>> 2014年1月




2014年1月1日(水)

雑煮を食べたあと、することがなくなった。
「しょっきあらう」
「あー、後でいい後でいい」
「?」
「元日は働いちゃ駄目なの」
「そうなの」
「だから、不本意だけど全力でだらだらするのだ」
ごろん、とその場で横になる。
うにゅほが腰を下ろしたので、その膝に頭を乗せた。
お笑い芸人を餅と煮しめたような番組を眺めていると、なんだか眠くなってきて、しばらくうとうとしてしまった。
「……なんか、甘いもの食べたいな」
「くろまめあるよ」
「黒豆は黒豆でいいけど、チョコとかクリームとかそういうの」
「たべたいね」
「コンビニ行くか」
「うん」
近所のローソンでロールケーキとたけのこの里を購入し、車に戻る。
「おしょうがつなのに、はたらいてる」
「コンビニは年中無休だからなあ」
「たいへん」
「そのおかげで、たけのこの里が食べられるわけだ」
「うん」
正月太りが気になるが、元日ばかりは考えないことにしよう。
テレビを見ながらおやつを食べて、梅酒を軽く引っ掛けて、のんびり談笑していると、いつしか日が暮れていた。
「……なんか忘れてる気がする」
「なに?」
「なんだろう、正月、正月──……あっ」
そうだ、うにゅほにお年玉をあげていない。
ポチ袋などという気の利いたものはないので、茶封筒に三千円ほど入れてみる。
「──…………」
お年玉、などと書いてみる。
「──…………」
どこか致命的に間違っている気がする。
仕方がないので、四つ折りにしてそのまま渡すことにした。
「わ、ありがとう!」
「父さん母さんからは貰ったのか?」
「うん」
「婆ちゃんからは?」
「もらったよ」
「弟は?」
「もらってない」
だろうなあ。
そもそも風邪で臥せっているので、そんな余裕もないだろう。
だらけていても、体調管理は大切である。



2014年1月2日(木)

両親が、母方の実家に帰省した。
本当は家族で行く予定だったのだが、体調を崩した弟を置いていくのも忍びないので、俺が残ることになった。
俺が残ると、自動的にうにゅほも残る。
ひっそりとした家のなかで穏やかに過ごすのもいいだろう、と思った。
「……こう、ぼけーっとテレビ見てるとさ」
「うん」
「飽きてくるな」
「あはは」
弟は部屋で寝ているし、いまいちやることがない。
「どんじゃらは?」
「ふたりで?」
サンマならともかく、いくらなんでも無理があるだろう。
「はなふだ」
「……えー、と」
オイチョカブは無理でも、こいこいなら可能だ。
しかし、こいこいのルールをよく覚えていないのだった。
「うーん……」
いくら頭をひねっても、ふたりでできる正月らしい遊びは思い浮かばない。
「あ、そうだ」
「?」
「今年のカレンダー、まだ飾ってないや」
不必要に溢れている企業カレンダーのなかから、ひとつを選んで部屋に飾るのが毎年の恒例である。
去年は犬のカレンダーだったが、今年はどうだろう。
「どんなカレンダーあるか、見た?」
「──…………」
ふるふると首を振る。
「じゃあ、ふたりで選ぶか」
「うん」
行き場のないカレンダー置き場から、いくつか適当に見繕い、開いてみる。
「三ヶ月カレンダーか……」
シンプルで悪くないが、縦に長すぎて使いづらそうだ。
「そっちは?」
「くら」
「蔵?」
「くら、カレンダー」
うにゅほの手元に視線を下ろす。
「蔵だ……」
歴史を感じさせる古い蔵の写真がいくつも連なっていた。
こういう突き抜けたコンセプトのカレンダーは嫌いじゃないのだが、
「ちょっと大きすぎるな」
「うん」
俺たちの部屋は、本棚に壁を埋め尽くされているためか、カレンダーを飾るスペースが極端に少ない。
「あとは、野鳥のカレンダーと、風景写真くらいかな」
「とりかわいい」
「可愛いけど、これ老人のセンスだと思う……」
全体的に明朝体だし。
「なんか七月だけ急にトンボだ、これ」
「わあ!」
いくつかのカレンダーをソファに並べ、思案する。
「どれがいいかな」
「うーん」
「他にもうないの?」
「まって」
うにゅほがカレンダー置き場をごそごそと漁る。
「いっこあった」
その手に、包装用ビニールの変色した小汚いカレンダーがあった。
「……なんか古いな」
「ホコリついてる」
「去年のやつだったりして」
開くと、2011年と書いてあった。
捨てろよ。
結局、無難に風景写真のカレンダーを飾ることにした。
野鳥のカレンダーの敗因は、やはり唐突なトンボであると言えよう。



2014年1月3日(金)

「──…………」
ずび。
鼻をすする。
「かぜ?」
「弟のが伝染ったのかな」
こころなしか喉も痛いが、こちらは酒焼けかもしれない。
おとそ気分でがぶがぶ飲んでいれば、それは粘膜もやられるだろう。
まずいなあ、と思っていると、従兄が子連れで新年の挨拶にやってきた。
「あ、思い出した」
「?」
「母さんに、お年玉あげておいてって頼まれたんだった」
冷蔵庫の上を探ると、千円札の入ったポチ袋があった。
四歳児ならコインのほうが喜ぶと思うのだが、まあいい。
そんなことよりポチ袋があるのなら教えておいてほしかった。※1
「伝染すと悪いから、××があげてきてくれ」
ポチ袋を渡す。
「いいの?」
「いいよ」
ポチ袋を胸に抱き、そろそろと子供に近づいていく。
「あの」
「?」
子供がうにゅほを見上げる。
「はい……」
うにゅほが、す、とポチ袋を差し出した。
「××、あけましておめでとう、あけましておめでとう」
「あ、あけまして、おめでとう」
子供がポチ袋を受け取り、
「あけまして、おめれと」
ぺこりと頭を下げた。
「!」
うにゅほの何かが射抜かれる音を聞いた気がした。
「──…………」
なでなで。
「?」
なでなで。
「──……♪」
なでなでなでなで。
無心に撫で続けている。
「あんまり撫でるとハゲるんじゃないか」
「!!」
うにゅほが慌ててこちらを振り向いた。
しかし、視線が絡まない。
うにゅほが見つめているのは、俺の頭だった。
そういう意味じゃない。
「円形脱毛症はもう治っただろ!」
一笑い起きたので良しとしよう。
うにゅほが子供と遊ぶさまを、しばらく眺めていた。

※1 2014年1月1日(水)参照



2014年1月4日(土)

「いいカレンダーあって、よかったな」
「うん」
風景写真のカレンダーがどうにも味気ない気がして、近所の本屋へと赴いたのだった。
「ねこカレンダー」
にひ、と声が漏れそうな笑顔で、うにゅほが青い袋を抱いた。
「──…………」
「♪」
「××、猫ってどう鳴くんだっけ」
「?」
「猫」
「にゃあ?」
「よし」
満足した。
店外に出ると、百円の自販機があった。
「寒いし、なにか飲むか」
「うん」
「なにがいい?」
「うーん、ココア?」
「俺は缶ポタかな」
車に戻り、プルタブを開く。
「◯◯、かんぽたすきだね」
「冬はココアと缶ポタの二択だろう」
ずず、と中身をすする。
「でも、つぶたっぷりしかないのは不満かな」
「つぶきらい?」
「嫌いじゃないけど、いらない。全部飲めないと気持ち悪いし」
「わたし、つぶすきだよ」
「じゃあ、つぶだけ飲むか?」
「いいの?」
冗談のつもりだったんだけど。
ポタージュをすべて飲んでしまうのは憚られたので、三分の一ほど残してうにゅほに缶を譲った。
「美味しいか?」
「うん」
つぶ濃度が三倍になったようなものだから、つぶ好きにはたまらないのかもしれない。
「──……あれ?」
うにゅほって、つぶの入った飲み物苦手じゃなかったっけ。
いつの間に大丈夫になったのだろうか。
やがて、
「あー……」
車の天井を仰ぎながら、缶の底を叩きはじめた。
「最後のひとつぶか」
「ではい」
「それが嫌なんだよなあ……」
独りごちる。
「あっ」
しばらく缶の底を叩くうち、ぽんと中身が出たようだった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
つぶは今後うにゅほに処理してもらうとして、そもそも入っていない缶ポタが欲しい今日この頃である。



2014年1月5日(日)

着回しているパジャマの一着がくたくたになってしまったので、洋服ダンスを漁ってみた。
「あ、冬用っぽいの出てきた」
「どれ?」
「これ」
トレーナータイプの紺色のパジャマである。
「丸首は苦手なんだけど……」
「そなの?」
「首が締め付けられる気がして」
「ふうん……」
「首、太いのかな」
「ふとくないとおもう」
冬用のパジャマが他に見当たらない以上、これを着るより道はない。
さすがに甚平は自殺行為だろうし。
「とりあえず着てみたけど──……」
姿見の前に立つ。
「なんか、異常にでかいんだけど」
「ほんとだ」
うにゅほが背後に忍び寄る。
ぺら。
「めくるな」
もぞ。
「もぐるな」
「はいれる」
「入らなくていいから」
うにゅほを締め出した。
「なんか、マツコ・デラックスの衣装みたいだ」
「ぷふ」
「まだツボなのか」
「いきなりだったんだもん」
最近は、テレビで見かけてもあまり笑わなくなっていたのだが、不意を突かれると弱いらしい。
「ちょっと、首のサイズのとこ見てくれるか?」
その場に屈む。
「えーと、さんえる」
「マジか」
俺の適正サイズはLなので、ふたつも上ということになる。
「なんでこんなサイズのパジャマが……」
「うーん」
しばし黙考するが、答えは出なかった。
「着れなくはないけど、あんまりでかすぎるな。
 今日は我慢して、明日新しいパジャマを買ってこよう」
「いっしょにえらんでいい?」
「──…………」
逡巡する。
「だめ?」
「いや、変なのじゃなければ、うん」
ピンクとかハートとかミッキーマウスとかじゃなければ、なんだっていいや。



2014年1月6日(月)

昨夜のことである。
「うー……」
ストーブを慌てて点けなおす。
「最近、ほんと寒いな」
「うん」
ストーブの電源が落ちてからの室温が急降下すぎて逆に笑えてくる。
「寒くて寝付けないときもあるし……」
「あるの?」
「あるよ」
うにゅほはないらしい。
「あ、これいいよ」
うにゅほが布団のなかから取り出したものは、以前ホームセンターで購入したふかふかもちもちのクッションだった。※1
たまに消えると思ったら、うにゅほの抱きまくらにされていたらしい。
「これすごいあったかい」
「ほう」
たぶん、熱を逃しにくい素材なのだろう。
「貸してくれるのか」
「うん」
「んじゃ、とりあえず今夜だけ……」
深夜、うにゅほのクッションを抱いて、寝台代わりのソファに横たわった。
実を言うと、抱きまくら的なものを使うのは初めてである。
とりあえず布団と胸のあいだにクッションを押し込み、軽く手を添えて眠ることにした。
「──…………」
一時間後、嫌な夢を見て目を覚ました。
足先はひどく冷たいのに、胸だけが地獄のように暑く、重い。
まさか「暑苦しくて起きる」という経験を真冬にできるとは思わなかった。
なるほど、密着さえしなければ、湯たんぽ代わりの優れた暖房器具と言えるかもしれない。
保温性抜群である。
「──…………」
しかし、狭いソファの上で密着せずに寝ることは難しい。
うすら寝ボケた頭でしばし考えた結果、クッションを足元へと追いやることにした。
翌朝、うにゅほが俺に尋ねた。
「クッションあったかかった?」
「あー、うん、足が──」
「あし?」
「いや、あったかかったよ」
「そか」
うにゅほがクッションを抱き締めた。
いやべつに言ってもよかったんだけど、なんとなく。

※1 2013年11月24日(日)参照



2014年1月7日(火)

夢を見た。
「──…………」
寝台代わりのソファに寝そべったまま、天井を見上げる。
夢、だよな。
眼鏡を掛け、立ち上がった。
「あ、おはよー」
「おはよう」
挨拶もそこそこに、仕事用の定規を手に取る。
そして、天井を軽く突いた。
「どしたの?」
「あー……」
軽く落胆し、答える。
「本当に夢だったのかな、と思って」
「どんなゆめ?」
「……大した夢じゃないんだけど」
と前置きし、
「屋根裏部屋がある夢」
「やねうらべや」
「たぶん、憧れてるんだろうなあ……」
天井からハシゴを下ろし、内装を剥ぎ取ったような無骨な屋根裏部屋を散策する。
屋根裏の散歩者。
そういった夢を、よく見る。
「たぶん、子供のころ従姉妹んちの屋根裏部屋で遊んだのが原因なんだろうな」
「いとこんち?」
「千歳の」
「え、あるの?」
「あれ、教えなかったっけ」
「しらない」
「じゃあ、今度行ったとき、上がれるように頼んでやる」
「うん!」
うにゅほがわくわくと笑みを浮かべた。
「××は、よく見る夢とかってないのか?」
「よくみるゆめ……」
天井を仰ぎ、思案する。
「うーと……」
「いや、ないならないでいいけど」
「ううん、みる」
「へえ──」
どんな夢かと問う前に、うにゅほが答えた。
「コロのゆめ」
「ああ……」
一年前に死んだ愛犬の姿が脳裏をよぎる。
「俺も、たまに見る」
「うん」
「──…………」
「──…………」
なんだか朝からしんみりしてしまった。



2014年1月8日(水)

「──…………」
自室の扉を開くと、うにゅほが背伸びしていた。
「ぬいぐるみ取りたいのか?」
洋服ダンスの上に飾ってあるぬいぐるみは、俺の帽子掛けと化している。
久し振りに抱き心地を確かめたいのかと思った。
「え……」
ふるふると首を横に振る。
「違うのか」
「あの、ぼうし……」
「帽子?」
ぬいぐるみのニット帽を脱がし、うにゅほに手渡した。
「なんだ、かぶってみたかったのか」
「うん」
「ぼんぼんのついたやつは、もう子供っぽくて嫌だ?」
「ちがくて」
首を振る。
「◯◯とおなじの、かぶってみたいな……って」
うにゅほが遠慮がちにそう答えた。
「言ってくれればよかったのに……」
そんなの、わがままに入らない。
「余ってるのあるから、ひとつやるよ」
「いいの?」
「ああ」
洋服ダンスの一番下を探る。
「これどうだ?」
ダークブラウンのニット帽をうにゅほに手渡した。
「裏地が起毛になってるから、あったかいぞ。夏は地獄だと思うけど」
「わ」
うにゅほがニット帽を裏返し、頬ずりする。
「やわらかい」
「ふかふかだろ」
「ありがとう!」
うにゅほが嬉しいと、俺も嬉しい。
「あ、そうだ」
「?」
「そのままだとすこし地味だから、缶バッジでもつけるか」
「◯◯、あたらしいやつにつけたやつ?」
「あれはピンバッジ。缶バッジは丸いやつ」
「ほー」
「そんなに種類はないんだけど──」
子供のころに集めていたものが、まだ残っているはず。
「──あった!」
本棚の下の段から、缶バッジの留められた赤い布を見つけ出した。
「それにしても、ろくなのがないな……」
ドラえもん、ドラミちゃん、ホワッツマイケル、グリコを愛する謎のおじさん(大、小)、ジキニンと書かれた黄色い忍者──
「よし、やめよう」
「ドラえもんある」
「このなかでは比較的マシなほうと思うが……」
うにゅほの年齢で、ドラえもんの缶バッジを身に着けるのはどうだろう。
「せめてこの酔い潰れたスマイルマークみたいのにしない?」
「うん」
これならオシャレと言い張れなくもない。
「にあう?」
「ああ、似合う」
「あったかい」
「耳まで隠せよ」
うにゅほが姿見の前で帽子の位置を調整している。
気に入ってくれたようで、よかった。



2014年1月9日(木)

いつものように朝から惰眠を貪っていると、携帯のコール音に叩き起こされた。
「──……あ、うん、わかった」
通話を切り、もそもそと起き上がる。
「でんわ?」
「仕事、外回りだって」
「ふぶいてる」
「向こうは晴れてるんだってさ」
ここで言う外回りとは、文字通り屋外で行う作業のことである。
心の底からノーと叫びたいが、アルバイト扱いとは言え給料をもらっている以上文句は言えない。
「……うわ、-6℃かよ」
天気アプリを終了し、iPhoneをポケットに仕舞う。
「だいじょぶ……?」
うにゅほが不安そうに俺を見上げる。
情けないところばかり見せてしまっただろうか。
「まあ、ツナギ着込めば大丈夫だろ」
うにゅほの髪に手を添えて、そう答えた。
「あっ」
「?」
「ちょっとまってね」
うにゅほが衣装ケースを開く。
「これ、きのうの!」
その手には、うにゅほにあげたばかりのニット帽があった。
「これかしたげる。あったかいの」
「あー……、うん」
なんだか、プレゼントを突き返されたような。
うにゅほがそんなつもりじゃないことはわかっているんだけども。
「ありがとうな」
「うん」
視線に急かされてニット帽をかぶる。
裏地が起毛素材だけあって、氷点下に耐えられるほど暖かい。
「──…………」
一昨日まではただの帽子だったのに、うにゅほが貸してくれたものだと思うと、ほんのすこし熱を帯びているように感じられた。
「んじゃ、行ってくる」
「かぜ、きーつけてね」
「ああ」
「てぶくろしてね」
「ああ」
「ころんだらあぶないよ」
「行ってきます」
たかだか雪道を歩くくらいのことで、うにゅほは心配性である。
嬉しいけど。



2014年1月10日(金)

「なんだこれ」
部屋に戻ると加湿器があった。
もらったはいいものの置き場所に困った母親が、とりあえず持ち込んだものらしい。
「なんか……けむりでてる……」
「ああ、水蒸気だから大丈夫だよ」
「すいじょうき」
「目に見えないほどちっちゃな水滴のこと」
「へえー」
「下のほう熱いから触るなよ」
「はい」
うにゅほが湯気の上で軽く手を振る。
「あ、てーぬれた」
「だろ」
「これあると、どうなるの?」
「部屋の湿度が上がる」
「しつどあがると、どうなるの?」
「──…………」
調べてみた。
「えーと、喉の乾燥を防ぐんだって」
「◯◯のどかわくから、いいね」
俺の場合、湿度とは関係ない気がするけど。
「あとは?」
「肌の乾燥を防ぐ」
「……はだ、かんそう?」
「うん、これは俺もよくわからない」
とりあえず、俺たちには関係のないことらしい。
「あとは?」
「えー……、と」
「おわり?」
「湿度が高すぎると、部屋がカビる──」
「──…………」
「かも?」
「──…………」
うにゅほが無言で加湿器の電源を切った。
どうしよう、これ。



2014年1月11日(土)

「──というわけで、湿度計を買ってきました」
「あけていい?」
「いいよ」
エンペックス製のアナログ温湿度計、1,980円である。
もうすこし安物でも構わなかったのだが、これしか売ってなかったんだもん。
「これ、うえがおんど?」
「そう。上が温度計、下が湿度計」
「へえー」
うにゅほが温湿度計をつんつんとつつく。
「じゅうきゅうど、だって」
「ちょっと涼しいかな」
「さんじゅっぱーせんと、だって」
「ちょっと乾いてるかも」
「そなの?」
「快適な湿度は、40%から70%のあいだと言われている」
「ほー」
「らしい」
ネットの受け売りである。
「ともあれ、この部屋は乾いている。
 ××、加湿器の準備だ!」
「!」
ぽち。
うにゅほが加湿器の電源を押す。
「──…………」
しばらくして、湯気が立ち昇った。
「さんじゅっぱーせんと」
「そんなすぐ上がらないって」
「──…………」
うにゅほが部屋をうろうろする。
ちら。
ソファに座り、足をぱたぱたさせる。
ちら。
カピバラさんをギュウギュウに締め上げる。
ちら。
「ね、ね、さんじゅうごぱーせんと!」
「上がるもんだな」
「あ、ちがう、さんじゅうよんぱーせんとだ……」
どっちでもいい。
うにゅほがはしゃぐ姿に苦笑しながら、それだけで1,980円の価値はあるような気がした。



2014年1月12日(日)

「兄ちゃん兄ちゃん」
洗面所で寝癖を整えていると、弟が俺を手招いた。
「誕生日おめでとう」
そう言って差し出されたものは、3DSのメタルマックス4だった。
「おお!」
買おうかどうか迷っていたゲームだ。
今日が誕生日であることは思い出したくなかったが、プレゼントは素直に嬉しい。
「マジでありがとうな」
「いえいえ」
「──…………」
す、と視線をずらす。
うにゅほと目が合った。
「う」
期待しているわけではない。
なにかプレゼントしてくれることは間違いないのだが、うにゅほは如何せん優柔不断である。
今年も誕生日プレゼントチケットかな、と苦笑しかけたとき、※1
「……ごめんなさい」
うにゅほが謝った。
「なにが?」
本当にわからない。
「まにあわなかった」
誕生日に、ということだろうか。
「べつに、今年もチケットでいいんだぞ。急ぐもんじゃないし」
「ちがくて」
ふるふると首を横に振る。
「プレゼントきまってるの」
「あ、そうなんだ」
手作りなのかな。
「でも、いいのみっかんなかった……」
違った。
最近、母親の買い物に付き合うことが多かったようだから、そのとき密かに探していたのだろう。
「そっか。なに──」
「?」
なにをくれるつもりなのか。
そう尋ねようとして、慌てて口をつぐんだ。
あまりに無粋だし、うにゅほはうにゅほでつるんと口を滑らせかねない。
楽しみはそのときに取っておくべきだろう。
「……なんだかよくわからないけど、期待しとく」
「うん」
さて、なにが来るだろう。
実用品か、コレクターズアイテムか。
図書カードをここで活用し、広辞苑だの大辞林だのをえっちらおっちら買ってくる気かもしれない。
それがなんであるにしろ、ひとつだけわかっていることがある。
俺は、間違いなく喜ぶのだ。

※1 2013年1月13日(日)参照



2014年1月13日(月)

「──……ぷぁ!」
玄関の上がり框に腰掛け、マフラーを緩める。
「寒いのはいいけど、こう吹雪が続いちゃかなわんな……」
「ふー……、うん」
うにゅほが隣に腰を下ろし、深く息を吐いた。
雪かきはまだ終わっていない。
ただの小休止である。
「でも、うんどうになる」
「前向きだなあ」
雪かきの必要がなければ家でごろごろしていることは事実である。
だって寒いもん。
「そうだ、帽子はあったかい?」
うにゅほにおさがりした冬用のニット帽を指でつつく。
「あったかい!」
「そうかそうか」
裏地が起毛で耳まで隠れるから、雪かきには最適だろう。
「てぶくろもあったかいね」
「買ってよかったなあ」
雪かき専用に、デザイン度外視のごつい手袋を二組購入したのである。
分厚く、滑らず、指の動きを阻害しない。
安価だが、機能としてこれ以上のものはないだろう。
「そして、この防寒ツナギと作業服──」
これだけの装備があれば、-20℃でも戦える。
「……しかし、なんだろう、この虚しさは」
「むなしい?」
「防寒という面では同じなのに、スキー用品を買い揃えるときのワクワク感とはまったく逆の……」
ああ、うまく表現できない。
「スキーやったことない」
「行きたいか?」
行きたいというなら、やぶさかではないが。
「うーと……」
しばし思案し、
「いい」
ふるふると首を横に振った。
「スキー用品ならレンタルできるから、そこは気にしなくていいぞ」
「ちがくて」
うにゅほが眉根を寄せ、言葉を探す。
「スキーは、やま」
「ああ」
「やまは、さか」
「そうだな」
「さか、すべる」
「滑るよ」
「あぶない」
「そういうスポーツだよ」
「……こわい」
なるほど、わかりやすい。
「まあ、無理にってわけじゃないし──」
のそりと腰を上げる。
「……ウインタースポーツなら間に合ってるしな」
「うん」
身支度を整え、雪かきの続きに取り掛かった。



2014年1月14日(火)

「××、図書館行くけど」
「いく」
漫画を置き、うにゅほが立ち上がる。
「ふぶいてる」
「吹雪いてるけど、返却期限過ぎてるからな……」
こたつがあれば真冬でも読書が捗るのだけど。
マフラーを巻き、ジャケットを着込み、両手を擦り合わせながら車に乗り込む。
「ひゃー」
「風、すごいな」
「ゆきかき?」
「いや、地吹雪だから大丈夫だろ」
たぶん。
そう自分に言い聞かせながら、アクセルを踏んだ。
市立図書館は、市役所付近の空白地帯に建てられている。
雪原にぽつんと建つ銀色の建造物。
見ようによっては幻想的な光景かもしれない、が──
「見えない」
「わー!」
「なにも見えない……」
強風によって吹き上げられた粉雪が世界を白く染め上げている。
それでも、視界はゼロではない。
十数メートル先のものなら辛うじて見えるだろう。
十数メートル以内に標識以外のなにかがあれば、だけど。
「みえないねえ」
「見えない」
「どうしよう」
「いや、ふつうに走るよ」
一本道なのだから、道幅にさえ気をつければ問題はない。
対向車が来ればさすがに気がつくし。
「──…………」
道民だなあ。
しみじみするうち、図書館に辿り着いた。
「あれ?」
様子がおかしい。
「なんだろう、誰もいない」
「すいてる?」
「──…………」
嫌な予感がする。
図書館の休館日は月曜のはずだ。
いや、待て。
今週の月曜日は──
「……成人の日だった」
休館日は月曜ではなく、正確には日曜祝日の翌日なのだろう。
「やすみなのかな」
「ああ、うん、そうみたいだね……」
苦労して来たのに。
仕方がないので、苦労して帰った。



2014年1月15日(水)

「この財布、だいぶくたびれてきたなあ」
「そなの?」
「つくりが丈夫だから問題ないけど、よく見るとあちこち綻びてるだろ」
「あ、ほんとだ」
「こないだ鋲も取れたしな」
「あろんあるふぁ」
「そう、なんとかくっつけたけど──」

と、いうような会話を、数週間前に交わしたらしい。
覚えていないが、そうらしい。
「おそくなったけど」
そう前置きし、うにゅほが苦笑しながら告げた。
「たんじょうび、おめでとう」
「お、おう」
不意打ちだった。
差し出された包みを無心で受け取る。
「てことは、財布?」
「うん」
「へえー……」
なかなか渋いチョイスをする。
「開けて──」
「?」
いいか、と尋ねようとして、無意味な質問だと思い直した。
プレゼントを開けないほど失礼なことはない。
包み紙を解くと、黒い箱が現れた。
これは、もしかすると、けっこういいやつじゃないか?
どきどきしながら蓋に手を掛けたとき、
「あ」
うにゅほが不意に声を上げた。
「◯◯、あの」
「どうした?」
「◯◯、どくろ、すき?」
「──…………」
嫌な予感がした。
以前から友人などに言われていることだが、スカルファッションを好むイメージが俺にはあるらしい。
そんなの一着持ってるかどうかなのに。
「あー……」
この年になってスカル柄の財布か。
「……うん、嫌いではない、うん」
「そか」
なかば諦念と共に蓋を開く。
「──……あれ?」
そこにあったのは、想像とすこしばかり違うものだった。
ヴィンテージ加工を施された革製の長財布。
取り出しても、裏返しても、趣味の悪いドクロの姿はない。
「あの……、どう?」
「いや、すごい好みだけど……」
「!」
うにゅほの顔が喜色に満ちる。
「えーと、ドクロは……?」
「おかあさんが、◯◯はどくろすきだって」
ろくなこと言わねえ!
「それで、××は?」
「そうでもないとおもって」
「──……あぶねー」
思わずガッツポーズを取る。
「◯◯、どくろがよかった?」
「いや、こっちのがいい、断然いい」
「やた」
うにゅほの頬に手を添える。
「ありがとな、大切に使うから」
「うん」
とりあえず、カードでパンパンにならないよう気をつけなければ。



2014年1月16日(木)

車通りの少ない裏道を走っていると、意外な店があった。
「ロイズだ」
「ろいず?」
「わりと有名なチョコレート屋さんなんだけど……」
どうしてこんなところに。
「チョコやさん?」
「そう」
「チョコだけ?」
「パンとかアイスも売ってたかな」
「へえー」
うにゅほがそわそわしている。
「入ってみるか?」
「うん」
ウインカーをつけ、駐車場に乗り入れた。
「わあー」
天井が高く、開放的な店内は、どことなく甘い香りで満たされていた。
「たかそう」
「ざっくり行ったな……」
道外への土産物として好まれている店だから、安くはないだろう。
「でも、パンはパンみたいだぞ」
チョコ系のラインナップが多いことを除けば、ふつうのパン屋と相違ない。
「チョコのパンたべたい」
「じゃ、トングとトレイ持ってきて」
「はい」
陳列台をゆっくりと見て回る。
「なんか、見たことないのけっこうあるな」
「……なまちょこくろわっさん?」
うにゅほが小首をかしげる。
「どれ?」
「これ」
「……え、クロワッサン?」
どう見てもドーム型だった。
「くろわっさんって、ちがうよね」
「ああ」
「つかみやすいよね」
それは知らないけど。
たぶん、中に生チョコが入ってるんだろう。
「ぐて」
「?」
「ぐて」
うにゅほが謎の言葉を呟いた。
「え、なに」
「これ」
「え、なにこれ……」
そこには、バターロールに切れ目を入れて板チョコをまるごと挟んだようなものがあった。
「ぐて」
グテ、と書いてある。
「すげえはみ出てるんだけど」
「でも、おいしそう」
「美味しそうだけど──」
購入した。
イートインに腰を下ろし、グテを半分に割る。
「おいしい」
「さすがにロイズだなー」
板チョコが、わかりやすく美味しい。
「でも、たべにくい」
「別々でもよかったんじゃないかな……」
ともあれ、満足した。
近いしまた来よう。



2014年1月17日(金)

「あ」
「?」
ベルトの位置を直しているとき、ふと思った。
「パンツが欲しい」
「ぱんつ」
「トランクスのゴムがゆるゆるなんだよ」
「あ、そだね」
「知ってたのか」
「うん」
うにゅほは乾いた洗濯物の仕分け係なので、パンツ事情に精通しているのだろう。
「忘れないうちに買いに行こうかな」
「えらんでいい?」
何故。
「べつにいいけど……」
誰に見せるでもない下着のことだ、なんだって構わない。
自分の下着の柄なんて、チェックが多いことくらいしか覚えていない。
同じような色合いのトランクスを十枚並べられたら、どれが自分のものか判別できない自信がある。
「──…………」
スーパーの下着売り場に着いた途端、安請け合いしたことを後悔した。
「これかわいい」
リラックマのトランクスを手に取り、うにゅほが振り返る。
そんなものあるなよ!
「あの、××さん」
「?」
「選んでいいとは言ったけど、リラックマは勘弁してもらえないですか」
「えー」
ぶーたれる。
「お願いします」
「いいよ」
うにゅほがリラックマを元の場所に戻すのを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
なんだって構わないと思ったが、あれは間違いだった。
俺も嫌だが、リラックマだって嫌だろう。
「じゃ、これ」
そう言って、うにゅほが隣の下着を手に取った。
ハート柄だった。
「──…………」
うにゅほは俺のパンツをどうしたいのだろう。
「……あの、それMサイズしかないから」
「あ、だめだ」
足が太くて助かった。
そのあと、うにゅほにごめんなさいして、明るい色合いの下着を選ぶだけで勘弁してもらった。
赤と黄色が入り乱れる派手なパンツが混じったが、まあいい。



2014年1月18日(土)

歯ブラシは、一ヶ月に一度を目安に取り替えるべきらしい。
それを知ってから、早め早めの交換を心がけている。
「◯◯、◯◯」
ドラッグストアの歯ブラシ売り場で山切りカットとにらめっこしていると、うにゅほが俺の袖を引いた。
「へんなのある」
「変なの?」
「これ」
うにゅほが、最上段のある商品を指さした。
「……変なのがある」
「へんなの」
ヘッドの大きい歯ブラシは珍しくない。
しかし、円形に近いほど幅が広いものとなると、まず見ない。
「プレミアムケア、か……」
見た目は面白いけど、実用性はどうなのだろう。
「これ、いいかな」
「××は素直にコンパクトヘッドにしときなさい」
「えー」
「口、小さいんだから」
「はい」
あっさりと引き下がる。
大きな歯ブラシが合わないことは、うにゅほ自身がよくわかっているのだろう。
「代わりに、俺が買います」
「おー」
「ちょっと気になるもんな……」
「──…………」
うんうんと頷く。
値札を見るとすこし高かったが、奮発してみた。
帰宅し、包装を解く。
「見た目より硬いな、毛」
「ほんとだ」
指先をこすってみると、さり、さり、と音を立てた。
「みがいてみて!」
「はいはい」
うにゅほの期待に背中を押されながら、歯ブラシを水道で濡らし、くわえた。
「──……!」
歯列が毛先に包まれている。
右手を前後に動かすと、心地よい擦過音が骨に響いた。
「どう?」
「……けっこういい」
極端に幅が広いので、狙った軌道の外にも毛先が当たり、磨き残しが少なくなるようだ。
そう説明すると、
「みがきたいな……」
うにゅほが遠慮がちに呟いた。
「えー……」
相手がうにゅほとは言え、歯ブラシを共有するのは抵抗がある。
抵抗あるけど、まあいいか。
「ちょっとだけだぞ」
「わあ」
歯ブラシを濡らし、手渡す。
「いきます」
「はいはい」
ごし。
「お」
ごしごし。
「ふぃろおふぁんふぁ」
わからん。
「きれいになる」
「ああ」
「でも、おおきい……」
「ああ」
検索してみたところ、同じ幅広ヘッドでコンパクトサイズのものもあるらしい。
見かけたら買ってあげよう。



2014年1月19日(日)

「あ、みずない」
加湿器の蓋を開き、うにゅほが給水タンクを取り出した。
いつの間にか、部屋の湿度調整がうにゅほの仕事になっている。
「よっしょ」
なみなみと水の注がれた給水タンクを加湿器に戻し、
「ふー」
と満足げに息を吐いた。
「よんじゅうにぱーせんと」
温湿度計の文字盤を読み上げ、ぽち、と加湿器の電源を入れる。
50%前後を目安にしているらしい。
「お疲れさん」
うにゅほにねぎらいの言葉を掛ける。
「毎日たいへんですね」
「しごとなので」
仕事らしい。
「あんまり意識してなかったけど、湿度高いのってなんとなくわかるもんだな」
「うん、あったかくなる」
より正確に表現するなら、体感温度の差が激しくなっている気がする。
暑いときはより暑く、寒いときはより寒く。
だから、暖房の効きが良く感じる。
「他に、なんかいいことあった?」
「うーと……」
しばし思案し、
「とくに?」
と疑問形で答えた。
「ないのか」
「うん」
「そうか……」
特にないのに、あんなに甲斐甲斐しく。
なんだかほろりとしてしまった。
「……俺はいいことあったぞ、うん!」
「ほんと?」
「目が疲れなくなった──というか、乾かなくなった」
「おー」
以前は一日に何度も目薬をさしていたのだが、ほとんど気にならなくなった。
「疲れ目だと思ってたけど、乾き目だったらしい」
「そか」
うんうんと頷く。
なんとなく誇らしげだ。
「ありがとうな」
「うん」
てれりと笑う。
これだから褒めてあげたくなるのだった。



2014年1月20日(月)

「うひー……」
手すりに体重を預けながら、ゆっくりと階段を上がっていく。
「おかえ──」
うにゅほがひょこっと顔を出し、
「……だいじょぶ?」
心配そうに問い掛けた。
「あんまり大丈夫じゃない……」
でこぼこした雪道を五時間も歩かされたのだ。
ふくらはぎがパンパンだし、股関節がぎりぎりと痛む。
「ストーブつける」
「頼むう」
防寒ツナギを脱ぎ捨て、うにゅほの寝床に倒れ込んだ。
「はー……」
帰ってきた、という感じがする。
このまま眠ってしまえればと思うが、生憎と眠気はない。
交感神経の興奮が収まっていないのだろう。
「だいじょぶ?」
「ちょっと大丈夫になってきた」
「もむ?」
「揉んでくれるか」
「うん」
ぶに。
「──…………」
何故真っ先に尻を揉む。
「今は足を揉んでほしい……」
「はい」
うにゅほが俺のふくらはぎに手を添える。
やわやわ。
「もうすこし強くてもいい」
「はい」
ぎゅうぎゅう。
「あ、もうすこし弱く」
むにむに。
「強く」
ぐいぐい。
「あ、そうそう」
気持ちいい。
足の先に溜まった血液が押し戻されていくようだ。
「はー……なんか、あれだな」
「あれ?」
「疲れて帰ってきたとき、マッサージしてくれる人がいるって、いいな」
「うれしい?」
「嬉しい」
「──…………」
ふくらはぎを揉む手がすこし早くなる。
思わず笑みがこぼれた。
「あ、ふくらはぎはもういいよ」
「はい」
ぶに。
「──…………」
何故ふとももを飛ばす。
気持ちいいから、なんだっていいけど。
しばらくのあいだ、うとうとしながら、うにゅほのマッサージを受けていた。



2014年1月21日(火)

iPhone用のクリアケースにヒビが入ってしまったので、新しいものを購入した。
「──……?」
部品をそれぞれ両手に持ちながら、うにゅほが小首をかしげた。
「けーす……?」
「側面だけ覆うのを、ケースじゃなくてバンパーって言うんだってさ」
「うしろは?」
「うん、俺も思った」
衝撃には強いのかもしれないが、擦り傷から守ってはくれまい。
「だから、背面用のカーボンプレートが付属してるのにした」
うにゅほにプレートを手渡す。
「ぶあつい」
「これなら大丈夫だろ」
「うん」
L字型に分割されたバンパーをiPhone5の周囲に装着し、二ヶ所でネジ止めをする。
「どうよ!」
「おー!」
見た目はけっこうカッコいいのではないか。
「さわっていい?」
「いいよ」
iPhoneを渡す。
「へえー」
興味津々でバンパーを撫でまわし、
「──……?」
うにゅほが不思議そうな顔をした。
「なんか、べこべこしてる」
「べこべこ?」
「ここ」
うにゅほに倣い、バンパーの側面を軽く押す。
べこ。
「──…………」
「ね」
なるほどわかった。
ポリカーボネートの成型が甘いのだ。
そのせいでiPhoneとバンパーとのあいだに僅かな空間が生まれ、押すとへこんでしまう。
「だー、けっこう高かったのに!」
デザイン重視の弊害である。
「だめなの?」
「駄目じゃないかな……」
「なおんない?」
「いや、直すこと自体はそんなに難しくない」
「そなの?」
「バンパーの一部を熱して、隙間がなくなるように湾曲させればいいだけだから」
「おー」
「でも、どう考えても危ない。
 ライターであぶるか、コンロを使うか、どっちにしてもヤケドしかねない」
「そだね……」
熱さず無理に曲げてもいいが、今度はバンパー自体が折れる可能性が出てくる。
「我慢するしかないかな……」
「──…………」
うにゅほがしばし天井を見上げ、
「あれだめなの?」
「あれって?」
「かしつき」
「加湿器……──」
我が家の加湿器はスチーム式である。
タンク内の水を沸騰させ、その蒸気で加湿を行う。
当然、高温である。
「──…………」
ぽん。
「?」
なでなで。
「!」
うにゅほの頭をしこたま撫でたあと、バンパーを蒸気で加熱し、成型し直した。
完璧な出来栄えだった。



2014年1月22日(水)

「んぐ、ぐ、ぐ……」
段階的に腰を伸ばす。
「はー……」
ジョンバにもたれながら、うにゅほがぐったりしている。
本日二度目の雪かきを終えたところだった。
「今年はひどいな。去年よりひどい」
「うん……」
うにゅほが言うように、運動不足の解消にはなるかもしれない。
だが、使う筋肉が左右で偏りすぎているためか、すっきりしない疲れが残る。
どうせなら雪かき以外の運動がしたい。
「──……××」
「?」
「散歩でもしようか」
我ながら悪くないアイディアだと思った。
すっかり様変わりしてしまった近隣を落ち着いて散策する機会など、あまりない。
「しよう!」
うにゅほが大きく頷いた。
防寒服から普段着へと着替え直し、玄関でブーツを履く。
「ながぐつは?」
「さすがに要らないだろ。積もってても、轍を歩けばいい」
「そか」
改めて外に出ると、なんだか気分がよかった。
「んー……!」
隣でうにゅほが伸びをする。
目的が違うだけで、世界が明るく見える。
あれほど煩わしかった雪景色が、ほんのわずか美しく思えた。
「どこいくの?」
「とりあえずコンビニ行って、中華まん食べながら適当に歩こう」
「おー!」
最寄りのローソンへ繋がる唯一の道へと足を向け、
「──…………」
ふと、排雪作業をしているロータリー除雪車の存在に気がついた。
「じょせつしてるね」
「ああ」
それはいい。
必要なことだ。
だが、どうして、今このタイミングで、コンビニへ繋がる道を封鎖するのだ。
「はー……」
溜め息をつく。
タイミングの悪さは親譲りらしい。
「どうしよう」
「……どうしたい?」
尋ね返す。
「別のコンビニ行くか、散歩だけするか」
「うーと……」
セブンイレブンはそう遠くない場所にあるが、幹線道路沿いのため、散歩コースとしてはいささか騒がしい。
「……さんぽだけ」
「そうだな」
中華まんを頬張りながら散策するのは次の機会にしよう。
とりあえず、気分転換にはなった。



2014年1月23日(木)

「あれー……」
首をかしげながら布団をひっくり返す。
見当たらない。
「どしたの?」
「靴下がない」
どうして靴下はいつも片方だけなくなるのだろう。
「どれ?」
「これ」
うにゅほに灰色の靴下を見せた。
「あ、これかー」
「知らない?」
うにゅほは洗濯物の仕分け係である。
「みたとき、あったよ?」
ならば、どの段階で消え失せたのだろう。
「父さんか弟のところに間違って行ってるとか」
「ないとおもう」
いちおう確認してみたが、やはり見つからなかった。
「ふとんは?」
「ひっぺがしたけど……」
「ソファのすきま」
確認する。
「ないなあ」
「うーと……」
うにゅほが思案し、
「あっ!」
なにかを思いついたように声を上げた。
「心当たりとか、あった?」
「ちがくて」
ふるふると首を振る。
「わたしのくつしたもないの」
「えっ」
「ちょっとまえになくなって、みつからない」
「どんな靴下?」
「まってね」
うにゅほが衣装ケースを開き、ピンクと黒のボーダー柄の靴下を取り出した。
「あー、それか」
見覚えがある。
「間違って母さんのとこ──に、行くはずないか」
「うん」
派手だし、目立つし。
「布団の下は?」
「さがしたけど、ない」
「んー……」
と、言うことは、だ。
「この部屋のどこかに、片方だけの靴下が二足分隠れている──、と」
「うん……」
他の部屋にある可能性は否定できないが、一旦仕分けされていることだけは事実である。
「どうしようなあ」
「さがす?」
「けっこう探したはずなんだけど……」
どうでもよくなってきた。
「なんか、いっしょのとこにあるきーする」
「なんとなくな」
実際には違うと思うけど、そんな気はする。
「ま、そのうち出てくるだろ」
「そだね」
あきらめた。
べつの靴下を履くことにしよう。



2014年1月24日(金)

ぐう。
図書館へ行く道すがら、俺の腹が音を上げた。
「腹減ったなあ……」
起きてからまだ何も胃に入れていない。
すぐに食べられるものが見当たらなかったのである。
「だいじょぶ?」
「なんてことないけど、コンビニ寄っていい?」
うにゅほが頷く。
ローソンで焼きプリンとエクレアを購入し、車内で食べた。
「あまいのだけ?」
「……あ、そうか。甘いのしか買ってないか」
深く考えないで買い物をすると、甘いものばかり選んでしまう。
「まあ、三食甘味でも問題ないし」
「そっかー」
所詮は炭水化物だ。
白米と大して変わらない。
「──…………」
などと思いながら改めて図書館へ向かっていたところ、今度はしょっぱいものが食べたくなってきた。
「××」
「?」
「にくまん食べたくない?」
「たべたい」
「よし」
セブンイレブンで豚まんふたつとサンドイッチひとつ、
「あ、ちょこだいふく」
──を購入し、車内で食べた。
「ふー……」
食った食った。
満足である。
「おなかいっぱい?」
「いっぱいじゃないけど、もういいや」
甘いもので締めたいところだが、いくらなんでもきりがない。
ゴミをひとつにまとめながら、ふと思った。
昼食にいくら使ったのだろう。
プリンが100円、エクレアが130円──と、計算しかけて思考を止めた。
考えてはいけない。
「……今度、スパゲティでも食べに行くか」
「いいねー」
だいたい同じくらいの出費で満腹になれるのだから。



2014年1月25日(土)

「あー……」
チェアの背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見る。
「なんか、やるってことないけど、暇ってこともないな」
「なにそれ」
「やることはあるけど、今はやりたくないんだけど、だからって遊ぶのもどうかという」
なんじゃそら。
「ひま?」
「暇、ではない」
「いそがしいの?」
「忙しくもない……」
「──……?」
ああ、うにゅほが混乱している。
「えー……、と、なんて言ったらいいかな」
しばし思案に耽る。
「……どっかでごはん食べて、デザートにパフェが来たとするだろ」
「ぱへ」
「でも、××はおなかいっぱいだとする」
「うん」
「食べたいな」
「たべたい」
「でも、おなかいっぱいだな」
「うん……」
「ちょっと休めば食べられるけど、ほっといたら溶けちゃうな」
「あー」
「そんなかんじ」
「──……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いや、ごめん、今のなし」
なにかが致命的に違う。
咳払いをして、仕切りなおす。
「××が、掃除しといてって母さんに頼まれてるとするだろ」
「そうじ?」
「でも、ちょっとテレビ見たいなって思ったとする」
「うん」
「二時間の映画と三十分のバラエティが録画されてたとして、××ならどっち見る?」
「うーと……」
眉根を寄せて考え込み、
「そうじして、◯◯にどっちみたいかきく……?」
「……なるほど」
わかってた。
答えが可愛かったので、うにゅほの髪を優しく撫でる。
「♪」
嬉しそうな表情を見ていると、俺も嬉しくなる。
「暇だから珍百景でも見るかー」
「ひまなの?」
「暇ってことにした」
「──……?」
よくわからないなら、わからないままでいいのだ。



2014年1月26日(日)

体調が悪く、ずっと横になっていた。
「──……?」
なにか冷たいものが頬に触れて、目蓋を開いた。
うにゅほの手だった。
「だいじょぶ……?」
「……うー」
大丈夫ではない。
大丈夫ではないが、
「ああ、ちょっとだるいだけ……」
そう答える以外にない。
「おちゃもってきた」
ひんやりとした冷気を放つペットボトルがそっと枕元に置かれた。
ありがたい。
口の中が乾いていたのだ。
上体を起こし、お茶を口に含む。
「はあー……」
生き返ったような気分だった。
「ありがとうな」
「うん」
うにゅほの頭に左手を乗せ、優しく撫でた。
具合が悪いときは、気が弱くなる。
ちょっとしたことで落ち込むし、ちょっとしたことでほろりとしてしまう。
「……ほんと、××には心配かけっぱなしだな」
「──…………」
ふるふると首を横に振る。
「心配じゃない?」
「しんぱい」
「心配かけっぱなしだな……」
「──…………」
ふるふると首を振る。
ちょっと楽しくなってきた。
「××、いつもありがとう」
なでなで。
「うへー」
うにゅほの頬が緩む。
ちょっと褒め殺してみよう。
「××と会えて、本当によかった」
「──…………」
「働き者だし」
「──…………」
「可愛いし」
「──…………」
「気が利くし」
「──…………」
「一緒にいるだけで落ち着く」
「──…………」
「これからもずっと、よろしくな」
「──……ぶぇ」
ぶぇ?
俯いていたうにゅほの顔を覗き込む。
「だ、ぅ……」
泣いたーっ!
しかも号泣コースだ!
「いや、そんな、泣かせるつもりじゃ」
慌てて抱き寄せる。
「ぶー……」
涙と鼻水が俺のパジャマに染み込んでいくのがわかる。
「よしよし」
「──…………」
うにゅほが泣き止むまで、しばらく髪を撫で続けた。
ありがとうは、ゆっくり伝えよう。
別れの際でもないのだから。



2014年1月27日(月)

「~♪」
食器棚からワイングラスを取り出し、自室へ戻る。
「ワインのむの?」
「ああ」
アルコールに対し一貫して厳しい態度を取るうにゅほだが、どうしてかワインにだけは甘い。
ワインは体にいい、という刷り込みがあるらしい。
「実際、ワイン飲むと次の日調子いいんだよな」
「そうなんだ」
気のせいかもしれないが、主観的事実ではある。
アルコールの摂取量に関わらず、ビールを飲めば吐くし、翌日まで尾を引くこともある。
合う合わないの差が激しいようだ。
安ワインの封を開くと、ぷし、とガスの抜ける音がした。
「あ、つぐ」
「ああ」
うにゅほにボトルを手渡す。
「ささ、いっこんどうぞ」
「それ絶対言うんだな」
「おっとっとは?」
「おっとっとっと……」
グラスに注がれたロゼワインを香る。
「いいにおい?」
「あー、どうだろう。嫌いじゃないけど」
「かいでいい?」
「ああ」
うにゅほの鼻先でグラスを軽く回す。
「んー……」
「どう?」
「ワインのにおい……」
うにゅほが遠慮がちに答える。
ソムリエじゃないんだから、そうなるわな。
「おいしいの?」
「このロゼはけっこう好きかな」
「どんなあじ?」
興味が湧いたようだ。
「舐めてみるか?」
「うん」
ワイングラスを渡す。
「──…………」
ぺろ。
「……すっぱ、い?」
「赤よりは渋くないだろう」
「おなじとおもう」
「はは、そっか」
グラスを受け取り、ひとくち飲んだ。
「すっぱいのに、おいしい?」
「ああ」
「すっぱいのに……」
納得が行かないらしい。
「合ってるかどうか知らないけど、飲み方があるんだよ」
「?」
「ふつうに飲むと渋味が強いから、舌の奥に流し込んで、香りを楽しみながら飲むんだ」
「ほー」
「これだと飲み込んじゃうから、××は駄目だけどな」
「うー……」
ぶーたれるうにゅほを肴にして、しばらくワインを楽しんだ。



2014年1月28日(火)

「──……おはよ」
早朝に目が覚めてしまった。
「はやいねー」
うにゅほが、食器を洗いながら笑顔で返す。
俺にとっての早朝だから、家族にとってはただの朝である。
「や、また寝る」
無意識に腹部を撫でる。
空腹だった。
「なんか、食べるものある?」
「ごはんたけてるけど……」
うにゅほが口ごもる。
おかずはないらしい。
「めだまやく?」
「いや、いいよ。すぐ寝るし」
冷蔵庫を開くと、オハヨーの焼きプリンがいくつかあった。
「これでいいや」
「プリン?」
「ああ」
「それだけじゃ、えいようかたよる」
「朝ごはんなんて普段食べないんだから、偏るもなにも」
焼きプリンに舌鼓を打ったあと、のそのそと寝床へ戻っていった。
「──……おはよう」
「おはよー」
再び起きると、十一時過ぎだった。
「う」
胃を押さえる。
空腹だった。
「プリン、まだあったよな」
「え、またたべるの?」
「ああ」
「プリンだけじゃだめだよ」
「でも、おひるには早いし……」
「だめだよ!」
「はい」
怒られた。
「おなかへってるの?」
「あー、うん」
「なにたべたい?」
「──…………」
強いて言うなら、オハヨーの焼きプリンが食べたい。
でも怒られるから言わない。
「特に食べたいってのはないんだけど……」
「めだまでいい?」
「ああ」
「にこ? さんこ?」
「二個」
「チャーシューあるけど、いれる?」
「お願い」
目玉焼きが焼き上がるまでうろうろしながら待っていると、うにゅほにくすりと笑われた。
なんか恥ずかしい。



2014年1月29日(水)

朝起きて、リビングでぼんやりしていると、
「──せなかかゆいの?」
うにゅほにそう尋ねられた。
「背中……」
言われて気づく。
無意識に、腰のあたりを掻きむしっていたようだった。
「ああ、うん、痒い」
背中だけでなく、いろんなところが痒い。
「みして」
「ああ」
うにゅほに背を向け、パジャマをまくり上げる。
「あかい」
「掻いてたからなあ」
「あと、ぷつぷつしてる」
「ぷつぷつ?」
「とりはだ?」
「鳥肌?」
首を回しても背中は見えない。
「乾燥肌──じゃ、ないよな」
体質的にも、環境的にも。
「びょうきかな……」
うにゅほが心配げに呟く。
「いや、なんだろう、すごく覚えがあるんだ」
「おぼえ?」
「毎年冬になると体が痒くなるから、ちょっと調べたことがあって──」
天井を仰ぎ、思案する。
「……そう、寒冷じんましんだ」
「じんましん」
「寒いとなるんだって」
「ひふか?」
うにゅほが病院モードに入っている。
「病院行ったほうがいいんだろうけど、きりがないしなあ」
「いったほういいよ」
だからと言って、薬漬けになるのもどうだろう。
「とりあえず様子を見よう。いつもと同じなら明日には治ってるから」
「そなの……?」
「そうなの」
「じゃ、めんたむぬっていい?」
「頼めるか」
「うん」
「──……よっ、と」
パジャマの上衣を脱ぎ捨てると、うにゅほが硬直していた。
「ぬ」
「ぬ?」
「めんたむぬる」
「ああ」
俺の上半身なんて見慣れていてもいいはずなのだが、いきなり脱ぐとびっくりするらしい。
微笑ましいものだ。
「──…………」
いや、立場を逆転して考えてみよう。
うにゅほが目の前で脱ぎ出したりしたら、俺だってびっくりするに決まっている。
脱ぐ前に一言断りを入れるくらいのデリカシーは必要かもしれない。
「かたもぬるよー」
「おー」
と、うにゅほに軟膏を塗られながら思った。



2014年1月30日(木)

「やられた……」
車の天井を指先で撫でながら、軽く溜め息をついた。
「おばあちゃん、おそいね」
後部座席のうにゅほが往来に視線を向ける。
病院の駐車場にいるのだった。
「やっぱ、一旦帰ればよかったなー」
「そだねえ」
老齢のためか、祖母は時間に対する感覚が非常に甘い。
薬を貰うだけだから待っていてくれ、と言い残し、既に三十分が経とうとしている。
いっそ遠方の病院なら諦めも覚悟もするのだが、五分で帰宅できる距離だけに虚しさばかりが募る。
「だからって、今から帰るのもな」
「うん」
「はぁ……」
再び溜め息をつく。
「ひまだねえ」
「ああ」
「しりとりする?」
「……しない」
「しない?」
「ああ」
「そか……」
残念そうにうつむくうにゅほに軽い罪悪感を覚えるが、余計に虚しくなる未来しか見えないから仕方がない。
「……ちょっと歩くか」
「いいの?」
「いいんじゃないか、べつに」
遠くに行くわけでもない。
ドアを開き、車を降りると、うにゅほも俺に倣った。
「今日はあったかいなあ」
「そだね」
氷点下だが、-10℃よりは暖かい。
「天気もいいし、雪ちょっと解けるかもな」
「みち、べしゃべしゃ?」
「べしゃべしゃになるだけならいいけど、そのまま凍るからな……」
「すべる」
「今年は転びたくない」
「あはは」
すう、と深呼吸をする。
空気が良いとは言いがたいが、新鮮ではある。
「よーし、あのセコマ行ってジュースでも買うか」
「いいの?」
「急げば問題ないだろ」
コンビニから帰ると、祖母が渋い顔をして待っていたので、ホットココアで機嫌を取っておいた。



2014年1月31日(金)

「──……っ」
胸の圧迫感で目が覚めた。
側臥し、深呼吸をする。
悪い夢でも見ただろうか。
携帯電話で時間を確認すると、午後五時を過ぎていた。
「あっつ……」
布団のなかが地獄のように暑い。
熱があるのだろう。
寝床から這い出して涼を取っていると、自室の扉が開いた。
「あ!」
うにゅほだった。
「ふとんでねないとだめだよ」
「いや、暑くて……」
「だめだよ」
「はい」
のそのそと寝床に戻ると、うにゅほが布団を掛けてくれた。
「──……?」
うにゅほの髪が、ふ、と香る。
雪の匂いだと思った。
「どこか行ってたのか?」
「ん」
ふるふると首を振る。
「ゆきかきしただけだよ」
「……ひとりで?」
「おかあさんと」
「そっか」
なら、まあ、よかった。
「ごめんな、ポンコツで……」
「そんなことない」
頬に手が添えられる。
冷たくて気持ちがよかった。
「──…………」
落ち着く。
目蓋を下ろすと、再び眠気が訪れた。
眠ってばかりの一日だった。


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