>> 2016年12月




2016年12月1日(木)

「ただーいま!」
「ただいまー」
久方ぶりのドライブから帰還し、自室の扉を開く。
その瞬間、
「──あつ!」
むわっ、と熱気が溢れ出た。
「ストーブ消し忘れたかな」
「みたい」
三時間で自動的に消火するとは言え、もったいないことをした。
「××、いま何度?」
「うーと──」
右半分だけコートを脱いだうにゅほが、温湿度計を覗き込む。
「わ、さんじゅういちど!」
「夏……」
「あついねえ、あついねえ」
楽しそうだなあ。
「まど、すこしあける?」
「ほっといても冷えるし、すこし我慢しましょう」
「はい!」
作務衣に着替えて一息つくと、うにゅほが再び呟いた。
「あついねえ……」
たった数分で、もうくったりしている。
「◯◯、タイツぬいでいい?」
何故俺に聞く。
「う、しょ」
何故目の前で脱ぐ。
「はい」
何故渡す。
「──…………」
反射的に受け取ったもこもこタイツは、汗と体温でしっとりしていた。
「どうしろと……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「あとでせんたっきもってくから、◯◯のふくとまとめとこうとおもって」
「あー」
なるほどそうか。
言われてみれば、納得である。
「俺の心が汚れていただけですね……」
「……?」
こちらを見上げる純真な瞳から、思わず目を逸らす俺だった。



2016年12月2日(金)

「──あっ」
ふと思い出す。
「今日、弟の誕生日じゃん」
「そだよ?」
うにゅほが、なにを当たり前のことを、みたいな顔でこちらを見やる。
「いや、忘れてない。忘れてないぞ」
「うん」
「だって、プレゼントとっくに渡してあるもんな」
今年の誕生日プレゼントは、弟が読みたがっていた東京喰種全巻セットである。
実質的には共有財産なので、俺の部屋の本棚に収まっているのだけれど。
「(弟)、もうよんじゃったね」
「Amazon、注文したらすぐ届くんだもんなあ」
「いいことだ」
「いいことだな」
日時指定をしなかった俺が悪い。
「それにしても──」
部屋をぐるりと仰ぎ見る。
「リフォームしてからたくさん本買ったけど、まだまだ隙間が目立つよな」
壁二面分の本棚だ。
何千冊収まるか知れない。
「うち、何冊くらい本あるんだっけ」
「うーと、たしか、にせんごひゃくさつくらい」
「倍は入りそう」
「ごせんさつ……」
貸本屋を営めそうだ。
「一冊五百円と安めに仮定すると──えーと、いくらになるんだ」
「うと、ちょっとまって」
数秒ほど思案して、うにゅほが固まった。
「──ひゃくにじゅうごまん」
「あー」
そんなもんか。
「ひゃくにじゅうごまんえんだよ!」
「思ったほどじゃなかった」
「えー……」
「もっと本を読まないと駄目だなあ」
目指せ五千冊、である。



2016年12月3日(土)

自室の扉を開き、うにゅほが廊下から顔を出す。
「◯◯、ごはんだよー」
「ああ、ちょっと待って」
「うん」
作業を中断し、チェアから腰を上げる。
「今日の晩ごはん、なに?」
「うーと、ぶたにくでアスパラまいたやつと──」
うにゅほがそこまで口にしたところで、
べき。
「あだッ!」
内開きの扉のカドに、右足の小指を思いきりぶつけてしまった。
「──った、とと!」
そのままバランスを崩し、廊下の壁に両手を突く。
うにゅほの顔が間近に迫る。
いわゆるところの壁ドンであるが、悠長にそんなことを考えていられる状況ではない。
「ぬぐ……」
銅鑼の音のような痛みが、患部を中心に響いている。
「◯◯、だいじょぶ?」
「小指、めっちゃ痛い……」
「みして」
うにゅほがその場に屈み込む。
「……血、血は出てない?」
「うん、ちーでてない」
「爪割れてない?」
「われてないよ」
「どうなってる……?」
「わかんないけど、あかくなってる」
うにゅほが右足の小指を優しく撫でてくれたが、ジンジンしていて感覚がない。
「あるけるようになったら、したいこ」
「うん……」
「わたしのかたつかんでね」
「うん……」
「あしたもいたかったら、びょういんいこうね」
「はい……」
我ながら情けない。
幸いなことに、痛みは数分ほどで治まってくれた。
安全な家の中と言えど、油断は禁物である。
読者諸兄も気をつけていただきたい。



2016年12月4日(日)

目を覚ます。
「──…………」
ベッドから下りようとして、気がついた。
左から下りるべきところを、右から下りようとしている。
どうやら寝ぼけているらしい。
眼鏡を掛け、時計を見上げる。
三時。
「ええ……」
三時て。
昨夜遅くまで起きていたとは言え、どう考えても寝過ぎである。
せっかくの休日が半分削れてしまったことを嘆きつつ、階下へ向かう。
「あ、おはよー!」
リビングでは、うにゅほがひとりでテレビを見ていた。
「おはよう……」
「おとうさんとおかあさん、おばさんのおみまいいくって」
「そっか」
昨日、そんなことを言っていたっけ。
「◯◯、あさごはんたべる?」
「食べる」
「はーい」
「もうおやつだけどな……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「おやつ?」
「時間的に」
「じかんてきに……」
うにゅほの視線につられ、壁掛け時計を見やる。
九時。
「……え、九時?」
「くじだよ?」
「部屋の時計、止まってたのかな」
「そなの?」
きびすを返し、自室へ戻る。
「……止まってない」
時計の短針は、しっかりと9を指し示していた。
信じがたいことに、寝ぼけて三時と九時を見誤ったらしい。
「──と、いうことがあった」
朝食を食べながら、うにゅほに今朝の出来事を話す。
「だから、おやつっていってたんだ」
「そうそう」
「そんなこと、あるんだねえ……」
「俺もびっくりした」
「でも、よかったね」
うにゅほが微笑みを浮かべ、言う。
「おやすみ、まだたくさんあるよ」
「……そうだな」
失われたと思っていた六時間が、掌中にある。
普段より時間の大切さを感じ取ることのできた休日だった。



2016年12月5日(月)

「──……ふ」
もう何度めかわからないあくびを噛み殺す。
「◯◯、ねむい?」
「眠い……」
睡眠時間は確保しているはずなのに、眠い。
「しごとまだだし、ねたほういいよ」
「うん……」
うにゅほに手を引かれるままベッドに戻る。
「……なんか、ごめんな」
「?」
「いや、心配かけてる気がして……」
うにゅほがくすりと笑う。
「◯◯、ふゆ、いつもそんなこという」
「そうだっけ」
「そだよ」
「そうか……」
「ふゆだからね、しかたない」
アイマスクを装着し、視覚を遮断する。
「◯◯、てーあつい」
「××は冷たいな」
額にちいさな手のひらが触れる。
「ねつはない、かな」
「風邪ではないと思う」
「うん、いちおう」
指先が前髪を払い、うにゅほの気配が離れていく。
「◯◯、おやすみなさい」
「──…………」
アイマスクを上げ、
「××」
うにゅほの背中に声を掛けた。
「?」
振り返り、小首をかしげる。
「えーと、だな」
「うん」
「……寝入るまで、隣で漫画でも読んでてくれるか」
「わかった」
なんだか人恋しい気分だったのだ。
そんな俺のわがままを、笑いもせず、否定もせず、ただただ聞いてくれる。
俺にはもったいないくらい、いい子だと思う。
だから、大切にしようと思うのだ。



2016年12月6日(火)

「♪」
繋いだ手を引きながら、うにゅほが俺を先導する。
「ヨドバシ、ひさしぶりだねえ!」
「そうだな」
「あ、すいはんきみたい」
何故。
買い替える予定ないぞ。
「そうじきもみたいなあ」
「用事済ませたあと、ぐるっと見て回ろうな」
「うん!」
「ところで──」
「うん?」
「どこを目指してるんだ?」
「──…………」
ぴたりと足を止める。
「どこいくんだっけ……」
「一階」
「あいふぉんのガラスかうんだよね」
「そうそう」
両親と弟が機種変更をするため、新しい液晶保護ガラスを買いに来たのだった。
有り体に言えば、おつかいである。
「……絶対、携帯関係は全部俺にまかせとけばいいって思ってるよな」
「あはー……」
うにゅほが苦笑する。
「べつにいいけどさあ……」
引きこもりがちな俺にとって、外出する口実は貴重である。
いまいち納得いかないけれど。
「おとうさんだけ、あいふぉんせぶんだっけ」
「使いこなせないくせに、新しもの好きなんだよな」
「いやほんのあな、ないんだよね」
「よく知ってるな」
「あななかったら、いやほん、どうするの?」
「頑張って聞く」
「がんばって……」
「嘘。充電する穴から聞けるらしい」
「ふうん……」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんでなくしたんだろうね」
「さあー」
こちらが知りたいくらいだ。
三人分の液晶保護ガラスを購入したあと、店内をゆっくりと見て回った。
一階エレベーター傍の27インチ液晶タブレットに描かれたドラえもんを見た方へ。
それは、うにゅほの作品です。



2016年12月7日(水)

「──よし、視聴終了!」
ユージュアル・サスペクツのDVDをケースに仕舞い、伸びをする。
「今回は、見ないまま返す羽目にならずに済んだな」
「えいが、おもしろかった?」
「面白かった」
「よかったねえ」
うにゅほがほにゃりと笑う。
「××も一緒に見ればよかったのに」
「うん……」
困ったような表情を浮かべ、言葉を継ぐ。
「でも、ひとしにそうだったから……」
「実際死んでた」
「やっぱし」
「相変わらず苦手だなあ」
「にがて……」
うちに来たころは古畑任三郎すら怖がっていたので、これでも成長したほうである。
「コナンは大丈夫なんだよな」
「コナンはだいじょぶ」
「金田一は?」
「きんだいちは、ちょっとこわい……」
「でも、全巻読んでるよな」
「がんばってよんだ」
「頑張ったかー」
なでなで。
「うへー……」
「漫画とかアニメなら、けっこう大丈夫なんだな」
「うん」
「こないだ買ったカラダ探しは──」
「だめだめだめ!」
「駄目か」
「むりい……」
ド真ん中ストライクのホラー漫画だもんなあ。
「屍鬼は?」
「しき……」
「ほら、これ」
本棚から屍鬼の一巻を取り出し、うにゅほに手渡す。
「こわそうだから、よんでないやつだ」
「けっこう面白いぞ」
「うーと……」
しばしの思案ののち、うにゅほが単行本を開く。
「がんばってみる……」
「膝、乗る?」
「のる……」
こうして少しずつ慣らしていき、ゆくゆくは一緒にホラー映画を見られるように──ならないだろうなあ。



2016年12月8日(木)

「だー!」
ベッドに投げ出した五体を、羽毛布団が優しく受け止める。
「二人ぶんのiPhoneとiPad、初期設定から復元からぜーんぶやらせるんだもんな……」
工程として面倒な部分はないが、四台ともなるといささか疲れもする。
「おつかれさま」
なでなで。
うにゅほが俺の後頭部を撫でる。
「たいへんだったねえ」
「本当な……」
「おてつだい、できたら、したかったけど……」
うにゅほの声が萎れていく。
「──…………」
ばふ、ばふ!
左手で羽毛布団を叩き、告げる。
「××、ベッドの上で正座!」
「……?」
不思議そうに小首をかしげながら、うしょうしょと高めのベッドに登る。
「せいざしました」
「よろしい」
うにゅほの膝に頭を乗せる。
「××に仕事を与える」
「はい」
「全力で俺を癒すのだ」
「はい!」
「まずは百撫で!」
「はい!」
なで、なで、なで、なで。
「いやされますか!」
「うむ、余は満足である」
「ひゃくなでおわったら、どうしますか!」
「んー……」
「まっさーじしますか」
「苦しゅうない」
「はい!」
意外とこういうノリ好きだな、うにゅほ。
そんなわけで、一時間ほど存分に癒してもらった。
うにゅほは癒し上手である。



2016年12月9日(金)

「お」
愛用のテンピュールのアイマスクがベッドの下に落ちていたので、拾い上げた。
「……あれ?」
ふと、違和感を覚える。
「××」
「んー?」
「これ、何色に見える?」
「んー……」
屍鬼を読んでいたうにゅほが顔を上げ、アイマスクを見つめた。
「うすいちゃいろ」
「だよな……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いやさ」
「うん」
「このアイマスク、最初は灰色じゃなかった?」
「──…………」
「──……」
「あ!」
「だよな!」
「うん、はいいろだったきーする」
「日に焼けたんだろうか」
そのわりには、両面ともムラのない綺麗なブラウンである。
「うーん……」
ふにふに。
使用感こそあるものの、買った当初と変わらず触り心地はとても良い。
「まあ、色が変わったからなんだってこともないな」
「そだね」
そもそも、使っているときは見えないものだ。
灰色だろうが茶色だろうがドギツいピンクだろうが構うものか。
「というわけで、仮眠を取ります」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
アイマスクを装着し、横になる。
素晴らしい遮光性。
滑らかな肌触り。
くたくたになるまで使い潰す所存である。



2016年12月10日(土)

「◯◯……」
耳元で、囁くような声。
「◯◯、ごめんね、おきて……」
「……んー?」
うっすらと目を開く。
「いま何時……」
「はちじ……」
「どしたん、こんな時間に……」
「ごめんね、でもね、ひとりじゃだめだったから……」
ふと香る。
雪の匂い。
眼鏡を掛けると、うにゅほがコートを着ていることがわかった。
水滴が毛羽にきらめいている。
「──…………」
なんとなく理解し、カーテンを開く。
「うわ」
吹雪ではない。
風はないから。
ただ、舞い落ちる牡丹雪が視界を真っ白に染めていた。
「……めっちゃ積もってる?」
「めっちゃつもってる……」
「ひとりで雪かきしてたのか」
「うん……」
「えい」
びし。
「あう」
うにゅほの頭頂部にチョップを落とす。
「ひとりで無理しないで、さっさと起こしなさい」
「でも、◯◯、ゆきかききらいだから……」
「逆に聞くけど、ひとりで雪かきしてて、××は楽しかったか?」
「──…………」
ふるふると首を横に振る。
「俺も同じ」
「?」
小首をかしげる。
「雪かきは嫌いだけど、××となら嫌じゃない」
「……うん」
「だから、今度からちゃんと起こしてくれな」
「わかった」
先程チョップした部分を優しく撫でて、立ち上がる。
「──さ、とっとと終わらせて二度寝するぞー!」
「はい!」
今年最初の雪かきは、とんでもない重労働だった。
だけど、それほど嫌ではないのは、うにゅほと一緒だったからである。



2016年12月11日(日)

起床すると、ファンヒーターの前に得体の知れない物体があった。
「……うぐー……」
なにやら呻いている。
よくみると、カエルの潰れたような体勢で床にうつ伏せているうにゅほだった。
「──…………」
つん。
爪先でつついてみる。
「うぎ」
つんつん。
「ぐぐ、ぐ」
「なにしてるんだ?」
「からだ、いたいー……」
「筋肉痛だな」
「うん……」
「俺も、腕上げるのつらいんだ……」
昨日の雪かきで、日常生活ではおよそ使わない筋肉を酷使した結果である。
「いたくて、あんましねれなかった……」
「同じく」
痛いと言うより、重くてだるい。
「ねむい……」
「ストーブの前にずっといると、ヤケドするぞ」
「はい……」
その場から起き上がろうとして、
「ぎ!」
再びぱたんと倒れ込む。
「……いたいー」
しゃーないなあ。
「ほら、起こしてあげるから」
「ありがと……」
うにゅほを抱き起こし、寝床へと連れて行く。
「すこし寝たほうがいいな」
「ねれない……」
「その点に関して、俺にひとつ考えがある」
「?」
「ちょっと待ってな」
デスクからロキソニンを取り出し、お茶と一緒にうにゅほに渡す。
「なんのくすり?」
「痛み止め」
「いたくなくなるの?」
「治るわけじゃないけど、眠れないくらい痛いなら飲んだほうがいいと思う」
「そか……」
ロキソニンを飲んでしばらくすると、うにゅほの寝息が聞こえてきた。
ちゃんと効いてくれたらしい。
多用するのは望ましくないが、要所で使うには良い薬である。



2016年12月12日(月)

「夢を見た」
「どんなゆめ?」
「胼胝性潰瘍の夢」
「べ……?」
「胼胝性潰瘍」
「べんちせい、かいよう」
「そう」
「びょうき?」
「病気」
「びょうきのゆめみたの……」
「正確には、病気の夢ではないかな」
「……?」
「胼胝っていう漢字が出てきて、これは〈べんち〉って読むんだとひたすら言い聞かされる夢」
「だれに?」
「さあ……」
「へんなゆめ!」
「言葉の意味もわからなくて、さっき調べたくらいだからな……」
「そうなんだ」
「そうなのだ」
「べんちって、なんだったの?」
「ペンダコとかの、いわゆるタコのことらしい」
「へんなゆめだねえ……」
「覚えてる限りでは、トップクラスに変な夢だな」
「おもしろい」
「××は、なんか夢見た?」
「みた」
「どんな夢?」
「うーとね」
「うん」
「──…………」
「──……」
「せこまがね」※1
「うん」
「──…………」
「──……」
「あれ、なんだっけ……」
「忘れたか」
「わすれてく……」
「俺は出てた?」
「でてなかった」
即答されてしまった。
どんな夢かはわからないが、すこし残念である。

※1 セイコーマートの略称



2016年12月13日(火)

普段使いの足として、両親が中古車を買い足した。
「ふんふん……」
自動車の周囲をぐるぐる回りながら、うにゅほがなにやら頷いている。
「かっこいいねえ」
「軽のわりにはシュッとしてるかな」
「なんてなまえ?」
「ホンダのライフ」
型式まではわからないが、比較的新しめのデザインだ。
「じゃー、ライフくんだ!」
「今回はくん付けなんだ」
「うん」
ミラジーノはミラさん。
コンテカスタムはコンテさん。
ランクルは何故か呼び捨てで、数年前に売ったミニカはミニカちゃんだった。
「では、ライフくんの秘密兵器をお目にかけよう」
「ひみつへいき?」
「ささ、乗ってみたまえ」
助手席のドアを恭しく開き、うにゅほを車内へと導く。
俺自身も運転席に乗り込み、おもむろにエンジンを掛けた。
「おー」
「ちょっとここ見てな」
中央のモニターを指差す。
「カーナビ?」
「ギアをバックに入れると──」
モニターに背後の映像が映る。
「!」
「バックモニター付き」
「すごい!」
「すごいだろ」
「ライフさん……」
さん付けになった。
「くん付けでいいと思うぞ」
「そかな」
「そうそう」
「じゃ、ライフくん」
ギアをパーキングに入れ、アクセルを軽く踏む。
「よろしくってさ」
「よろしくね!」
うにゅほがダッシュボードを撫でる。
長く乗り続けるために、安全運転を心掛けようと思った。



2016年12月14日(水)

「××」
「?」
「問題です」
「はい」
「ピザって十回言ってみて」
「ぴざ、ぴざ、ぴざ、ぴざ、ぴざ、ぴざ、ぴざ、ぴざ、ぴざ、ぴざ!」
「ここは?」
「ひざ!」
「ぶー、ひじでした」
「あ」
期待どおりの反応である。
「べつのやつ!」
「じゃあ、シャンデリアって十回言ってみて」
「シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア!」
「毒りんごを食べたのは?」
「──…………」
「──……」
「……シンデレラ?」
「ぶー、白雪姫です」
「あ、そか……」
面白いくらい綺麗に引っ掛かるなあ。
「もっかい!」
「みりんって十回言ってみ」
「みりん、みりん、みりん、みりん、みりん、みりん、みりん、みりん、みりん、みりん!」
「首が長いのは?」
「き──」
「──…………」
「──……」
「──…………」
「きりん……?」
「正解!」
「……あれ?」
うにゅほが小首をかしげる。
「くびがながいのは、きりん」
「合ってるぞ」
「あれ、ひっかけてない……?」
うにゅほは混乱している。
「本当は、鼻が長いのはって聞くんだよ」
「あ」
うんうんと頷く。
「◯◯、いじわる……」
引っ掛けなかったというのに、心外である。
「んじゃ、10って十回言ってみて」
「じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう──」
懐かしの十回クイズを思いきり楽しむふたりなのだった。



2016年12月15日(木)

「──終わっ、だー!」
チェアの背もたれに体重を預け、思いきり伸びをする。
「おつかれさまです」
「お疲れです」
「かたもむね」
「苦しゅうない」
いつものふわふわマッサージを俺に施しながら、うにゅほが尋ねた。
「あさからずっと、なにしてたの?」
「OSを入れ直してたんだよ」
「おーえす」
「具体的に言うと、Windows10をWindows7に戻してた」
「みっつも」
「……みっつ?」
「じゅうから、きゅー、はち、ななで、みっつ」
「いや、そういう意味じゃ──」
ふと思案する。
「……Windows8.1って実質9みたいなものだから、みっつ戻したという表現は間違ってはいないのか」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「や、なんでもない。とにかく戻したんだ」
「てん、だめだったの?」
「言うほど駄目ってこともなかったんだけど、だんだん重くなってきてさ」
「おもくなったの?」
「動作がな」
「どうさが」
あ、これわかってないな。
「……iPhoneでなめこ収穫してたとき、たまに画面がカクカクすることなかった?」
「あ、あった!」
「あれが、動作が重くなるってこと」
「へえー」
うんうんと頷く。
理解していただけたようだ。
「かくかくしないほうがいいもんね」
「そういうこと」
半年ぶりのWindows7は、すこぶる快適だった。
次のOSに期待しよう。



2016年12月16日(金)

「でかいなあ」
「おっきいねえ……」
オフィス向けのプリンタ複合機を自宅に誘致することに成功した。
当然、会社の経費である。
「××の胸くらいまであるな」
「うん」
高さ1.2mほどはあるだろうか。
「でも、どやってつかうの?」
うにゅほが周囲を見渡す。
複合機を設置したのは、一階の和室。
自室は二階である。
「ああ、それは──」
「わいふぁい?」
「そうそう」
最近、Wi-Fiという言葉を覚えたうにゅほである。
「Wi-Fiでデータを飛ばして、ここで印刷する」
「わいふぁい、すごいねえ」
「便利だろ」
「べんり」
「んじゃ、試しに印刷してみるか」
「うん」
うにゅほを和室に残し、自室へ戻る。
仕事で使うExcelファイルを三部ほど指定してOKボタンを押し、急いで階段を駆け下りた。
「印刷、始まった?」
「いんさつ、おわった……」
「はや!」
さすがトナー式の大型複合機。
「これは仕事がはかどるなあ」
「──…………」
うにゅほの目元が憂いに翳る。
「どした?」
「……エイさん、もうつかわない?」
エイさん。
EPSONのA3対応のプリンタのことである。
「××、ほんとエイさん好きだなあ……」
「うん……」
「大丈夫、まだまだ使うよ」
「ほんと?」
「だって、この複合機、モノクロしか印刷できないもん」
「そなんだ」
「そうだよ」
「よかったー……」
「エイさんには、もっと頑張ってもらわないとな」
「うん」
壊れたらうにゅほが悲しむので、大切に使っていこう。



2016年12月17日(土)

「さッ──……」
数秒ためて、
「……──むゥ!」
「きょう、さむいねえ……」
自室の空気がキンと冷え切っている。
リビングで二時間ほどテレビを見ていただけなのに、あっという間にこのありさまだ。
「ストーブ、ストーブ……」
ぴ。
うにゅほがファンヒーターの電源を入れる。
「そういえば、今朝、ストーブの利き悪かったよな」
「うん……」
それだけ冷え込んでいるのだろう。
「よし、半纏で二人羽織するか」
「するー」
熱すぎず、温すぎず、常に一定の温度を保つ。
相手によっては、ふにふにと柔らかく、ほんのりいい匂いがしたりする。
人肌は、最も優れた暖房器具のひとつと言えるだろう。
「あ、ちょっとまって」
半纏を羽織ろうとした俺を、うにゅほが止めた。
「わたし、うしろやりたい」
「いいけど……」
手渡した半纏を、うにゅほがもそもそと着込む。
「はい!」
「……えーと」
どうしたらいいだろうか。
とりあえず、うにゅほに背中を向けてしゃがんでみる。
「えい」
うにゅほが背中に抱きついてきたので、そのまま半纏の袖に腕を通し、立ち上がった。
「ぐ」
「どした」
「くるしい……」
身長差が仇となったらしい。
「椅子に座ってみるか?」
「うん……」
中腰でよたよたと移動し、ふたりでチェアに腰を下ろす。
「ぎゅぷ」
「あ、ごめん!」
うにゅほを押し潰してしまった。
「やっぱ、まえやる……」
「それがいい」
ファンヒーターの暖気が室内の隅々に行き渡るまで、二人羽織でやり過ごしたのだった。



2016年12月18日(日)

「××」
「?」
「問題です」
「はい」
「腹黒い人が、お正月に買うものってなーんだ!」
「はらぐろいひと……」
「腹黒い人」
「……わな?」
「罠……」
「わなを、しかける」
「腹黒いから?」
「はらぐろいから」
「お正月は?」
「おしょうがつだけど、しかける」
「腹黒いから?」
「はらぐろいから……」
「ぶー、罠ではありません」
「うん……」
わかってた、という表情で、うにゅほがうなだれる。
「ひんと」
「ヒントですね。〈腹〉を、別の言い方に直してみましょう」
「おなか!」
「おなかではなく」
「おへそ?」
「おへそでもなく」
「──…………」
小首をかしげたまま、固まってしまった。
「頭は、頭部。おしりは、臀部。おなかは?」
「ふくぶ……」
「腹部が、黒い」
「ふくぶ、くろい……」
「さあ、答えは!」
「……い、いぶくろ……?」
「答えは、福袋(腹部黒)です」
「あー!」
目を輝かせ、うにゅほが大いに頷いた。
「ふくぶくろだ!」
「よくできたなぞなぞだろ」
「うん!」
「福袋なんて買ったことないけどな」
「◯◯、はらぐろくないもんね」
「そうだな」
すこしずれているような気もするが、まあいいか。
うにゅほになぞなぞを出すと、真剣に考え込んでくれるので、面白い。



2016年12月19日(月)

「んー……」
カレンダーを睨みつけながら、唸る。
「どしたの?」
「クリスマス近いなーって」
「そだね!」
うにゅほが笑顔で頷いた。
「たのしみー」
「楽しみだな」
「うん」
「それはいいんだけどさ」
「うん?」
「欲しいもの、ある?」
「あー」
「あるなら、クリスマスプレゼントにするけど」
「……うーと」
しばし考え込み、
「◯◯は、ほしいのある?」
「ケーキ食べたい」
「それ、クリスマスケーキ……」
「……最近マジで甘いものの夢ばっか見るんだよ……」
ただいま糖質制限ダイエットの真っ最中である。
「ほかにある?」
「特にないかなあ」
「そかー……」
「××は?」
「とくにないかなあ」
「そっか」
物欲のないふたりである。
「ことしも、ぎんがてつどうのよる、みる?」
「もちろん」
クリスマスイヴの夜、映画版銀河鉄道の夜をふたりで観る。
これは、ふたりの儀式のようなものだ。
「楽しみだな」
「たのしみだねえ」
顔を見合わせ、微笑み合う。
「ゆき、ふるかな」
「どうかな」
ホワイトクリスマス。
雪かきは面倒だけど、すこしくらいなら降ってくれてもいいな。



2016年12月20日(火)

「──…………」
キーボードに指を乗せたまま、悩むこと五分。
「××」
「はい」
「今日の日記、何書いたらいいと思う?」
「うーと……」
うにゅほが小首をかしげる。
「かくことないの?」
「書くことはある」
「うん」
「でも、どれもいまいち小粒というか、一日分の日記を埋めるには足りないというか」
「たいへんだねえ……」
夜食代わりに茹で大豆をつまみながら言われてもなあ。
「××さん、今日の出来事をどうぞ」
「うと、びょういんいった!」
「行ったな」
「パンたべた」
「食べたな」
糖質制限ダイエットのことなど忘れてピーナツバターサンドを貪り食った。
「かえりに、ほんやいった」
「行ったな」
生徒会役員共14巻を購入した。
「◯◯、ズボンのすそやぶれてたから、はさみできった」
「切ったな」
「あれ、あのままでいいの?」
「フレイドヘムって言って、そういう加工の仕方があるんだよ」
「ふうん……」
本当は、裾上げし直すのが面倒だからだけど。
「いろいろあったねえ」
「あったなあ」
「にっきかけた?」
「書けた」
会話を書き起こしただけだけど。
「じゃあ、ひざすわっていい?」
ああ、遠慮してたのか。
「いいよ」
「うへー……」
茹で大豆の容器を手にしたうにゅほが、俺の膝に腰を下ろす。
暖かい。
「大豆食っていい?」
「うん」
ほんのり塩味の大豆を食べながら、ブラウジングを再開するのだった。



2016年12月21日(水)

「あ」
ファンヒーターの給油の際、灯油で思いきり手を濡らしてしまった。
慌ててティッシュで拭い取り、匂いを嗅ぐ。
「……うへえ」
臭い。
普段の五割増しで臭い。
滴るほどに濡らしてしまったのだから、当然と言える。
灯油タンクを片手に自室へ戻ると、
「♪」
うにゅほが、しっぽを振って待っていた。
「嗅ぎますか」
「かぎます」
タンクをファンヒーターに収め、右手を差し出す。
「──…………」
ふんすふんす。
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「とうゆくさい……」
「そりゃなあ」
「ちがくて」
「灯油ばしゃーってやっちゃったから、匂いきつすぎるかもな」
「うーと、ちょっとちがくて」
「違うのか」
「うん」
必死に言葉を選びながら、うにゅほが説明する。
「とうゆのにおいだけど、いいにおいじゃないの」
「?」
「とうゆいれたあと、◯◯のて、いつもはいいにおいする」
「今日は違うと」
「とうゆのにおいと、◯◯のてのにおい、ぜんぜんちがうにおい」
「そうなんだ……」
まあ、単純に灯油の匂いが好きなだけならば、直接嗅ぐわな。
体に悪そうだけど。
「……皮脂か何かと結合して、匂いが変わるのかなあ」
「そうかも」
醤油味は好きでも醤油を直接飲むやつはいないってことなのだろう、たぶん。
しばらくのち、余分な灯油が揮発すると、うにゅほ好みの匂いになったらしく、また数分ほど嗅がれていた。
鼻息がくすぐったいのだけ、なんとかしてほしいものだが。



2016年12月22日(木)

USBサウンドカードを、すこし良いものに買い替えた。
「──…………」
ヘッドホンを外し、独り言つ。
「うん、だいぶ違うな」
「おと、いい?」
「かなりいいぞ」
「ききたい」
「ああ、ちょっと待ってな」
サウンドカードからイヤホンプラグを抜き、PC本体に直接繋げる。
「まず、普通に聞いてみよう」
「はい」
「曲、リクエストある?」
「うーと……」
「特になければスガシカオになります」
「いいよ」
ヘッドホンのサイズを調整し、うにゅほの両耳に装着する。
再生。
「──…………」
「──……」
「これ、ふつう?」
「これが普通」
「ふつうだねえ」
「普通だからな」
イヤホンプラグをサウンドカードに繋ぎ直す。
「行くぞー」
「はい」
再生。
「──わ!」
うにゅほの背筋が伸びる。
「ちかい!」
「さっきはのっぺりしてたけど、今度は音に奥行きがあるだろ」
「わかんないけど、いろんなおときこえる……」
「それが、音質がいいってことだよ」
「そうなんだ……」
音にさほどのこだわりはないが、良いものは良い。
しばらく音楽鑑賞を楽しもう。



2016年12月23日(金)

「ふー……」
「──…………」
上がり框に腰を掛け、無言で爪先を見つめる。
「ゆきかき、おわり!」
「はい……」
「つかれたねえ……」
「はい……」
「──…………」
「──……」
「……◯◯、だいじょぶ?」
「大丈夫じゃない……」
記録的な豪雪である。
「……むしろ、××は大丈夫なのか?」
「つかれた……」
うにゅほが苦笑を浮かべる。
だが、その表情には、幾許かの余裕が感じられた。
雪かきが好きだという言葉は、伊達ではない。
「──…………」
読者諸兄は、疲れ切った俺のことを、情けないと思うかもしれない。
だが、すこし待ってほしい。
本日の日記は、三度目の雪かきを終えた直後から描写しているのだ。
「……雪、止まないな」
「うん……」
「あとは、もう、父さんに任せよう」
「うん」
「俺は、もう無理だ。死ぬ」
「しなないで……」
「……言っとくけど、××も道連れだぞ」
「?」
小首をかしげたうにゅほに、残酷な事実を告げる。
「筋肉痛」
「あ」
うにゅほの顔が一瞬で青ざめる。
「……痛み止め、飲もうな」
「うん……」
日記を書いているいまも、雪は、一向に止む気配がない。
いっそ、このまますべて雪に沈んでしまえばいい。
そんなことすら考えてしまうのだった。



2016年12月24日(土)

「──…………」
「──……」
つん。
「いひ」
つんつん。
「うぎぎ……」
チェアの上でまるくなっていたうにゅほが、痛いんだかくすぐったいんだかわからん声を上げる。
未曾有の大雪に果敢に立ち向かった結果、未曾有の筋肉痛に見舞われているふたりだった。
「夜のぶんの痛み止め、飲むか?」
「のむー……」
ロキソニンは胃によくないが、それどころではないこともある。
「──さ、気を取り直してだ」
「ぎんがてつどうのよる」
「ああ、見ようか」
「うん!」
クリスマスイヴの夜、劇場版・銀河鉄道の夜をふたりで観賞する。
毎年の恒例行事だ。
チェアに腰を掛け、うにゅほを膝の上に乗せる。
「ぐ」
同時に、太腿が軋みを上げた。
「……◯◯、だいじょぶ?」
「大丈夫」
「おりる……?」
「下りなくていいから、動かないで」
「はい」
「DVD、トレイに入れて……」
「うん」
うにゅほがPCに手を伸ばす。
「み゙!」
うにゅほの爪先が、ピンと伸びた。
どこかの筋肉が悲鳴を上げたらしい。
「と、とにかく、見よう。見てるうちに、薬が効いてくるはず」
「うん……」
うにゅほを軽く抱き締めて、ディスプレイに向き直る。
「電灯、消そうか」
「うん」
周囲が闇に没する。
「今年は途中で寝るなよ」
「ねないよー」
自信満々に答えたうにゅほだったが、案の定、途中で寝落ちしてしまった。
何度も観た映画だものな。
だが、それでいいのだ。
一緒に観たという事実があれば、それでいい。
これは、ふたりの儀式なのだから。



2016年12月25日(日)

「あ」
いつものように漫画を読んでいたうにゅほが、不意に声を上げた。
「◯◯、メリークリスマス!」
「唐突だな」
「わすれてた……」
うへーと苦笑する。
「××、メリークリスマス」
「うん」
「それで思い出したけど、布団のなかにプレゼントが忍ばせてあるぞ」
「!」
うにゅほが目を丸くする。
「大したものじゃ──」
言い切る前に、うにゅほが自分のベッドへと駆け寄った。
ごそごそ。
「あった!」
取り出したるは、チョコレート色の紙袋。
「あけていい?」
「いいよ」
包装を慎重に解き、ゆっくりと中身を取り出す。
「くつしただ!」
「家用の、毛糸の靴下」
「もこもこだ!」
「あったかいぞ」
うにゅほは靴下が嫌いなので、プレゼントしたら履いてくれるのではないか、という算段である。
「うへえー……」
靴下を抱き締めながら、うにゅほがほにゃりと笑みを浮かべる。
「ね、はいていい?」
「俺も、履いてるところ見たいな」
「うん!」
小さなぼんぼりのついたクリスマス仕様の靴下だ。
「……にあう?」
「思った通りだ。よく似合う」
「◯◯、ありがと」
「どういたしまして」
「……でも、わたし、おかえしない」
「ほっぺにちゅーでいいぞ」
「いいの?」
「むしろ、それがいい」
「じゃあ──」
描写は割愛する。
読者諸兄も、メリークリスマス。



2016年12月26日(月)

「……うへー」
座椅子に腰掛けたうにゅほが、自分の足先を見つめてニコニコしている。
クリスマスプレゼントの靴下が余程嬉しかったらしい。
「──…………」
対して、俺は、いささか複雑な気分だった。
うにゅほの誕生日にコートをプレゼントしたときより、明らかにごきげんな様子だからである。
理由はわかっている。
俺の財政を管理しているのは、うにゅほだ。
自分へのプレゼントも支出の一部であると考えると、素直に喜べないのだろう。
「あ、そだ」
「んー」
「プレゼントのおかね、どうしたの?」
「あー、それか」
「かりたの?」
「借りてない」
「くれじっとかーど?」
「使ってないよ」
「……?」
うにゅほが首をかしげる。
種を明かせば、なんてことはない。
つい先日、普段使いのものとは別の銀行口座の存在を思い出しただけである。
「そうだなあ……」
しばし思案し、答える。
「……秘密」
「えー」
うにゅほが不満げに口を尖らせる。
「すこしくらい、いいだろ。無駄遣いしないからさ」
「うー……」
どうせ、うにゅほへのプレゼントを買うときくらいしか使わないし。
「……わかった」
うにゅほがしぶしぶ頷く。
プレゼントは、値段が見えないほうがいい。
経験上、そう思うのだ。



2016年12月27日(火)

「……?」
メモ帳を前にして、うにゅほが小首をかしげていた。
「なんかちがう……」
肩越しに覗き込むと、ドラえもんと思しきキャラクターが小さく描かれていた。
「うん、いろいろ違うな」
「◯◯、ドラえもんかける?」
「描けるぞ」
ボールペンを受け取り、うにゅほのイラストの下にさらさらとドラえもんを描く。
「あ、うまい」
「××は、ありがちな間違いをみっつ犯している」
「みっつも……」
「まず、青と白との境界線だな」
ペン先で問題点を指し示す。
「境界線は、目の上ではなく、目の真ん中を通っている」
「ほんとだ」
「ここを間違うと、一発で偽ドラになるから注意が必要だ」
「はい」
うにゅほが頷く。
素直である。
「次に、ヒゲの数。左右四本ずつではなく、三本ずつだな」
「そうなんだ」
「そうなのだ」
「さいごは?」
「最後は、黒目の位置」
「くろめ……」
「ドラえもんは、基本寄り目がちだ。白目の中央に黒目を描くと、死んだ目になる」
先の二点を修正し、黒目を白目の中央に置いたドラえもんを描いてみせる。
「……め、しんでるね」
「だろ」
「ドラえもん、もっかいかいてみていい?」
「ああ、描いてみたまえ」
うにゅほにボールペンを返す。
「くろめは、よりめ」
「ああ」
「きょうかいせんは、めのまんなか……」
「そうそう」
「ひげ、さんぼん」
「そう」
「──できた!」
うにゅほが描き上げたのは、少々いびつなことを除けば、立派なドラえもんの顔だった。
「よくできました」
「うへー」
「ちなみに、ドラえもんの応用でコロ助も描ける」
「かいて!」
そして、チキチキお絵かき大会が始まるのだった。



2016年12月28日(水)

タクシーが到着したので、ストールを首に巻き、コートを着込んだ。
「それじゃ、行ってくるから」
「うん」
「たぶん、帰るのはすこし遅くなると思う」
「うん……」
うにゅほが不安げに口を開く。
「おんなのひと、いない?」
「──…………」
嗚呼。
嗚呼。
うにゅほにこんな心配をされる日が来るとは、本当に感慨深い。
「いません。男三人、むっさむさ忘年会です」
「……そか」
うにゅほの表情が安堵に晴れる。
「先に寝てていい──って言ってもどうせ起きてるだろうから、ちゃんとあったかくして待ってるんだぞ」
「はーい」
「ココアとコーンスープ、どっちがいい?」
「ココアがいいな」
「じゃあ、帰りに買ってくから」
「うん」
「行ってきます」
「いってらっしゃい!」
うにゅほの声を背に受けて、俺は自宅を後にした。

「……ただいま……」
帰宅したのは、午前二時だった。
「あ、おはえりなさい……」
半分寝ながら出迎えてくれたうにゅほを、思いきり抱き締める。
「わ」
「さぶい……」
「◯◯、からだつめたい!」
「タクシー捕まえるのに三十分以上かかった……」
外は-10℃、極寒の世界。
死ぬかと思った。
「××、あっためてくれー……」
「おふろはいったほういいよ」
「あ、うん」
「わかしなおすね」
「頼むー」
風呂で芯から温まり、いまに至る。
今日はうにゅほが夜更かしに付き合ってくれるそうなので、もうしばらく遊んでから寝ようと思う。



2016年12月29日(木)

「──…………」
うと、うと。
「!」
はっ。
「ねてない、ねてないです」
「何も言ってないぞ」
しばしして、
「──…………」
うと、うと。
「!」
はっ。
「ねてない」
「眠いなら、ちゃんと寝たほうがいいぞ」
昨夜は夜更かししたのだし。
「ねむくない」
「本当は?」
「ねむい……」
だろうなあ。
目蓋、ぴくぴくしてるし。
「××さん、お昼寝しましょうね」
「でも……」
「でも?」
「いまねたら、よるねれなくなる……」
「いいじゃん」
「いいの?」
「大晦日の夜、初詣行くだろ」
「いく」
「なら、いまのうちに、夜更かしに慣れておかないと」
「あ、そか」
うにゅほが、うんうんと頷く。
何年経っても素直である。
「では、おひるねします」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
ついに、うにゅほ悪い子計画※1を実行に移すときが来た。
夜更かし朝寝坊の快感を知るがいい。

※1 そんな計画はありません



2016年12月30日(金)

「××隊員、現在の湿度を報告せよ」
「はい!」
うにゅほがデジタル温湿度計を覗き込む。
「さんじゅうろくパーセントです!」
「低いなあ」
「ひくいねえ」
「……加湿器が機能してない気がするんだよな」
「うん……」
「壊れたのかなあ」
「がんばれー……」
加湿空気清浄機を撫でながら、うにゅほがそう呟いた。
購入して、まだ二年である。
故障されても困る。
「分解掃除してみるか」
「だいじょぶ?」
「取扱説明書見ながらなら、大丈夫だろ」
電源を落とし、前面パネルを外す。
「わ」
「……うわー」
ホコリが舞う。
プレフィルターがホコリまみれだった。
「これ最後に外したのっていつだっけ……」
「うと、ゆきふるまえ」
「てことは、二ヶ月くらいか」
「そうじき、そうじき」
プレフィルターの清掃をうにゅほにまかせ、集塵フィルターに手を掛ける。
取扱説明書によると、集塵フィルターの奥にある黒い板が脱臭フィルターである。
「ん?」
よく見ると、脱臭フィルターが上手くはまっていなかった。
まさか、こんな些細なことが原因ではあるまいな。

──三十分後、
「原因だった……」
あっという間に湿度が上がり、現在45%である。
「なおってよかったね」
「……まあ、うん。そうだな」
すこしだけ複雑だが、直ったことは素直に喜ばしい。
俺の乾燥肌も、すこしはよくなることだろう。



2016年12月31日(土)

現在、年明けの午前一時。
午前二時ごろには、うにゅほを連れて、友人と初詣に行く予定である。
ガキの使いを見終えてから出掛けるまでの間隙を縫ってキーボードに向かってはみたのだが、どうにも書くことがない。
「××、なんかある?」
「なんかって、なに?」
「こう、2016年を締めくくるようなやつ」
「もう2017ねんだよ?」
「そうなんだけど、日記ではそうじゃないんだよ。31日の日記だから」
「うーと……」
小首をかしげ、思案する。
「ことしいちねん、ありがとうございました、とか……」
「ふむ」
キーボードを叩く。
「書いた」
「◯◯も、じゅんびしよ」
「まだ早いって」
うにゅほは既にコートを着込み、準備万端整っている。
目は爛々とし、眠気など微塵も感じていない様子だ。
ここ数日、夜更かしに慣らしただけはある。
「なんかこう、もう一言ない?」
「もうひとこと……」
「ちょっと尺が足りない」
「……らいねんも、よろしくおねがいします?」
「セクシーに」
「ら、らいねんもお、よろしくう、おねがいしますー……」
「──…………」
ちょっと語尾が伸びた。
これが、うにゅほなりのセクシーらしい。
「××、もうすこし頑張ってみようか」
「うー」
「こう、コートを軽く着崩して──」
などということをやっていると、あっという間に出発する時刻になってしまった。
あけましておめでとうございます。
行ってきます。

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