>> 2013年12月




2013年12月1日(日)

「──……うふ、ふあー……ぅ」
大あくびをしながら自室を出ると、うにゅほが髪を梳かしているところだった。
「あ、おはよー」
「おふぁよう」
「はやい」
「早めに寝たからな」
睡眠時間が足りていないので、二度寝はする予定だけど。
「その櫛、使ってくれてるのか」
「うん」
つげの櫛。
俺が、うにゅほの誕生日に贈ったものである。
愛用してくれているなら、嬉しい。
「プレゼントしといてなんだけど、それって良い櫛なの?」
「うん、いいくし」
「具体的には?」
「ぐたいてき? うーと……」
しばし黙考し、
「かみ、ひっかからない」
「ぜんぜん?」
「ぜんぜん」
「それ、単に××の髪の毛がサラサラしてるからじゃないの?」
「ううん」
首を横に振る。
「ブラシ、すごいひっかかるよ」
「まあ、そうか」
長いもんな、うにゅほの髪。
「なんでかはよくわからんが、高いだけはあるんだなあ」
「おたかいの?」
「プレゼントの値段を尋ねるのは無粋ってもんです」
「そか」
うんうんと頷く。
「あー、そうだ。椿油はもう落ちた?」
「あぶら?」
「最初、べたべたしてたろ。あれが椿油」
「もうべたべたしない」
「そうか……」
つげの櫛の手入れには椿油を使うらしい。
大して高いものでもないし、そのうち買っておこう。
「つばきの、あぶら?」
「ああ」
「サラダあぶらじゃだめ?」
「××は、サラダ油で髪を梳かしたいのか?」
「……やだ」
「だろう」
量に関わらずこってりしそうだ。
「××の髪、俺も梳かしたい」
「いいの?」
「俺がやりたいんだって」
「いいよ」
櫛を受け取り、持ち手に彫り込まれた椿の花を指でなぞる。
歯を髪に差し込むと、するりと流れ落ちた。
「本当だ、引っ掛からない」
「でしょ」
それが楽しくて、そのまましばらくうにゅほの髪を梳っていた。



2013年12月2日(月)

「兄ちゃん、Amazonからなんか届いた」
自室の扉が開き、弟が顔を出す。
その手に、小さめのダンボール箱の姿があった。
「はーい」
うにゅほがとてとてと歩み寄り、ダンボール箱を受け取る。
「また変なもん買ったの?」
「変なものとは御挨拶だな」
「はい」
「さんきゅー」
うにゅほからダンボール箱を預かり、確認する。
目的のものに間違いはなさそうだ。
「××、はい」
うにゅほにダンボール箱を返却し、アイコンタクトを行う。
「──…………」
うにゅほが頷き、きびすを返す。
「──……?」
怪訝そうな顔をしている弟に、うにゅほがダンボール箱を差し出した。
「たんじょうび、おめでとう!」
「え、あ、そうか、そうだ、誕生日だ」
弟が動揺している。
面白い。
「ちょっと高いものだったから、ふたりで折半したんだよ」
「高い? 開けていい?」
「いいよ」
「いいよー」
弟がダンボール箱を開き、中身を取り出した。
「おお、あれじゃん! なんだっけ」
「タブレットな」
Kindle Fire HD──比較的安価なタブレット端末である。
新型のHDXが既に発売されていることは俺と読者諸兄との秘密だぞ。
「へえー、ありがとう。嬉しい」
「どういたしまして」
「ふへへ」
うにゅほと視線を交わし、頷き合った。
「で、これどうやって使うの?」
「後で教えてやるよ」
「頼むわ」
触れたことのない新しいものの使い方を教える自分にほんのわずか疑問を抱くが、いまさらである。
なんだかよくわからないことは、すべて俺の担当なのだ。
「わたしもつかっていい?」
うにゅほが弟に尋ねる。
「いいけど、これなにができるの?」
弟が俺に尋ねる。
「ネットできるし、動画見れるし、漫画読めるし、アプリも使える。
 スマホとPCの合いの子みたいなもんだ」
「へえー」
「××に、なにを使わせたらいいの?」
「そこまで知るか。なめこでも収穫させといたらいいんじゃないか」
「なめこやりたい」
「なめこ好きだなー」
よく飽きないものである。
ともあれ、喜んでくれたようでよかった。



2013年12月3日(火)

目が疲れているような気がして、目薬を購入した。
「めぐすりだ」
「目薬だよ」
「それ、きゅーってしない?」
「きゅー?」
またわけのわからない擬態語を。
しかし、目薬のことだ。
おおよその見当はつく。
「さしたとき、冷たくないかってことな」
「うん」
「いちおうメントール入ってないやつにしたから、大丈夫だと思う」
「れんしゅうしていい?」
「あー……」
うにゅほはひとりで目薬がさせないのだ。
「やってみな」
「うん」
目薬の容器を手渡した。
一分後──
「ほっぺたつめたい」
「ぜんぶ外してるからな」
そもそも目を閉じているのだから、うまくさせるはずもない。
「むずかしい」
「そうかなあ」
難しいという感覚がよくわからない。
「れんしゅうしていい?」
「いまやっただろ」
「ちがくて──……」
虚空を見つめながら、言葉を探しているらしかった。
「……◯◯で、れんしゅうしていい?」
「え、俺に目薬をさすってこと?」
「うん」
「べつにいいけど……」
それは練習になるのだろうか。
「──……!」
ぱんぱん!
うにゅほが鼻息荒く自分のふとももを叩く。
やる気である。
「んじゃま、失礼して」
眼鏡を外し、うにゅほのふとももに頭を乗せる。
慣れた感触だ。
「どうすればいいの?」
「まず、俺の目蓋を指で開いて」
ぴと。
うにゅほのいずれかの指が目元に添えられた。
「もっと開いて」
「こ、こう?」
「もっと」
「こう?」
「くわっ、と」
「くわ!」
「そうそう」
口で言わなくてもいいが。
「んで、目薬を垂らす」
「めのどこ?」
「どこでもいいよ」
目薬の容器を持つうにゅほの指先が、ぷるぷると震えるのが見えた。
「ん!」
ぽた。
「──…………」
ほっぺたが冷たい。
この状況で、どうして外せるのだろう。
「ごめんなさい」
「まあ、うん」
二滴めは外れなかった。
うにゅほがひとりで目薬をさせる未来が見えない。



2013年12月4日(水)

「お」
小箪笥の整理をしていると、懐かしいものが出てきた。
「××、××」
「なにー?」
「これなーんだ」
重量感のあるそれをうにゅほに手渡した。
「?」
小首をかしげる。
「えっと、あれだ」
「どれ?」
「なんとかどらいばー」
「マイナスドライバーな」
ドライバーで完結している単語なので、その言い方だとパイルドライバーとかマスドライバーが脳裏をよぎる。
「まいなすどらいばー、どうしたの?」
「これ、俺が作ったやつなんだよ」
「◯◯が?」
「ああ」
「へえー」
うにゅほが無感動に頷いた。
「──……あれ、驚かないの?」
思っていた反応と違う。
「◯◯、なんでもつくるから」
なんだそのイメージ。
「あー、ともかく、これは俺が中学生のときに授業で作ったやつなんだ」
「じゅぎょう?」
「そう、技術の授業ってのがあってさ。
 鉄の棒の先端を、熱して叩いて伸ばしてマイナスドライバーの形に成型して」
「ほおー」
うにゅほがドライバーを撫でる。
「かたなかじみたい」
「そう、まさにそんなイメージ」
「かっこいい……」
ドライバーを頭上にかざし、うにゅほが呟いた。
そうそう、そういうリアクションを期待していたのだ。
輝く瞳で俺を見上げ、うにゅほが言う。
「◯◯、しめたい!」
「──……?」
一瞬、うにゅほの言葉が理解できなかった。
「ねじしめたい!」
「え、あー、そうか。なるほど」
ドライバーを使ってみたい、ということか。
しかし、突然言われてもなあ。
「……じゃあ、パソコンの掃除するから、ねじゆるめてくれる?」
「はい」
何故か唐突にPC内部の清掃をすることになった。
いいけど。



2013年12月5日(木)

「××、××」
「?」
「これなーんだ」
手のひらを開き、うにゅほに差し出した。
「あ、きれいだ」
「だろう」
それは、ふたつのペンダントヘッドだった。
「つくったの?」
「これの補修したときに使ったワイヤーが余ってたから」
自分の胸先を視線で示す。
そこに、うにゅほからの誕生日プレゼントである水晶石のペンダントヘッドが輝いていた。
ペンダントヘッドの補修については以前に二悶着くらいあったのだが、詳細は省く。※1 ※2
「なんていし?」
「アメジストの原石と、たぶん、ガーデンクォーツとかだった気がする」
「へえー」
デスクの引き出しに死蔵されていたものなので、よく覚えていない。
「うってるやつみたい」
「だろう?」
思わず鼻が高くなる。
「どっちつけるの?」
「え、着けないよ」
「?」
「××にもらったやつ、あるし」
「じゃあ?」
「もし欲しかったら××にあげるけど」
「うーと……」
うにゅほが胸元に手を添える。
「わたしも、◯◯がたんじょうびにくれたやつ、あるし……」
蛍光灯の光を浴び、琥珀が艶めいた。※3
「やっぱりなー」
なんとなく、そう答える気がしていた。
「しってたの?」
「知ってたというか、わかってたというか」
「じゃあ、だれかにあげるの?」
「あげるのはちょっともったいない」
「うるの?」
「どこで?」
「え、じゃあ、どうしてつくったの?」
「──……えー」
顎に指を添えて、しばし黙考する。
「……ワイヤーと石があったから?」
「ふうん……」
登山家みたいなことを口走ってしまったが、要するに物を作るのが好きなのだと思う。
液晶保護フィルムも貼れない手先のくせによく言ったものである。

※1 2013年6月22日(土)参照
※2 2013年7月15日(月)参照
※3 2012年10月15日(月)参照



2013年12月6日(金)

PCをシャットダウンし、背面のコード類を抜く。
「なにするの?」
「パソコンのなかを掃除しようと思って」
「おとといやったのに」
「やったけど……」
ドライバーでねじをゆるめ、サイドパネルを外した。
「一昨日は、掃除機で軽く吸っただけだったろ」
「うん」
「そういえば、こんなのもあったなーと思い出してさ」
言いながら、大きめの缶を掲げて見せた。
「きんちょーる」
「ではない」
ぷしゅー!
「エアダスターです」
「あー」
おぼろげに思い出したようだ。※1
「買ったはいいけど、キーボードのホコリ飛ばしにしか使ってなかったから」
「つかってたんだ」
「使ってはいた」
PCの内部に視線を凝らす。
掃除機で吸えるだけ吸ったはずだが、衛生的とは言いがたい。
「あ、そうだ」
「?」
「××、ぷしゅーってやってみるか?」
「いいの?」
「ホコリが舞うだろうから、俺は掃除機を担当しようと思って」
「おー……」
うにゅほの瞳が楽しげにきらめく。
面白そうなことセンサーが敏感に反応してくれたらしい。
「じゃあ、これでぷしゅーってやってくれな」
「ぷしゅー」
「そうそう」
「ぷしゅーってしていい?」
「いいよ」
「ぷしゅー!」
ぷしゅー!
エアダスターが唸りを上げた瞬間、
「──ッ!」
「おふ!」
ぼわっ!
想定より遥かに膨大な量のホコリが、火山灰のように飛散した。
「わあー!」
「こんなに溜まげホッ! けほ!」
思いきり吸ってしまった。
慌てて窓を開ける。
「うえー……」
「××、こっちきて深呼吸しよう」
「はあい」
肺のなかの空気を新鮮なものに入れ替えたあと、呟いた。
「……部屋も、掃除するか」
「うん……」
ホコリは故障の原因となります。
定期的なクリーニングを心がけましょう。

※1 2013年5月19日(日)参照



2013年12月7日(土)

身内の忘年会でカニ料理専門店へ行ってきた。
「俺、カニってあんまり食べたことないんだよね。道民なのに」
「わたしも」
「美味しいのかなあ」
「おいしいよ」
そんな会話をするうち、父親が乾杯の音頭をとった。
グラスをかちんと合わせ、サイダーを飲み干す。
「──……××」
「?」
「おさけ飲んでいい?」
「うーん、いいよ」
「やった!」
うにゅほの許可がないとアルコールが摂取できないのである。
梅酒を注文し、カニすきの準備をする。
とは言え、だし汁のなかに片っ端から具材を投入していくだけだけど。
「……?」
うにゅほの手が止まる。
「ね、これなに?」
「どれ?」
深小皿のなかに、なんとも形容しがたいものがあった。
「からし?」
「カラシにしては色が悪いような」
「わさび?」
「ワサビにしても、色が悪いような……」
箸の先にすこし乗せ、舐めてみた。
「──……カニミソだ」
「かにみそ」
「カニの脳みそじゃなくて、中腸腺だかって内臓らしいけど」
「ないぞう」
同じようにして、うにゅほがカニミソを舐める。
「──…………」
もうひとくち舐める。
「──…………」
「気に入ったのか」
「うん」
「これたぶんカニすきに溶かすやつだから、ぜんぶ舐めないでくれよ」
「はい」
カニすきは、思っていたよりも美味しかった。
茹でたカニといえば、ぼそぼそのイメージがあったのだが、適度に湯がくとプリプリの身を楽しむことができるものらしい。
問題は、カニの身を取り出すのが面倒な点だが、
「──…………」
「おいしい?」
「美味しい」
「まだあるよ」
「××は食べないのか?」
「たべてるよ」
うにゅほがカニスプーンを手放さない。
カニの身をほじるのが楽しい、というのも、間違いではないだろう。
「カニ、美味しいな」
「──…………」
うにゅほが俺のことを生暖かい目で見つめている。
餌付けされている気がする。
ともあれ、カニはなかなか美味しかった。
あと二年はいいや。



2013年12月8日(日)

「あっ」
南部せんべいの丸缶に手を突っ込み、はたと気がついた。
丸缶を引っ繰り返し、底を叩く。
「飴が切れた」
「ほんとだ」
「買い置き──は、もうないんだっけ」
「うん」
「あー……」
ないとなると、欲しくなる。
「買いに行くかー」
「ポッキーたべたい」
「じゃあ、ポッキーも買おう」
ジャケットを羽織り、家を出た。

「──けっこうかったねえ」
最寄りのドラッグストアとダイソーに立ち寄り、およそ二千円分の飴を購入した。
「これだけ買えば、三ヶ月はもつだろ」
「じゅんつゆ、かわなかったね」
「あれはなー……美味しいんだけどさあ」
「だけど?」
「紅茶味が混じってるから」
「あー……」
うんうんと頷く。
うにゅほも苦手だったらしい。
「代わりに黄金糖買ったから、しばらくはそれで」
「おいしいの?」
「同じべっこう飴だから、そうそう違いはない、はず」
たぶん。
「──…………」
ハンドルを切り、帰途を逸れる。
「あれ、かえらないの?」
「量はいいんだけど、種類が物足りないから、ちょっとキャンドゥにも寄ろうかと思って」
「ふうん」
生協の駐車場に乗り入れ、エスカレーターで二階へ上がる。
キャンドゥの品揃えは、ダイソーのそれと似たり寄ったりだった。
百円ショップなんてそんなものかもしれない。
「──……ね、◯◯」
「うん?」
うにゅほが俺の手を引いた。
「これ」
指さした先に、
「トマト……キャンディ……」
背筋がざわめくような商品があった。
「おいしいのかな」
「美味しかろうと不味かろうと俺は舐めたくない」
「トマトきらいだもんね」
うにゅほの視線がトマトキャンディを射抜いて離れない。
「……気になるのか」
「うん」
「買うのはいいし、俺だってひとつくらいは舐めてみてもいいかなって思うけど……」
「うん?」
「もし我慢できないくらい不味かったら、残りはどうする?」
「──…………」
うにゅほの瞳が揺らいだ。
そして、
「……やめときます」
「そうか」
賢明である。
三ツ矢サイダーキャンディをすこし買い足して帰宅した。



2013年12月9日(月)

「ね、◯◯」
「どうした?」
「ポッキーたべていい?」
「いいよ」
「やった」
べつに許可を取る必要はないけど。
「♪」
袋を開き、ポッキーを一本取り出す。
「──…………」
サクッ
「──…………」
サクサクサクサク
「──…………」
サクサク、サク
食べ終わる。
うにゅほのポッキーの食べ方は、なんとも言えず面白い。
片手間で口に運ぶことはせず、食べている最中はずっと虚空を見つめているのだ。
なんとなくげっ歯類に似ている。
どこを見ているのだろうと視線を追ってみたところ、どうやら壁掛け時計のようだった。
「──……あのさ」
「?」
サクサク
「なんで時計見ながら食べてるの?」
「とけい?」
「うん」
「みてた?」
「見てたと思うけど……」
自信はない。
「じゃあ、なに考えてた?」
「なに……」
小首をかしげる。
しばし思案に暮れたあと、
「……ポッキーおいしいなって」
「そうか……」
なんというか、いまさらながらに面白い娘だなあと思った。



2013年12月10日(火)

「それじゃ、あと頼んだからね」
「はい、行ってら」
「いってらっしゃい」
母親が旅行に出かけてしまった。
帰るのは15日になるらしい。
「なんか、こまごまといろいろ頼まれてしまった」
弟はなにもしないし、父親には夕方まで仕事がある。
我が家の家事は、俺とうにゅほの双肩×2に掛かっていると言っても過言ではなかった。
「──……!」
ふんす、とうにゅほが鼻息を荒くする。
やる気満々らしい。
「分担とか、どうする?」
「ぶんたん?」
「炊事とか洗濯とか、あるだろ。
 一緒にやるか?」
「すいじ、わたしがやります!」
うにゅほが元気に右手を挙げ、そう言った。
「ひとりで大丈夫か?」
「カレーとかシチューとか、ひもちするのをたくさんつくって、あとはおかずつくるだけだから」
大丈夫そうである。
成長したなあ、ほんと。
「じゃあ、洗濯は──」
「わたしとおばあちゃんやるよ?」
「……だよな」
母親のいるいないに関わらずそうなのだから、そうだろう。
そもそも俺、早朝になんて起きられないし。
「掃除……」
「わたし──」
「いや、ちょっと待て。待って」
家事全般においてうにゅほが頼りになるのは嬉しいが、このままでは自分がどうしようもない人間に堕してしまいそうでならない。
「掃除が俺がやる、やります」
「そう?」
「こないだ買ったハンディクリーナー、家の掃除機より吸引力すごいからさ。
 あれ使ってみようと思って」
「あ、そだね」
「けっこう重いから、××じゃ無理だろ?」
「うん」
よし、掃除をする権利はなんとか死守できた。
「じゃあ、わたしダスキンかけるね」
「──……ああ、うん」
うにゅほが家事万能になりつつある。

※1 2013年10月26日(土)参照



2013年12月11日(水)

「うわあー」
家の前の道路が凍りついていた。
昨夜の吹雪が原因だろう。
「くつかってよかったね」
「ああ」
一週間ほど前、揃って冬靴を買い替えたのである。
「去年までの靴は、お互いけっこう滑ったもんな」
「あぶないあぶな──」
つるっ。
うにゅほが、玄関から一歩目で滑った。
「あぶぁ!」
奇声を発しながら、慌ててうにゅほの上体を支える。
「ふー……」
「?」
きょとんとしている。
「斜めのとこは気をつけないと」
「うん……」
何事もなくてよかった。
「このくつ、けっこうすべる」
「おろしたてだから、靴底がまだ硬いのかもな」
「そかな……」
そんなことを話しながら十メートルほど歩いたころ、ふと気がついた。
凍結した路面を不用心に歩いているというのに、俺の靴はまったくと言っていいほど滑らないのである。
「──……××」
「?」
「ちょっと背中押してみて」
いかにも滑りそうな場所で立ち止まり、ちょいちょいと背中を指で示した。
「おすの?」
「ああ」
「おすよ」
「ああ」
うにゅほの手のひらが俺の背中を圧迫する。
「もうすこし強く」
「んぎぎ」
動かない。
「……スタッドレスかってくらい滑らないな、この靴」
六千円の価値はあったようだ。
「いいなあ」
とんとんと爪先で地面を蹴りながら、うにゅほがそう呟いた。
「なに、××が滑って俺が滑らないなら、手を繋いで歩けばちょうどいいだろ」
「あ、そか」
ぱん、と両手を合わせ、名案とばかりに目を輝かせる。
手袋越しの手のひらは、なんだかふわふわと遠い気がして、ぎゅっと強めに握り締めた。



2013年12月12日(木)

「◯◯、◯◯」
俺の名前を呼びながら、うにゅほがとてとてと寄ってきた。
小脇になにか抱えている。
「じゅうにがつじゅうににちだから、これかかないと」
半紙と筆ペンだった。
「あー……」
ぼんやりしてたらもう12日なのか。
「面倒だなあ」
「たのまれたでしょ」
「そうだけど」
我が家では、毎年12月12日にちょっとしたおまじないをする。
「十二月十二日 水」と紙札に記し、それを逆さまに貼ることで、一年のあいだ火災から家を守るというものだ。
書道経験者である母親が毎年書いていたのだが、旅行中なのだから仕方がない。
「俺だって、そんなに字が上手いわけじゃないんだけど……」
「でもにばんめにうまい」
「それは君たちが下手なだけだと思う」
半紙を八等分し、札とする。
最初の二、三枚は練習である。
「とめが上手くいかない……」
「十」が卍手裏剣みたいになってしまった。
習字なんて小学校以来なのである。
「これだめ?」
「駄目だろう」
「だめかー……」
それでも、紙札を何枚か消費するうち、なんとか見られる字が書けるようになっていった。
「──よし、こんなもんか」
最後に書き記した紙札を眼前に掲げた。
一年間壁に貼っておいても恥ずかしくはない程度の出来栄えだ──と、思う。
「わー」
無邪気に手を叩くうにゅほに、
「はい」
と、筆ペンを手渡した。
「?」
「今度は××の番な」
「えっ」
「上手く書けたら部屋に貼ってあげるから」
「えー……」
うにゅほはあまり字が上手くないし、そもそも筆でものを書いたことさえないかもしれない。
だから、単なるお遊びである。
「い、いきます」
ぷるぷると揺れる筆先が半紙に下ろされていく。
その出来栄えは、
「──……まあ、父さんたちよりかは上手いと思う」
といった具合のものだった。
「うー……」
「部屋に貼ろうか?」
「うー!」
うにゅほが紙札をくしゃくしゃに握り潰し、二枚目を手に取った。
「こんどこそ」
しかし、納得のいく紙札は、ついには完成しなかった。
また来年である。



2013年12月13日(金)

「ゆきだ」
うにゅほの言葉に窓の外を見ると、粉雪が静かに舞っていた。
「うわ……」
「ゆきかき?」
鬱々とする俺を前にして、弾む声音を隠そうともしない。
どうしてそんなに元気なのだろう。
「この調子なら、夕方にちょっと掻くだけで済むだろ」
「そかー」
残念そうなうにゅほの様子に、犬は喜びなんとやら、というフレーズが脳裏をよぎる。
わりと犬っぽいし。
三十分後──
「ふぶいてきた」
「……吹雪いてきたな」
一時間後──
「もうふぶき……」
「──…………」
霧よりも激しい白が世界を引き裂いている。
空が、溜め込んでいたものすべて吐き出しているようだった。
「こりゃ駄目だ」
「ゆきかき?」
ぴこん、と脳天から「!」を出して、うにゅほが腰を浮かせた。
「……雪かき、そんなに好きだったっけ」
「ふつう」
そう答えながら、いそいそと防寒着を着込み始める。
本格的な雪かきは今季初だろう。
二度の冬を越えて戦力になってきたうにゅほを連れ、吹雪のなかへと繰り出した。

「はー……」
「……ふひー」
玄関へ逃げ込み、コートの雪を払う。
「こりゃ、後でもう一度やらないと駄目そうだ」
「うん」
掻いたそばから積もっていくのだから、どうしようもない。
「ストーブにあたって休もう。寒い」
「うん」
日没を迎えても、吹雪は治まる気配を見せなかった。
父親の帰宅を待って、もういちどしよう。
そんなことを考えていたとき、
「──……?」
うにゅほがトイレから戻ってこないことに気がついた。
リビングを覗くと、干していた防寒着がなかった。
「──…………」
コートを着込み、外に出た。
うにゅほがひとりで雪かきをしていた。
「あ、◯◯……」
いたずらが見つかったような素振りで、うにゅほが手を止めた。
「──…………」
自分が腹立たしかった。
理由は書けない。
言葉にすると嘘になってしまうような気がするから。
うにゅほに歩み寄り、
「むい」
両のほっぺたを軽くつまんだ。
「あんまりひとりで頑張りすぎるなよ……」
「ほへんなはい」
「よろしい」
手袋をして、ジョンバを掴む。
「本日二度目、やるぞー!」
「おー!」
やがて吹雪を勢いを弱めていき、三度目の雪かきはなんとか免れた。



2013年12月14日(土)

台所の隅に牛乳パックが並んでいたので、開いておくことにした。
牛乳パックの開き方は、各家庭によって異なるようだ。
我が家では、まず縦に裂いたのち、底に沿ってざくざく切り開くという順序である。
半分ほど開き終えたあたりで、
「あ!」
うにゅほが台所にやってきた。
「ぎゅうにゅうパックきってる」
「溜まってたから」
「はさみ、つかわないの?」
俺の右手に握られている包丁を眺めながら、うにゅほがそう尋ねた。
「包丁のほうが楽だろ」
「きれないよ」
「そうか?」
ざく。
うにゅほの目の前で牛乳パックを裂いてみせる。
「えっ」
「ほら、簡単だ」
「もっかい!」
ざく、ざく。
「えー!」
うにゅほが驚嘆している。
「もしかして、包丁の使い方が悪いんじゃないか」
「そかな」
「普段どうやって使ってる?」
「ねこのて」
合ってるけど違う。
「肉を切るときと基本は同じなんだけど……」
「にく、おかあさんがきる」
「こないだのシチューのときは?」
「きりにくかった」
「なるほど」
なんとなくわかった。
「切りにくいものを切るときって、刃を前後に動かすだけじゃ駄目なんだよ」
「そなの?」
「なんというか、その、弧を描くように引いて切る、というか──」
言葉にするのが難しい。
「こ?」
「丸の下半分、みたいなかんじ」
「──……?」
きょとんとしている。
これはもう、実践して見せたほうが早い。
「牛乳パックの口を、指で左右に広げるだろ」
「うん」
「あいだの辺に刃を当てて──」
うにゅほの視線を受け止めながら、包丁を動かす。
ざく。
「おー!」
「こうすると、簡単に切れる。力もほとんどいらない」
「すごい!」
すごくはない。
というか、包丁の使い方くらい、ちゃんと教えておいてほしい。
「やってみたい」
「ああ──あ、駄目だ」
「なんで?」
「牛乳パック、これで最後だ」
パックが溜まったら、また教えてあげよう。



2013年12月15日(日)

「……母さん、早く帰ってこないかな」
思わずそう呟いた。
旅行に行っている母親が、今日帰宅する予定なのである。
「かぜ、すごいもんね……」
未曾有の暴風で、ぎしぎしと家が揺れている。
雪が降れば、吹雪となる。
何事もなく無事に帰宅できればいいが──と、思っていないわけではないが、すこし違う。
「いや、おみやげが……」
「?」
「おみやげがあるって言うから晩御飯抜いたわけで」
空腹を訴える胃袋を撫でつける。
「だからたべなかったの……」
うにゅほが呆れたように言った。
「だって、吉野家の牛丼だろ。それはいつでも食べられるわけだし」
「そだけど」
「糖分が足りないんだ、糖分が……」
連日の吹雪で外出できなかったため、甘味に飢えているのだ。
「ああ、早く帰ってこないかなあ」
「あめなめる?」
「舐める」
ソーダ味のキャンディを舌の上で転がしながら、母親の帰宅を待っていた。
午後九時をいくらか過ぎたあたりで、
「──ただいまー!」
大荷物と共に母親が帰宅した。
「おかえりー」
「おかえり」
段ボールいっぱいのおみやげを、テーブルの上にひとつひとつ並べていく。
伊勢餅、草餅、桔梗信玄餅──
「餅ばっかだな!」
「もちきらい?」
「好き」
満足するまで餅菓子を頬張ったのだった。



2013年12月16日(月)

「スープ飲むけど、どうする?」
「のむー」
いよいよ冷え込みが厳しくなってきたため、あたたかいカップスープを好んで飲んでいる。
「組み合わせは?」
「うーと、ほうれんそうと、ふつうのポタージュ」
「定番だな」
「うん」
いくつもの種類を揃え、組み合わせて作ることで、飽きが来ないようにしている。
これが、けっこう楽しい。
「◯◯は?」
「どうしようかな……」
チーズときのこにしようか。
それとも、きのこを取り止めて、男爵いもを使おうか。
いっそシンプルにコーンポタージュというのも悪くないかもしれない。
コーンポタージュに限っては、混ぜないほうが美味しいのだ。
「──……あっ」
「?」
ふと思い至ることがあった。
「そういえば、ブレンドせずに飲んだことあるのって、コーンポタージュくらいじゃないか?」
「ほうれんそう、あるよ」
「ほうれん草はあるな」
「きのこもあるよ」
「あ、きのこ俺は飲んだことない」
「きのこにする?」
「いや──」
ビニール袋を漁り、ちょうど二袋余っていたサーモンチーズチャウダーを取り出した。
「これにしよう」
「うー……」
うにゅほが渋い顔をする。
「わたし、それすきじゃない」
「飲んだことあったっけ」
「まぜたことある……」
「……?」
好みの味じゃなかったのだろうか。
そんなことを考えながら、ヤカンでお湯を沸かし、二人分のスープを作った。
「──…………」
「──…………」
眼前のマグカップに、薄いピンク色のスープが注がれている。
「──……あのさ」
「?」
「このスープって、こんなに生臭かったっけ」
「うん」
ブレンドしたときは気がつかなかったが、猛烈に臭い。
意を決し、ひとくち啜る。
「──…………」
味は悪くない。
悪くないが、犬のエサの臭いが口いっぱいに広がった。
「……××が嫌いな理由、わかった」
「うん……」
牛乳で薄め、一気に飲み干した。
好きな人は好きなんだろうけど、俺とうにゅほは駄目でした。



2013年12月17日(火)

「あー……」
肩の筋肉を指先で圧しながら、ゆっくりと首を回した。
「かたこってる?」
「肩凝ってる──……」
ぐりぐりと指を動かしてみる。
「……気がする」
「きがするの?」
「気がする……」
と言うのも、実のところ肩凝りというものがよくわからないのである。
経験がないのではなく、どこからが肩凝りなのかが判別できない。
確実に凝っているときはあるが、いつも凝っているような気もするし、あるいはすべて気のせいなのかもしれない。
「かたもむ?」
「頼む」
うにゅほに背中を向ける。
「よっ、しょ」
もみもみ。
「かたい」
「いつもより?」
「いつも、わかんない」
そりゃそうである。
「──…………」
それにしても、弱い。
心地はいいのだが、効いている感じがまったくしない。
遠慮しているのか、単純に非力なのか、よくわからないけど。
「──よし、ありがとう」
「もういいの?」
「あんまり揉んでもらったら、××の手のほうが痛くなるだろ」
「だいじょぶ」
「だいじょばない」
チェアから腰を上げ、本棚の上の段に手を伸ばした。
「代わりにこれ貼ってくれ」
「しっぷ?」
「モーラステープ」
「しっぷだ」
うにゅほはモーラステープのことを湿布と呼んでいる。
似たようなものだけど。
「悪いけど、肩と二の腕に貼ってくれる?」
「うん」
シャツの襟元に手を掛けると、
「わ」
うにゅほが声を上げた。
「ぬぐの?」
「脱がないと貼れないでしょう」
「ほー……」
なにそのリアクション。
二年以上も同じ部屋で暮らしているのだから、俺の上半身なんて見慣れているだろうに。
不器用に歪んだモーラステープの表面を撫でながら、パジャマの上衣に袖を通した。



2013年12月18日(水)

「──……はー」
助手席のうにゅほが吐息で手を温めている。
なんてことのない光景だが、ひとつだけおかしな点があった。
「……手袋してるのに?」
「!」
うにゅほが慌てて姿勢を正す。
「なんだ、若くしてボケが始まったのか」
茶化すように言うと、
「うん、そう、あはは」
と、なんとも不自然な答えが返ってきた。
「──…………」
なにかを誤魔化しているような気がする。
確証はないが、そんな気がする。
うにゅほの様子を横目で窺っていると、両手をもじもじと擦り合わせていることに気がついた。
「──……もしかして」
「?」
「その手袋、薄い?」
買ったばかりの手袋だが、あまり良い品ではなかったのかもしれない。
千円だったし。
「えと、うん……」
うにゅほが躊躇いがちに頷いた。
遠慮していたらしい。
「ここだけうすい……」
指のあたりを曖昧に示す。
「どこ?」
「ここ……」
よく見ると、親指と人差し指の先端だけ、別の生地で仕立ててあるようだった。
「親指と、人差し指──あ、そうか」
なるほど理解した。
「これ、手袋したままスマホ操作できるやつだ」
「そなの?」
「試してみな」
信号の隙を見て、うにゅほにiPhoneを手渡す。
「──あ、ほんとだ」
「な?」
しばし操作したのち、
「でも、てぶくろぬいだほういい」
と、うにゅほが呟くように言った。
電話の受信など緊急性の高い要件でなければ、脱いだほうが操作しやすいに決まっている。
「現状、ただ指先が冷えるだけの手袋ってことだな……」
「うん……」
うにゅほの指先が凍傷になっても困る。
今度はよく確認して買い直すことにしよう。



2013年12月19日(木)

「──……あふ、ぁ……」
生あくびを噛み殺しながらリビングへ行くと、うにゅほが家族とテレビを見ていた。
「あ、おはよ」
「おふあ」
どうにも眠気が取れない。
炭酸を摂取しようと台所に足を向けたとき、うにゅほがパーカーを着ていることに気がついた。
「──…………」
ぱさ。
特に意味もなくフードをかぶせてみる。
「なにー?」
「なんでもない」
「……?」
不思議そうな表情を浮かべ、フードを脱ぐ。
もしかすると俺は、うにゅほを困らせるのが好きなのかもしれない。
小学生か。
そう自嘲しながら、グラスに注いだペプシネックスをあおり、眠気をわずかに飛ばした。
帰り際、
「──…………」
ぱさ。
またフードをかぶせてみた。
ぶーたれるかな。
笑うかな。
「──……?」
じ。
うにゅほの視線が俺を貫く。
きょとんとしているように見える。
「──…………」
さっと目を逸らし、うにゅほの隣に腰掛ける。
なんだか、こちらが笑いそうになってしまった。
それから一時間ほどして、
「××、いつまでフードかぶってるの?」
ようやく母親から突っ込みが入った。
ありがたい。
自分でやった手前、自分では突っ込みづらかったのである。
「ぬいでいいの?」
うにゅほが俺に問い掛ける。
「ごめん、いいよ」
「ふー」
ほっと一息つきながら手櫛で髪を整えるうにゅほを見て、俺は思った。
危ういくらい素直な娘だ。



2013年12月20日(金)

「お」
俺に背中を向けてなにやらごそごそしていたうにゅほが、小さく声を上げた。
うにゅ箱からなにか出てきたらしい。
「◯◯、これ!」
うにゅほがにこやかに差し出したものは、深緑色のくたびれたリボンバレッタだった。
「おー、懐かしい」
「でしょ」
バレッタを受け取り、指先で撫でる。
これは、俺たちが出会ったとき、うにゅほが身に着けていたものだ。
衣服は捨ててしまったから、かつての記憶を宿すものは、もうこれしか残っていない。
「──本当、懐かしいな」
うにゅほはころころ髪型を変えるから、髪留めもたくさん持っている。
今だって、ふたつに分けた髪束をゆるく三つ編みにして髪ゴムとシュシュでそれぞれ留めるという一言では言い表せない髪型をしている。
可愛いし、似合っていると思う。
しかし──
「ちょっと、これ使ってみよう」
あの日のうにゅほを再現してみたくなった。
「うん」
鷹揚に頷き、うにゅほがシュシュを外す。
三つ編みをほどくと、髪先に軽くウェーブがかかっていた。
このくらいは仕方ない。
「つけて」
肩越しにそう告げ、うにゅほが膝をついた。
すべらかな髪の毛を手櫛でまとめ、恐る恐るリボンバレッタを留める。
両手で位置を調整し、言った。
「もういいよ」
「うん」
うにゅほが立ち上がり、その場でくるりと回った。
「──…………」
あの日の少女が、そこにいた。
「にあう?」
「ああ、似合うよ」
なにも変わらない。
中身は比べものにならないくらい成長しているけれど、ああ、成長期とはいったい。
こないだ測ったら身長も伸びてなかったし、もう過ぎているのかもしれない。
成長期が早いと身長は伸び悩むって言うしな。
「──…………」
ぽん、とうにゅほの肩を叩く。
「?」
「そのままの君でいてくれ」
「……? うん」
きょとんと頷くうにゅほの髪をわさわさ掴んで遊ぶ午後だった。



2013年12月21日(土)

ローソンを見かけたので、ふらふらと立ち寄った。
「なに買おうかな」
「あまいの?」
「どの甘いのを買おうかな」
誤解なきよう記しておくが、俺はしょっぱいものも好きである。
ただ、甘いものがとても好きなだけで。
「わたし、わっふるにする」
俺につられてか、うにゅほもかなりの甘党だ。
洋菓子より和菓子を好むが、僅差なので比較する意味はあまりない。
「俺、この生クリームのコロネかな」
「おいしそう」
「ひとくちあげよう」
「うん」
「飲み物は──」
軽く見渡し、
「タピオカココナッツミルクにしよう」
「たかいやつだ」
「高いやつだから、はんぶんこな」
「うん」
レジで会計を済ませる。
「3点で、561円になります」
財布を開くと、小銭があまりなかった。
千円札と五円玉で支払うと、
「444円のお返しになります」
お、ゾロ目だ。
「!」
背後でうにゅほの驚く気配がした。
お釣りを仕舞って出入口へと足を向けたとき、
「……すごいね!」
うにゅほが声をひそめてそう言った。
「──…………」
ぽんぽん、と頭を撫でる。
「?」
かわいい。
「なんだったら、レシートいるか?」
「いいの?」
「どうせ捨てるんだし」
「やた」
うにゅほの宝物は、こうして増えていくのである。



2013年12月22日(日)

「はー……」
失意と共に玄関の扉を押し開く。
「ただいまー」
「おかえり!」
ぱたぱたと足音を立ててうにゅほが俺を出迎えた。
「パソコンなおった?」
「う」
言葉に詰まる。
裏に住む兄妹からPC関連の相談を受けたのだが、
「──……駄目でした」
「だめだったの」
「十年落ちのノートパソコンと第三世代のiPod nanoで、認識すらしないんだからそりゃ無理だ……」
一時間ほど粘ったが、どうしようもなかった。
「むりならしかたない」
ぽんぽん。
うにゅほが俺の肩を優しく叩く。
「そうなんだけど……」
溜め息をつき、言葉を継ぐ。
「期待されて、それに応えられないと、なんとなくもやもやするんだ」
「そうなんだ……」
うにゅほが神妙な顔で相槌を打った。
マフラーをゆるめながら階段に足を掛けたとき、
「あ、おしるこたべる?」
「おしるこ?」
「かぼちゃのおしるこ、おばあちゃんとつくった」
「かぼちゃ──ああ、冬至のか」
「そう、とうじ」
冬至という言葉の意味を、うにゅほは知っているのだろうか。
たぶん知らない。
あとで教えればいいや。
「食べる食べる」
「じゃあ、なべもってくる」
「鍋ごとじゃなくていいんだけど」
「じゃあ、おわん」
「あずき多めで」
「はーい」
祖母とうにゅほのおしるこは、素朴な甘みがして美味しかった。



2013年12月23日(月)

「そういえば──」
冬至の余りのおしるこをすすっていたとき、うにゅほがぼんやり口を開いた。
「とうじって、なに?」
「冬至は、一年でいちばん昼間が短い日だよ」
「そうなんだ」
ずず。
おしるこをすする。
「どうしてみじかいの?」
「どうして、とは」
「なんで?」
「なんで、と言われても──」
口頭で説明するのは難しい。
「どうしても知りたいなら、メモ用紙とペン持ってきて」
「はい」
うにゅほが腰を上げる。
なんとなくの質問のわりに、どうしても知りたかったらしい。
もしくは退屈だったとか。
「えー……まずは、と」
メモ帳の中心に円を描き、放射状に点を打つ。
「けむし?」
「太陽」
太陽の周囲に四つの円を描き、傾いた地軸を両極から伸ばす。
「ちきう」
「地球な」
「ちきゅう」
うにゅほは滑舌が悪い。
「太陽に面したところが昼。反対側は?」
「よる」
「そうそう」
四つの地球を昼と夜に塗り分ける。
実物とは異なるが、解説のための模式図だから構わないだろう。
「日本はどのあたりだと思う?」
「えー?」
うにゅほが戸惑っている。
「北極がここ、南極がこれだから、赤道はこうなるだろ」
「このへん……?」
「だいたいそのあたりとしよう」
地球の円周上の適当な場所に点を打ち、日本とした。
「地球は自転してるから、日本も地軸に沿って回転する」
日本から地軸に向けて垂線を引く。
「軌道はこんなかんじかな」
「はー……」
「もうすこしだ、頑張れ」
「がんばる」
垂線をペン先で示しながら、説明する。
「この線は、それぞれの季節における一日──つまるところ昼と夜の長さを表している」
「──……?」
「下の地球だと、明るいところを通ってるよな」
「うん」
「上の地球は?」
「くらいとことおってる」
「それが冬至だ」
「──…………」
うにゅほの頭上に巨大なハテナが見えた。
「えー……と、暗いところをたくさん通ってるってことは、夜が長くて昼が短いってことなんだよ」
「……うん?」
「下の地球は逆だから、昼の長い夏至になる」
「ひだりとみぎは?」
「春分と秋分」
「ふうん……」
ああ、駄目だ、伝わっていない。
しかし、これ以上簡潔な説明をする自信はないのだった。



2013年12月24日(火)

クリスマスと言えば、寿司である。
我が家では祝い事があるたびなんやかやと寿司を食べる。
当然、ケーキも食べる。
和洋折衷である。
「おー、××も上手くなったなあ」
「うん!」
うにゅほの握った寿司を眺めながら、感慨に耽る。
昔は、シャリが小さめのおむすびくらいあったものだ。※1
いざ夕食という段になって、
「──あれ、シャンパンは?」
パーティの始まりを告げる号砲がないことに気がついた。
「ごめん、買い忘れた」
母親がそう答える。
「じゃあ、俺ちょっと買ってこようか」
「お願い」
よっこらと腰を上げると、うにゅほもならって立ち上がった。       
言葉を交わさなくとも、当たり前のようについてきてくれる女の子がいる。
それはきっと、得がたいものなのだろう。
近所のリカーショップへと足を運び、適当なシャンパンをカゴに入れた。
「これ、おいしいかな」
「飲んじゃ駄目だぞ」
「なめる」
「舐めるだけだぞ」
味を確かめるだけなら飲酒にはならないだろう。
「あ、チューハイ買っていい?」
「えー……」
「シャンパン飲むんだし」
「じゃあ、にほんだけ」
「よしよし」
はちみつレモンサワーをカゴに入れ、会計を済ませた。
レジ袋を助手席のうにゅほに預け、車のエンジンをかけたとき、
「──……あの」
うにゅほが遠慮がちに口を開いた。
「どした?」
「……つたや」
「TSUTAYA?」
「つたや、いかないの?」
「──……あ……」
思い当たることがあった。
「そうか、そうだな。クリスマス・イヴだもんな」
「うん」
毎年、クリスマス・イヴにふたりきりで見る映画がある。
銀河鉄道の夜。
危うく忘れるところだった。
「──……まだー?」
「もうちょっと待って……」
ささやかなパーティを終え、膨れた腹を撫でながらのんびりしたのち、こうして日記を書いている。
書き終えたら一緒に見る約束なのだ。
うにゅほをこれ以上待たせても悪いので、本日の日記はここまで。

※1 2011年12月23日(金)参照



2013年12月25日(水)

台所に銀色の包みがあった。
「なんだろ、これ」
「なにー?」
うにゅほがとてとてと傍に寄ってきた。
その右手には、冷蔵庫から出したばかりの牛乳パックがある。
飲むところだったのだろう。
「あ、これ、カステラだよ」
「ほう」
カステラとな。
包み紙を開くと、しっとりとした、それでいて妙にべたつくカステラがあった。
「××、おやつの時間だ」
「たべていいの?」
「べつにいいだろ。未開封なら考えたけど」
食器棚から小皿をふたつ取り、カステラを二切れずつ乗せる。
「──……?」
どうしてか、カステラがしとどに濡れていた。
メープルシロップでも染み込ませてあるのだろうか。
うにゅほが牛乳を注いでくれて、おやつの準備が整った。
「いただきます」
「いただきます」
行儀よく挨拶をして、カステラを口へ運ぶ。
「う」
苦い。
なんだこれ。
「うえ」
うにゅほが口を開けながら、言う。
「したぴりぴりするう……」
どうやら、染み込んでいる液体に原因があるらしい。
恐る恐る匂いを嗅いでみると、すぐにわかった。
「……ブランデーだ」
「ぶらんでー」
ああ、そうだ、思い出した。
母親の買ってきたおみやげのなかに、ブランデーケーキと書かれたものがあったのだ。
しかし──
「これ、どう見てもカステラだよな……」
茶色の焼き目に挟まれた柔らかな直方体が、3センチ幅にカットされている。
あまりにカステラすぎて、ケーキという単語と結びつかなかった。
「どうする?」
「うー……」
うにゅほが、食べかけのブランデーケーキを小皿に戻した。
苦手だったらしい。
正直なところ俺も好きではないが、歯型のついたものを戻すわけにもいかない。
うにゅほの食べかけを掴み、一気に飲み下した。
「あっ」
自分のぶんも牛乳で流し込む。
「……やっぱ、あんまり美味しくないな」
「うん……」
「なんか、口直しとかないかな」
「せんべいある」
無事な二切れを包み紙に戻し、黒胡椒せんべいをふたりで食べた。



2013年12月26日(木)

朝食のシリアルを頬張っていると、背後から肩を掴まれた。
「……?」
もそもそと咀嚼を続ける。
「──…………」
「どうかした?」
「……◯◯、たばこのにおいする」
「あ、バレた」
鼻のきく娘である。
「たばこすうの?」
これから吸い続けるのか、という意味だろう。
「いや、ないな」
「ないの」
「だって、一箱400円くらいするんだぞ。コミックス一冊燃やすようなもんだ」
「──…………」
うんうん、とうにゅほが頷く。
「じゃあ、なんですったの?」
「そうだなあ……」
スプーンを置き、言葉をまとめる。
「煙草を吸うきっかけって、ほとんどが学生時代のカッコつけだと思うんだよな」
「そなの?」
「実際、俺も吸ってみたことあったし。合わなかったけど」
「そうなんだ」
「だから、煙草に対してなにも思わない年齢になって、改めて吸ってみたら、冷静な意見が下せるんじゃないかと」
「くだせたの?」
「そうだなあ……」
食卓テーブルに頬杖を突く。
「まず、喫煙者が言うような、美味いとか不味いとかはよくわからない」
「あじするの?」
「煙に味なんてあるんだろうか」
「うーん?」
「でも、手持ち無沙汰なときの時間つぶしにはなるかも」
「ほー」
「あと、煙を吹くのはちょっと楽しい」
「えー……」
うにゅほが何故か不満げな顔をする。
「じゃあ、すってるとこみたかった」
「……吸ってみたかった、ではなく?」
「うん」
変な娘である。
しかし、数日前に買った煙草はすべて吸いきってしまったのだった。
「よく考えたら、隠れて吸う必要なかったな……」
成人なのだし。
「そうだよ」
うにゅほがぶーたれる。
次になにか思いついたときは、一緒に楽しもうと思った。



2013年12月27日(金)

「──…………」
ソファで読書をしていると、徐々に姿勢がだらけてくるものである。
「──……♪」
うにゅほの足先が俺の膝の上でリズムを取っている。
左、右、左、右と、くにくに折れ曲がる爪先が、なんとも言えず落ち着かない。
平たく言うと読書の邪魔である。
「──…………」
ぱし。
「!」
右の爪先を掴む。
「なにー」
「いや、なんと言うこともないけど」
ぱし。
「!」
本を置き、左の爪先も掴む。
「……?」
くにくに。
うにゅほの爪先が手のひらのなかで蠢く。
くすぐったい。
よし、足ツボでも押してやろうじゃないかと足の裏に触れたとき、気がついた。
「……××の足の裏、すげえすべすべしてる」
「そかな」
「下手すりゃ手のひらよりすべすべしてるかもしれない」
すりすり。
「うひ」
くすぐったいらしい。
「これは歩いてない者の足ですな」
「うん」
「インドア派だもんな」
「◯◯のあしは?」
「カサカサってこともないけど、すべすべってこともない」
「さわりたい」
「ほら」
うにゅほの足を下ろし、自分の足を持ち上げる。
「ほんとだ、かさかさじゃないし、すべすべじゃない!」
「じゃあ、なに?」
「──…………」
しばし俺の足を撫でたあと、
「……せらせら?」
「さらさら、じゃないのか」
「さらさら──……では、ない」
「そうか……」
相変わらず独特の擬態語を作り出すなあ、と思った。



2013年12月28日(土)

「──…………」
ソファに寝転がったうにゅほが、頭上になにかを掲げながらぼんやりとしていた。
「どうかした?」
「んー……」
「なんだ、そのカードみたいの」
「ん」
差し出されたカードを受け取る。
そこに描かれていたのは、ニンジンを齧るピーターラビットだった。
「なんだ、図書カードか」
「うん」
両親からうにゅほへの誕生日プレゼントである。※1
「なにすればいいのかな」
「なにって、本を買う以外のことはできないと思うけど」
「おかねのかわりにだすの?」
「そうだよ」
「ふうん……」
図書カードを返す。
うにゅほが口元を隠し、言った。
「つかったらなくなっちゃうねえ……」
「え、あー……」
なるほど、それで躊躇っていたのか。
「ぜんぶ使っても、カードはなくならないよ」
「そなの?」
うにゅほが目をぱちくりさせる。
「えー……と、そうだな、どう説明したらいいのかな」
しばし黙考し、言葉をひねり出す。
「……そのカードは、そう、財布みたいなものなんだよ」
「さいふ?」
「カードのなかに見えないお金が入ってて、それで支払いをするわけだ。
 お金がなくなっても、財布は残るだろ」
「なくならないんだ」
「ああ」
「そっかー」
図書カードを再び掲げ、うにゅほがこくこくと頷いた。
「なにかえばいいのかな」
「そこまでは相談に乗れないなあ」
「まんが?」
「漫画でもいいけど」
「うーん……」
漫画に使ってしまってはなんとなくもったいないような気もするが、そこはうにゅほの自由である。
「ふはは、悩むがいい」
「ぶー」
良い買い物ができますように。

※1 2013年10月15日(火)参照



2013年12月29日(日)

「──…………」
そわそわと落ち着かない自分を自覚する。
うにゅほの姿が見えない。
買い物に行っているとか、リビングでテレビを見ているとかではなく、なんとなくいない。
「──…………」
無言で首筋を撫でる。
出かけてはいないはずだ。
たぶん、一階にいるのだろう。
「──……さて、と」
おもむろに腰を上げる。
うにゅほの所在を確かめないと、気が散って仕方がない。
依存されているという意識はあったが、こちらもそうだとは思っていなかった。
寄り添って立つ、というのは、そういうことなのかもしれない。
「ごうん、ごうん、ごうん──」
階段を下りると、楽しげな声が耳に届いた。
一階を覗く。
「あ、◯◯」
年代物の餅つき機の前で、うにゅほが正座していた。
「あー、そうか、年の瀬だもんな」
「おもち」
「××は餅つき好きだなあ」
「うん」
去年も一昨年も、こうして餅つき機の前に座っていた気がする。
「きょうのばんごはん、おもちだよ」
「とりつけ餅だっけ」
「そんなの」
「つきたてのきなこ餅は絶品だからなあ」
「──…………」
うんうんと頷く。
「あとは、納豆と大根おろしか」
「なっとう……」
「納豆はいらないよな」
「──…………」
うんうんと強く頷く。
「大根おろしは?」
「だいこん、すこしでいい」
「うちの子たちはきなこ餅しか食べないって、母さんにまた文句言われるな」
「いわれる」
くすくすと笑い合う。
「──よいしょ、と」
うにゅほの隣に腰を下ろした。
「俺も、つきあがるまで待とう」
「うん」
ごうん、ごうん、といううにゅほの呟きを聞きながら、年の瀬らしくなくのんびりしていた。



2013年12月30日(月)

「あー……」
背中を反らし、伸びをする。
「腰いってぇー……」
「ひさしぶり?」
「そだな、最近はずっと平気だったから」
上半身を捻ると、どこかの骨が小さく音を立てた。
「ここしばらく寝てばっかだったもんなあ……」
「ぐあいわるいの、しかたないよ」
「そうなんだけどさ……」
うにゅほの寝床に腰を下ろす。
「ふみふみする?」
「頼むう」
うにゅほは非力である。
指でマッサージをしてもらうより、足で踏んでもらったほうが、手っ取り早いし気持ちいい。
「ふみふみはいいけど、落ちないようにな」
「うん」
しゃら。
うにゅほがカーテンを掴む音が聞こえた。
強度は心もとないが、バランスを取るには十分だろう。
「きもちいい?」
「あ゙ー……」
しばし腰を踏んでもらうと、心なしか痛みが和らいだ気がした。
「さんきゅー」
「うん」
ぽす。
背中に柔らかな重み。
うにゅほが腰を下ろしたのだ。
「どした?」
「こしもむ」
「ふみふみだけでいいよ」
「いちおう、もむ」
うにゅほには何故かマッサージ師としての矜持があるようで、足踏みだけでは納得がいかないらしい。
マッサージクッションにも対抗心を持っているくらいだからなあ。
「きもちいい?」
「ああ」
「きく?」
「効く効く」
「♪」
指圧に合わせて腰が動いている。
なんとなく心地いい。
「××」
「?」
「尻はべつに揉まなくても」
「おしりもいいんだよ」
「──…………」
べつにいいけど。
そのまま南下していき、ふくらはぎを揉まれたところでマッサージが終了した。
なんだかんだで効いたかもしれない。



2013年12月31日(火)

「さて、大掃除だ!」
「おー!」
とは言え、俺たちの部屋はさほど汚れていないし、そこそこ片付いてもいる。
うにゅほがまめに掃除をしてくれているからだ。
しかし、ホコリがないわけではない。
「とりあえず、ストーブとかテーブルとか隅に寄せよう」
「はい」
うにゅほには、布団であれクッションであれ障害物を避けて掃除機をかける癖があるのだ。
やってもらっている立場なので注文をつけたことはないが、数週間単位で見るとホコリが目立つ箇所も出てくる。
その垢をすべて落としてしまおう、という趣旨なのである。
「ダスキン貸して」
「はい」
「ソファどけよう」
「うん」
「俺がコードまとめるから、掃除機かけて」
「はい」
二時間ほど作業して、
「──大掃除、終わり!」
「おわりー!」
最後に空気の入れ換えをして、いよいよ新年を迎える準備が整った。
「よーし、寿司だ寿司」
「おすしすき?」
「かなり好き」
母親とうにゅほが握った寿司を頬張りながら、ほろ酔い気分でガキの使いを見ていると、いつの間にか年が明けていた。
「××、あけましておめでとう」
「──……んぃ」
「おめでとう」
「おめれとう……?」
ラグの上で丸くなっていたうにゅほの頬をぺちぺちと叩き、新年の挨拶をした。
「寝るなら布団な」
「うん……」
うにゅほがふらふらと立ち上がる。
「あ、いちおう神棚に挨拶しておくか?」
「する……」
ふたりで神棚の前に並び、ぱんぱんと手を叩く。
「──…………」
目を閉じ、今年一年の無事を祈念する。
「──……む……」
「?」
うにゅほの呟く声が耳に届いた。
「なむ、へんじょ、なむなむ……」
それ神道ちがう。
まあ、でも、そんなことでへそ曲げるほど、神様も狭量ではあるまい。
うにゅほを寝床へと送り届け、本日の日記を書いている。
あけましておめでとうございます。


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