>> 2011年12 月




2011年12月1日(木)

洗面所で顔を洗うと、寝癖がついていることに気がついた。
水で濡らし、ドライヤーを当てる。
元々髪質が固く、また髪を切ったばかりであるため、直らない。
いつの間にか背後にいたうにゅほが、指先で寝癖を撫でつけた。
そのたび、ぴこりと髪の毛が逆立つ。
真剣な顔つきで、何度も何度も寝癖を押さえるうにゅほの姿に、今日はこのまま過ごす覚悟を決めた。
午後になり、外出先で五本指ソックスを買ってきた。
足の指に白癬菌を飼っているわけではない。
数人の友人から、履き心地がいいと勧められたのだ。
ソファに座り、五股に分かれた靴下の先に、それぞれ指を通していく。
履き終わって足の指をぐりぐりと動かしていると、うにゅほがじっと足先を見つめていた。
俺は足の指が器用だ。
自在に動く指先に、興味を覚えたのだろう。
俺がうりうりと足を突きつけると、うにゅほは笑いながらソファの端へと逃げた。
そして、素足で反撃してきた。
ひとしきりはしゃいだあと、足を絡ませあいながら、ふたりで読書をした。
五本指ソックスも悪くはない。



2011年12月2日(金)

今日は弟の誕生日ということで、祖母が犬に服を買い与えてくれることになった。
一文にまとめると意味がわからないが、弟の誕生日はあくまで偶然である。
ここ数日の冷え込みに、祖母が15歳の老犬を哀れんだ、というのが実情だ。
祖母から五千円札を受け取り、うにゅほを連れて近所のペット用品店へと赴いた。
時間帯のせいか、客は一人もおらず、閑散としていた。
店にとっては致命的なのだろうが、人見知りをするうにゅほを連れている身としては、むしろ都合がいい。
うにゅほは楽しそうに棚へと駆け寄ると、極彩色のボールを掴んだ。
「ぷう!」と間の抜けた音が、店中に響く。
これがジブリ映画なら、うにゅほのロングヘアは見事に逆立っていただろう。
中型犬用の服は、三千円もした。
着せたはいいが、あまり暖かそうにも見えないので、今年も玄関に入れることになったというオチまでついた。
夕飯は家族六人で焼肉屋へ行った。
食べ放題の壺漬けカルビが美味かったが、うにゅほは黙々と豚ホルモンを焼いては口へ運んでいた。
遠慮をしているのかと思ったが、幸せそうな顔をしていたので、単に好きなのだろう。
食後にソフトクリームを頼んだ。
俺はクッキー&バニラ、うにゅほはストロベリー&バニラである。
一口ずつ交換したが、やはりクッキー&バニラが一番美味い。
俺がそう言うと、うにゅほは自分のソフトクリームを無言で突き出した。
もう一度食べて、確かめてみろということらしい。
それを繰り返して、結局半分ずつ交換したような形になった。
互いに自分のソフトクリームが一番美味いと思っているのに、なんだか損をしたような、そうでないような。
帰宅し、テレビのある弟の部屋で、三人でルパン三世を見た。
うにゅほはテレビより、満腹で丸くなっている俺の腹に興味があるようだった。
ルパン三世は面白かった。



2011年12月3日(土)

やることがあったので、今朝はすこし早起きをした。
うにゅほと俺の生活サイクルは、数時間ほどずれている。
俺が眠っている時間帯に、うにゅほがなにをして過ごしているのか、興味があった。
いくら早起きと言っても、サイクルのずれは深刻だ。
俺が起床したころには、うにゅほはとっくに着替えを済ませていて、鏡の前で髪を梳かしていた。
「あ、おはよー」
と挨拶をされたので、こちらもおはようと返す。
早起きをしたことについては、特に触れてもらえなかった。
髪を梳かすのが面白そうだったので、目の細かい櫛を受け取り、うにゅほをソファの前へと座らせた。
俺自身はソファに腰を掛け、さらさらとした黒髪をいじる。
化粧もしなければオシャレにも興味のなさそうなうにゅほだが、髪の手入れだけは怠らないらしい。
ひと通り梳き終わった後、指で髪をくくり、色々な髪型を試してみる。
手鏡を覗きながらわいわいと遊んでいたところで、階下の祖母がうにゅほを呼んだ。
洗濯の手伝いを頼みたいらしい。
うにゅほはいつものように、くたびれた緑色のリボンバレッタを後頭部で留め、立ち上がった。
けれど、それでは面白くない。
俺はバレッタを外すと、髪の毛をまとめて側頭部に留め直した。
簡易的だが、サイドテールだ。
出来にそこそこ満足した俺は、うにゅほの背中を軽く叩いた。
うにゅほは笑顔で頷くと、軽い足取りで階下へと向かっていった。
その後、早起きが祟って睡魔に襲われ、結局いつもよりも遅くに目を覚ましてしまった。
なんとも情けない話である。



2011年12月4日(日)

今日は図書館へ行った。
俺たちの住んでいる市の図書館は、なかなかの蔵書数を誇っている。
以前、二階にある人気のない一角に、数は少ないものの漫画が置いてあるのを見つけた。
うにゅほを連れてくるときは、そこへ案内しようと覚えておいたのだ。
絵本でもよかったが、あまり子供扱いをして機嫌を損ねられても困る。
目を輝かせるうにゅほに、古本屋へ連れていったらどんな顔をするのか想像しながら、一旦別れた。
貴志祐介の新世界よりが貸出中だったので、以前に勧められた日本幻想文学集成の澁澤龍彦を借りた。
十五分ほど経ってうにゅほのところへ戻ると、椅子にも座らず、棚の前にしゃがみ込んだまま、ますむらひろしのアタゴオル玉手箱に視線を落としていた。
返却期限は二週間なので、三巻までを借りた。
帰り際、堂本金田一を返却するためゲオに寄った。
ついでに新しく映画を借りようと思ったが、めぼしいものはなかった。
そこで、うにゅほが一昨日、毎週楽しみにしているドラえもんを見逃した、と嘆いていたことを思い出した。
新ドラは人気があるようで、一作しか残っていなかった。
旧ドラと合わせて三作借りて、帰宅した。
新ドラの映画は明日以降にして、今日はとりあえずPCでアニマル惑星を見ることにした。
うにゅほが専用の丸椅子に座るのを確認して、再生する。
五分ほど経ち、うにゅほが頭上に疑問符を浮かべていることに気がついた。
どうしたのか問うと、
「……なんか、へん?」
という答えが返ってきた。
新ドラしか知らないうにゅほからすれば、声優も絵柄も違う旧ドラにこそ違和感を覚えるのだろう。
それでもすぐに慣れて、今は二周目に突入している。
この日記も、サブディスプレイで書いている。
返却するまでに、DVDがすり切れてしまわなければいいのだが。



2011年12月5日(月)

うにゅほが怒っている。
理由は明白だ。
一緒に読む決まりだったジャンプを、俺が先に読んでしまったからである。
それだけでは語弊があるので、事の起こりから説明しよう。
昨日の深夜、なかなか寝つけなかったので、コンビニへ行って今週のジャンプを買ってきた。
そして、寝る前にすべて読んでしまった。
今日の昼、友人に誘われて食事へ行き、そのまま日暮れまでゲームセンター巡りなどをして遊んだ。
帰宅するとうにゅほがジャンプを胸に抱き、
「読も!」
と俺の手を取った。
ここでなにも考えず、
「ああ、ごめん。もう読んだ」
と言ってしまったのが悪かった。
嘘でも読んでいないふりをするべきだったのだ。
うにゅほは俺が帰ってくるまで、ジャンプを読まずにずっと待っていたのだから。
うにゅほは今、ソファに正座という無理な姿勢で俺に背を向けながら、アタゴオル玉手箱を読んでいる。
ジャンプは部屋の片隅に放置されたままだ。
うにゅほが怒るなど初めてのことで戸惑っているが、同時にすこしだけ嬉しい気持ちもある。
謝っても聞いてくれないので、すこし時間を置こう。
たぶん明日になれば、態度も軟化していることだろう。
……たぶん。



2011年12月6日(火)

正午過ぎ、家族で新ドラの映画を見て、うにゅほの機嫌はおおよそ直ったようだった。
人魚大海戦の出来は正直なところ微妙だったが、それは口に出さなかった。
再生前には一メートルほど開いていた距離が、いつの間にかほとんどなくなっていたのだから、ドラえもんさまさまである。
しかし、うにゅほの単純さに甘えてよいものか。
そう考えた俺は、うにゅほに「どこか行きたい場所はある?」と尋ねた。
うにゅほが引きこもり気味なのは、俺に合わせているからかもしれない。
もし行きたい場所があるなら、お詫びもかねて連れて行ってあげようと思ったのだ。
うにゅほはひとしきり頭を悩ませて、
「……ゲームセンター、いってみたい」
と、答えた。
言われてみれば友人とばかりで、うにゅほを連れて行ったことはなかった。
快諾し、車で十分ほどの距離にあるキャッツアイへと向かった。
平日の昼間ということで、人は少ない。
ゲームコーナーをぐるりと回り、メダルコーナーですこし遊んだあと、うにゅほが食いついたのはプライズコーナーだった。
予想通りだったのは景品がぬいぐるみだったことで、予想外だったのは、そのぬいぐるみがけいおんのキャラだったことだ。
うにゅほにけいおんを見せた記憶はないのだが。
ともあれ百円玉を投入して、うにゅほにやり方とコツを説明する。
俺がプレイすれば、最低でも五百円で取れる景品のために、三度ほど札を崩した。
徐々に減っていく財布の中身に、それでも景品を自分で手に入れる喜びを共有したくて、無理に笑顔を浮かべていた。
ようやく景品が取り出し口に落ちたとき、うにゅほと俺はハイタッチをして喜んだ。
そしてうにゅほは、俺に唯のぬいぐるみを差し出し、
「はい、あげる!」
と弾んだ笑顔で言った。
いかにもうにゅほらしい行動に、俺は軽く照れながら「ありがとう。でも、どうしてこれ?」と尋ねた。
俺はけいおんのなかで、唯が一番好きだ。
しかしうにゅほがそれを知っているはずはない。
「タンスのなかに、この子のひぎあ?がたくさんあったから」
ひぎあ。
フィギュア。
俺はゲームセンターで取ったフィギュアを洋服箪笥のなかに隠している。
全十七体のうち、実に五体が唯である。
バレていた。
俺は確実にひきつった笑顔を浮かべ、うにゅほから唯のぬいぐるみを受け取った。
六体目である。



2011年12月7日(水)

原稿を印刷し、賞に送った。
四百枚ほどを一気に刷ったので、三十分以上かかった。
プリンタがディスプレイの後ろにあるので、うにゅほに「ある程度刷れたら取り出してまとめてくれ」と頼むと、刷り上がるのをじっと待ち、一枚一枚ソファの上に運んでいた。
数十枚単位でいいのだが、うにゅほがあまりに真剣なので、口出しするのはやめておいた。
郵便局は家から近い。
俺は原稿を封筒に入れると、気分転換もかねて歩いて行くことにした。
俺がコートを着込むと、うにゅほも当然のように準備を始めたので、マフラーを首にかけてあげた。
十二月の雪はもう、アスファルトを隠してしまっていた。
凍った道を歩き慣れていないだろううにゅほをフォローするために、手を繋いだ。
うにゅほは、
「おー!」
と目を輝かせながら、ざくざくと固まった雪を踏み壊しながら歩いていた。
横断歩道で手を挙げながら歩くさまを見て、危ないと身構えていたら、案の定滑った。
慌てて繋いだ手を引っ張ったので、転びはしなかったけれど。
原稿は定形外郵便で、850円もかかった。
郵便局の外に出て、一段落ついたと伸びをしていると、うにゅほがポストに向かって手を合わせていた。
赤いポストに宗教的な何かを感じ取ったらしい。
俺もうにゅほの隣で手を合わせ、目を閉じた。
目を開いたとき、老婆が俺たちを不審そうに見ながら、郵便局へと入っていった。
すこし恥ずかしかった。



2011年12月8日(木)

時間的にも精神的にも余裕が生まれたので、ゲームをすることにした。
フリーソフトの「タオルケットをもう一度1」である。
俺はタオルケットシリーズのファンで、特に1は何周したかわからない。
うにゅほと一緒にプレイしようかとも思ったが、2ほどではないにせよグロ描写が多いのでやめておいた。
俺がゲームパッドを持っている姿が物珍しいのか、うにゅほはソファに寝そべりながら、読書に集中できていないようだった。
これがアクションやシューティングであれば、試しにやらせてみてもいいのだけど。
「ちゅん」の物語に入り、ディスプレイに集中していると、唐突に視界がぶれた。
うにゅほに眼鏡を取られたのだ。
俺は視力がすこぶる悪く、眼鏡なしでは何も見えないが、すぐ隣でうにゅほがよろめいたのはわかった。
溜息をつきながら予備の眼鏡を取り出すと、案の定うにゅほは俺の眼鏡を掛けていた。
予想通り、あまり似合わない。
うにゅほはソファに腰を下ろすと、足を組み、眼鏡のつるに指を添えた。
そして、薄い笑みを浮かべた。
イメージの出所はわからないが、偏っていることはわかる。
俺はうにゅほの頭に軽く手刀を落とすと、隣に腰掛けた。
そして無造作に置いてあったアタゴオル玉手箱の二巻を手に取り、開いた。
うにゅほが俺の意図に気づき、眼鏡を外して身を寄せた。
ゲームの続きは、うにゅほが眠ってからでいい。



2011年12月9日(金)

朝起きてリビングへ行くと、うにゅほがドラえもんのDVDを見ていた。
もう何度目の視聴かわからないが、おかげでプレイヤーの使い方を覚えたらしい。
「おはよう」と声を掛けると、うにゅほはこちらに気づき、顔を向けた。
そして、俺を見て吹き出した。
不可解なリアクションに洗面台を覗くと、そこにはオールバックの男が映っていた。
髪を切ってから妙な癖がついて取れないので、昨夜は濡れタオルを頭に巻いて眠ったのだ。
ツボに入ったのか、腹を押さえて笑ううにゅほにカチンと来たので、部屋へ取って返した。
ずっと昔に使っていたカチューシャを探し出し、リビングへと戻る。
そして、目尻をこするうにゅほの手をどかして、カチューシャを着けた。
「……?」
うにゅほが不思議そうな顔をして前髪のあった辺りを探るので、
「お揃いだ」
と言って、露出したおでこを軽く叩いてやった。
ふたりで洗面台の前へ行くと、鏡に映った自分の姿に、うにゅほがまた吹き出した。
「おでこだ! おそろいだ!」
とはしゃぐので、今日くらいはこの髪型でもいいか、と思った。
カチューシャはうにゅほにプレゼントした。
夜になり、家族でラピュタを見た。
うにゅほは普段の就寝時刻である十一時あたりからうとうととしはじめ、twitterが「バルス」で埋め尽くされるころには完全に眠りに落ちてしまった。
近いうちにラピュタのDVDを借りることになるかもしれない。



2011年12月10日(土)

昼寝から目を覚ますと、さかさまになったうにゅほの顔があった。
どうやらうなされていたらしい。
うにゅほのひんやりとした手のひらが額に当てられて、心地よさに再び目を閉じた。
「ちょっとあついよ」
うにゅほはそう言ったが、微熱はここ数年下がっていない。
ここまでくると、熱があると言うより、平熱が上がったと表現したほうが正確だ。
起き上がると、すこし肌寒かった。
ふと思い出して「袢纏を出そう」と言うと、うにゅほは小首をかしげた。
袢纏がどういうものか説明するより、見せたほうが早い。
両親の寝室にある押し入れを探すと、あっさりと二枚の袢纏が見つかった。
一昨年に死んだ祖父の形見と、俺がそれ以前に使っていたものである。
どちらもかなりの年代物だ。
うにゅほに俺のお下がりを渡すと、
「ふかふかだー……」
と呟きながら頬ずりした。
俺が先に羽織ってみせると、うにゅほもそれにならった。
そして両方の袖を掴み、姿見の前でくるりと回った。
今日は皆既月食だと、TLが騒がしかった。
眠い目をこするうにゅほを連れて十一時ごろに外へ出たが、雲が厚くて見ることはできなかった。
うにゅほは袢纏が気に入ったのか、そのまま布団へ入ってしまった。
正しい使い方である。



2011年12月11日(日)

DVDを返却するため、うにゅほを連れてゲオへ行った。
我ながら行動範囲が狭い。
ゲオ、ドン・キホーテ、図書館、本屋をぐるぐると巡ることしかしていない気がする。
返却ボックスにドラえもんを放り込み、新刊のチェックを終えたあと、DVDコーナーに足を向けた。
アニメの棚でうにゅほと別れ、洋画の置いてある一角へ。
12モンキーズを借りようと思っているのだが、いつもレンタル中だ。
他にめぼしいものもないので、五分ほどでうにゅほと合流した。
うにゅほは目を皿のようにして、DVDのタイトルを一本一本確認していた。
なにか探しているのかと問うと、
「アタゴオル!」
という答えが返ってきた。
そういえば数日前、「アタゴオルは猫の森」が映画化しているという話をしたっけ。
俺も一度見てみたかったので、一緒に探すことにした。
うにゅほに「DVDは五十音順に並んでいる」と教えることも忘れない。
二十分ほど手分けして探したが、見つからなかった。
そこそこ広い店舗とは言え、アニメコーナーはたかが知れている。
見つからないということは、無いということだろう。
俺がそう告げると、うにゅほは明らかに肩を落とした。
代わりに新ドラの映画を二本借りると、機嫌を直した。
またドラえもん漬けの日々が始まる。



2011年12月12日(月)

朝起きて、リビングへ通じる扉を開くと、うにゅほが駆け寄ってきた。
そして俺の周囲をぐるぐると回ったあと、軽く腕を組んで、
「……あんま茶色くない」
と不満そうに言った。
昨夜、弟の脱色用ブリーチが余ったので、髪の色を抜くことにしたのだ。
当然そんな面白げなことを見逃すはずがなく、俺の頭皮はうにゅほの遊び場となった。
シャワーで脱色クリームを落として戻ってくると、既に床についていたというオチまである。
うにゅほは夜十一時を過ぎると、起きていられない。
それはわかっているのだが、さすがにフリーダムである。
どのくらい茶色くなると思っていたのか問うと、電灯のヒモにくくりつけてある唯のぬいぐるみを指さした。
その色はさすがに、一回では無理だ。
しかし、考えようによっては、さほど色が抜けなくて良かったのかもしれない。
うにゅほがいつものように「おそろい」をねだれば、美容院へ連れて行かねばならなくなる。
腰ほどまでもあるロングヘアを茶色く染髪するとなると、いくらかかるかわからないし、調べたくもない。
俺はそっと胸をなで下ろした。
クリスマスも近いのだから、節約はしておかねばならない。



2011年12月13日(火)

今日はブックオフへ行った。
うにゅほがどういう反応をするのか、以前から楽しみにしていたのだ。
出会ってから一月半、それまで世俗と切り離された生活をしてきたことくらい、さすがに理解している。
うにゅほは、
「ほあー……」
と感嘆の声を上げながら目を輝かせ、店内に足を踏み出そうとして、その足を滑らせた。
しりもちをついたうにゅほを立ち上がらせると、すぐさま俺の後ろに隠れてしまった。
転んだ瞬間に集まった視線が怖かったらしい。
そのまま本棚まで行くと、気を取り直したようで、適当な漫画を一冊引き抜いた。
「これ、ビニールかかってないよ!」
古本屋は立ち読みができると教えてあったはずなのだが、話を聞くのと実際に見るのとでは違うものらしい。
色々な漫画をぱらぱらとめくっては戻すうにゅほと一旦別れ、あらかじめ目星をつけてあった本を探し始めた。
しかし、どうにも最近は目的のものと縁がない。
小説も専門書も漫画も見つからず、肩を落として戻ってくると、同じようにして歩いてくるうにゅほの姿が見えた。
「……なに読んでいいのか、わかんない」
ああ、なるほど。
選択肢が多すぎると、そうなるよな。
俺とうにゅほは十五分ほどでブックオフを後にし、サンクスでおやつを買って帰った。



2011年12月14日(水)

うにゅほがビッグねむネコぬいぐるみを抱きしめながら、リビングをうろうろと歩きまわっていた。
理由はわかっているが、こればかりはどうしようもない。
先月の一件で、俺も学んだのだ。
かと言って放置するのも忍びないので、借りっぱなしでまだ見ていなかったのび太の恐竜2006を見ることにした。
新ドラの映画は家族で見ることにしているため、うにゅほも未視聴だ。
ソファを母親と弟に取られたので、カーペットに腰を下ろした。
うにゅほが俺の隣に座るのを見届け、再生する。
うにゅほがテレビに集中していられたのは、始まって数分だけだった。
もぞもぞと足をすり合わせはじめ、のび太が恐竜の卵を掘り出すころには、ビッグねむネコぬいぐるみがヒョウタンのような形に潰れていた。
俺は溜息をつくと、うにゅほの名を呼び、自分の太ももを叩いた。
膝枕でもしてやればすこしは落ち着くかと思ったのだが、うにゅほは何を思ったのか、俺の足のあいだに腰を下ろした。
勘違いを指摘しようと思ったが、なんだか居心地がよさそうだったので、そのままにした。
ふと視線を感じて振り返ると、母親と弟がにやにやと笑みを浮かべていた。
このやろう。



2011年12月15日(木)

朝六時、激烈な腹痛に目を覚ました。
うにゅほの寝顔を横目にトイレへ駆け込む。
便は出ず、ただ解消されない腹痛に呻きながら、ソファに側臥して膝を抱えた。
そこから先の記憶はおぼろげだ。
朦朧とした意識で何度もトイレへと往復したことと、家族に病状を伝えたこと。
そして、うにゅほがずっと手を握ってくれていたことだけ、覚えている。
子供のころから病弱だった俺に、両親も俺自身も慣れて、いつしか看病などされなくなった。
だから、つらいときに隣に誰かがいてくれることが、なんだかむずがゆかった。
午後三時になり、腹痛がすこし治まったので、かかりつけの病院へ行くことにした。
急性腸炎という診断を受け、下痢止めと整腸剤を処方してもらった。
俺は血液を見ると、どうにも気持ち悪くなってしまう。
だから採血のとき、いつも明後日の方向を見ることにしているのだが、うにゅほがまったく同じ行動をしていて思わず吹き出した。
以前から思っていたのだが、うにゅほは女性のわりに血が苦手らしい。
病院からの帰り、甘いものが食べたくなってローソンに寄った。
シュークリームを買おうとして、すかさずうにゅほに奪い取られた。
「乳製品はだめっていわれたでしょ!」
たしかにクリームも乳製品である。
結局、板チョコを一枚買って、うにゅほと半分ずつ食べた。



2011年12月16日(金)

薬のおかげか、腹痛と下痢はひとまず治まった。
いつものように牛乳をラッパ飲みしようとして、またもうにゅほに奪われた。
油断はいけないらしい。
あと、ラッパ飲みは駄目らしい。
ペンタブでイラストを描いていると、うにゅほが専用の丸椅子を持ってきて、隣に置いた。
そう言えば、うにゅほが起きている時間にペンを握ったのは、初めてかもしれない。
ひたすらにじみとぼかしを繰り返す単純作業に飽きたのか、うにゅほが唐突に俺の頬をつまんだ。
「ひげ、そった?」
確かに昨夜、剃った。
どうして気づいたか問うと、
「昨日、ずっと顔みてたから」
と、恥ずかしいことを言われた。
産毛まで見なくていいものを。
照れくさかったので、ペンをひっくり返してうにゅほの頬をつついた。
うにゅほは
「うー」
と唸りながら、抵抗はしなかった。
PC用の地デジチューナーの調子が戻ったので、ふたりでアリエッティを見た。
なかなか面白かった。



2011年12月17日(土)

今日は友人が遊びに来た。
何度か顔を合わせているのだが、うにゅほはいまだ家族以外の人間に慣れない。
いつものソファを追いやられ、リビングで年賀状を印刷する母親と過ごしたようだ。
友人と遊びに行き、帰宅すると、うにゅほと母親もちょうど買い物から帰ってきたところだった。
「はい!」
と満面の笑みで渡されたのは、ボトルケース入りのガムだった。
思わず口臭を確認する。
俺の行動に小首をかしげたうにゅほに理由を尋ねると、単に最近よく噛んでいたからだそうだ。
食卓テーブルに置いてあったものを、何も考えずに口に入れていただけなのだが、あればあったでありがたい。
素直に礼を言って、受け取った。
部屋に戻り、しばらくして、何故か前髪の一部が縮れていることに気がついた。
髪の色を抜いたせいだろうか。
手鏡を片手に切ろうとしたが、いまいち上手く行かないので、うにゅほに頼むことにした。
眼前に迫るうにゅほの胸に、目のやり場を探していると、頭上から
「あっ」
と悪い予感しかしない言葉が聞こえた。
今日からしばらく、前髪をいじるのが癖になると思う。



2011年12月18日(日)

今日は図書館とゲオへ行った。
ゲオは毎週、図書館は隔週で行っている気がする。
案の定目的のものは見つからず、うにゅほがますむらひろしの銀河鉄道の夜を見つけて、ほくほく顔をしていたのが唯一の収穫だった。
行動がパターン化するのもつまらないので、ゲオの正面にあるショッピングセンターへ寄ることにした。
百円ショップを経由し、絨毯専門店のあいだを通り、うにゅほの足の向くままに歩く。
なにかに興味を惹かれるたび、俺のところへ戻ってきて報告してくれる。
こういうところが庇護欲をそそるのだろう。
アンティーク家具のリサイクルショップに、お姫様の座るような椅子があった。
うにゅほがそれを黙って見つめていたので、座ってみてはどうかと勧めた。
ご満悦の表情で腰かけたうにゅほだったが、すぐに別のものに気を取られ、立ち上がった。
「ベッド! すごい、ふたつ!」
二段ベッドに駆け寄ったうにゅほが、興奮した様子で言う。
「これなら、ソファでねなくていいよ!」
気持ちは嬉しいが、俺はそっと首を振った。
こんなお姫様みたいな二段ベッドで寝るくらいなら、俺はソファを選ぶとも。
というか、ピンク色でアンティーク調の二段ベッドなんてあるんだな。
うにゅほは
「そっかー……」
と残念そうな顔を見せたが、すぐに興味を移して駆け出した。
色んなところへ連れて行こう、そう思った。



2011年12月19日(月)

引き出しを漁っていたら、金属製のブックマークが出てきた。
貰いものだと思うが、いつ、誰がくれたのかまでは覚えていない。
読書速度の遅いうにゅほにちょうどよかろうと思い、プレゼントすることにした。
うにゅほがソファにうつ伏せになりながら開いていた銀河鉄道の夜に、そっとブックマークを挟む。
うにゅほが顔を上げて、俺を見た。
「本を途中で閉じるとき、それを挟むんだ」
ブックマークの使い方を教えると、うにゅほはふんふんと頷いて、読書に戻った。
そのまましばらく眺めていると、ページを繰るたびにブックマークを挟み直している。
間違っていると指摘しようと思ったが、うにゅほの足を見てやめた。
ぱたぱたと機嫌よく動いている。
口元もすこし、ほころんでいるように見える。
プレゼントはどうやら、喜んでもらえたようだ。
そろそろ年末に向けて、部屋の掃除をしなければならない。
今年はうにゅほがいるので、例年より楽かもしれない。
うにゅほはこれでいて、料理以外の家事は、なかなか得意なのだ。



2011年12月20日(火)

月に一度、病院へ行かなければならない。
コートを着込んでいると、うにゅほがハンガーごとジャケットを手に取った。
「病院だから、つまらないと思うけど」
そう告げると、
「だめ?」
と小首をかしげた。
駄目ではない。
先月はどうしたのだっけ。
連れて行かなかったことは覚えているのだけれど。
問診や採血を終え、会計の段になって、財布のなかに紙幣がないことに気がついた。
受付の女性に「すいません、お金が足りなくて……」と言ったところで、うにゅほが顔色を蒼白にして叫んだ。
「すいません! わすれただけです! わすれただけです!」
広い待合室にうにゅほの声が響き渡る。
「わたしが人質になりますから!」
人聞きの悪いことを言い出した。
俺と受付の女性でうにゅほをなだめ、急いでコンビニへ行って金を下ろした。
戻ってくると、うにゅほが薬の入った紙袋を抱きながら、ころころと飴玉をなめていた。
通りすがりの入院患者に貰ったらしい。
会計の際、受付の女性に「可愛い妹さんですね」と言われた。
他人からはそう見えるようだ。



2011年12月21日(水)

うにゅほは買い物袋を開けるのが好きである。
食料品などはちゃんと分類して冷蔵庫に入れてくれるので、むしろ助かっている。
午後三時過ぎ、弟が帰ってきた。
うにゅほがソファの上に放置されたビニール袋を探ると、中からONE PIECE柄のパジャマが出てきた。
自分で着るのだとすればどうかと思うし、うにゅほに買ってきたのだとすれば、もっとどうかと思う。
パジャマを広げて
「チョッパーいる!」
と目を輝かせるうにゅほを尻目に、弟がトイレから出てきた。
すこし気恥ずかしそうに、うにゅほからパジャマを回収する。
うにゅほが弟をじっと見つめた。
口には出さないが、意味するところはひとつだ。
起きてから寝るまでパジャマのまま過ごすことも厭わない男だから、さほど抵抗もなく奥の部屋で着替え、うにゅほの前で軽くポーズを取ってみせた。
そして、うにゅほの拍手に手を挙げて応え、一階の自分の部屋へと去っていった。
やはりONE PIECE柄のパジャマはどうかと思う。



2011年12月22日(木)

うにゅほを連れて、クリスマスケーキの材料を買いに行った。
とは言え作るのはシフォンケーキなので、必要なのは薄力粉と卵、デコレーション用の生クリーム程度のものだ。
失敗したときのために、スポンジケーキもカゴに入れた。
これなら生クリームを塗るだけで、手軽に手作り感が楽しめる。
生クリームの上から振りかけるカラースプレーとアラザンを手に取ったとき、うにゅほの瞳が期待にきらめいていたのが印象的だった。
ケーキを作る、という行為には、男性にはわからない特別なものがあるのかもしれない。
チリパウダーを母親に頼まれていたので、うにゅほに
「チリペッパーじゃないぞ、チリパウダーだぞ」
と言って香辛料のコーナーに行かせたところ、どうだという顔でチリペッパーを持ってきた。
わざわざ間違いやすい商品名を口にした俺が悪かったのだろうか。
帰宅したあと、うにゅほは卵を綺麗に割る特訓に入った。
おかげで一品増えた夕食に、カラが入っていなかったのは僥倖と言えるだろう。
楽しそうにしているうにゅほを見ていると、嬉しくなる。
いいクリスマスになりそうだ、と思った。



2011年12月23日(金)

急遽両親に予定が入ったということで、クリスマスパーティを今日に繰り上げた。
パーティと言ってみても、単にいつもより豪勢な食事をするくらいのものだけれど。
台所が空かなかったので、クリスマスケーキ作成は明日に回された。
我が家では御馳走と言えば寿司であり、たとえクリスマスでも変わることはない。
皿に載せられた寿司のなかに、他に比べてシャリの量が二倍くらいのものが混じっていた。
そして、うにゅほが俺の皿に取り分けてくれた料理が、軒並みその巨大寿司だった。
おまけに俺が寿司を口に入れる瞬間を、隣でガン見するのだから、なんともわかりやすい。
「美味いよ」
と告げると、うにゅほは安心したように笑みを浮かべた。
ふたくちで食べればシャリの量も気にならないし。
父親がうにゅほに飲ませようとしたシャンパンを奪い取り、二度ほど一気飲みしたせいで、料理がなくなるころにはほろ酔い状態になっていた。
昼間のうちに完成させていたイラストをpixivに投稿して、うにゅほと一緒にすべらない話を見た。
「もう、いそがしいのおわり?」
CMのあいだに発されたうにゅほの言葉に、はっとさせられた。
俺は一度なにかを始めると、下手をすれば数ヶ月単位で集中してしまう。
うにゅほは俺がイラストを仕上げるのを、この十日間ずっと待っていたのだと。
ごめんな、と心のなかで言って、うにゅほの頭を撫でた。
うにゅほは目を閉じて、心地よさそうにしていた。



2011年12月24日(土)

うにゅほと並んで台所に立ち、エプロンを着けた。
俺は料理をするときエプロンをしないので、母親のものを借りた。
うにゅほはマイエプロンである。
とは言え、作るものはシンプルなシフォンケーキだ。
ハンドミキサーもあるし、材料と焼き時間さえ間違わなければ、失敗することはない。
型に入れた生地をオーブンに入れたあと、生クリームを泡立てることにした。
生クリームにほんのすこしだけ牛乳を入れると、ふんわりと仕上がる。
「ほんのすこーしでいいからな」
とうにゅほに告げた。
うにゅほは緊張して震える手で、ボウルに牛乳を「だばぁ」した。
ハンドミキサーで掻き混ぜたが、投入した牛乳の量が多すぎて、生クリームはとろみのある液体以上のものにはならなかった。
シフォンケーキがこれ以上なく綺麗に焼き上がったことは、実に皮肉と言える。
結局、液状の生クリームにアラザンとカラースプレーを入れて、シフォンケーキをひたして食べるという形式にした。
甘さ控えめのクリームが功を奏し、味だけで言えば、かなりの出来である。
両親に見せるため、切る前のシフォンケーキを写真に収めようとしたが、うにゅほに止められた。
「つぎはちゃんとできるから!」
また作る気満々である。
俺の誕生日が一月の中旬に迫っているので、そこを狙う気だろう。
もしものときのために買っておいたスポンジケーキは、丸いカステラとして処理することにする。
弟を交えた食事のあと、ふたりで映画版の銀河鉄道の夜を見た。
うにゅほがジョバンニの先生を指さして、
「スミレ博士だ!」
と弾んだ声で言った。
太っていて糸目の猫は、すべてアタゴオルのヒデヨシに見える。
エンドロールが終わったあと、うにゅほは俺の瞳をまっすぐに見つめて、言った。
「……◯◯はカムパネルラじゃないよね?」
俺は苦笑して、うにゅほの頭を撫でた。
「あんなに出来はよくないよ」
俺はカムパネルラではない。
けれど、ジョバンニでもないことを祈ろう。



2011年12月25日(日)

クリスマスプレゼントとして、うにゅほに服を買う約束をしていた。
うにゅほの年齢からして、しまむらあたりでも可愛い服を見つけられるだろうと高をくくっていたのだが、そうは問屋が卸さない。
最初はうにゅほに好きなものを選ばせていたのだが、十分ほどで音を上げた。
なにがよくてなにが駄目で、なにが可愛くてなにがそうでないか、どんどんわからなくなっていくらしい。
全権を俺に託され、思い至ったことがあった。
うにゅほは俺がどんな服を選んでも、喜んでそれを着るだろう。
ならば、俺がうにゅほにどんな服を着てもらいたいか、ということではなかろうか。
車で行ける範囲の服屋を数軒はしごし、上から
・白のセーター
・灰色のTシャツ
・チェック柄のプリーツスカート
・黒のタイツ
・ショートブーツ
を購入し、数枚の紙幣が飛んでいった。
帰宅したあと早速着てもらったが、俺の好みで選んだだけあって、とてもよく似合っていた。
どちらに対するクリスマスプレゼントかよくわからなくなってきたが、うにゅほがお返しをしたいと言ったので、とりあえずその恰好で腰を揉んでもらった。
満足である。



2011年12月26日(月)

十五年飼った愛犬が、そろそろ寿命らしい。
後ろ足が弱ってしまって、もう自力では立てないし、食も細い。
今は一階にあるペチカの前で、ぐったりと横になっている。
うにゅほと愛犬との付き合いは、たった二ヶ月だ。
だからと言ってつらくないはずがないし、比較すべきものでもない。
ソファで落ち着かなげに本を開きながら、十分に一度は様子を見に行っている。
一緒に一階へ降りて、愛犬の頭を撫でたとき、うにゅほが言った。
「……◯◯は、さみしくないの?」
責める口調ではない。
俺があまりに平気なそぶりでいたから、ただ不思議に思っただけだろう。
感情にも慣性がある。
俺はたぶん、愛犬に死が近づいていることを、うまく実感できていないのだろう。
いなくなってしまったあと、ゆっくりと理解していくのだと思う。
そういったことを上手に説明できる気がしなくて、俺は右手を愛犬から、うにゅほの頭に乗せかえた。



2011年12月27日(火)

祖母を病院に連れていく際、うにゅほがついてきた。
眼科の駐車場に車を駐めて、シートを倒した。
後部座席のうにゅほが、ブーツを脱いで体育座りをしていた。
なるべく、楽しいことを話した。
正月は毎年、母方の実家に挨拶に行くから覚悟しておけ、とか。
ますむらひろしは銀河鉄道の夜の他にも宮沢賢治作品を描いているから、古本屋で探してみよう、とか。
二十分ほどで祖母が戻ってきて、買い物をしたいと言ったので、スーパーへ寄った。
年末だけあってスーパーは混んでいた。
祖母の買い物のついでに、うにゅほとふたりで食べようと、お菓子を買ってもらった。
玄関まで来たとき、うにゅほがいないことに気がついた。
祖母を待たせ、スーパーを歩きまわり、うにゅほを探した。
俺が見つけたとき、うにゅほはスーパーのなかに併設されたペット用品店から出てくるところだった。
急にいなくなるな、と言おうとして、その手にぶら下げられたビニール袋に気がついた。
「なにを買ったんだ?」
そう言うと、うにゅほは無言でビニール袋の中身を取り出した。
「……これなら、食べるかも」
犬用のビーフジャーキーだった。
自分の小遣いで初めて買ったものが、それか。
俺は「頼むから、心配させないでくれよ」と言って、うにゅほの手を取った。
帰宅して、ぐったりしている犬におやつをあげた。
犬は、食べなかった。



2011年12月28日(水)

恋人たちが映画館へ行くのは、会話がなくても気まずくないからだ。
うにゅほと並んでホームアローンを見ながら、俺はそのことを実感していた。
俺とうにゅほは恋人でもなんでもないけれど、映画鑑賞という無言を強制される状況は、今の俺にはありがたかった。
なんとなく、気まずい。
そう思っているのは、恐らく俺だけだと思う。
犬の寿命が見えてからずっと、うにゅほを腫れ物のように感じている。
まるで、うにゅほと出会った二ヶ月前のようだ。
うにゅほはソファに座ったまま、ずっと蛍光灯を見上げていて、俺は俺でただひたすらにキーボードを叩いていた。
張り詰めたような無言を、快く感じ始めたのは、いつからだったろう。
「おもしろかったね!」
ディスプレイに食い入るようにホームアローンを見ていたうにゅほが、久しぶりに笑顔を見せた。
一階に降りて、犬におやつをあげた。
すこしだけ、食べた。
うにゅほは喜んでいたが、その一口で、いったいどのくらい長らえるだろう。
俺はなにも言えなかった。



2011年12月29日(木)

今日は友人たちと忘年会を開いた。
忘年会とは言っても名ばかりのもので、その内実はカラオケボックスで五時間ほど歌いまくるだけの集まりだ。
アルコールが絡まないため、未成年のうにゅほでも安心して参加できるが、「できる」と「する」は違う。
人見知りのうにゅほが、そのような集まりに参加したがるはずもない。
案の定首をぶんぶんと振られて、一人で家を出た。
カラオケボックスに入って数時間したころ、うにゅほからメールが届いた。
「いつかえつてくる(ピースサインの絵文字)」
絵文字の使い方より先に、覚えることがあるだろう。
「遅くなるかもしれないから、先に寝ていてくれ」
そう返信した。
カラオケボックスを出て、友人たちを家に送り届けると、十一時も半ばを回っていた。
うにゅほは寝ている時間だ。
そのはずだが、なんとなく展開が予測できたので、コンビニで温かい缶ポタージュを買った。
帰宅すると、うにゅほはソファで丸くなっていた。
冷え切った部屋で、袢纏にくるまって。
ストーブくらい、つければいいのに。
俺はうにゅほを揺すり起こして、すこしぬるくなった缶ポタージュを渡した。
初めて知ったのだが、うにゅほは粒の入った飲み物が駄目らしい。
うにゅほの頭に軽く手刀を入れて、缶ポタージュは俺が飲んだ。
次からはココアにする。



2011年12月30日(金)

犬がすこし持ち直した。
後ろ足がよたついてはいるが、自力で歩くこともできる。
うにゅほが犬を抱っこしようとして、甘く噛まれていた。
どっちもやめたげて。
大晦日はゆっくり過ごしたいということで、今日は部屋の大掃除をした。
とは言え、俺の部屋はさほど汚れていない。
元々整理されているし、うにゅほが定期的にホコリを落としてくれるので、することはあまりなかった。
毎週積み重なっていくジャンプの始末だけしようと、スズランテープを物置から探して戻ると、うにゅほがバックナンバーを読み始めていた。
うにゅほよ、それは大掃除の罠だ。
そう思いつつも流されて、うにゅほの隣に座った。
大掃除は二時間ほどで終了した。
実働時間がどの程度だったかは、想像におまかせする。



2011年12月31日(土)

昼間はのんびり過ごして、夕方からガキの使いを見た。
夕飯にはいつもの「御馳走」に加え、気の早いおせち料理がいくつか並んでいた。
俺専用のやたらでかい寿司を頬張っていると、うにゅほがそっと袖を引いた。
「……たべれない」
深皿の中身を見て、俺は納得した。
黒豆だったのだ。
俺は箸で黒豆を一粒つまみ、うにゅほの口に放り込んだ。
うにゅほが幸せそうな顔をする。
好みの味だったらしい。
その表情を見て、俺は好機を感じ取った。
うにゅほの箸の使い方は、まるで幼児だ。
箸をグーで握って、逆に難しいんじゃないかというくらい器用にものを食べる。
思い出すたびに正しい使い方を指導するのだが、すぐ元に戻ってしまう。
人を成長させるものは、欲望と挫折である。
家の黒豆が無くなる前に、うにゅほに箸の使い方を教え込もう。
俺がそう心に誓ったとき、気の利く母親が爪楊枝を持ってきたので、奪い取って歯の隙間に突っ込んだ。
年末年始が勝負である。


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