>> 2012年1月




2012年1月1日(日)

年を跨いだあと、友人と初詣に行く予定を立てていた。
うにゅほとも面識のある友人だ。
「一緒に行くか?」と問うと、何度もうなずいたので、うにゅほも連れて行くことにした。
大晦日のうちから鼻息荒くジャケットを着込んでいたせいか、年が明けるころには大の字になって熟睡していたけれど。
約束の時刻になって、うにゅほを起こそうか悩んだが、さすがに床の上に放置しておくわけにもいかない。
軽く頬を叩き、半覚醒状態のうにゅほに尋ねたところ、「……いく」と答えた。
本当に大丈夫か、と気を揉んだが、結局は杞憂だったようだ。
半端な時間に起こされて、目が冴えてしまったらしい。
友人には判別できないほどのわずかな差ではあるが、うにゅほは確実に深夜のテンションだった。
初詣とゲームセンター巡りを済ませ、帰宅したのは午前六時のことだ。
うにゅほは倒れるように眠り、起床したのは午後三時だった。
生活サイクルが崩れてしまったのではないかと心配したが、うにゅほは普段通り午後十一時に寝た。
強靭な体内時計である。



2012年1月2日(月)

午前九時に起きて、空いたうにゅほの布団で二度寝に入った。
そのまま正午過ぎまで寝て、枕元の異音で目が覚めた。
目尻を指で拭いながら体を起こすと、うにゅほが両手になにかを載せていた。
俺の視力は尋常でなく悪い。
枕元に置いてあった眼鏡を手で探るが、見つからなかった。
「……あの、あの」
うにゅほがなにかを言いたがっている。
顔を寄せて見ると、うにゅほが持っていたのは、レンズの外れた眼鏡だった。
俺の寝顔を見ようと近づいたところ、手で押しつぶしてしまったのだという。
なるほど、以前は枕元に積み重ねた本の上に眼鏡を置いていたが、大掃除でその目印を片付けてしまったためだろう。
物事には一長一短がある、ということだ。
「ごめ、ごめんなさい」
と半泣きで謝るうにゅほの頭を撫でて、予備の眼鏡を取り出した。
そして、この程度なら眼鏡屋に行けばすぐに直してくれることを伝え、うにゅほが安心したところで、三度寝に入った。
正月は寝て過ごすことに決めている。



2012年1月3日(火)

いくら正月とは言え寝てばかりの俺に堪忍袋の緒が切れたのか、布団と枕を奪われた。
さすがに「なにをする」とも言えないので、うにゅほの要求を飲むことにした。
いわく、暇だからどこかへ連れて行ってほしい、とのことだ。
一月三日と言えば新春初売りである。
うにゅほも両親からお年玉を貰っていたことだし、札幌市街へと繰り出すことにした。
ヨドバシカメラに車を駐め、ゲーム売り場で3DSの試遊機に軽く触れ、ESTAで靴を見て、ペットショップで猫を眺め、UFOキャッチャーでいくらかスって、狸小路まで足を伸ばした。
とらのあなで新刊でも確認しようかと思ったが、混んでいそうな気がしたのでやめた。
札幌駅から大通りまでを直通している地下道で、人に酔いかけたうにゅほに、これ以上の試練を与えるのは酷である。
ヨドバシカメラまで戻る際は、地下ではなく外を歩いた。
寒いけれど、空気が良い。
うにゅほの頭にすこし雪が積もっていたので、手で払ってあげた。
楽しかったかと問うと、「楽しかった!」と語気荒く答えた。
問題は、歩きすぎで俺の足腰がびきびきと嫌な音を立てていることである。
帰宅したあとうにゅほに腰を揉んでもらったが、心地がいいだけであまり効果はない。
平気そうなうにゅほを見て、これが若さかと溜息をつきかけたが、よく考えれば一般人は数キロ歩いた程度でこんなざまにはならない。
慢性的な運動不足の解消が求められている。



2012年1月4日(水)

DVDの返却日だったので、ゲオへ行った。
メメントとフォレストガンプ、新ドラの鉄人兵団があったのでそれを借りて、眼鏡屋へ行った。
先日うにゅほに押し潰された眼鏡を修理してもらうのだ。
うにゅほは期待と不安が入り混じった表情をしていたが、店員に「五分ほどで直りますよ」と言われ、ようやく人心地ついたようだった。
眼鏡屋には当然、眼鏡が置いてある。
ディスプレイされているフレームに興味を示したうにゅほが、黒縁の眼鏡を手に取った。
「にあう?」
どうしよう、まったく似合わない。
サイズが合わず、アラレちゃんのようになっている。
もうすこしましなフレームはないかといくつか試し、赤くて縁の細いものに辿り着いた。
これならまあ、そのあたりを歩いていても違和感はない。
「こっちのほうが似合うよ」と告げると、伊達眼鏡として買おうか迷いだした。
お年玉を貰って気が大きくなっているらしい。
とりあえず店名の由来と、ぽち袋が何個必要かを教えると、愕然とした顔をしていた。
伊達眼鏡が百円ショップで売っていることは教えなかった。
うにゅほは眼鏡を掛けないほうがいい。



2012年1月5日(木)

書くべきことはいくつかあったはずなのだが、十分ほど前にすべて吹き飛んだ。
うにゅほの存在に慣れきってしまい、「異性が同じ部屋で暮らしている」という感覚が麻痺していた。
原因は俺の油断であり、被害は甚大だ。
事の顛末を記そう。
俺はいつもの通りにPCでネットサーフィンをし、うにゅほはソファで今週のジャンプを読み返していた。
たまに思いついたことを口にし、互いに返答する。
穏やかな時間だ。
ネットサーフィンをしていると、いわゆる「画像スレ」というものを見かけることがある。
半分ほどは、R-18である。
うにゅほの定位置からはディスプレイが見えないので、いつもごく当たり前のように開く。
軽く眺めて、タブを閉じる。
普段ならば。
不意に尿意を催した俺は、なにも考えずに席を立った。
画像スレを開いたまま。
小用を済ませ戻ってくると、うにゅほがディスプレイを覗き見たまま、うつむいていた。
単なるエロ画像スレならまだよかった。
問題は、開いていたのが二次ロリ画像スレだったことである。
「なんか……ごめん……」
そう呟いたのは、俺ではなくうにゅほだった。
これは違うんだ。
なにが違うか具体的には言えないけど、とにかく違うんだ。
言い訳の言葉さえ口にすることができないまま、うにゅほは布団の上でこちらに背を向けてしまった。
自分の胸に両手を当てて、溜息をついている。
時間が解決してくれることを祈る。



2012年1月6日(金)

うにゅほに昨日のことを謝ろうと思っていたのだが、あまりにいつも通りの様子に機会を逸してしまった。
引きずられても困るが、謝れないのも困る。
表面上は平気そうに振る舞っていても、見えない部分にしこりが残ることは、ままあるものだ。
そういったことを忘れずに記しておけるのは、日記の利点と言えよう。
整骨院から帰宅すると、うにゅほが犬を外に出していた。
トイレは外でさせている。
車から降りて、一人と一匹の様子を眺めた。
犬がくるくると回ってうにゅほを翻弄している。
その姿を見て、不意にこみ上げるものがあった。
ほんの一週間ほど前には、二度と見られないと思っていた光景だ。
死を覚悟したときは平気で、元気になった後に感極まるのだから、我ながら逆だろう。
気づけばうにゅほが隣に立っていた。
正面ではなく隣なのだから、随分と気遣いができるようになったものだ。
嬉しいような悔しいような複雑な気分になったので、うにゅほの髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやった。
後でちゃんと、手ぐしで直した。



2012年1月7日(土)

誕生日が近い。
弟がプレゼントを買ってくれると言うので、ほいほいと車を出した。
「ははー」と深く頭を垂れて、メタルマックス2リローデッドを受け取る俺を、じっと見つめる視線が一対。
や、やめろ!
そんなイノセントな目で俺を見るな!
iPhoneの裏側くらい傷つきやすい心に勝手に傷を負っていると、不意に思い出したことがあった。
携帯の液晶保護シートのあいだに、どこからかホコリが入り込んでいたのだ。
帰りに百円ショップに寄り、iPhone用の保護シートを購入した。
ところで、俺は不器用である。
携帯ストラップを他人につけてもらう程度の不器用さ、と言えば多少は伝わるだろう。
それでも有事に備え、保護シートを二枚買っておく周到さは持っている。
しかし、貼るどころか、古い方の保護シートを剥がす段階でつまづき、心が折れた。
好奇心旺盛なうにゅほが、やってみたそうな素振りでうろうろしていたので、後のことをすべてまかせることにした。
うにゅほの器用さは未知数だが、俺よりはましのはずだ。
俺が数分かけて剥がせなかった保護シートを十秒で剥がされ、そっと心に傷を増やした。
いよいよ新しい保護シートを貼る段階である。
空気が入らないよう手順を教え、うにゅほが震える手で液晶画面にシートを載せていく。
一分ほどの時間をかけて、保護シートは画面の中心へと収まった。
その素晴らしい手腕に拍手を送り、うにゅほはやり遂げた表情で俺を見上げた。
言葉は要らなかった。
空気が入っていないか確認するためにiPhoneを持ち上げると、保護シートがするっと動いた。
表と裏が逆だった。
保護シートはマーフィーの法則に従い、粘着面を下にして落ちた。
二枚買っておいてよかった。
液晶保護シートは、「不器用コンビ」という嘲りの言葉と引き換えに、弟に貼ってもらった。
すごく綺麗です。



2012年1月8日(日)

黒豆が尽きた。
けれど、うにゅほの箸さばきは、まだ完璧ではない。
自腹で買ってくることもできるが、連日連食の黒豆に、さすがのうにゅほも飽き気味である。
しかし収穫もあった。
過剰に力を込めているために、手がぷるぷると震えたり、箸が滑って黒豆が飛んだりすることもあるが、一応のコツは掴んだようである。
なにより、うにゅほが学ぶ喜びを知ったことが大きい。
できなかったことができるようになる喜びは、何物にも代えがたいものだ。
そして、世界を共有する喜びもまた、然りである。
うにゅほは無知なだけで、そう頭が悪いわけではない。
よく抜け落ちることを除けば、記憶力も人並みだ。
文字通り、家庭で教師の真似事くらいはできる。
伝手を頼って、いろいろと取り寄せてみてもいいかもしれない。



2012年1月9日(月)

従姉が子供を連れて遊びに来た。
元看護師で、医者を射止めた、いわゆる勝ち組である。
うにゅほは初対面であるため、いつものように俺の背中に張り付いていたが、すこし様子が違った。
どうやら子供のことが気になるらしい。
従姉の子供は二歳半の男児で、ちょこちょことよく動く。
俺とうにゅほの部屋からバランスボールを抱えて出てきたので、ボール遊びの相手をしてあげた。
そして、途中でうにゅほにボールを渡した。
うにゅほは戸惑っていたが、すぐに笑顔でボールを転がし始めた。
数分が経ち、俺の心にむずむずと沸き上がってくるものがあった。
違う、違うのだ。
それでは、子供の心はすぐに離れてしまう。
元プロフェッショナルの立場から言わせてもらうと、子供を楽しませる際に必要なものは、緩急と意外性である。
ああ、ほら、指をくわえてよそ見を始めているじゃないか。
ふと気づくと、子供を抱き上げて、秘技・人間遊園地を繰り出していた。
うにゅほの「ああ……」と言わんばかりに軽く挙げられた右手が忘れられない。
従姉が帰るとき、うにゅほが
「子供ほしいな……」
と呟いた。
家族よ、俺を見るのはいい。
だが、せめてなにか言ってくれ。
無言はやめてくれ。



2012年1月10日(火)

昨夜から続く豪雪に、ただわんこそばのように雪かきをした日だった。
うにゅほも手伝ってくれるのだが、いかんせん経験も腕力も足りていない。
効率を考えるなら、ひとりでやったほうが早いのだが、会話をしながらだとすこしだけ気が晴れる。
そういった意味では、いてくれたほうがありがたい。
去年の俺はどうだったろう。
イヤホンを耳に詰めて、なにも考えないようにして体を動かしていたと思う。
iPhoneの音楽機能を、最近あまり使っていない。
そういうことなのだろう。
除雪車が入ると、道に沿って直線上の雪の山ができる。
それをシャベルで削っていると、隣でうにゅほの唸る声が聞こえた。
固い雪をまとめてすくい上げ、雪捨場まで運ぼうとしているのだ。
雪は持ち上げるのではなく、勢いで飛ばすものなのだが、うにゅほにはまだ難しいらしい。
どうやら大きい塊があったらしく、シャベルを短く持って、カブでも引っこ抜くかのような体勢で踏ん張っている。
嫌な予感が、即座に当たった。
「ひあっ!」
と表記すればいいのか、うにゅほが変な声を上げて、尻餅をついた。
柄の長いシャベルは、大きく弧を描いて背後へと叩きつけられた。
そこにあったのは、車のボンネットである。
必死に謝るうにゅほをなだめながら、俺は思った。
俺の車で、本当によかった。
これが父親の車であれば、どうなっていたか。
結果としては、元々傷の多い中古車に、またひとつへこみが増えただけだ。
事もなし。



2012年1月11日(水)

友人と約束があったので、外出した。
家を出るとき、うにゅほはビッグねむネコぬいぐるみをぎゅうと抱きしめながら、リビングと台所を行ったり来たりしていた。
すこし心配だったが、母親もいる。
後ろ髪をひかれる思いで、マフラーを口まで引き上げた。
友人と図書館やゲームセンターを巡ったが、どうにもうにゅほのことがちらつく。
ひとつ思いついたものがあったので購入し、午後六時頃帰宅した。
ビッグねむネコぬいぐるみを分裂させんばかりのうにゅほに、それを手渡した。
腹巻である。
要は下腹部に圧迫感があればいいのではないか、という浅知恵だ。
ああ、それは上からじゃない、下から装着するんだ。
服をまくるな、タグがついたままだぞ。
パジャマに着替える幼児を見守る心境でいると、思ったよりしっくり来たようで、自分の腹を軽く撫でていた。
その後もビッグねむネコぬいぐるみはうにゅほの腕のなかにあったが、心なしかくびれがゆるくなったようだ。
そんなにすぐ効果があるものか?
よくわからないが、うにゅほが落ち着いたのならよかった。



2012年1月12日(木)

さて、誕生日だ。
この年になると誕生日など、自分の年齢を強制的に再確認させられる憂鬱な日に過ぎない。
友人から揶揄を込めたメールなどが届いて、よく俺の誕生日など覚えているな、と感心しきりである。
目を覚ましたとき、うにゅほを含めた家族は既に家を出た後だった。
病院で弟が検査を受けるということで、その付き添いらしい。
うにゅほもついて行くとは思わなかったが、まあそういうこともあるだろう。
俺の車が残っていたので、本屋に行ってスケッチブック8巻を購入し、ゲームセンターに寄って先日味をしめたjubeatをプレイした。
帰宅すると五時を回っていたが、家族はまだ戻ってきていなかった。
すこし疲れたので、コートも脱がず、うにゅほの布団の上に倒れこんだ。
うとうとして、不意に目を覚ますと、うにゅほがにまにまとした笑顔を浮かべ、俺を覗き込んでいた。
「お誕生日、おめでと」
うにゅほが背中に隠していた、大きな包みを差し出した。
俺は驚いた。
うにゅほからプレゼントを貰う、という発想が完全に抜け落ちていたのだ。
失礼な話である。
思わず許可を取ってから包みを開けると、中身は円座クッションだった。
「ぢ、がさいはつ? しないように!」
あれー……。
うにゅほが家に来る前、痔の手術をしたこと、俺言ったっけ。
言ってないよなあ、わざわざ言うことじゃないもんなあ。
なんかこう、すごい嬉しいんだけど、ありがたいんだけど、誰だよ言ったの。
とにかくだ。
座り心地は、かなりいい。
ちなみに値段を聞いたところ、ぽち袋ひとつぶんだったそうな。
たっけえ!



2012年1月13日(金)

楽しい体重測定の日がやってきた。
弟の誕生日、クリスマス、年末年始、俺の誕生日。
わずか一ヶ月ほどの間にイベントが集中する我が家で、毎年のように繰り返される悲劇がある。
体重の増加である。
起きるなりパジャマを脱ぎ捨て、姿見に全身を映した。
何事かとうにゅほが背後から覗き込んでいるが、気にしない。
ああ、やはりだ。
横っ腹がつまめるようになっている!
もう片腹にうにゅほの冷たい手が触れ、思わず妙な声を上げたりしつつ、体重計に乗った。
…………。
なんとか致命傷で済んだ。
「ダイエットをしよう」
半裸でそう誓った。
うにゅほがぼそりと呟く。
「わたしもやせようかな……」
おお……たった今現実を突き付けられたばかりの俺の前で、なんと罪深いことを!
貴様のどこから肉を削ぐんだ、このたくらんけ!
両の指に宿った俺の怒りが、うにゅほの横っ腹を笑い死なんばかりにくすぐらせてしまった。
ヒィヒィと声を引きつらせ、横たわるうにゅほを見て、思った。
すまないうにゅほ。
恨むなら、俺の横っ腹についた贅肉を恨んでくれ。



2012年1月14日(土)

伯父が床屋を経営していることは以前に書いたが、父親の従兄弟は美容室を経営している。
血族の髪型事情は、この二人が握っていると言っても過言ではない。
母親が髪を切ると言って、ついでとばかりにうにゅほを拐かしてしまった。
さて、心中穏やかでないのが俺である。
髪を切ることはできても、いきなり伸ばすことはできない。
ショートになどされた日には、うにゅほの髪をいじって遊ぶこともままならない。
なにより、ロングの黒髪が、うにゅほには似合っているのだ。
要約すれば、俺の好みの問題である。
ハラハラしながら帰宅を待っていると、午後五時を回ったころ、玄関から音がした。
「……にあう?」
玄関先まで迎えに出た俺に、うにゅほが上目遣いで尋ねた。
俺は困った。
どこが変わったのか、さっぱりわからない。
素直に降参すると、怒るかと思いきや、笑いながら教えてくれた。
これでも、毛先を二十センチほどもカットしたらしい。
元々が腰まであるロングヘアだけに、言われてもまったくわからない。
うにゅほの髪をツインテールにすることで喜びを表現し、階段を上がった。
ちなみに母親はボブカットになっていた。
申し訳ないが、どうでもいい。



2012年1月15日(日)

俺もとばかりに、髪を切ってきた。
今回はうにゅほも連れて行った。
正月に顔を合わせなかったため、伯父夫婦とうにゅほは初対面である。
いつものように俺の背中に隠れてしまったうにゅほを、二人に紹介する。
伯母に、居住スペースへと手を引かれていくうにゅほを見送り、理容椅子へと腰を下ろした。
眼鏡を外し、いつものように目を閉じた。
「懐かれてるな。お前が囲いたくなるのもわかる」
人聞きが悪い。
「お前も、意外とお兄ちゃんしてるじゃないか」
弟のことを忘れていませんか。
「ただ、半端なことはするなよ」
肝に銘じておこう。
「……なんか、前髪短くないか?」
ああ、そんなこともありましたね。※1
髪を切り終わり、鏡に映った自分に満足していると、うにゅほが居住スペースから出てきた。
なにをしていたのか問うと、コーヒーを飲みながら伯母の話を聞いていたそうだ。
「なんか、かんたんにゆるしちゃだめよ、とか」
俺の後頭部をぞりぞりと撫でながら無邪気に答えるうにゅほに、はは、と苦笑を返した。
外堀を埋めようとする外宇宙の意思を感じる。

※1 2011年12月17日(土)参照



2012年1月16日(月)

うにゅほに貰ったボトルガムが切れた。
ジャンプを買うついでに買い直そうと、コンビニへ行った。
以前うにゅほが嬉々として口に入れ、すぐに吐き出したので、ミント味は避けようと思ったのだが、そもそも財布に札が入っていなかったので、今回は見送ることにした。
コンビニを出ると、目の前が真っ白だった。
吹雪である。
大寒を控えたこの時期の積雪量はすさまじい。
うにゅほと二人で雪かきをしたが、除雪する間にも積もるのだから、もうどうしようもない。
ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため、という文言が脳内で踊る。
見当たらない切りのいいところを、無理矢理見つけて切り上げた。
玄関でうにゅほの帽子に積もった雪を払うと、反対に俺の肩を払ってくれた。
ちなみにうにゅほの帽子は、しまむら妖夢がかぶっているものと同じタイプである。
俺が小学生のときに使っていた、お下がりだ。
頭頂部のぼんぼんを掴んで、ゆっくりと引き上げて脱がすのが、俺の密かな楽しみである。
部屋に戻ったあと、うにゅほに腰を揉んでもらった。
明日は病院だが、帰りに整骨院にも寄ろう。



2012年1月17日(火)

調剤のミスか、薬が一日分足らず、昨夜は一睡もできなかった。
ギンギンに冴えた目で挨拶をすると、うにゅほはちょっと引いていた。
午前中に雑事を済ませ、午後二時に病院へ行った。
うにゅほも当然のように付き添ってくれた。
予約をしているにも関わらず長い待ち時間を、退屈せずに過ごせるのはありがたい。
そう思っていたのだが、待合室の椅子に座った途端、落ちた。
気づくとうにゅほに手を引かれ、診察室にいた。
一時間近く経過していたらしい。
会計待ちの際、うにゅほがこころなしか得意気な様子だったことを覚えている。
整骨院に寄る予定だったのだが、運転にすこし不安があったので、まっすぐ帰ることにした。
帰宅していざ床につくと、眠れない。
そのうち腰が痛くなってきたので、うにゅほに揉んでもらうと、またいつの間にか落ちていた。
夕方の六時くらいに目を覚まして、思った。
まるで、うにゅほがそばにいないと眠れないみたいじゃないか。
さすがに、すこし恥ずかしかった。



2012年1月18日(水)

日を追うごとにひどくなる腰痛を、一時的に沈静化する手段がある。
それが整骨院だ。
通いつめれば良くなるのだが、いまいちきりがないので、今は痛みを感じるたびに受診することにしている。
客層は老人が主で、当然ながら、うにゅほは場違いである。
施術に三十分以上かかるため、待ち時間も馬鹿にならない。
それでもついてくると言うので、一緒に行くことにした。
さんざ痛いことをされて待合室に戻ってくると、うにゅほは飴を舐めながら、何故かレモンハートを読んでいた。
それにしても、やたら飴を貰う子である。
何味か問うと、
「くろあめ」
老人受けがいいんだな、たぶん。
「はちみついり」
知らんがな。
帰り際、PC用イヤホンの調子が悪いことを思い出し、ケーズデンキに寄った。
整骨院帰りだろうがなんだろうが、俺は電機店へ行くとマッサージチェアに座ることにしている。
うにゅほと並んで腰掛けたが、すぐに
「いた、いたい!」
と言って立ち上がった。
うにゅほにこの快感は、まだ早すぎたらしい。
肩とかすごいやわやわだもんな。
試しに安いヘッドホンを買って、帰宅した。
うにゅほと一緒に動画などを見るとき、どうしようか悩んでいる。



2012年1月19日(木)

今日は中学時代の旧友たちと新年会を開いた。
既に家庭を持っている友人が二人、フリーターの友人が一人。
社会的地位によって二分された四人だが、旧交を温めるに溝はない。
男が顔を突き合わせてする話題はいくつかあるが、そこに必ず含まれるものは、当然ながら女性関係である。
過去のアレから、現在のコレまで、揶揄を込めたやり取りが行われる。
さて、うにゅほのことを口にすべきか?
うにゅほは恋人ではない。
けれど、最も近い異性は、たしかに彼女である。
ええい酒の席だ、すべてぶちまけて惚気けるのも、むべなるかな。
そう思って顔を上げると、話題は既に小学校時代の思い出話に移っていた。
昔のあだ名などを言い合って爆笑するうち、回ってきたアルコールのせいもあり、そのことはすっかり頭から抜け落ちてしまった。
帰り際、友人の車のなかで携帯を確認すると、メールが一通届いていた。
「いつかえるの(ピースサインの絵文字)」
その絵文字はお気に入りなのか。
友人に頼み、コンビニへ寄ってもらった。
帰宅すると、うにゅほは袢纏にくるまったまま、掛け布団の上で丸くなっていた。
先に寝ていろと、いつも言っているのに。
うにゅほを起こして、コンビニで買ったあたたかいココアを渡した。
すぐに寝るかと思いきや、目が冴えてしまったようで、隣に座って日記を書くさまをじっと見ている。
書きづらいんですけど。



2012年1月20日(金)

今朝、というより完全に正午を回っていたが、腰の痛みで目を覚ました。
また腰痛が悪化したのか、と呆れている読者諸兄もおられるだろうが、違う。
痛む箇所が増えたのである。
唇の痛みも、口内炎も、同様に「口が痛い」と言うように、これまでの腰痛とは別個の痛みが走ったのだ。
ソファで寝ることにまだ慣れていなかったころ、よく感じた痛みである。
いつものようにうにゅほを呼ぼうとして、ふとあるものの存在を思い出した。
マッサージクッションのマサ子氏である。
マサ子氏は価格のわりに高性能で、4つのもみ玉に加え、ヒーターまで内蔵している。
マサ子氏を腰の下にあてがい、そのテクニックに喘いでいると、いつのまにかうにゅほが隣にしゃがんでいた。
俺の口から漏れた、長い声のネコのようなうめきを聞きつけたらしい。
目が合う。
無言で見つめられる。
目を逸らす。
じっと俺を見ている。
や、やめろ!
俺は悪くない!
ところ構わず猛り狂う、この腰が悪いんや!
数分後、俺はうにゅほに腰を揉んでもらっていた。
致命的に握力がないため、心地いいが、気持ちよくはない。
マサ子氏は再び、箪笥の闇のなかへと厳重に封印された。
いずれ出してやるぞ、マサ子氏。



2012年1月21日(土)

母方の実家に泊まりがけで行く予定だったのだが、俺とうにゅほだけ残ることにした。
犬が、祖母では御せないほど元気になってしまったせいである。
父親には怯え、母親には甘え、弟には噛みつく。
俺や祖母、うにゅほには普通に懐いている。
そう考えると、三ヶ月ほどしか一緒に過ごしていないうにゅほより、下にランクされている弟が、いささか哀れである。
家族を玄関まで見送り、リビングへと戻った。
こんな機会でもなければできないことがある。
大画面テレビでの洋画視聴である。
うにゅほは古畑任三郎と堂本金田一以来、アニメ以外のDVDに抵抗を覚えてしまっている。
それを払拭しようではないか。
昨夜視聴したばかりのアンドリューNDR114は、暴力シーンもグロテスクな表現も、死体も血も殺人もホラー描写も、一切が含まれていない感動作だ。
うにゅほをボロ泣きさせることに成功したので、この方向で攻めることにしよう。
ただ、洋画は気を抜くとすぐに性交渉のシーンが出てくるので、その点にだけ気をつけたい。
そうこうしているうちに就寝時刻を迎え、うにゅほはふらふらと布団に吸い込まれていった。
家族がいない以外は、いつも通りの一日だった。



2012年1月22日(日)

目を覚ますと、いつもとは違う景色が見えた。
ソファではなく、主人のいない両親のベッドで眠ったことを思い出した。
「おはよー」
眼鏡を掛けるまでもない。
うにゅほが隣に寝そべりながら、学園天国パラドキシアを読んでいた。
朝っぱらから教育に悪そうな漫画を。
脱ぎ捨ててあった袢纏を着込み、リビングへと移動した。
うにゅほもまだ朝食を食べていないと言うので、なにか軽いものでも作ろうかと思っていると、
「わたしがやるよ」
そう言って、冷蔵庫から卵を取り出した。
うにゅほが母親の手伝いをしているところは、何度も見たことがあった。
一人で料理を作ったことがあるかまでは知らないが、、卵料理なら最悪でも焦がす程度だろうと、まかせてみることにした。
完成した目玉焼きは、半熟と完熟の中間くらいで、完璧な出来と言えた。
食べながら話を聞いてみると、火加減から時間まで、教えられたことを忠実に再現したのだという。
マニュアル的で、臨機応変な対応は望むべくもないが、失敗は少ないタイプだ。
うにゅほの性格通りである。
案外、料理はうにゅほの肌に合うのかもしれない。
不器用なので、包丁を持たせることにいささか不安があるけれど。



2012年1月23日(月)

今日はいささか体調が悪く、うにゅほの布団で床についていた。
以前の腸炎のときとは異なり、ただぼんやりとつらい。※1
病人とはわがままなもので、放っておかれるのは嫌なくせに、あれこれと心配されるのも鬱陶しい。
ただそこにいてくれれば、それで満足なのだ。
呼吸音。
衣擦れ。
咳払い。
ページをめくる音。
なりそこないの鼻歌。
うにゅほがそこにいることを聴覚だけで感じていると、いつの間にか眠っていた。
目を覚ますと、うにゅほがバランスボールに上半身を預けながら、ジャンプを読んでいた。
「……だいじょぶ?」
遠慮がちに言う。
俺がこうなるのは、今に始まったことではない。
うにゅほにこうして欲しいと、希望を言ったこともない。
うにゅほは言葉でなく、相手の雰囲気から真意を読むすべに長けている気がする。
それとも、単に俺がわかりやすいのか?
この空気感を、しばらくは独占していたいと思った。
病人とはわがままなものだ。

※1 2011年12月15日(木)参照



2012年1月24日(火)

犬は人を見る。
以前にもすこし触れたが、うちの犬は少々、それが顕著であるように思う。
許してくれる相手と行為とを見極め、的確にそこを突いてくる。
例外は、完全に格下と認識している弟くらいのものだ。
犬の散歩は俺の役目なのだが、最近はうにゅほの付き添いと化している。
ケージから犬を出し入れするのもうにゅほだし、リードを持つのもうにゅほだし、フンの回収もうにゅほがしている。
比喩ではなく、コートのポケットから手を出すことなく、散歩が済んでしまうのだ。
さすがにそれもどうかと思うので、犬のエサは俺が用意している。
缶詰とドライフードをスプーンで混ぜあわせるだけの、誰にでもできる簡単な仕事である。
スプーンでラバーペンシルイリュージョンを行いながら廊下を歩いていると、うにゅほがエサを作ってみたいと言った。
おお、うにゅほよ。
唯一の仕事まで俺から奪おうと言うのか。
まあ別にいいので、うにゅほに缶詰とスプーンを渡した。
ただ、ひとつだけ懸念があった。
俺はいつも、犬の眼前でエサを作っている。
犬は鼻先をフンフンと鳴らしながら、しかし作りかけのエサにがっつくことはない。
食べれば俺に叱られるとわかっているからだ。
しかし、相手がうにゅほとなれば、どうか。
単に犬の届かないところでエサを作ればいいのだが、どうなるのかすこし興味があったので、黙っていた。
結果から言うと、うにゅほは犬に顔面をべろんべろんと舐められていた。
エサよりいい匂いが、うにゅほの口からしたらしい。
鮭トバをもりもり食べていたせいに違いない。
うにゅほの顔は、洗ったあともすこし犬臭かった。



2012年1月25日(水)

うにゅほに起こされる、というシチュエーションは、ありそうでなかった。
理由はいくつかある。
まず、俺の眠りが浅いことがひとつ。
俺とうにゅほの部屋には、元々二部屋に分かれていたものを、壁をぶち抜いて繋げたという経緯がある。
うにゅほの寝床は手前の部屋、俺の寝床であるソファは奥の部屋にあり、俺が起きるまでは奥側に立ち入らないという暗黙の了解がある。
奥の部屋に立ち入った時点で、俺が目を覚ましてしまうからだ。
よって、ほとんどの場合、起こされるまでもなく起きてしまう。
それに関連して、うにゅほが俺の眠りを妨げることを嫌っているらしい、ということがひとつ。
はっきりとうにゅほの口から聞いたことはないが、普段の行動からそう感じる。
さて、今朝の話に移ろう。
今日は祖母を病院へ連れて行く約束になっていたのだが、寝坊してしまった。
珍しく眠りが深かったらしい。
そこで痺れを切らした祖母が、うにゅほに俺を叩き起こすよう頼んだそうだ。
うにゅほはたぶん、葛藤した。
俺を起こさなければならない、けれど、こんなにもよく眠っているのに。
ああ、こんなに深く、ぽかんと口を開けて。
口を開けて。
舌になにかが触れる感覚に、俺は目を覚ました。
うにゅほの指が口に突っ込まれていた。
うにゅほが引きつった笑顔を浮かべながら
「……おはようございます」
と言ったので、軽く噛んでやった。



2012年1月26日(木)

家族にはそれぞれの役割があり、誰かがなにかを担っている。
などと大仰に表現してみたところで、言わんとしていることの規模は変わらない。
乾いた洗濯物の仕分けは、うにゅほの仕事である。
まず一階の祖母が自分と弟の洗濯物を取り分け、残りを階段に置く。
家族の誰かが通りがかりにそれを回収し、二階へと運ぶ。
最後に、うにゅほがそれを分類し、規定の場所に置いておく。
当然ながら、うにゅほはどの衣服が誰のものであるのか、熟知していることになる。
今日、洗濯物を二階へと運んだのは俺だった。
わざわざうにゅほに手間を掛けさせるのもどうかと思ったので、自分の洗濯物だけを回収しておくことにした。
下着を手に取ろうとして、困った。
はて、この赤いチェック柄のトランクスは、俺のパンツであったか、父親のパンツであったか。
俺と父親は、模様の傾向によって、下着の誤認を避けている。
しかし、たまにかぶる。
紳士用下着を手に取りながらうんうん唸っていると、うにゅほが部屋から出てきた。
「それ、◯◯のパンツだよ」
一発で見分けよった。
「チェックがね、◯◯のは、ちょっとこまかい」
赤いチェック柄のトランクスは、二枚あったのか!
必殺仕分人と呼ぶことにしよう。
しかし、よく考えてみると、このトランクスはうにゅほが家に来る前から履いていたものだ。
最初はこちらが父親のものだった、という可能性は……いや、よそう。



2012年1月27日(金)

俺とうにゅほの部屋は、場所によって清潔度が違う。
俺は元々「散らかさない代わりに掃除もしない」タイプであり、定期的にホコリを払う必要があった。
逆に、うにゅほは「散らかすが頻繁に片付ける」タイプであり、頻度は数日に一度くらいだ。
よって部屋は基本的に清潔と言えるのだが、一箇所だけ例外がある。
パソコンデスクの周囲だ。
うにゅほが掃除機を両手に右往左往しているときも、俺はパソコンチェアでのんべんだらりとしている。
最初は手伝っていたのだが、分担するほど広い部屋でなし、そもそも掃除をする習慣があまりないので、いつの間にか任せきりになってしまった。
デスクは部屋の隅にあるため、掃除機をかけるにはチェアを大きくずらさなければならない。
それが面倒だったのと、なにより頻繁に掃除をする必要性を感じていなかったため、うにゅほに
「ここはまだいいよ」
と何度か断っていた。
今日の午後、すこし用事があったので、外出することにした。
当然うにゅほもついてくるとばかり思っていたのだが、いってらっしゃいと手を振られてしまった。
珍しいこともあるものだ。
帰宅すると、デスクの周囲がすこし綺麗になっていた。
確認しようと一歩下がり、ソファに腰を下ろしたとき、気がついた。
これは、うにゅほの視点だ。
ここからだと、チェアの足元がよく見える。
何度も経験があるのでわかるのだが、ここには綿ボコリがよく溜まる。
気になって仕方なかったんだな……。
謝罪の気持ちを込めて、うにゅほの頭を優しく撫でた。
うにゅほは褒められたとばかりに嬉しそうにしていた。
なんでもめんどくさがるのはよくない、うん。



2012年1月28日(土)

年に一度くらいしか会わないが、頻繁にメールをする友人がいる。
どちらかが返信を忘れるまでやり取りが続くので、日をまたぐこともざらだ。
今回は久々に長く、もう二週間ほども会話のキャッチボールが続いている。
俺が携帯をいじるのは珍しくないが、それがメールのやり取りであることに、うにゅほがようやく気づいたらしい。
携帯、ぶーぶー震えてんのに。
友達のいないうにゅほは、携帯などうにゅ箱※1に仕舞いっぱなしだし、メールという発想に至らなくてもおかしくはない。
たぶん、おかしくない。
俺の携帯が唸りを上げるたび、うにゅほがこちらをちらちらと覗き見る。
相手が気になるのか、内容が気になるのか。
トイレから帰ってきて携帯を確認すると、メールが二通来ていた。
くだんの友人と、うにゅほからだった。
なるほど、そういう遊びか。
自然に上がる口角を手のひらで隠しながら、返信した。
そのままなんとなく互いに視線を合わせないまま、互いの携帯だけが幾度も震え続けていた。
メールの内容は他愛無いものだが、この場に転載はしない。
秘密である。

※1 うにゅ箱
うにゅほの私物が収められた二つの衣装ケース。
俺が心のなかでそう呼んでいるだけで、口に出したことはない。



2012年1月29日(日)

眠りが浅い、というのも、そう悪いことばかりではない。
中途覚醒を何度か繰り返すので、その時点でうにゅほが起床していた場合、ソファから布団へと移ることができる。
まだうにゅほの体温が残っていることもざらで、なんだか得をした気分にもなれる。
冬は、睡眠時間が伸びる。
さして珍しくもない金縛りを力技で破り、枕元の携帯を睨みつけると、既に十二時を回っていた。
リビングへと移動するが、誰もいない。
買い物にでも行ったのだろうか。
腹を掻きながらそう考えていると、両親の寝室から物音がした。
そっと覗き込むと、うにゅほが窓から外を見ていた。
なにかを咀嚼している。
はっ! と振り向いたうにゅほの手にあったのは、とろろこんぶの袋だった。
隠れて食うな、台所で食え。
話を聞いてみると、とろろこんぶが好きらしい。
もうすこし詳しく聞いてみると、とろろこんぶが美味しくて手が止まらないので、なんだか食べ過ぎで怒られそうな気がしたらしい。
とろろこんぶは、べつに高くない。
自分の小遣いで買って、なんら後ろ暗いところなく、堂々と食べなさい。
そう伝えると、うにゅほは目を丸くしていた。
その発想はなかったらしい。



2012年1月30日(月)

油断とは、慣れたときに生じるものだ。
運転免許を取ったばかりの初心者のことを考えてみればいい。
初めて市街を走行するときより、すこし経験を積んだあとのほうが、事故を起こしやすいではないか。
うにゅほを連れて出歩くのはいつものことだが、なかでも飛び抜けて行く回数の多い場所は、間違いなくゲオである。
五日に一度はDVDの返却とレンタルのために出向くのだから、両手の指では足りないはずだ。
いつも通り、うにゅほとアニメコーナーで別れ、洋画コーナーへと足を向けた。
四本ほどを適当に選び、うにゅほのところへと戻った。
しかし、うにゅほの姿が見当たらない。
入れ違いになったかときびすを返したが、いない。
近所のゲオは、わりと広い。
CD売り場、ゲーム売り場、書籍売り場と、ぐるっと回ってみたが、見つからない。
そこで、一箇所だけ覗いていないところがあることに気がついた。
洋画コーナーの奥にある、十八歳未満が立ち入ることを禁じられた場所である。
うにゅほは引っ込み思案のくせに、好奇心旺盛だ。
入れ違いになったあと、立入禁止マークの描かれた暖簾に興味をそそられた可能性はある。
軽く咳払いをして暖簾をくぐるが、またいない。
さすがに焦燥感に駆られて洋画コーナーに戻ると、いた。
どこにいたのか問うと、ゲオに併設されているリサイクルショップが気になって、ふらふらと迷い込んでいたらしい。
「頼むから、心配させないでくれ。お前がいなくなったら──」
と、そこまで言って、視線を感じた。
遠くから男性が、見るともなくこちらを見ている。
十八禁コーナーの入り口で話し込んでいれば、当然だろう。
決まりの悪さに、慌ててうにゅほの手を取った。
いなくなったら、困るのだ。



2012年1月31日(火)

くつしたキノコを御存知だろうか。
スウェーデンに自生するマツタケの学名を和訳すると「靴下キノコ」になるそうだが、それとは無関係だ。
ゴムの部分からロール状に靴下を脱いでいくことで完成する、扁平型のキノコのことである。
ふと小学生時代を思い出して反射的に作ってしまったが、どうしよう。
うにゅほに見せようかと思ったが、それでは芸がない。
そこで、うにゅほの布団のなかにそっと入れておくことにした。
ここまでが昨日のことである。
そんなトラップを仕掛けたことすら忘れ去って、いつものようにのんべんだらりと過ごしていた。
トイレから帰ってきてチェアに腰掛けると、尻のあたりに違和感がある。
尻と円座クッションのあいだに手を挿し入れると、なにか柔らかいものに触れた。
くつしたキノコの収穫である。
にやりと笑みを浮かべてうにゅほを見ると、ばのてん2巻で口元を隠すところだった。
上目遣いでこちらを見るうにゅほに向けて、くつしたキノコを下手で投げた。
靴下を投げ合う最悪の遊びが始まったことは、言うまでもない。

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