>> 2012年2月




2012年2月1日(水)

ここ二週間ほど、髪の毛がぺったりと寝て、河童のようになっている。
物は試しと購入した安いヘッドホンのせいだ。※1
なにも考えずに買ったせいで、それ以外にもいくつかの弊害が生まれている。
イヤホンであればうにゅほと片方ずつ着けることができるのだが、ヘッドホンだとさすがに不可能だった。
過去形なのは他でもなく、一度試してみたからだ。
ほっぺたをくっつけ合いながら、二人の頭を挟む形で無理に装着してみたが、こめかみで音は聞けない。
最終的に音量を大きくして、スピーカー代わりにしていたのだが、音が篭もって聞き取りにくい。
おまけに、PCの音量を戻し忘れて一人悶絶したことも、覚えているだけで二度はある。
と、いうわけで、ヤマダ電機で980円の耳掛けイヤホンを買ってきた。
平日昼間の電機屋は、うにゅほにとっていい遊び場である。
物珍しさと人気のなさが揃っている場所など、あまりない。
平日のゲームセンターも条件は整っているが、プライズゲーム以外はうにゅほが尻込みするので、コストパフォーマンスが非常に悪い。
その点、電機屋は金がかからないので、とてもいい。
炊飯器で十分も潰せるのは、うにゅほくらいのものだろうけど。
マッサージチェアに座るのは自重しておこうと思ったのだが、何故かうにゅほが真っ先に座っていた。
「いたい、いたい!」
と言いながら笑うので、なんだか微笑ましくなって、俺も隣に座った。
うにゅほの機嫌がいいと、俺も楽しい。

※1 2012年1月18日(水)参照



2012年2月2日(木)

還付申告のために税務署へ行った。
なにも面白いことはない、とちゃんと伝えているのだが、うにゅほは今日もついてきた。
外出するのが好きなのだろう。
会話の相手がいたほうが退屈しなくて済むので、ありがたいことはありがたい。
毎年のことだが手続きに結構な時間がかかるので、税務署から出ないよう厳命して、一旦別れた。
携帯もあるし、財布も持っている。
ゲオでの一件※1があったのですこし心配だったが、うにゅほもそこまで子供ではない。
意外と子供ではない。
恐らく子供ではない。
手続きを済ませて部屋を出ると、うにゅほはホールに据えられたベンチに腰掛けて待っていた。
ほっと胸を撫で下ろしたとき、うにゅほが棒付きキャンディをくわえていることに気がついた。
外出先で目を離すと、高確率で誰かに飴をもらっている。
もらう瞬間は、一度も見たことがない。
もやもやとした不安が残る。
帰り際、ローソンに寄ってからあげクン柚子こしょうマヨネーズ味を買った。
俺もうにゅほも好物なのだ。
ジャンケンで負けたので、うにゅほに三個取られた。
五戦一勝四敗である。

※1 2012年1月30日(月)参照



2012年2月3日(金)

うにゅほを連れて整骨院へ行った。
施術を終えて戻ってくると、うにゅほがまた飴を舐めていた。
いや、いくらなんでもおかしいだろう。
そう思い、誰にもらったのかを問うと、うにゅほはきょとんと俺を見上げて、
「あそこ」
と待合室の一角を指さした。
そこには「ご自由にお持ちください」と書かれた、飴入りのカゴが置いてあった。
あー。
なんだかすこし、ほっとした。
いずれうにゅほが誘拐されてしまいそうで、不安だったのだ。
しかしよく考えると、これで説明がつくのは整骨院のときだけであって、やたら飴をもらうことに変わりはない。
なるべく目を離さないようにしよう。
夕方、豆まきをした。
「落花生が変なところに入り込まないよう細心の注意を払いながら、鬼を殲滅せよ」
という困難極まりないミッションに挑戦し、途中でテンションが上がってテレビ台の下に孫の手を挿し込むことになったうにゅほである。
夕食は恵方巻きだった。
どっちかにした方がいいのではないか。
もくもくと恵方巻きを食べている最中、父親に話しかけられて、普通に相槌を打っていたうにゅほである。
父親はこのトラップを毎年やるので、来年こそは気を抜くんじゃないぞ。



2012年2月4日(土)

特になにもない日、というものは、ままあるものだ。
どこにも出かけず、誰も来ず、特筆すべきことなどなにもない。
ちょうど、今日がそんな日だった。
なにもないまま日が暮れて、のんべんだらりと過ごした一日を思い返し、これではいかんと考えた。
「特になにもありませんでした」では、のび太の日記と変わらない。
日記に書くためになにかをする。
本末転倒ではあるが、怠惰に日々を過ごすより、いくらかましと思いたい。
というわけで、デスクに頬杖をつきながら、うにゅほをじっと観察してみることにした。
うにゅほはソファにうつぶせの状態で、上半身をわずかに逸らし、みなみけ2巻を読んでいた。
うにゅほが読書をするときのお決まりの姿勢である。
仰向けの状態で膝を曲げていることもあるが、スカートのときはやめろと注意しているので、頻度は少ない。
よく漫画などで、読んでいる本の展開に合わせて表情の変わるキャラクターがいるが、うにゅほはそうではない。
眉根を寄せた真剣な表情のまま、じっとページを睨み続けている。
ただ、時折足をぱたぱたとバタつかせることがあって、それが琴線に触れたときなのだと思っている。
「◯◯?」
うにゅほが俺の視線に気づき、名前を呼んだ。
そして、みなみけ2巻のページを指し示し、問う。
「これ、みんなどこにいるの?」
ああ、背景ないもんな。
「私服なら家、制服なら学校の可能性が高い」
とだけ伝え、チェアに戻った。
そのまま十分くらい、うにゅほを見ていた。



2012年2月5日(日)

年に一枚だけ、R-18のイラストを描いている。
ああ今年もそんな時期かとSAIを起動させ、ふと右に視線をやった。
うにゅほがいる。
うにゅほがさほどディスプレイに興味を示さないとは言え、未成年の女の子がいる空間で、肌色のイラストなど描けるわけがない。
自然、うにゅほが寝入ったあとや、リビングでテレビを見ている隙を狙い、しこしこと作業を進めることになる。
これが意外に楽しい。
うにゅほが部屋の扉を開けた瞬間、何食わぬ顔でペンをマウスに持ち替え、SAIを最小化する。
この感覚が、両親に隠れて十八歳未満お断りのサイトを見ていた頃によく似ていて、なんだか懐かしい気がしたのだと思う。
昼間、イラストを描き上げた。
夕方、うにゅほがちびまる子ちゃんを見るためにリビングへ行った際、さっとpixivに投稿した。
達成感に包まれる、と思っていた。
けれど、実際に得たものは、もやもやとした罪悪感だった。
我に返った、とも言える。
罪悪感を誤魔化すためにリビングへ行くと、うにゅほの笑顔が待っていて、刺さった。
さらに、テレビではまる子が身体測定のために半裸になっていて、もうなにがなんだか。
来年は無乳ではなく、ちゃんとおっぱいを描くべきだろうか。



2012年2月6日(月)

ソファで今週のジャンプを読み返していると、腕に触れていた体温が離れた。
うにゅほが心なしか狭い歩幅で部屋を出ていく。
ジャンプに視線を戻し、パッキーの行く末を案じていると、
「◯◯! ◯◯!」
と、うにゅほが俺の名を呼びながら、部屋に駆け戻った。
「トイレの電気、つかないよ!」
ああ、そうだった。
昨日の深夜、電灯のスイッチが壊れていることに気づいたのだが、家族に伝えるのをすっかり忘れていた。
採光窓があるので、昼間はまったく困らないが、日が沈んだあとは個室内が真っ暗になる。
一階にもトイレがあるので、とりあえずそちらで用を足してこいと告げると、うにゅほは遠慮がちに首を振った。
あくまでホームグラウンドで勝負したいらしい。
他の家族が留守にしているとは言え、さすがに扉を開けたままバルブを緩めるのは黙認できない。
なんとか一階のトイレに行くよう説得しかけたとき、うにゅほに手首を掴まれた。
手を引かれるまま、トイレの前へ。
「おねがい、なんかおはなしして!」
と言って、うにゅほは暗い個室内へと姿を消した。
なにか、と言われても、困る。
とりあえず直前まで考えていた、パッキー打ち切りの可能性とその論拠について語っていると、水を流す音と共にうにゅほが出てきた。
すっきりとした顔をしている。
なんだか内容は聞き取れなかったけれど、とりあえず俺の声が聞こえていたので、安心だったらしい。
世にも奇妙な物語のテーマでもアカペラで歌ってやればよかった。



2012年2月7日(火)

うにゅほは俺がイラストを描くことを、快く思っていない。
……気がする。
ペンを持ってPCに向かい始めると、途端に言葉の数が多くなる。
……気がする。
年末、約一年ぶりにイラストを描いた。※1
それまでシャープペンシルを使ったアナログ絵を主体としてきたが、再発した持病のせいか、はたまた薬の副作用か、手が震えて細かい作業ができなくなってしまった。
ペンタブは以前から持っていたのだが、CGに馴染むことができず、放置したままだった。
現状の画力の確認と、CGに慣れる意味で、試しに本気で取り組んでみると、まるまる十日かかってしまった。
そのとき、いささか集中しすぎてしまったらしく、うにゅほとの会話が著しく減ってしまったのだ。
それを引きずっているのではないか、と睨んでいる。
さて、どうすべきか。
考えてみると打開策は、案外容易に思い浮かんだ。
うにゅほの好きなキャラを描けばいいのである。
というわけで、最近うにゅほがお気に入りの、ニャンコ先生(夏目友人帳)をさらっと描いてみた。
反応は上々も上々で、俺の隣で目をきらきらとさせながら、ディスプレイを食い入るように見つめていた。
嬉しいが、描きにくい。
携帯の待ち受けにしてあげると、心の底から嬉しそうに礼を言ってくれた。
たまに好きなキャラを描いてあげよう。
そうしよう。

※1 2011年12月23日(金)参照



2012年2月8日(水)

最近の昼食はもっぱら、卵をふたつ使った目玉焼きである。
大きめのフライパンに卵をよっつ落として、しかるのちフライ返しで縦に割る。
出来上がった二人分の目玉焼きを、うにゅほと並んでいただくのだ。
何故朝食でないか。
それは、朝食の時間に俺が起きていないからだ。
何故目玉焼きか。
それは、うにゅほのレパートリーがそれしかないからである。
ちなみに両親は昼食の時刻にほとんどおらず、弟はなにを食べているのかわからない。
霞でも啜っているのではないか。
目玉焼きは、飽きるといった手合いの料理ではないので、毎日食べるのは構わない。
しかし、既に完璧と言っていいレパートリーを反復する意義とはなにか。
疑問に思った俺は、うにゅほに新しい料理を教えることにした。
目玉焼きではなく、玉子焼きである。
材料も同じで取っ掛かりやすく、かつ熟練度が結果に直結する。
俺は専用のフライパンを取り出すと、半分に切った魚肉ソーセージを芯にして、流し込んだ溶き卵を巻いていった。
久しぶりだったが、なんとか形にはなった。
うにゅほも俺を真似てフライパンへと向かったが、箸の正しい使い方を覚えたばかりということもあり、ゆるく握った手ぬぐいのような見た目になってしまった。
作り方さえわかれば、あとは慣れだ。
軽く落ち込んだ様子のうにゅほにそう言って、切った玉子焼きを口に入れた。
焦げた玉子と、魚肉ソーセージの味がする。
溶き卵に味をつけるのを忘れていた。
食卓テーブルに二人並んで、マヨネーズをぶりぶりかけていただいた。



2012年2月9日(木)

ビッグねむネコぬいぐるみが、うにゅほの膝の上で圧縮されていた。
うにゅほは初日だけをやり過ごせば、随分楽になるタイプらしい。
痛み止めを飲めばいいのではないかと提案したが、母親に却下された。
薬は体に悪いのだという。
そういうものか、と納得したが、見守るだけというのも芸がない。
とりあえず、気を紛らわせればいいのだ。
俺はうにゅほの眼前で膝をつくと、体型のわりに肉付きの良いほっぺたを、むにっとつまんだ。
じー。
じっと、見つめられた。
体感で一分ほどの時間が経ち、俺は根負けして視線を逸らした。
予定では、嫌がるうにゅほに追撃をかけて、なんかちょっとお茶目な感じのそういう雰囲気を作り上げるはずだったのだ。
初手でつまづいてしまった。
というか、ちょっとは嫌がれよ。
俺がそう言うと、うにゅほは小首をかしげた。
つまんでいたほっぺたが、さらに伸びる。
口内に空気が入ったのか、頬の内側から変な音がして、思わず互いに吹き出した。
その後は、隣に座って漫画を読んでいた。
穏やかな一日だった。



2012年2月10日(金)

うにゅほは案外、健啖である。
決して大食いではないし、好き嫌いこそあるものの、見た目の印象よりよく食べる。
ふとテレビに映ったCMに食欲を刺激されたのか、無言でねだられたので、食べに行くことにした。
腹が痛むときは食欲も失せると思うのだが、性別が違うと感覚も違うのだろうか。
軽食を済ませて自動車を出すと、すぐ後ろにパトカーが張り付いた。
ああ、いつもそうなのだ。
シートベルトを忘れたときに限って、パトカーが通りかかる。
うにゅほがちゃんとシートベルトをしているのを確認し、胸をなで下ろした。
不安げな表情を浮かべるうにゅほに、
「五分くらいで戻ってくるから」
と告げて、自動車を降りた。
フライドチキンとフライドチキンで具を挟むという暴挙について、警察官とひとしきり盛り上がってから車に戻ると、うにゅほが腹を押さえていた。
軽食が軽食じゃなかったせいか、あるいはストレスが原因か。
俺は意を決して、うにゅほの上着のなかに手を滑りこませた。
腹巻の上から、うにゅほの腹部を撫でる。
患部に手を当てると、痛みが和らぐ。
それが「手当て」という言葉の語源なのだと、聞いたことがあった。
数分ほどで痛みは収まったようだが、なんだかいけないことをしているようで、ずっと落ち着かなかった。



2012年2月11日(土)

うにゅほは灯油の匂いが好きだ。
それも、読者諸兄の想像以上に、である。
俺とうにゅほの部屋にあるファンヒーターは、節約しても三日に一度ほど給油ランプが点灯する。
そのたび空になった灯油タンクを取り出して、玄関へと赴く。
玄関には、灯油の入ったポリタンクが、いくつか並べて置いてあるからだ。
ずっしりと重みを増した灯油タンクを手に戻り、ファンヒーターにセットする。
この一連の作業で、どうしても避けられないことがある。
灯油が指に付着してしまうのだ。
一週間ほど前、特に他意なく指に付着した灯油の匂いを嗅がせてみると、やたら気に入られてしまった。
俺の手を取り、目を輝かせながら、ふんすふんすと鼻を鳴らす。
マタタビか何かか。
そのうちポリタンクの蓋を開けて、鼻を突っ込み始めるのではないか。
うすら寒いものを感じながら部屋に戻ると、案の定うにゅほが駆け寄ってきた。
うにゅほは俺の人差し指を鼻の近くに持っていくと、眉をひそめて渋い顔をした。
そういえば今日は、灯油がタンクの蓋から垂れていたので、指で拭い取ったのだった。
灯油そのものの匂いは、どうも駄目らしい。
数分置きに何度か嗅がれて、やがて丁度よいくらいに希釈されたのか、今日もしばらく手を取られていた。
なんだこれ。



2012年2月12日(日)

うにゅほには友人がいない。
これは、ある意味では当然のことだ。
うにゅほの人間関係は、ごく小さな単位で閉じている。
俺と、両親と、弟と、祖母。あと犬。
言うまでもないことだが、これらは家族であり、友人ではない。
そして、うにゅほが家族以外の人間と会話をするには、なんらかの形で俺を介する必要がある。
人見知りここに極まれり、といった有様だ。
当然、俺はうにゅほの交友関係を完全に把握していることになる。
その立場から、もう一度断言しよう。
うにゅほには友人がいない。
隣家に住む祖母の友人(八十代女性)がうにゅほを気に入っていて、来るたびに饅頭だのシュークリームだのをくれるのだが、それを友人と呼んで構わないなら、一人だけいることになるが。
ともあれ、このままでいいのだろうか。
うにゅほの年齢なら、学校に通っていて当然のはずだ。
望むまま部屋に引きこもらせて、ひたひたになるまでぬるま湯に浸からせておくのは、果たして、果たして。
そう考えた俺は、ソファで横になりながら苺ましまろを読んでいるうにゅほに、
「美羽みたいな友達、欲しいって思わないのか?」
と尋ねた。
「◯◯がいたら、いい」
と、返された。
あ。
やばい。
一発でほだされた。
思い出してもやばいので今日の日記はここまでです。



2012年2月13日(月)

祖母を病院へ送迎している件は、以前にも何度か書いたように思う。
うにゅほはそれに、ついてくることも、ついてこないこともある。
施術に時間がかかる病院は、祖母を病院へ置いて一旦帰り、電話を受けてから迎えに行く。
そうでない病院は、駐車場でしばらく待っている。
後者の場合は、よくついてくる。
どうも、俺を一人にさせないことに、なみなみならぬ情熱を傾けているらしい。
普通、逆じゃないのか。
うにゅほが抱く俺像について、一度膝を突き合わせて話す必要がありそうだ。
祖母を降ろし、ローソンでジャンプとからあげクンを購入して、眼科の駐車場へ戻った。
祖母が助手席に乗っていたので、うにゅほは後部座席である。
ローソンで一度降りたとき、乗り換えないのかと尋ねたのだが、やんわりと遠慮されてしまった。
うにゅほと祖母の関係は、険悪ではないまでも、良好とは言えない。
ジャンプを肩のあたりに掲げ、後部座席のうにゅほに見えるようにして、ページを繰った。
うにゅほの好きなONE PIECEやパッキーから読み進めて、巻頭カラーのBLEACHに戻ったころ、シートが後ろから押される感覚があった。
振り向くと、シートの肩あたりに、うにゅほが額を押し付けていた。
寝落ちしていた。
カーヒーターをつけたままにしておくと、真冬でも小春日和のような気温になる。
俺はジャンプを閉じ、ヒーターを弱めると、腹の上で指を組んで、目を閉じた。
うにゅほの呼吸音が、左耳をくすぐっていた。



2012年2月14日(火)

聖ヴァレンティヌスが撲殺された日である。
また、四週間に一度の病院の日でもある。
いつもならうにゅほがついてくるところだが、今日は笑顔で見送られた。
母親と買い物に行くのだそうである。
ここで、読者諸兄に問いたい。
期待するのが自然だろう?
なにをって、言うまでもない。
茶色くて甘くて、口のなかでとろける菓子を、うにゅほから手渡されることをだ!
俺の立場にあれば、どんな聖人だって胸を躍らせる。
一切の異論に対し、聞く耳は持たない。
結論から言おう。
うにゅほは、チョコレートをくれた。
たけのこの里を、くれた。
バレンタインについての理解の浅さが如実に表れたセレクトと言える。
弟にもたけのこの里、父親にはきのこの山であった。
喜ぶべきなのだが、いささか期待値が高すぎたせいか、いまいち喜べない。
そんなもやもやとした感情を抱えていると、菓子の箱を開ける小気味良い音が聞こえた。
横を見ると、うにゅほがたけのこの里をひとつ、俺の口に突っ込んだ。
「おいしい?」
うまい。
やはり、きのこよりたけのこである。
牛乳を用意して、二人で半分ずつ食べた。



2012年2月15日(水)

うにゅほは漫画ばかり読んでいるわけではない。
たしかに漫画しか読まないが、リビングでテレビだって見る。
新聞のテレビ欄くらいなら、読むこともある。
他にも部屋の掃除や日々の雑事などで、昼間からのんびりしていることはあまりない。
それでもぽっかりと時間が空くことがあって、そういうときはソファでぼんやりとしているのが常だった。
しかし最近、別の楽しみを覚えたようだ。
ぬいぐるみ遊びである。
お嬢ちゃんはいったいいくつだね。
使用しているのは、東方ふにふにぬいぐるみシリーズ06【ちぇん】である。
飾り棚の奥でそっと座っているのを見つけたらしい。
ぬいぐるみの手足を動かしながらくすくすと笑っているのは、可愛らしいがすこし怖い。
そして、お嬢ちゃんはいったいいくつだね。
今日は俺も暇だったので、ぬいぐるみ遊びに参加することにした。
飾り棚の奥を漁り、右手にゆっくり霊夢(中)、左手にゆっくり魔理沙(中)を装備する。
さあ、戦争の始まりだ!
平和に過ごすふにふにちぇんを襲う、ふたつの巨大まんじゅう。
応戦するちぇんの右手から放たれる──ビーム!? そんな馬鹿な!
そして現れた味方は、ゆっくり霊夢のクローン(ゆっくりスリッパ・霊夢)であった……。
劇場版・ゆっくり大戦争 coming soon...
ちょっと面白かった。



2012年2月16日(木)

一週間ほど前から、自動車を修理に出していた。
ファンベルトが切れただけなのだが、取り寄せに時間がかかったらしい。
修理工場は徒歩圏内にある。
自動車を受け取り、そのままDVDを返却しに行こうと、うにゅほと二人で家を出た。
修理工場に併設されたプレハブ小屋に入ると、ストーブの前にホルスタイン柄の猫がいた。
「……ねこ?」
猫以外の何物であろう。
北海道は積雪のせいもあり、野良猫が少ない。
猫に触れる機会がほとんどないため、物珍しいのかもしれないと思った。
「その猫、もう年なんで、なにをされても怒らないんですよ」
事務員の人がそう言った。
うにゅほが老猫のそばに膝をついたまま、俺を振り返った。
俺は、頷いてみせた。
うにゅほが老猫の腹にそっと手を置くと、ぴくん、と僅かに身じろぎした。
そして撫でやすいようにか、億劫そうに横腹を見せた。
俺が修理費用の支払いを済ませても、うにゅほはしばらく老猫を撫でていた。
「ねこの毛って、やわらかいね」
うにゅほは自動車のなかで、自分の手を見つめながらそう言った。
犬の毛は、すこし固いものな。
ちなみに、俺も別れ際、一分ほど撫でた。



2012年2月17日(金)

夕食が少なければ、理の当然として、深夜に小腹がすくものだ。
家族が寝入ったあと、俺は半端な空腹を抱いたまま、デスクに突っ伏していた。
冷蔵庫には、チーズがある。
魚肉ソーセージもあったはずだ。
冷凍ウインナーも、あったかもしれない。
しかし、もうすぐ就寝するという時間になって、空腹を満たすほどの量を食べるには、脇腹の贅肉がいささか気にかかる。
そこで、ふと閃いた。
スープを作ろう。
九分九厘水分だから腹が膨らむほど飲んでも問題ないし、体が温まるのも好ましい。
沸騰させた湯に中華スープの素を溶いて、卵をひとつ落とし、塩コショウで味を調えた。
部屋でスープをちびちび飲んでいると、匂いに誘われてか、うにゅほが起きだした。
「なに飲んでるの?」
「一口どうぞ」
「ちょっと、しょっぱいね」
「俺は濃い目が好きなんだよ」
たまには夜更かしもいいだろう。
鍋からスープが消えるまで二人で話をして、体が冷えないうちに布団へ入った。
同じ時間に寝るのは久しぶりである。
だから、暗闇のなかで、目を閉じながら話をするのも、久しぶりだった。
うにゅほの声がとろんとしてきたあたりで、口をつぐんだ。
半日ほど経ってから話を聞いたところ、うにゅほはいつも通りの時刻に、ちゃんと目を覚ましたらしい。
相変わらず、強靭な体内時計である。



2012年2月18日(土)

伯父の経営する床屋へ行った。
二度目の訪問ということもあり、うにゅほもさほど緊張していないように見えた。
店内に入り、伯父と二言三言会話をして、理容椅子へと腰掛けた。
うにゅほが伯母に促され、居住スペースへ上がるのを鏡越しに確認して、眼鏡を外した。
伯父と適当な会話をしているうちに、散髪が終わった。
良いも悪いもない、いつも通りの仕上がりである。
伯母の愚痴を延々と聞かされていたであろう※1うにゅほと合流し、伯父に挨拶をして、自動車に乗り込んだ。
思えばこのときから、うにゅほの口数が少なかった気がする。
ギアをローに入れて発進し、最初の赤信号で止まった際、うにゅほがなんだかそわそわしていることに気がついた。
どうしたのか問うと、
「……トイレ」
と、蚊の鳴くような声で答えた。
コンビニを見かけるなり寄るとして、何故伯父の家で用を足さなかったのだろう。
そう尋ねようとして、すこし言葉を探しているうち、ふと察した。
伯父の家は、水洗の和式便所である。
なるほど。
うにゅほが和式便器を見てなにを思ったのか、聞いてみたい気がしたが、さすがにデリカシーに欠けるので、心に留め置いた。

※1
土曜日の昼間にも関わらず、客が親戚しかいない寂れた床屋の奥方が、夫の耳の届かない場で話すことは愚痴しかあるまい、という偏見に基づく推測である。
実際になにを話していたかは尋ねていない。



2012年2月19日(日)

何度か書いていると思うが、最近の趣味は映画観賞である。
名前に見覚えのある洋画を片っ端から借りている。
個人的な好みはサイコサスペンス、サイコスリラー等であるが、当然ながらこれらをうにゅほと見ることはない。
ならば、どんな映画であれば一緒に見るのか。
それにはいくつか条件があって、
・恐怖シーンがないもの
・グロテスクなシーンがないもの
・ベッドシーンがないもの
である。
先のふたつはパッケージから容易に推測できるが、避けがたいのは三番目だ。
洋画、特にコメディは、オウムの挨拶と同じくらいわけのわからないタイミングで、かつ唐突にベッドシーンへと入るため、油断できない。
従って、俺が一度観賞し、選別した後、うにゅほにも理解できそうな映画のみを一緒に見ることになる。
うにゅほの情操教育が云々と言うより、単に俺が気まずい思いをしたくないだけである。
今日、うにゅほを手招いて再生ボタンを押したのは、1968年版「アルジャーノンに花束を」だった。
知的障害者の主人公が、脳の手術によって天才になるが、やがて知能が退行していくという物語である。
古い映画らしく、スタッフロールもなしにぶつりと再生の終わったディスプレイを見ながら、うにゅほはすこしぼんやりとしていた。
「……◯◯なら、頭のよくなる手術、する?」
すこし考えて、首を振った。
失うとわかっているものを得るのは、恐ろしい。
特に、その価値が高ければ高いほど。
そう答えると、
「◯◯にもこわいもの、あるんだ!」
と、意外そうな顔をされた。
失礼な、と思ったが、うにゅほからすれば恐怖の対象でしかないような映画を好んで見ているのだから、その認識も仕方ないのかもしれない。
字幕だからすこし難しいかと思ったが、ちゃんと理解していたようで、よかった。
明日は、一緒に借りてきたアポロ13でも見ようか。



2012年2月20日(月)

夜半から感じ始めた悪寒が、朝になっても続いていた。
これは問題だ。
うにゅほを含めた家族に風邪をうつすわけにはいかない、というのもそうだが、明日はスキーへ行く予定なのだ。
新型インフルエンザ騒動の際に大量購入したマスクを装着して、昼間は横になっていた。
夢と現の境で、なにかを悟ったような気がしたが、起きると覚えていなかった。
「だいじょぶ?」
感染症かもしれないということで、部屋の外に出ていてもらったはずのうにゅほが、いつの間にか隣にいた。
ちゃんとマスクをしている辺り、彼女なりに考えたようなので、なにも言わなかった。
体を起こすと、完調とは言いがたいが、床に臥すにはいささか元気すぎる程度だった。
予定をキャンセルせずに済みそうである。
どてらを着込み、マスクを取り替え、靴下を履いて、ストーブをつけた。
これで冷えピタを額に貼りつけたら、布団に戻れと言われること請け合いの病人ルックであるが、幸いにしてそこまで体調は悪くない。
かと言って、ジャンプを買いに外へ出るほど迂闊でもない。
どう暇を潰そうかと考えていると、昨日の日記で「アポロ13でも見ようか」と書いたことを思い出した。
アポロ13号の爆発事故を元にした映画である。
うにゅほには退屈かもしれない、と思っていたら、案の定寝落ちした。
まあ、ちょっと長いしな、この映画。
俺の座るチェアの肘掛けに突っ伏した、うにゅほの頭に手を置きながら、二日前にも見たアポロ13を、一人黙々と観賞していた。



2012年2月21日(火)

本州から来た友人とスキーへ行った。
ここは北海道、雪国である。
知人を頼れば、サイズの合うスキーセット一式くらいはなんとか揃えられる。
不安なのはブーツだが、それもスキー場でレンタル可能だ。
うにゅほはただ、頷くだけでいい。
しかし、かねてよりの説得にも関わらず、うにゅほは同行しなかった。
人見知り、とは違うらしい。
なんだか怯えているような素振りさえ散見されて、いささか気にはなっていた。
待ち合わせの時刻が近づき、「行ってきます」と家を出ようとした瞬間、うにゅほが背中に抱きついた。
「いかないで!」
と、言われても。
引き剥がすこともできずに困っていると、母親が二階から下りてきて、宥めてくれた。
時間も押していたので、その隙に出発した。
たっぷり六時間ほど滑り、友人と別れて帰宅すると、うにゅほが安心したような笑顔で出迎えてくれた。
嬉しいのだが、よくわからない。
困惑していると、母親が事情を説明してくれた。
どうやら、なにかで雪山遭難のシーンを見たらしく、それとスキーが直結してしまっていたようだ。
話によると漫画らしいのだが、そういったシーンが描かれているものは、本棚のラインナップにはない。
俺の覚えている限り、と但し書きはつくけれど。
なにで読んだのか、肝心なところを覚えていないのは、実にうにゅほらしい。
母親がyoutubeでスキーの動画を見せたことと、俺が無事に帰ってきたことで、ある程度は不安を払拭できたようだ。
できれば今シーズン中に一度、うにゅほを連れて近場のスキー場へ行きたいと思っている。
「女の子にスキーを教える」という行為は、道民にとって叶えがたい憧れと言える。
北海道で生まれ育った女性は、高確率で経験者だからである。



2012年2月22日(水)

引きはじめにスキーへ行ったことで、風邪が半端に悪化してしまった。
半端に、というのが実に厄介なところである。
寝込むほどに体調が悪ければ、布団から出ようなんて気は起こらないし、朦朧として時間が経つのも早い。
結果として、風邪も早く治る。
半端に悪いと、床に就いても目が冴えたまま、ただただ苦痛である。
結果、気晴らしに家のなかをあてどもなくうろつき回り、風邪も長引いてしまう。
昼間はうにゅほの無言の圧力により、トイレと布団との往復以外を禁じられていた俺だが、日没を迎え、いよいよもって耐え難くなった。
どてらに靴下、マスクという、隙の生じぬ完全防備と引き換えに、ようやく自由を得ることができた。
することは家内徘徊だが、気は楽である。
夕飯の手伝いか、ピーラーを使って芋の皮を剥くうにゅほをぼんやり見ていると、母親の携帯が鳴った。
用事ができたらしく、うにゅほの監督を任された。
包丁を扱う許可が、まだ出ていないらしい。
ピーラーで指の皮まで剥いてしまいそうな手さばきを見るに、当然の判断と言える。
ただ見ているのも忍びなく、手伝おうとしたところ、
「病気のひとは、だめ!」
とにべなく一蹴されてしまった。
体調が悪いときは、うにゅほがやたらと強い。
自主性が云々とか、責任感がどうこうとか、とりとめもなく考えているうちに、母親が帰ってきた。
夕飯は肉じゃがだった。



2012年2月23日(木)

まだ完調とは言いがたいが、外出しなければならなくなった。
DVDの返却期限が今日であることに気づいたためである。
夜の帳に呼応するように凍結した路面は、慣れた者にも傾注を強いるほど、滑った。
二度ほどコントロールを失ったのだが、うにゅほはそれが楽しいらしい。
修理費用のことを考えなければならない俺は、とても笑っていられない。
ともあれ、うにゅほは絶叫マシンと相性が良さそうだ、と思った。
ゲオに着き、返却ボックスに手提げ袋を放り込んで、新刊コーナーへ向かった。
イカ娘11巻があった。
新刊コーナーで見かけるたび、何巻まで持っていたか確証が持てず、買い逃してきた11巻である。
本棚には、10巻までしかなかった気がする。
気がする、のだが。
どうにも自分の記憶に信用が置けず、うにゅほに尋ねた。
「イカ娘って、何巻まで持ってたっけ」
うにゅほは渋い表情を浮かべながら小首をかしげ、
「10巻……?」
と答えた。
まあ、二人ともそう記憶しているなら、そうなのだろう。
イカ娘11巻を購入し、DVDをいくつか見繕って、帰宅した。
俺は漫画を購入しても、すぐには読む気にならず、しばらく置いておく。
うにゅほはその逆だ。
袋から上機嫌でイカ娘を取り出すうにゅほを尻目に、本棚を確認した。
イカ娘は、10巻までしかなかった。
記憶通りであることに満足してチェアに腰を下ろしたとき、うにゅほの様子が不審なことに気づいた。
とても精読しているとは思えない速度でページをぱらぱらとめくり、顔色もひどく悪い。
もしかして、と思い、うにゅほから11巻を取り上げた。
開く。
読んだ記憶がある。
「ごめ……ごめんなさい……」
と、取り返しのつかないことをしてしまったレベルの謝罪をするうにゅほの頭を撫でながら、考えた。
本棚に11巻はなかった。
なら、どこに?
他にありそうな場所と言えば、うにゅほが枕元に積んである、読みさしの漫画のなかである。
探すと、あった。
やっぱりうにゅほのせいだったので、ほっぺたをつまんでうにゅんとしてやった。
値の下がらないうちに、古本屋で売ってしまおう。



2012年2月24日(金)

俺のデスクの上には、必ず飲み物が置いてある。
それは炭酸飲料であったり、ミルクティーであったり、ペットボトルに汲んだ水道水であったりする。
喉が渇きやすい体質であるため、必要不可欠なのだ。
ペットボトルを倒したときに被害を最小限に抑えるため、いつもしっかりとキャップを閉めている。
うにゅほも時折、500mlペットに汲んで冷やしてある水道水を持ってきて、読書のお供にしている。
ソファに腰を掛けながら、ペットボトルを太もものあいだに挟んでいる姿をよく見るのだが、冷たくはないのだろうか。
あと、すぐにぬるくなると思うのだが。
今日、このペットボトルに関して、不可解なことがあった。
うにゅほがキャップを開けようとして、それを勢いよく飛ばしてしまったのである。
飛んだのはキャップだけであったため、特に被害らしい被害はない。
しかし、だ。
ふつう、飛ぶか?
どんな開け方をすれば、そうなるのだ。
そう尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。
「◯◯とおなじ開けかた、したかった」
俺と同じ?
そんな特殊な開け方、していただろうか。
自分がいつも、どうキャップを開けていたか、ぼんやりと思い出しながらペットボトルに手を触れた。
まず、左手の中指と親指でキャップを緩める。
中指でキャップを勢いよく回転させ、軽く浮かび上がったところを掴みとる。
手のひらにキャップを収めたままペットボトルを持ち上げ、口をつける。
水道水を飲み下しながら、思った。
確かに、ちょっとだけ曲芸じみているかもしれない。
両手を使うのが面倒だっただけなのだが、無意識とは恐ろしいものだ。
うにゅほは、キャップを両手で緩めたあと、中指で回転させる段階で吹き飛ばしてしまったらしい。
まあ、キャップの開け方くらい自由にすればいいのだが、その場所で水をこぼされると、PC本体に甚大な被害が及んでしまう。
それだけは勘弁してくれと哀願し、キャップを閉めた。



2012年2月25日(土)

祖母を病院へ迎えに行き、帰宅した。
我が家の駐車スペースには、僅かばかり角度がついている。
平素は気にさえ留めないその傾斜であるが、凍結するやいなや隠していた牙を剥く。
ひどいときは、たかだか数メートル先の玄関まで、本当に辿り着けないのである。
歩くために杖を必要とする祖母が尻餅をついたのは、ごく自然な成り行きと言えるかもしれない。
転び方が良かったためか、幸いにして尻以外を痛めなかった祖母を負ぶい、玄関の扉を開いた。
「どしたの!?」
帰宅を察して階段を下りてきたうにゅほが、驚きと心配の入り混じった声音で、そう尋ねた。
事情を説明し、祖母の達者なさまを見て、ようやく胸を撫で下ろした。
部屋へ戻ろうと階段に足を掛けたとき、フードを引っ張るものがあった。
「おんぶ」
耳を疑った。
「おんぶ」
ほっとした途端、祖母が羨ましくなったらしい。
俺はアンビバレンツな感情を胸に抱きながら、うにゅほを数段上がらせて、背を向けた。
段差を利用することで、腰に負担をかけまいとしたのである。
さて、ここで残念なお知らせをしなければならない。
俺が意識的に思慮外へと放逐し、なかば成功したくだんの感触についてである。
かの感触について尽くすべき言葉はあるが、俺は描写を放棄する。
それは陳腐への恐れであり、自らの文章力に対する一種の諦念である。
よって、あえて詳細な描写を避け、読者諸兄の想像力に任せることとしたい。
ひとつだけ言えることは、ちょっとどきどきした。



2012年2月26日(日)

図書館をひと通り物色したが、目ぼしい本は見当たらなかった。
いたずらに往復するのも芸がないので、大回りしてゲームセンターへ寄った。
俺がもっぱらプレイするのは、jubeatという音楽ゲームである。
100円で10分ほども遊ぶことのできるコストパフォーマンスの良い機体だが、それだけに待たせているうにゅほのことが気にかかる。
日記には書いていないが、うにゅほを音ゲーに染めようと画策したことが、一度だけあった。
ゲームセンターでの実機プレイには抵抗があるようなので、iPhoneアプリならどうかと考えたのだ。
画面が小さく、プレイしにくいiPhone版jubeatであるが、楽しさを教えるという目的には十分と言える。
さて、我々は何故、ゲームに愉悦を覚えるのだろう。
それは、ある程度難しいことを達成したという、充足感に端を発する。
つまり、達成できないゲームには、なんの面白みもないのだ。
音ゲーどころかゲーム自体の初心者であるうにゅほには、最低レベルの譜面でも難しすぎた。
よって、俺は今でも、一日1PLAYの誓いを破らずにいるのである。
俺の目論見はもろくも崩れ去ったわけだが、うにゅほに新しい楽しみを教えること自体は、そう悪い発想でもない。
熟練度によって勝敗の分かれない、ごく単純なゲームを導入とするのはどうか。
まず最初に思いついたのはジャンケンだったが、そこまで行くと三歳児レベルである。
次に脳裏をかすめたのは、正式名称はわからないが「いっせーのーで!」と呼ばれていた手遊びだ。
軽く握った両手を合わせ、掛け声と共に任意の親指を立てる。
このとき「いっせーのーで3!」等、掛け声と共に数字を言い、場に立てられた親指の数と一致していた場合、片手を下ろすことができる。
これを順番に行い、両手を下ろせた者の勝利となる。
うにゅほにこの手遊びを教えたところ、見事にハマってしまわれた。
三十分ほどの連続プレイで疲弊しきった俺を尻目に、うにゅほは新たな対戦相手を求めてリビングへと旅立っていった。
ゲームの素養自体は、ある。
徐々にレベルを上げて行きたいが、今はとにかく「いっせーのーで!」ブームが早く終わることを祈る。



2012年2月27日(月)

ふと、一人になりたくなった。
朝から続く「いっせーのーで!」攻勢に辟易したこともあるが、ここしばらく一人になっていないことに気がついたのだ。
インプリンティングされた雛のように、うにゅほは俺の後ろをついて回る。
決して不快ではない。
むしろ、得意ですらある。
それでも、孤独への希求は、ひどく抑えがたいものだった。
俺は嘘を好まないが、つくと決めれば抵抗はない。
うにゅほの知らない友人から誘いがあったと携帯を掲げ、一人で外へ出た。
ゲームセンターで思うさまjubeatをプレイした。
スーパーで切らしていた味覇とクレイジーソルトを買い足した。
地下鉄に乗って、札幌市内まで繰り出した。
イヤホンから流れる声が、ひどく懐かしく感じた。
一人は、落ち着く。
一人は、気楽である。
横断歩道を渡ったあと、無意識に振り返った。
気を遣う必要はないのだと、自嘲的に笑みを浮かべた。
コンビニで、ジャンプとコアラのマーチを買った。
帰宅して、うにゅほと並んで食べた。
「いっせーのーで!」の掛け声が耳に響いて、眠れなくなりそうだと思いながら、しばらく付き合った。
そのうちまた、一人になりたくなることもあるだろう。
それでも、二人でいることの心地よさが、すぐに恋しくなるだろう。
ふらふらしながら、生きていこう。



2012年2月28日(火)

十年近く、数枚のパジャマを着回している。
そのなかにひとつ、ボタンホールがゆるくなり、すぐに外れてしまうものがある。
今朝布団から這い出したとき、すべてのボタンが外れており、パジャマの上着を羽織っているだけの状態となっていた。
どうせ脱ぐのだし、大して気に留めず、顔を洗うため部屋を出た。
「おはよう」
と、うにゅほに声を掛けるが、どうにも様子がおかしい。
挨拶も小声だし、こちらを見ようとしない。
同じ部屋で過ごしていれば、互いにあられもない姿を見ることもある。
まあそれとは特に関係なく、俺は風呂からパンツ一丁で部屋まで戻るため、半裸には慣れているはずだ。
うむ、あれか。
俺は全裸より、乱れた着衣のほうが興奮するのだが、そういうことか。
女性の心理はよくわからないが、同じ人間である以上、重なる部分はあるはずである。
確認のため、ほれほれと上着をはためかせながらうにゅほに迫ってみようかと考えたが、どう見ても変態です本当に以下略なので思いとどまった。
さっさと顔を洗い、部屋に帰って着替えると、うにゅほの態度も普段通りに戻っていた。
頬が赤らんでいたかくらい、確認しておけばよかった。
だからなんだ、というわけでもないけれど。



2012年2月29日(水)

家族で映画を観に行った。
朝一の上映だったため、八時過ぎには家を出た。
後部座席でうつらうつらしていると、うにゅほが鼻息荒く、自分のまったく太くないももを叩いてみせた。
うにゅほを膝枕することはままあるが、逆は初めてである。
細身のジーンズを履いていたこともあり、思ったよりも固い感触だったが、枕としては十二分だ。
浅い睡眠を経て目を覚ますと、すこし薄暗かった。
う にゅほも居眠りをしていたらしく、運転席に××××××× ××、×××××××× ×××××××××××。 ※1
小樽のシネマ・コンプレックスは、時間帯のせいもあり、ひどく空いていた。
独特の雰囲気に、うにゅほは「おー!」と感嘆の声を上げながら、きょろきょろと周囲を見渡していた。
前に映画館まで足を運んだのは、「コクリコ坂から」の上映期間中であり、たしか夏の出来事だ。
そのころはまだ、うにゅほと出会ってすらいない。
そんな時期があったということ自体が、なんだか不思議に思えた。
今日の目当ては、劇場版「逆転裁判」である。
俺や弟、母親は、原作をプレイしているので、たとえ超展開でも筋は理解できる。
未プレイのうにゅほはどうか、と不安に思っていたのだが、杞憂に終わった。
原作を上手く、かつ面白くまとめてあり、良作と評しても構うまい。
殺人シーンに差し掛かっても平気な素振りでいたのが意外だったものの、よく考えれば俺が日頃から見ているサイコ映画のほうがよほどグロい。
慣れたのが、いいことなのか、悪いことなのか。
上映後、うにゅほに面白かったかと尋ねると、深い頷きをもって返された。
「でも、なんでみんなヘンなかっこしてるの?」
と尋ね返され、
「み、未来だから?」
と、なんの工夫もない返答しかできなかったことが、心残りと言えば心残りである。

※1 自主規制


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