電池切れたかな……」
購入してから三年半、電池は一度も交換していないはずだ。
あり得る話だろう。
電池蓋を外し、規格を確認する。
「……単4か」
単3電池なら備蓄があるのだが。
仕方ない。
「××、主電源押してくれ」
「しゅでんげん?」
「テレビのどっかにボタンあるだろ」
「はーい」
うにゅほがテレビの上面背面をぺたぺた触って確かめる。
「どこー……?」
「ない?」
「うん」
ないはずはないのだが。
「どれ、見せてみ」
「はい」
テレビの背面を覗き込むと、あっさりとボタンの列が見つかった。
「あるじゃん」
「うん、ある」
「?」
「ぜんぶおしたけど、つかないの」
「あー」
てことは、接続かな。
テレビ台の下を確認すると、プラグが外れていた。
いつから外れていたのやら。
主電源でテレビをつけ、リモコンでチャンネルを変更する。
「──あれ?」
数字ボタンを押しても、チャンネルが変わらない。
「電池は電池で切れてるのか……」
「せんとちひろ、みれない?」
「大丈夫。本体側にも切り替えボタンあるから」
そんなわけで、千と千尋を見ながら本日の日記を書いている。
久々だけど、面白いなあ。



2017年1月21日(土)

購入したてのジーンズを、漂白剤で色落ちさせることにした。
希釈したキッチンハイターに浸け込むこと二時間、
「これくらいでいいかな……」
「いろ、おちた?」
「洗ってみないと」
浸け込んでいたバケツでジーンズを数回すすぎ、ドラム式洗濯機に放り込む。
「──…………」
洗濯機って、どう使えばいいんだっけ。
うにゅほの手前、わからないとも言いづらい。
「えーと……」
まず、電源は間違いない。
コースもおかませでいいはずだ。
洗剤は、このNANOXというのでいいだろう。
液体洗剤を洗濯槽に直接入れようとしたところ、
「あ」
うにゅほが小さく声を上げた。
「え、違う……?」
「せんざいは、せんざいいれるとこからいれるの」
「どこ?」
「ここ」
うにゅほがドラム式洗濯機の左上に手を掛けると、洗剤投入口が現れた。
「ここに垂らせばいいの?」
「うん」
初めて知った。
「……よし」
洗剤を投入し、準備は万端。
万感の思いを込めてスタートボタンを押そうとしたところ、
「あ」
また、うにゅほが小さく声を上げた。
「え、駄目……?」
「みずださないと、あらえないよ」
そう言って、洗濯機とホースで繋がっている蛇口をひねる。
「──…………」
「スタート、おしていいよ」
「はい」
スタートボタンを押すと、つつがなく洗濯が開始された。
ひとりでなんでもできるつもりでいたが、洗濯機ひとつまともに扱えないとは。
「?」
小首をかしげるうにゅほを尻目に、溜め息を漏らす俺なのだった。



2017年1月22日(日)

「んー……」
卓上鏡を覗き込みながら、顎の下を撫でる。
「最近、ヒゲがなあ」
「のびた?」
「伸びるのが早くなったような……」
「◯◯、前も言ってた」
「そうだっけ」
「うん」
日記を調べてみたところ、半年前にもまったく同じことを書いていた。※1
「あー……」
「ね?」
「てことは、半年前より更に濃くなってる可能性が」
自分の言葉に思わず戦慄する。
「そかなあ……」
「そうでもない?」
「えい」
「!」
うにゅほが俺に抱きつき、頬ずりをする。
「どした、いきなり」
「うん、ちくちくしない」
濃くなったとは言え、産毛だからなあ。
「おとうさん、すーごいちくちくするよ」
「……そんな日常的に頬ずりされてるのか、君は」
「にかいくらい」
「ならよし」
「◯◯、ひげそったの、いつ?」
「──…………」
しばし思案し、答える。
「誕生日には、剃った気がする」
「とおかまえ……」
「いや待て。そのあとも、一回くらい剃ったはず」
「いつ?」
「……思い出せない」
「◯◯、ひげこくないよ。だいじょぶ」
「そうかな」
「ひげこくても、だいじょぶ」
「そっか」
「だから、くろいのぬいていい?」
「──…………」
うにゅほの右手に、毛抜きがあった。
濃くても大丈夫って、単に抜き甲斐があるからではあるまいな。
「……まあ、いいけど」
「やた!」
されるがまま、うにゅほにヒゲを抜かれる俺だった。

※1 2016年7月20日(水)参照



2017年1月23日(月)

「月曜かー……」
「うん」
「仕事かー……」
「そだね」
「今月、土曜休みが一日もないんだよな……」
「そうなんだ……」
「連休が欲しい」
「うん」
「欲しいったら欲しい」
「よしよし」
うにゅほが俺の頭を撫でる。
「在宅だから通勤時間ないし、実働時間も短いから、仕事に文句はないんだ」
「うん」
「給料安いけど……」
「うん」
「平日に病院行けるし」
「うん」
「昼まで寝ていられるし」
「うん」
「××と一緒にいられるし」
「うんうん」
「だから、わがままなのはわかってるんだけど、連休欲しい……」
「うん……」
「……あー、資格試験の勉強もしないとなあ」
「しかくとったら、どうなるの?」
「たぶん、給料が上がる」
「──…………」
しばし思案したのち、うにゅほが俺の手を取った。
「がんばって!」
「頑張るけど……」
なんだか複雑な気分である。
「でも、むりしないでね」
「大丈夫、無理はしないよ」
「そか」
大切なものがあるから、いまを失いかねないような無理はしない。
「──…………」
そんな大切なもののひとつが、微笑みを浮かべながら、俺の頭を再び撫でた。



2017年1月24日(火)

今日は、祖母の一周忌だった。
とは言え、去年のうちに繰り上げ法要を執り行っているので、仏壇に手を合わせるだけの質素なものであるが。
「──…………」
小さな声でなむなむ言っていたうにゅほが、顔を上げて微笑んだ。
「いちねんたったんだねえ……」
「あっという間だったな」
「うん」
「……大丈夫か?」
「うん」
うにゅほが頷く。
その首肯は、かすかながら力強く、彼女が祖母の死を乗り越えたことを物語っていた。
「◯◯は──」
すこし躊躇ったあと、うにゅほが尋ねた。
「◯◯は、もうだいじょぶ?」
苦笑する。
「俺は大丈夫だよ」
そう。
俺はいつだって大丈夫だ。
「……でも、おばあちゃんしんだとき、◯◯、すごいかおしてた」
「そうだっけ」
「うん」
よく覚えていない。
「どんな顔してた?」
「うと……」
しばしの思案ののち、うにゅほが答える。
「われそうな、かお」
「悪そう?」
「ちがう」
うにゅほの言語感覚は独特で、たまにニュアンスが読み取れないときがある。
なんとなくは、わかるのだが。
「だからね、わたし、◯◯のとなりにいないとっておもったの」
「……そっか」
うにゅほの頭をぐりぐり撫でる。
「ありがとうな」
「うへー……」
うにゅほがいてくれて、よかった。
本当に。



2017年1月25日(水)

「つん」
「──…………」
L字デスクの下にすっぽり収まったうにゅほが、俺の足をつついてくる。
「つんつん」
「──…………」
「──……」
「──…………」
「がぶ」
膝を噛まれた。
「構ってほしいのか」
「はまってほひい」
噛んだまま喋るものだから、膝があたたかい。
「そうかー……」
無視してこのまま読書を続けるという選択肢は、俺にはない。
「つん」
「う」
「つんつん」
「ひひゃ」
左足の爪先で、うにゅほの横っ腹につんつん返しを行う。
「わるいあしめ!」
「はっはっは」
「がぶー」
今日は甘噛みしてくるなあ。
「右足がフリーだぞ」
つんつん。
「うひ」
ぐりぐり。
「いひゃ、ひひひ」
両足で脇腹をくすぐっていると、反撃を受けた。
「がぶ!」
「効かんわ!」
「ふー……」
「あっつ!」
作務衣越しに息を送り込まれた。
「やったなー」
「うへへ」
そんな感じで、しばらくじゃれ合っていた。
楽しかった。



2017年1月26日(木)

「あー……」
卓上鏡を覗き込みながら、前髪を掻き上げる。
「そろそろ髪切らないとなあ」
「かみ、のびたねえ」
なでなで。
うにゅほが俺の頭を撫でる。
極めて硬い髪質のため、伸びるとすぐに爆発してしまうのだ。
「まさに、ボンバヘッて感じだな」
「ぼんばへ?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……知らない?」
「しらない」
「ジェネレーションギャップ!」
調べてみると、m.c.A・Tの「Bomb A Head!」は、1993年発表の曲らしい。
うにゅほが生まれる前のことだから、知らなくて当然である。
「一緒に暮らしてて、あんまり感じることないんだけどな」
「じぇれねーしょんぎゃっぷ?」
「ジェネレーションギャップ」
「じぇれ、れーしょん、ぎゃっぷ」
「ジェネレーション」
「じぇれねーしょん」
「ジェネ」
「じぇね」
「ジェネレーション」
「じぇれねーしょん」
「──…………」
諦めた。
「××」
「はい」
「パフェ」
「ぱへ」
「相変わらず言えないんだなあ」
「いえてるよ」
「パフェ」
「ぱへ」
「言えてないからな」
「うー……」
これ、あんまり言い過ぎると、怒るんだよな。
やめとこ。



2017年1月27日(金)

「──……!」
は、と目を覚ます。
「やば……」
慌てて布団を跳ねのけて、フローリングに足をつく。
「──…………」
「あ、おきた」
「──…………」
「おはよー」
「……××」
「はい」
「今日、何日だっけ……」
「うーと、にじゅうななにち」
「一月の」
「うん」
「そうか……」
頷いて、ベッドに腰を下ろした。
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんか、夢のなかで、今日は大晦日な気がしててさ」
「あー」
「寝ぼけて混乱してしまった」
「ある」
「××もあるか」
「うん」
「どんな感じだった?」
「うーとね」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「こないだね、おひるだとおもっておきたらね、あさだった」
「……うーん」
それは、ちょっと違うような。
「俺、逆ならあるな」
「ぎゃく?」
「朝かと思ったら、夕方だった」
「ねすぎ?」
「昼寝」
「ひるねかー」
「××、あんまり昼寝しないもんな」
「うん」
単に俺がし過ぎなだけの気もする。
冬場は昼も眠くなる。
はやく春にならないかな。



2017年1月28日(土)

正午ごろ目を覚ますと、うにゅほの姿がなかった。
「……××ー?」
うにゅほの名を呼びながら、自宅内を徘徊する。
両親の寝室。
リビング。
トイレ。
探せども、探せども、いない。
いい加減、心配になってきたときのことだった。

──ばたん。

「!」
玄関から音がした。
慌てて向かうと、コートを着込んだうにゅほがいた。
「××」
「あ、おはよー」
「どこ行ってたんだ?」
「ゆきかき」
「雪かき……」
朝方に起きたときは降っていなかったから、二度寝の最中に積もったらしい。
「起こしてくれればよかったのに」
「すこしだけだったから……」
「どのくらい」
「このくらい」
うにゅほが親指と人差し指を広げて示す。
「うっすら?」
「うっすら」
「なら、まあ……」
しぶしぶ納得する。
「……雪かきするなら、本当に、起こしてくれていいんだからな?」
「うん」
「むしろ、起こしてくれ」
「わかってるよ」
うにゅほが苦笑を浮かべる。
「本当かなあ……」
「ほんと」
気づいていないだけで、今日のような出来事は何度もあったのではないだろうか。
問い詰めるわけにも行かず、悶々とするのだった。



2017年1月29日(日)

「日曜だ!」
「にちようだ」
「休みだ!」
「やすみだ」
「いぇー!」
「いぇー」
こつんと拳を合わせる。
「おやすみ、どうするの?」
「休む!」
「ねるの?」
「寝る!」
「おやすみなさい」
「おやすみ!」
アイマスクを下ろし、床に就く。
しばしして、
「なんか、眠れない」
「ねれないの……」
「うん」
「まだ、あさのはちじなのにねえ」
「うん……」
平日なら余裕で寝こけている時間帯である。
「日曜ってことで、テンション上がり過ぎたみたい」
「そかー」
子供か俺は。
「にちようび、いっしゅうかんぶりだもんね」
「当たり前っちゃ当たり前だけどな」
「こんげつ、どようび、やすみないもんね」
「そうなんだよなあ……」
「なにかしてあそぶ?」
「遊ぶかー」
「あそぼ」
「したいことある?」
「うーと……」
すこし考え込んだあと、うにゅほが小さく手を合わせた。
何か思いついたらしい。
「◯◯、あいますくして」
「アイマスク?」
「うん」
「わかった」
眼鏡を外し、アイマスクを再び装着する。
「うへー、これなーんだ!」
何か手渡された。
丸い。
ギザギザしている。
恐らくプラスチック製だろう。
「ペットボトルの蓋」
「せーかい!」
「なるほど、あてっこゲームか」
「うん」
これは楽しそうだ。
「じゃ、次は俺が出題な」
「はーい」
イヤホン、ぬいぐるみ、靴下、温湿度計──単純なゲームなのだが、これがなかなか面白い。
一時間後、
「──…………」
「ねむい?」
「ちょっと」
「そろそろねる?」
「寝る……」
「そか」
「……楽しかったな」
「うん!」
満足感と共に布団に入ると、次に起きたのは正午だった。
充実した一日だった。



2017年1月30日(月)

ぺらりとページをめくりながら、呟く。
「最近、読書してないなあ」
「──…………」
うにゅほがこちらの手元を指差す。
「あ」
「よんでる……」
完全に素だった。
しかも、読んでいたのは漫画ではなく、筒井康隆の短編だった。
「いや、違うんだ」
「うん」
「最近、読み返すばっかで、新しい小説を読んでないなあって……」
「こないだ、じっさつくらいかってた」
「あれ、小説じゃなくて、TRPGのリプレイ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「まあ、小説みたいなもんだけど……」
説明しづらい。
「どくしょ」
「……してますね、はい」
だが、一時期より遥かに読書量が減ったのは確かだ。
「ほら、図書館行ってないし」
「そだね」
「半年くらい行ってないんじゃないか?」
「そうかも……」
「行こうか?」
「いく!」
立ち上がりかけたところで、
「あ」
「?」
「今日、月曜だ」
「きゅうかんびだ……」
「なら、明日かな」
「うん」
久し振りの図書館だ。
何を借りようかな。



2017年1月31日(火)

図書館の駐車場に入った時点で、嫌な予感はしていたのだ。
何故なら、車がほとんどなかったから。
「──…………」
「──……」
開かないガラス扉の向こうの立て看板を、ふたりで読み上げる。
「としょ、とくべつせいりのため──」
「1月31日から2月2日まで、休館となります」
「やすみ?」
「休み……」
「──…………」
「……なんか、前もこんなことあったな」
「うん……」
どうにも図書館運のない俺たちである。
肩を落として駐車場へ戻る最中、まっさらな新雪を掴んで意味もなく思いきり圧縮してみた。
「ふンッ!」
「?」
「ほら、固い雪玉」
「ほんとだ」
「──そりゃッ!」
意味もなく遠くへ投擲する。
「わたしもやる」
「雪合戦するか?」
「ゆきがっせんはしない……」
雪まみれになるもんな、あれ。
ぎゅっぎゅとおにぎりのように雪玉を握るうにゅほを尻目に、親指の爪ほどの小さな雪片を形作る。
「××、これ」
「?」
「これを、親指と人差し指のあいだに挟んで──」
ぐ、と力を込める。

ぴッ!

潰れた雪片が、指のあいだから射出された。
「!」
「指弾」
「しだん!」
「やってみる?」
「やりたい!」
そんなわけで、誰もいない駐車場でしばらく雪遊びをする俺たちなのだった。

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