>> 2015年08月




2015年8月1日(土)

セブンイレブンのサラダチキンにハマっている。
味もさることながら、高タンパク低カロリーというダイエット御用達の栄養価が魅力だ。
「~♪」
買い置きのサラダチキンをもっしもっしと食べていると、うにゅほが言った。
「おいしい?」
「ああ」
「やいたら、もっとおいしい、かも」
「グリルチキンかー」
なるほど、美味しそうである。
「んじゃ、オーブンで焼いてみるか」
「うん」
ハーブ味のサラダチキンをぶつ切りにし、アルミホイルを敷いてオーブンに入れる。
焼き色がついたところで取り出すと、香ばしい香りが広がった。
「おー」
「うーん……」
香りは良い。
だが、見た目は思ったほどじゃない。
脂質がほとんど含まれていないためか、カラカラに乾いているように見える。
「とにかく食べてみよう」
「うん」
グリルチキンを皿に取り、食卓につく。
「いただきます」
「いただきまーす」
ぱく。
「──……?」
見た目どおり、パサパサしている。
それはいい。
いいのだが──
「うは!」
「!」
「ふいぶんが、口のなはの水分が!」
「みず、みず!」
あっという間に口内の水分がすべて持って行かれてしまった。
驚くべき吸水性である。
「これは、ちょっとないな」
「うん……」
「焼くだけじゃなくて、どうにかやりようはあると思うんだけど」
「うーん」
しばしのあいだ、ふたりで思案する。
「──あ、こまかくさいて、ごまあぶらからめて、しおこしょうして、バンバンジーみたくするとおいしいとおもう」
「なにそれ美味そう」
母親に料理を習っているだけはある。
しかし、その料理法では、サラダチキンの最大の魅力である低脂質低カロリーという要素が失われてしまう。
「でも美味そう……」
「チキンあったら、すぐできるよ」
「頼めるか?」
「うん」
うにゅほが三分で作った棒々鶏は、ダイエットがどうでもよくなるくらい美味しかった。



2015年8月2日(日)

祭囃子。
喧騒。
家の前の公園で、今年も夏祭りが執り行われていた。
「♪~」
買えるだけ買ってきた焼き鳥を両手に、両親の寝室から公園を見下ろす。
「祭りだなー……」
「うん」
「浴衣じゃなくてよかったのか?」
「うん」
今日のうにゅほは、俺と同じ甚平姿である。
「やきとり、やきとりのぶた、やきそば、おでん!」
「今年は食べる気だな」
「うん」
うへーと笑う。
「太るぞー」
「やせた」
「……大丈夫か?」
「うん」
「夏バテ──じゃ、ないな。食欲あるし」
「だいじょぶ」
「簡単に痩せやがってこのやろう!」
「うひや、ひひゃはは!」
焼き鳥を横にくわえ、うにゅほの横っ腹をくすぐる。
細い。
贅肉はないけど、柔らかい。
「うひー……」
「盆踊りは六時からだったっけかな」
「うん」
「今年こそマスターするんだろ?」
去年の盆踊りは、突然の雨で中止になってしまったのだった。※1
「うーん……」
うにゅほが小首をかしげる。
「どした?」
「ことしは、いいかなって」
「──…………」
焼き鳥を一気に頬張り、うにゅほの額に手を当てる。
「……ねふはない、な」
「ないよー」
うにゅほが苦笑する。
「◯◯、いってたよね」
「?」
「いえのなかで、まつりのおときいてるの、すきだって」
「あー……」
言った気がする。
「だから、ことしはいいの」
「──……!」
あ、そうか。
そういうことか。
「……じゃ、今年は一緒にぼんやりしような」
「するー」
「ねむネコ抱くか?」
「だく」
「買ってきてほしいものあったら、買ってくるから」
「うん」
屋台の食べものを制覇したころ、盆踊りが始まった。
「ふぜいだねえ……」
「風情だなあ」
風情だ風情だと言い合いながら、ふたり窓から盆踊りを眺める。
打ち上げ花火でもあればよかったのだが、町内会の夏祭りでそれは高望みというものだろう。
今年の夏祭りも、楽しかった。

※1 2014年8月10日(日)参照



2015年8月3日(月)

「──…………」
疲れた。
本当に疲れた。
仕事とは言え、真夏の屋外を何時間も歩きまわるものではない。
「……だいじょぶ?」
「大丈夫……」
「ほんと?」
「たぶん……」
自信はないが。
「アイスたべる?」
「食べる」
「わかった」
意気揚々と自室を出たうにゅほが、肩を落として帰ってきた。
「なかった……」
「そっか」
残念だが、ないものは仕方ない。
「かってくる」
「いいよ、わざわざ」
「でも」
「ほら、ペプシが冷えてるから──」
自室の冷蔵庫を開ける。
「……切れてた」
「アイスかってくる」
「待て」
「でも……」
「夕方とは言え、この暑さだぞ」
「だいじょぶ」
うにゅほが力こぶを作ってみせる。
ないけど。
「……××は大丈夫でも、アイスはどうかな」
「?」
「歩いて行くと、溶けるんじゃないか」
「あっ」
「あとで一緒にコンビニ行こう」
「……うん」
うにゅほが目を伏せる。
「──…………」
悲しげなうにゅほの姿に、バリボリと髪の毛を掻きむしった。
あー、もう!
うにゅほが落ち込む理由なんか、ひとつもないのに。
「××」
「……?」
「疲れたから、マッサージ頼む」
「あ、うん……」
眼鏡を外し、タイルカーペットの上でうつ伏せになる。
「アイスとか、ジュースとか、そんなんは後でいいんだ」
「──…………」
「いまはもう、ほんと、動きたくないの」
「だいじょぶ……?」
「大丈夫じゃないから、マッサージしてくれ。そのあいだ寝てるから……」
「……わかった!」
うにゅほの声に張りが戻ったのを確認し、目を閉じる。
「あしもむね」
「あ゙ー……」
思わずおっさんくさい声が漏れた。
気持ちいい。
パンパンに腫れたふくらはぎから疲れが抜け落ちていき──

「──……はっ」
気がつくと、二十分ほど経過していた。
「あ、おきた」
「寝てた……」
「こしもむから、まだねてていいよ」
「ああ……──」
次に目を覚ましたのは一時間後だった。
うにゅほ式マッサージのリラックス効果、やばい。



2015年8月4日(火)

「あぢー……」
扇風機の前で体育座りをしながら天井を仰ぎ見ていたところ、うにゅほがそっと俺の背中を撫でた。
「ねこぜ」
「あー……」
「きょう、そんなあついかなあ」
「暑いって」
うにゅほが温湿度計を覗き込む。
「さんじゅうにど……」
「ほら」
「うん……」
「××は暑くないのか?」
「うーん」
うにゅほが小首をかしげる。
「あついけど、がまんできるあつさ」
「あんまり無理するなよ」
「うん」
「……リビング行くか」
「うん」
自室の扉を開くと、涼やかな空気がふわりと俺たちを包み込んだ。
「おわー……」
涼しい。
「すずしいねー」
「ああ」
ソファに倒れ込み、目を閉じる。
「ねる?」
「ちょっとだけ」
「じゃ、しずかにしてるね」
そうして、しばらくのあいだ、エアコンのある夏を堪能していたのだが、
「……あぢー」
「えっ」
「なんか暑い……」
「せっていおんど、さげる?」
「いや、肌寒いから……」
「……?」
うにゅほの頭上にハテナが浮かぶ。
「なんか、体の内側が熱いんだよ」
「うちがわ……」
「熱でもあんのかなあ」
「!」
うにゅほの背筋が伸びる。
「あの、あの、なにしたらいい?」
「落ち着け」
「おちつく!」
「落ち着け」
「でも、◯◯、かぜ──」
「咳もないし、鼻水も出ないし、風邪とは限らないって」
「そかな……」
わからんけど。
「とにかく、ねたほういいよ」
「ああ……」
両親が帰ってくるまでのあいだ、エアコンをきつくし、タオルケットにくるまって眠ることにした。
こうして日記を書いているいまも、両手がものすごく熱い。
どうにかならないものか。



2015年8月5日(水)

「──……、ん?」
目を覚ますと、そこは、リビングのソファの上だった。
記憶が判然としない。
あまりの暑さのためか、朦朧としたまま移動してきたらしい。
なかばほど寝ぼけたまま眼鏡を探していると、
「はい」
うにゅほが手渡してくれた。
「あんがと……」
「おはようございます」
「おはようございます……」
ぺこりと挨拶し、眼鏡を掛ける。
「……あれ、母さんは?」
「ともだちと、すいぞっかんいくって」
「水族館……」
おたる水族館だろうか。
「××は行かなかったのか?」
「うん」
「連れてってもらえばよかったのに」
水族館なんて、行ったことないだろうし。
「うーん……」
うにゅほが苦笑を浮かべる。
「でも、◯◯、しんぱいだったし」
「……俺が?」
心配かけるようなことなんて、あったっけ。
「ほら、てーあつい」
うにゅほのちいさな手のひらが、俺の右手を包み込む。
冷たい。
気持ちいい。
「たしかに昨日から熱いけど、心配するほどのことじゃ──」
「あとね、すごくね、うんうんいってたから」
「寝てるとき?」
「そう」
「あー……」
暑さでうなされていたのだろう。
「だからね、おこして、こっちつれてきたの」
「……××が、リビングまで連れてきてくれたのか」
「うん」
「──…………」
うにゅほの頭に左手を乗せ、優しく撫でる。
「♪」
「……なんか、ごめんな」
嬉しそうなうにゅほの姿に、罪悪感が込み上げてきた。
「?」
小首ををかしげる。
「だって、俺が心配かけなければ、水族館行けただろ」
「うーん……」
しばし思案し、うにゅほが言った。
「いかなかったとおもう」
「どうして?」
「だって、◯◯、ぐあいわるくなくても、いかなかったでしょ」
「まあ……」
なにが悲しくて母親やその友達と水族館に行かなければならないのだ。
「だからね、まーいっかって」
「──…………」
うにゅほの笑顔に心臓が高鳴った。
照れ隠しに、うにゅほのほっぺたを両手で挟む。
「ぶに」
「……そんじゃ、夏のうちに、一緒にどっか行こうな」
「うん!」
さて、どこへ連れて行こうか。
まだ行ったことのない場所がいいな。



2015年8月6日(木)

「──…………」
座椅子でくつろぎながらリューシカ・リューシカを読みふけっているうにゅほを液晶モニターに捉え、シャッターを切る。
パシャ!
「!」
慌てて顔を上げたうにゅほが、こちらの手元にあるものに気がついた。
「あ、カメラ!」
「デジカメです」
「え、え、かったの?」
「貰ったの」
新しいデジカメを買ったからと、友人がおさがりをくれたのだった。
「はい、笑って笑って」
「わ、だめ、とんないで、とんないで」
顔を伏せ、両手をこちらに突き出す様子に、本気の拒絶を嗅ぎ取った。
「わかった、撮らないよ」
「……ほんと?」
「俺も、写真撮られるの、あんま好きじゃないしな」
電源を切ると、レンズが引っ込んだ。
「──…………」
「……?」
小動物のようなしぐさで、うにゅほがこちらに近づいてきた。
デジカメが気になるらしい。
「……さわっていい?」
「はい」
デジカメの電源を再度入れ、うにゅほに手渡す。
「はー……」
「ここがシャッター」
パシャ!
「ぅおい!」
「うへへ」
シャッターの位置を教えた瞬間、撮られた。
「さっきのおかえし」
「……もう撮らないでくれよ?」
「うん」
こくりと頷く。
帽子癖バリバリだし、後で消しておこう。
「ねむネコとっていい?」
「いいよ」
パシャ!
「……ピント合ってるのか?」
まあ、いいか。
「たんすのぞうさん、とっていい?」
「なんでもいいよ、俺以外なら」
パシャ!
「うへー……」
とても楽しそうだ。
必要なとき以外は、うにゅほのおもちゃにしておこう。



2015年8月7日(金)

「あちー……」
「あついねえ……」
口では暑い暑いとぼやきつつも、真夏の暑気に慣れつつある自覚はあった。
「シャワー浴びてくる」
「いってらっしゃい」
シャワーを終えて冷凍庫を漁ると、ガリガリ君が切れていた。
三日前に買い置きしたばかりなのに、消費速度が半端ではない。
「……あ、ペプシも切らしてるんだっけ」
あとで買いに行こう。
こうなると、黙っていないのは、甘味の期待を裏切られた舌である。
「××、なんか甘いものない?」
「あまいの……」
しばし思案し、
「……たべものは、ないかも」
「食べものじゃないのは?」
「さとう」
「砂糖……」
熱中症対策に塩を舐めるのは聞いたことがあるが、砂糖はまた意味が違ってくる。
「あ、あめは?」
「飴かあ」
窓際に置いてあった南部せんべいの丸缶に目を向ける。
こう暑いと飴を舐める気にもなれないが、甘味に飢えているのは事実だ。
丸缶に手を入れ、キャンディ包みをひとつ取り出した。
純露だ。
純露なのだが、
「──……うわあ」
表面が白く変色し、包装の上からでもわかるほどべっとべとになっている。
溶けて固まって溶けて固まってを繰り返したらしい。
「……それ、たべれるの?」
「品質に問題はないと思うけど……」
べたべたの包装を開き、口に含む。
「……ふかふかしてる」
「ふかふか」
「芯のほうは固いんだけど、表面は柔らかい、というか」
「……?」
うにゅほが丸缶に手を突っ込み、純露をひとつ取り出した。
ぱく。
「あ、ふかふかだ」
「ふかふかだろ」
「あまい」
「そりゃな」
「……のどかわいた」
「うん……」
冷たい烏龍茶を飲みながら、純露をすこしずつ舐め溶かしていった。
真夏に純露は、合わない。



2015年8月8日(土)

「うーん……」
今日のぶんの日記を書こうとキーボードに向かったはいいが、いまいち内容がまとまらない。
「××」
「なにー?」
「今日ってなにしたっけ」
「なに……」
しばし思案し、
「ガリガリくんかいにいった……?」
「あー」
「れもんよーぐるとあじ、おいしいよね」
「なかに入ってるラムネがいいよな」
「うん」
「ガリガリ君買ってきて、ふたりで食べただろ」
「あ」
「なんかあった?」
「ガリガリくんたべてたら、◯◯のくちからちょっとちーでた」
「ああ……」
出たな、そういえば。
「ち、どこからでたんだろね」
「確かめるのはいいけど、いきなり舌引っ張るのはやめろよな」
「ごめんなさい」
「びっくりして軽く舌噛んじゃったよ」
「そのちかも」
「前後が逆だろ」
「うへー……」
本気で言ったのか、誤魔化したのか。
「そのあと、◯◯、ひるねしてた」
「あー」
土曜日とは言え、いまいちしまりのない生活である。
「俺が寝てるあいだ、××はなにしてたんだ?」
「うと」
うにゅほが恥ずかしそうに口を開く。
「ガリガリくん、もいっこたべた……」
「今日も暑かったもんなあ」
「うん」
「あんまり食べ過ぎると、おなか壊すから気をつけような」
「はい」
深々と頷く。
素直だ。
「──……ま、こんなもんかな」
たん、とエンターキーを押す。
「もういいの?」
「あとは寝るだけだし」
「そか」
「なんか書いといてほしいこと、あるか?」
「かいてほしいこと……」
小首をかしげ、
「あ、ペプシかいわすれないようにって」
「ああ……」
「きょうもわすれたから」
「わかった、書いとく」
「うん」
明日こそはペプシをダン箱で買ってきます。
忘れません。



2015年8月9日(日)

ペプシストロングゼロを二箱、忘れないうちに購入し、帰宅した。
「……すとろんぐぜろ」
「ああ」
「ペプシ、つよいぜろ」
「どっちかって言うと、ペプシストロングのゼロじゃないかな」
「ペプシネックス、もううってないの?」
「みたい」
「じゃー、なまえかわったんだ」
「名前だけじゃないだろ」
「あじかわんないよ?」
「まあ、うん、それは俺もそう思うけど」
ダンボール箱を開封し、ペットボトルを取り出して、冷蔵庫に入れていく。
「でも、炭酸は強くなってるみたいだぞ」
「すとろんぐだから?」
「ストロングだから」
「あんまかわんないとおもう……」
「たぶん、1.5Lのペットボトルで飲んでるからだろうな」
「……?」
「500mlなら口つけて飲むけど、1.5Lだとコップに注いで飲むだろ」
「あ、そか」
「それに、一気に飲み干せないから、保存してるあいだにまた炭酸が抜ける」
「いみないね」
「意味ないな」
ペプシネックスは好きだったので、味まで変わらなくてよかったと言えばよかったけれど。
「……それにしても、疲れた」
ばふ。
マットレスに倒れ込み、深呼吸する。
うにゅほの残り香。
「ふたはこいっきにもつから……」
「……いや、腕じゃなくて、なんか疲れが取れないんだよ」
「なつばて?」
「かなあ」
「アイスたべすぎ、かも」
「──…………」
否定できない。
「暑いの我慢するのと、我慢せずにアイス食べるのと、どっちがいいんだろうな」
「たぶん、まんなかくらい……」
もっともである。
うにゅほに頭を撫でてもらいながら、すこしのあいだ横になっていた。



2015年8月10日(月)

「だうー……」
疲れた。
目がチカチカする。
「おつかれさま」
安っぽい折りたたみの仕事机に突っ伏していると、うにゅほが頭を撫でてくれた。
「──…………」
安らぐ。
「ぐあいよくないんだから、しごと、あしたにしたらよかったのに」
「そういうわけにもな……」
真面目がゆえの発言ではない。
俺の仕事は、資格を必要とするほど専門性が高いわけではないが、代わりがいないたぐいのものである。
つまり、寝ていたところで仕事が減るわけではなく、今日のぶんがそのまま明日に加算されてしまうだけなのだ。
「××、膝枕」
「はい」
うにゅほがぽんぽんと自分の膝を叩く。
「はー……」
やわらかすぎず、固すぎず、うっすらと芯のある感触が心地よい。
これがあるから頑張れるというものだ。
「♪~」
うにゅほの開いている漫画が、ちょうど目隠しになっている。
意図的にそうしてくれているのだろう。
なにを読んでいるのかな。
近すぎてよく見えなかったので、意図的に焦点を合わせていく。
生徒会──
「……!」
ゾワリと背筋が粟立った。
「生徒会役員共……」
「うん」
言わずと知れた下ネタ漫画である。
うにゅほの手の届かない天井付近の本棚の奥に突っ込んでおいたはずなのに!
「……意味わかるんですか?」
「いみ?」
「そう」
「うーん」
うにゅほが小首をかしげ、
「しー、えむ、えぬ、えふって、なに?」
「CMNF……?」
わからん。
わからんが、ろくな意味でないことはわかる。
「……そのだな、あんまり意味がわからないなら、読まないほうが」
「わかるよ」
「わかるの?」
「わかる」
「本当に?」
「……わかるよ?」
よかった、あんまりわかってない反応だ。
「とにかく、あんまりオススメしないというか、なるべくなら読まないほうがいいというか」
「? わかった」
うにゅほが生徒会役員共5巻を閉じる。
あ、5巻までは読んだんだ。
そうなんだ。



2015年8月11日(火)

寝相が悪かったらしく、起きると右腕が痺れていた。
「うおー……」
ピリピリする。
だらりと下がった右腕の重さに驚きながら起き上がると、座椅子でくつろいでいたうにゅほと目が合った。
「あ、おはよー」
「おはよう」
「うで、どうかした?」
「いや、ちょっとな、動かなくて──」
ここまで口にしたところで、失言に気がついた。
「うご!」
慌てて立ち上がり、うにゅほが俺の右手に触れた。
感触がない。
「あの、だいじょぶ? だいじょぶ?」
「あー……」
なんと説明すればいいだろう。
「……××、正座は得意か?」
「にがて……」
「正座したら、足が痺れるよな」
「じりじりする……」
「それと同じことが、いま右腕に起こってるんだ」
「……?」
小首をかしげる。
「つまり、右腕を下にして寝てたらしくて──あ、ちょっと戻ってきた」
うにゅほの手のなかで、俺の指先がピクリと反応した。
「うごいた!」
「動いたな」
血の巡りつつある右手を持ち上げて、うにゅほの頬に添える。
ふにふに。
やわらかく張りのあるほっぺたの感触。
「……だいじょぶ?」
「大丈夫みたい」
「よかったー……」
無駄に心配を掛けてしまった。
数年に一度はこんなことがある。
気をつけようにもどう気をつければいいかわからないが、まあ、気をつけよう。



2015年8月12日(水)

「うー……」
昼寝から覚めると、うにゅほが自分の手の甲をつねっていた。
「さされたー……」
「蚊?」
「たぶん」
「掻かないようにしてるのか」
「うん……」
「ウナコーワは?」
「ぬった」
「見せてみな」
「うん」
差し出されたうにゅほの手を取る。
「てーあついね」
「そうか?」
手の甲を確認すると、ぽっちりと虫刺されの跡があった。
「うわ、痒そうだな」
「かゆいー」
「掻かないのは偉いな、うん」
「うへー……」
「ウナコーワ、もっかい塗るか」
「ぬって」
「はいはい」
デスクの上にあったウナコーワクールの蓋を外し、もろこしヘッドを患部に擦りつける。
さり、さり。
「ほー……」
うにゅほが気持ちよさそうに息をついた。
これ、掻いてるうちに入るのかな。
「はい、おしまい」
「うー」
うにゅほが不満げにに唸る。
「──…………」
さり、さり。
「はー……」
「終わり」
「もっと」
さり、さり。
「ふぃー……」
「今度こそ終わり」
「えー」
「いや、もう、手の甲びしょびしょだろ」
「うん……」
ティッシュを数枚ドローし、うにゅほの右手を拭ってやる。
「すこしはマシになったか?」
「ちょっと」
「涼しくない?」
「うーん?」
小首をかしげる。
「ふー」
虫刺されの後に息を吹きかけてみた。
「うひ」
「涼しい?」
「もっと、ふーってして」
甘えくさってからに。
「ふー」
「うしし」
しばらくのあいだ、言われるがままに、うにゅほの手の甲をふーふー吹いていた。



2015年8月13日(木)

先日、南部せんべいの丸缶に詰めてあった飴がべとべとに溶けるという事案が発生した。
事態を重く見た我々は、ちゃんとしたキャンディボックスを買うべく雑貨屋へと赴いたのだった。
「どんなのがいいかな」
「とりあえず、蓋付きの箱であれば……」
「こういうやつ?」
うにゅほが手に取ったのは、うちにあるものより一回りちいさくてオシャレなピンク色の丸缶だった。
「蓋はあるけど、根本的な解決になってない気がする」
「そかー」
「金属製じゃないほうがいいかな」
熱伝導率の低い材質のほうが、直射日光に強いはずである。
日陰に置いとけという意見もあるだろうが、ここでは黙殺する。
「じゃ、これ」
「竹カゴか」
悪くない。
「保留かな」
「うん」
うろうろと店内をまわるうち、小物入れのコーナーから離れたところまで来てしまった。
「ティッシュケース……」
関係なさそうだ。
そう結論づけ、きびすを返そうとした瞬間、
「あ!」
うにゅほが俺の背後を指さした。
「たからばこ!」
「宝箱?」
振り返る。
「宝箱だ……」
それは、宝箱を模したティッシュケースだった。
タグにあるからかろうじてティッシュケースだとわかるが、言われなければ本当にただの宝箱である。
「これいいね!」
「えーと……」
値段もサイズも手頃だし、これでいいか。
お買い上げである。

帰宅後、備蓄していた飴を根こそぎ宝箱に入れてみた。
「わあー……」
うにゅほがうっとりと声を上げる。
「あめ、たからものみたい……」
「確かに」
宝箱のなかでキラリと光る純露は、まるで琥珀のようだった。
「……なんか、思ったより、いいな」
「いいねー……」
良い買い物をした、かもしれない。

※1 2015年8月7日(金)参照



2015年8月14日(金)

今日は父方の墓参りへ行ってきた。
朝六時に出立し、夜の七時に帰宅するという強行軍で、家に辿り着くころには溜め息も出ないという有り様だった。
「──…………」
「──……」
「……疲れたな」
「……うん」
ぼす。
マットレスの上に倒れ込む。
無数のポケットコイルが、体重を優しく受け止めた。
「はー……」
うにゅほの残り香に包まれて、このまま溶けてしまいそうだ。
「──…………」
「──……」
もみもみ。
「……?」
ふくらはぎが気持ちいい。
上体を起こし、振り返ると、うにゅほが俺の足を揉んでくれていた。
「あし、ぱんぱん」
「座りっぱなしだったからな……」
「もともとふといのに」
「余計なお世話」
「わ!」
勢いをつけて反転し、うにゅほの肩に手を掛ける。
やわやわ。
「うひー」
「凝ってませんねえ……」
「くふぐったい」
「気持ちよくない?」
「きもちい」
気持ちいいことは気持ちいいらしい。
「……でも、いちばん疲れてるのって、ずっと運転してた父さんなんだよな」
「そだねー」
「俺なんかより、父さんにマッサージしてあげたら?」
「うん」
素直に頷き、うにゅほがリビングへと姿を消す。
十分後、
「おこづかいもらった」
千円札を手に戻ってきた。
さすが父親、娘に甘い。
「これで、みんなのアイスかおう」
「──…………」
まあ、甘いのも当然か。
ふたりでコンビニへ行き、ガリガリ君を買えるだけ買って帰宅した。



2015年8月15日(土)

「──……うはー」
玄関の壁にゲジがいた。
「ひ」
うにゅほが引き攣った声を上げる。
「き、きんちょーる……」
「いや、キンチョールはまずい」
「まずいの……」
「即死させないと、暴れて、えらいこと※1になる……」
「じゃ、じゃ、どうするの?」
「どうしよう……」
困った。
しかし、ゲジをなんとかしなければ、本屋へ行くことができない。
「──そうだ!」
妙案を思いついた。
「××、キンチョールを持ってきてくれ。あと、南部せんべいの丸缶と、タオル!」
「うと、えっと、きんちょーると、たおると、なに?」
「飴入れてた丸缶!」
丸缶でゲジを捕獲後、タオルで封をし、隙間からキンチョールを死ぬまで噴霧する。
完璧な作戦だ。
「俺はこいつを見張ってるから、頼む!」
「わ、わかった!」
きびすを返したうにゅほが、階段の途中で足を止める。
「……むちゃしないでね」
「しない。してって言ってもしない」
誰が無茶※2なんてするものか。
うにゅほの足音を肩越しに聞きながら、ひとりゲジと対峙する。
ああ、ゲジ。
どうしてお前は足が多いんだ。
なかば逃避がてらそんなことを考えていると、
「……なに騒いでんの?」
弟が部屋から顔を出した。
「いや、奴が」
「奴? ……あー、ゲジゲジか」
ティッシュを数枚ドローした弟が、あっという間にゲジを捕獲、圧殺し、ゴミ箱に捨てた。
「はい」
「──…………」
「……?」
「勇者よ……」
「勇者て」
「おーい、××! もういいぞ! 弟が退治してくれた!」
「ほんとー?」
「お、おい、大げさにするなって」
「ありがとう弟、ありがとう! 本屋に行ってきます!」
「ありがとー!」
「……行ってらっしゃい」
照れくさそうな弟に見送られ、玄関を出た。
ワンパンマン9巻とダンジョン飯2巻の半金は、請求しないことにした。

※1 ゴルフバッグが倒れたり冬靴が散乱したりした上にゲジを逃がすようなこと
※2 ゲジを手のひらで叩き潰したりすること



2015年8月16日(日)

仏壇におはぎが供えられていたので、手を合わせてからいただくことにした。
「六個あるから、三個もらおう」
「うん」
菜箸を持ってきて皿に取る。
ずしり。
「……重い」
「おもい?」
「なんか、すげーでかいぞ」
「ほんとだ……」
よく見ると、ひとつひとつがちいさめのおにぎりくらいある。
間違いなく市販のものではない。
「……二個にしとこう」
「うん」
「××、コップに牛乳いれて」
「はーい」
リビングへ戻り、再度手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
ばく。
大口を開け、おはぎを三分の一ほど頬張る。
「あが」
うにゅほが俺にならい、ちいさな口をめいっぱい広げ、おはぎにかぶりついた。
「あ、美味いな」
「ほんほら、ほのぼはもち、ほいひい」
「ほら、牛乳」
「──…………」
ごくん。
「ぼたもち、おいひいね」
「ぼたもちじゃなくて、おはぎだけどな」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「春はぼたもち、秋はおはぎ。季節によって名前が変わるんだ」
「いま、なつだよ?」
「暦の上では、もう秋だからなあ」
「なつとふゆは?」
「えーと、なんだっけ……」
顎を撫でさすりながら、記憶を掘り起こしていく。
「……たしか、夏が夜船で、冬が北窓だったかな」
「よふね、きたまど」
「意味は忘れた」
「へんなたべものだねえ」
「まあ、おはぎだろうがぼたもちだろうが、美味しければなんだっていいけどな」
「◯◯がいったのに」
「そうだけどさ」
おはぎを一個半も食べると、すっかり満腹になってしまった。
残り四個も誰が食べるんだろう。



2015年8月17日(月)

「あー……」
だるい。
仕事したくない。
「休み挟むと駄目だな……」
「だめなの?」
「だれる」
「だれるの」
「──……うがー」
仕事机に突っ伏し、うだうだする。
「××、元気出ることやってくれー」
「げんき……」
うにゅほに無茶振りしてみた。
「うと、あの、げんきー、でろー……」
「──…………」
「げんきー、でろー……」
「それ、あずまんが大王だっけ」
「うん」
「懐かしいなあ……」
「──…………」
「──……」
「げんきー、でろー……」
「──…………」
「げんきー、でない?」
「出ない」
「……こまった」
お手上げらしい。
「××、お前の実力はこの程度かー」
「う」
「もっと頑張るのだー」
「どしたらげんきでる?」
「自分で考えるのだー」
「ひんと」
「ごほうびをチラつかせるといいぞ」
「ごほうび……」
しばし思案し、
「……しごとおわったら、ひざまくらする?」
ぴく。
「ちょっとやる気出た」
「ちょっとかー……」
「もう一声」
「うと、しごとおわったら、うでまくらする……」
「──…………」
腕枕?
「どっちが?」
「わたしが」
「──…………」
「──……」
いいのか?
ちょっと倫理的にまずいんじゃないのか?
「……俺が、××に、腕枕するんじゃなくて?」
「ぎゃく」
「──…………」
「……?」
「よし、仕事しよう」
「あ、げんきでた」
仕事が終わったあと、うにゅほの腕が痺れるまで腕枕をしてもらった。
いい匂いがした。
新感覚だった。



2015年8月18日(火)

「──…………」
ふんふん。
「…………」
はー。
「──…………」
すんすん。
「……♪」
はー。
「××さん」
「はい」
「人の頭のにおい嗅ぐの、やめてもらっていいですかね……」
「えー」
「えーじゃなくて」
昨夜けだるくてシャワーを浴びなかったら、うにゅほの恰好のターゲットになってしまった。
「……そんなに臭いか?」
「うーん」
うにゅほが小首をかしげる。
「くさいと、くさくないの、あいだの、いいにおい」
「あー……」
わかる。
わかるけど、嗅ぐのと嗅がれるのとでは大違いである。
「あんまり嗅いでると、嗅ぎ返すぞ」
「かみ?」
「頭皮」
「うへー……」
どうして照れ笑いなんだよ。
「しかも、いまじゃないぞ」
「いつ?」
「××が風邪引いて、お風呂入れなかったときにだな」
「う」
「いいのか?」
「だめ……」
うにゅほが後じさる。
「──…………」
「──……」
見つめ合う。
「……ほんとにかぐ?」
「嗅がない嗅がない」
そこまでデリカシーに欠けてはいない。
「かがないの?」
「××が嫌がることはしないって」
「……ほんとにかがない?」
「もしかして、嗅いでほしいのか?」
「ほしくない、ほしくない」
ふるふると首を横に振る。
「……でも、かいでいいっていったら、◯◯のあたま、かいでいい?」
「──…………」
そんなに嗅ぎたいのか。
「あーもー、嗅げ嗅げ、好きに嗅げ」
「♪」
ふんふん、はー。
すんすん、はー。
頭頂部が吐息で湿りそうである。
「うへー……」
においフェチだ、この子。
知ってたけど。



2015年8月19日(水)

鉱物が好きだ。
複雑な色合いのビスマス結晶が好きだ。
もふもふしているオケナイトが好きだ。
アメジスト晶洞石を見かけたときなんて、ついつい値札を確認してしまう。
そのなかでも特に好きなのが──
「おうてっこ?」
「そう、黄鉄鉱の結晶」
うにゅほの手のひらの上で、白い岩盤に食い込んだ金色の立方体が輝いている。
ネットで見かけて衝動買いしてしまったのだった。
「……なんだこれって思ってる?」
「うん」
素直である。
「きれいな立方体だろ」
「さいころだ」
「これ、自然の状態でこうなんだぞ」
「しぜん……?」
「つまり、洞窟のなかとか歩いてたら、いきなりこれが生えてるわけだ」
「え!」
「不思議だろ?」
「ふしぎ……」
本当に生えてるかは知らないが、そう大きくは違わないだろう。
「はー……」
つんつん。
「いたい」
「カドつついたら、そりゃ痛いさ」
「すごいねえ……」
うっとりしている。
俺の趣味で買ったものだけど、気に入ってくれたようでよかった。
「ね」
「うん?」
「おうてっこ、いくらくらいしたの?」
「……そんなには高くないよ」
「いくら?」
「三千円……」
「さんぜんえん……」
うにゅほが目を閉じて思案する。
「……たかい、の?」
「鉱物としては安いほうだと思うけど……」
「さんぜんえんかー……」
「──…………」
本当は、送料込みで四千円である。
「どこかざる?」
「ジャスパーの隣でいいだろ」※1
「あ、そか」
本棚の一角が鉱物置き場のようになってきた。
もっといろいろ飾りたいなあ。

※1 2013年7月8日(月)参照



2015年8月20日(木)

突然の夕立に、慌てて自室の窓を閉める。
「うわー……」
「あめ、すごいね」
「うちのシャワーも、こんくらいの勢いがあればな」
「うん」
「──…………」
「──……」
目を閉じ、窓越しの雨音に聞き入ってみる。
よく熱したフライパンに水をぶち撒けたような轟音に混じり、かすかな音程が耳朶を打った。
「♪~」
うにゅほの、囁くような鼻歌だった。
「──あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれ、あーめ、あーめめー」
適当だった。
「あめあめふれふれ母さんが、だぞ」
「おかあさん?」
「母さんが」
「あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれ、おーかあーさんー」
「あーめあーめふーれふーれ、母さんがー」
「かーあさーんがー」
「蛇の目でおむかえ、嬉しいな」
「……じゃのめ?」
「和傘のことだな」
「わがさ」
「むかーしの傘」
「へえー」
うんうんと頷く。
「じゃーのめーで、おーむかーえ、うーれしーいなー」
「そうそう」
「ぴーち、ぴーち、じゃーぶ、じゃーぶ、ふん、ふん、ふん♪」
微妙に違う。
「……でも、いまの天気なら、チャプチャプよりジャブジャブかな」
「?」
「合ってるんだか間違ってるんだか」
「うん」
わかっていないのに頷くうにゅほである。
「××、かえるのうたは歌える?」
「うたえるよ」
「歌ってみて」
「かー、えー、るー、のー、うー、たー、がー」
「──……」
「きー、こー、えー、てー、くー、るー、よー」
「──……」
「ぐわ、ぐわ、ぐわ、ぐわ」
「──……」
「ぐわぐわぐわぐわ、ぐわ、ぐわ、ぐわ」
微妙に違う。
「ね」
「……まあ、うん」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
間違えているのもまた可愛いので、このままそっとしておこう。



2015年8月21日(金)

仕事が早く終わったので、うにゅほを使った実験をしてみることにした。
「──…………」
人差し指を立て、読書中のうにゅほに指先を近づけてみる。
「?」
あ、気づいた。
「──…………」
「──……」
指先を、じ、と見つめている。
なにかを考えているようだ。
「……?」
うにゅほが肩越しに振り返る。
背後になにもないことを確認したらしい。
「──…………」
「──……」
見つめ合う。
今度は、俺の意図を見極めようとしているようだ。
「──…………」
ぎゅ。
うにゅほが俺の指先を握り、小首をかしげた。
(これでいいの?)
と言わんばかりである。
「──…………」
しかし、実験は続く。
「……?」
ぐい。
うにゅほが俺の指を引っ張った。
そして、
「あむ」
「!」
食べられた。
指先が、熱く、柔らかく、たいへんぬめぬめしたものに包まれる。
「うっ」
気持ちいい。
あと、なんかエロい。
慌てて指を引き抜くと、ちゅぽん、という音が鳴った。
「かった」
「負けた……」
勝負になっていたらしい。
うにゅほに指先を拭ってもらいながら、次はどんな実験をしようかと思案にふけっていた。



2015年8月22日(土)

二日連続で仕事が早く終わったので、うにゅほを使った実験を続けることにした。
指を使った実験では敗北を喫してしまったので、
「──…………」
じー。
今度は、読書中のうにゅほを至近距離で見つめてみる。
「──…………」
じー。
「?」
あ、気づいた。
「──…………」
「…………」
見つめ合う。
「なにー?」
「──…………」
じー。
無言で見つめ続ける。
「……?」
うにゅほが背後を振り返るが、当然ながらなにもない。
「うと……」
戸惑いながら視線を逸らす。
「──…………」
じー。
「…………」
前髪をささっと整える。
「──…………」
じー。
「……うー」
据わりが悪そうに、おしりをもじもじし始めた。
「──…………」
じー。
「……!」
は、と顔を上げる。
「きのうとおなじ」
ようやくこちらの意図に気づいたようだ。
ふふふ。
これからどう動く?
「もー……」
うにゅほが、読んでいたダンジョン飯2巻をぱたんと閉じ、それで顔を隠した。
と、思ったら、
「えい」
ぺし。
表紙で額を叩かれた。
「はずかしいから、みないで」
「はい」
見ないでと言われてしまったので、実験は終了である。
当実験は嫌がらせを意図していないのだ。
「──…………」
「…………」
ふと気づくと、うにゅほの人差し指が眼前に突きつけられていた。
ぱく。
「うひや」
無言で指をくわえると、慌てて引き抜かれた。
「勝った」
「まけた……」
なんの勝負かはわからないが、とにかく一勝一敗である。



2015年8月23日(日)

「──さんじゅはち、さんじゅきゅ、よーんじゅ!」
「はー……」
肺の空気を絞り出しながら、べたんと床に倒れ込んだ。
二の腕がギリギリと痛む。
「うでたてすごいねえ」
「いや、凄くないから。普通の人はもっとできるから」
「でも、きょうさんかいめ」
「連続でできないぶん、セット数くらいは重ねないと……」
「わたしもできるかな」
「腕立て?」
「そう」
うにゅほが筋トレかあ。
うーん。
「……とりあえず、やってみるだけやってみたら?」
「うん」
タイルカーペットの上にうつ伏せに寝転がったうにゅほが、両手を突いて上体を起こす。
「手の位置は、肩幅より広く」
「はい!」
「ほら、おしり上げて」
「はい」
「上げすぎ」
「は、はい……」
「全身がまっすぐになるよう意識して」
「……は、」
べちゃ。
潰れた。
「──…………」
「──……」
「まだ腕立てしてないんだけど……」
「うん……」
「ちょっと休む?」
「……はい」
二分ほど休憩をとり、再度腕立て伏せに挑む。
「そう、まっすぐの姿勢をキープして」
「ふい……」
「肘を曲げていく」
「……!」
「肘を曲げていく!」
「──……」
「……どうした?」
「まげたらおちちゃう! まげたらおちちゃう!」
「そんなこと言ったって──」
「あ」
べちゃ。
落ちた。
「──…………」
「──……」
「うで、いたいー……」
腕立て伏せをしていないのに、筋肉痛になりそうなうにゅほだった。



2015年8月24日(月)

「おにいちゃん……」
「!」
は、と顔を上げる。
うにゅほと目が合った。
「──…………」
「──……」
気のせいか?
「おにーちゃん?」
「!!」
気のせいではなかった。
「何故いまさらそんな呼び方を……」
戸籍上は義理の兄妹に当たるのだから、不自然な呼称ではないはずだが、どうにも違和感しかない。
「へん?」
「変……」
「そうよんだら、◯◯、よろこぶって」
「誰が」
「おとうさん」
「クソオヤジ……」
ろくなことを教えやがらない。
「おにーちゃん」
「うっ」
背筋がムズムズする。
「おにーちゃん、うれしくない?」
「いや、まあ、新鮮ではあるんだが……」
うにゅほを妹だと思ったことがないからなあ。
「おにーちゃんて、よんだほういい?」
「──…………」
しばし思案し、
「……今までどおりでお願いします」
「はーい」
さして残念そうでもなく、うにゅほが素直に頷いた。
「あ、弟は喜ぶかもしれないぞ」
「おにーちゃんて?」
「そうそう」
「いってくる」
「行ってらっしゃい」
しばらくして、弟が部屋に駆け込んできた。
「──××に、おにいちゃんって呼ばれたんだけど!」
「よかったな」
「兄ちゃんだろ」
「元は父さんかな」
「あー……」
うんうんと頷く。
「嫌じゃないんだけど、ムズムズして駄目だわ」
同感である。
「所詮俺たちは、おにいちゃんの器ではなかったのだ」
「……兄ちゃんは、俺に、兄ちゃんって呼ばれてるじゃんか」
「一緒にするな」
「ひでえ」
そんなものである。



2015年8月25日(火)

「アジト」
「とら」
「ライオンキング」
「ぐー、ぐー、ぐみ」
「みたらし団子」
「ごまだんご」
きっかけは思い出せないが、なんとなくしりとりが始まってしまった。
「ゴミ」
「みそ」
「……そろそろやめない?」
「いいよ」
十分以上も続けていれば、さすがに飽きる。
「──…………」
「──……」
「むいー」
「スネ毛を引っ張るな」
「はい」
「……暇なの?」
「ひまなの」
「うーん……」
しばし思案し、
「しりとりならぬ、あたまとりでもやってみるか」
「あたまとり?」
「言葉の最初の一文字を取って、その文字が最後に来る言葉を探す」
「しりとりのぎゃくだ」
「だから、あたまとり」
「おもしろそう」
新たな遊びの予感に、うにゅほがわくわくしている。
「──じゃ、しりとりの〈し〉」
「しー、しー、うし!」
「魔法」
「うま!」
「……う、う、家宝?」
「しか!」
「──……歌詞」
「きんか」
「──…………」
つるりと顎を撫でる。
「吐息……」
「かろりーめいと」
「イカ」
「かい」
「豪華」
「たまご」
「──…………」
た?
「──……」
腕を組み、思案に暮れる。
「……板」
「たんい」
「た!」
やばい、あたまとり難しい。
「××、よく即答できるな……」
「?」
小首をかしげる。
「しりとりとかわんない」
「えっ」
絶句する。
「明らかにしりとりより難しいと思うんですが」
「そかな」
うにゅほの意外な才能が明らかになった。
「下駄!」
「きんぽうげ」
そんなん一瞬で出るか?
「駅!」
「ころもがえ」
二文字でしのぐ俺をあざ笑うかのように、普通の単語を返してくる。
完敗だった。
「……××、あたまとり強い」
「うへー」
うにゅほが照れ笑いを浮かべる。
「またやろうね」
「はいはい」
あたまとりの秘密特訓って、どうしたらいいんだろう。



2015年8月26日(水)

「◯◯、したいたい」
「舌?」
「いたいー……」
「見せてみな」
「ん」
うにゅほが、んべーと舌を出す。
たしかに、すこしだけ赤くなっている──ような。
「原因わかるか?」
「あめ……」
「飴?」
「しおサイダーあめ、ごこなめたら、いたくなった」
「シュワシュワするやつか」
「うん」
「舐めすぎるなとしか……」
「いはいー……」
つん。
「いひ」
指先でつつくと、うにゅほの舌が引っ込んだ。
「痛い?」
「──…………」
ふるふると首を横に振る。
痛みは一時的なもので、舌が傷ついているわけではなさそうだ。
「冷やしたらいいんじゃないかな」
「ひやす?」
「アイスを食べるなり、氷を舐めるなり」
「おー」
「アイス、もうないけどな」
「こおり!」
リビングへと姿を消したうにゅほが、ほんの一分ほどで戻ってきた。
「ひゅめはい」
冷たい、と言いたいのだろう。
「はい!」
差し出された右手に、ちいさめの氷が乗っかっていた。
「……俺の?」
「うん」
俺べつに舌とか痛くないんだけど。
まあいいか。
「あーんひて」
「はいはい」
口のなかに氷が入ってくる。
「あー、冷たい」
「つめふぁいねえ」
「あいうえお」
「ひゃいふえお」
うにゅほの口がちいさいのか、大きな氷を選んだのか。
両方かもしれない。
「舌、大丈夫か?」
「うん」
こくりと頷く。
「これに懲りたら、塩サイダー飴はなめすぎないように」
「ひちにち、なんほ?」
「……そんなに気に入ってるのか」
「おいふぃ」
「美味しいけどさあ」
だからって、舌が痛くなるほど舐めなくても。
「じゃ、一日一個な」
「えー」
「二個」
「……うーん」
「三個」
「ふぁい……」
「一気に舐めたら、また痛くするからな」
「──…………」
こくりと頷く。
うにゅほは約束を守れる子だから、これで大丈夫だろう。
お気に入りのようだし、買い足しておかねば。



2015年8月27日(木)

思うさま歯を削られて帰宅すると、うにゅほが塩サイダー飴の個包装を開けるところだった。
「何個目?」
「にこめー」
うへーと笑う。
「歯医者で嫌なこと聞いちゃった……」
「いやなこと?」
ぱく。
「んー!」
いままさに口のなかがシュワシュワしているであろううにゅほに、そっと告げる。
「……飴なめると、虫歯になりやすいんだって」
「──…………」
うにゅほが小首をかしげた。
「しってる」
「いや俺も知ってたけど、もっと具体的に聞いてしまったというか」
「ぐたいてき」
「砂糖を摂取すると虫歯ができやすい、というのは常識だよな」
「うん」
虫歯の原因であるミュータンス菌は、ショ糖、ブドウ糖、果糖などを栄養源として活動する。
「でも、同じ量の砂糖であっても、摂取の仕方によってなりやすさが異なる」
「なりやすさ……」
「10グラムの砂糖を摂取するとして、ジュースとして飲むのと、飴として舐めるのとでは、明らかに後者のほうが虫歯になりやすいらしいんだ」
「へえー」
「どうしてかわかるか?」
「──…………」
ふるふると首を横に振る。
「……砂糖が口のなかにある時間」
「あ」
「わかったか」
「わかった」
うんうんと頷く。
「ジュースは一瞬だけど、飴やガムは、下手すりゃ十分以上も口内にあるからな」
「むしばなるね……」
口のなかでコロコロと飴玉を転がしながら、うにゅほが同意する。
あんまり実感していないようだ。
「……ともかく、飴を舐めたあとは、うがいするなり歯を磨くなりしたほうがいいらしい」
「うん」
「そうでないと、金属製のドリルを口に突っ込まれて、ギャルギャル歯を削られる羽目になるぞ」
俺みたいに。
「う」
うにゅほが両手でほっぺたを包む。
想像してしまったようだ。
「……なめおわったら、はーみがく」
「それがいい」
不安げなうにゅほの頭を撫でる。
せっかく虫歯ゼロなのだから、そのままの君でいてほしい。
「あ、でも、むしばなったら、ぎんばになる?」
「場合による」
「そかー……」
何故か銀歯に憧れているうにゅほだった。



2015年8月28日(金)

友人と飲みに行き、終電で帰宅すると、午前一時に近かった。
玄関を開き、真っ暗な階段を手探りで上がっていく。
「──……?」
自室の扉から明かりが漏れていた。
待たずに寝てろといつも言っているのだが、ちゃんと寝ていた試しがない。
嬉しいような、申し訳ないような。
「ただいまー……」
「あ、おかえり!」
寝落ちしているかと思いきや、意外に元気だった。
「ごめんな、遅くなった」
「ううん」
ふるふると首を横に振る。
「おとうさんより、はやい」
「……そう言えば、今日は父さんも飲みだっけ」
飲みに行っては決まって朝方に帰ってくる父親と比べられたくはないが。
「それにしても、眠くないのか?」
「うん」
「珍しいな」
「うとね、◯◯でかけてからね、ちょっとねたの]
「……寝たの?」
「うん」
道理で元気なわけだ。
「じゃあ、なんかして遊ぶか」
「あたまとり!」
「またか……」
あれ以来、うにゅほはあたまとりがお気に入りである。※1
「でも、ちょっと待ってな。日記書いちゃうから」
「はい」
というわけで、さっさと今日のぶんの日記を完成させなければならない。
ちょっとうとうとしてるみたいだけど、大丈夫かな。
いま挑戦したら勝てるだろうか。
それもなあ。

※1 2015年8月25日(火)参照



2015年8月29日(土)

「──…………」
部屋の中央で大の字になって天井を見上げていると、
「んしょ」
うにゅほが俺の腕を枕にしてきた。
「うへー……」
嬉しそうだ。
「なにかんがえてたの?」
「……んー、いや、ぼーっとしてた」
「ふうん」
「天井を床だと思って、想像のなかでぺたぺた歩いてた」
「あ、おもしろそう」
面白いかどうかは知らないが、たまにする妄想だ。
「──…………」
「──……」
「ゆかに、えるいーでぃーあるね」
「丸いな」
「まるい」
「──…………」
「──……」
「ライトに気を取られてたら、ディスプレイに頭ぶつけるぞ」
「あぶない」
「……あ、でも、××の身長なら大丈夫かな」
「あたるとおもう」
「当たるか」
「うん」
「──…………」
「──……」
「……ゴミ箱の真下に来ると、帽子みたいだな」
「ふふ」
「××は髪長いから、扇風機の傍に行っちゃ駄目だぞ」
「……?」
「ほら、巻き込まれると大変だろ」
「とどかないとおもう」
「あれ?」
「あれー……」
「もしかして、××の想像のなかで、髪の毛って逆立ってない?」
「うん」
「なるほど」
「うん?」
「俺は、天井からぶら下がってるイメージだったけど、××は、自分だけ重力が逆になってるイメージなのかもな」
「そうかも」
「同じ想像でも、微妙に違うんだなあ」
「……おなじがいいな」
「じゃあ、俺も、重力逆転で想像しなおそう」
「うん」
そんなことを淡々と話していると、いつの間にかふたりとも寝入ってしまっていた。
腕は痺れたが、悪くない気分だった。



2015年8月30日(日)

友人と連れ立ってコストコへ行った。
日曜日のコストコは死ぬほど混雑していたが、めぼしいものもなかったので、30缶入りのドクターペッパーとビーフジャーキーのみを購入して帰宅した。
「どくたーぺっぱー」
「××、飲んだことなかったっけ」
「うん」
うにゅほがこくりと頷いた。
北海道ではまず見かけないからなあ。
「すこし癖あるけど、慣れたら美味しいぞ」
「そなんだ」
「まだぬるいけど、飲んでみるか?」
「うん」
カシュ!
爽やかな音を立ててプルタブが開く。
「──…………」
すんすん。
「……?」
すんすん。
「なんか、かいだことあるにおい」
「杏仁豆腐の匂いじゃないか」
「とうふ」
「ちなみに、味も杏仁豆腐だ」
「とうふ……」
うにゅほが恐る恐る缶を傾けていき、
くぴ。
「うぶ!」
慌てて顔から遠ざけた。
「うべえ……」
「駄目か」
まあ、合う合わないはあるからなあ。
「なにこれー……」
「ドクターペッパー」
「こしょうのあじしない……」
「あー、うん」
よくある勘違いである。
「……◯◯、これすきなの?」
「大好きってほどじゃないけど、好きなほうではある」
「ふうん……」
「飲めないなら俺が──」
「まって、まって」
くぴ。
「ぶ」
こくん。
「うー……」
くぴ。
「──…………」
こくん。
「……?」
くぴ。
「──…………」
こくん。
「……あれ、おいしい」
「マジか」
一回飲んで顔をしかめ、二回飲んで味が変わり、三回飲めば癖になる。
ドクターペッパーにまつわる言い伝えのようなものだが、これを地で行く人間を初めて見た。
くぴ。
「はー」
くぴくぴ。
「……けぷ」
うにゅほがちいさくげっぷをする。
「──…………」
俺も飲みたくなってきた。
幸い、ドクターペッパーはまだまだある。
ビーフジャーキーを開封し、ふたりでアメリカンな宴を開くのだった。




2015年8月31日(月)

うにゅほが、袖はあるけど肩が出る服を着ていた。
「あ、袖はあるけど肩が出る服だ」
「うん」
「可愛いよな、これ」
「うへー……」
照れ笑いを浮かべる。
「こういう服って、なんて呼ぶんだろうな」
「うと、そであるけど、かたがでるふく……」
「さすがに正式名称じゃないだろ」
「そか」
〈肩が出る服〉で検索すると、オフショルダーと呼ばれるたぐいのファッションであることがわかった。
「おふ、しょるだー」
「オフショルダー」
「なんていみ?」
「ショルダーが肩だから、肩の部分に布がない服──みたいな意味じゃないかな」
「ほー」
「──…………」
「──……」
す。
指で肩紐をずらしてみた。
「おー……」
「?」
「なんかセクシーだぞ」
「せくしー」
「ああ」
「こっちもずらしたら、もっとせくしー?」
す。
うにゅほが両方の肩紐をずらす。
「うーん……」
「どう?」
「いや、なんだろう、片方のほうがセクシーだったな」
「そなの?」
「ああ」
「へんなの」
どうしてかわからないが、そういうものらしい。
「よし、肩を揉んであげよう」
「わー」
もみもみ。
「お客さん、凝ってませんねえ」
「こってませんかー」
「終わったら、俺もマッサージしてくれな」
「うん」
意味もなく肩を揉み合った月曜日の午後だった。

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